677話 筆録です
結局、その後「グール」の話は出る事はなく、そのまま朧水晶についての報告会となった。
オイゲンゾルガー夫人を取り込んでいるということや、鉱山の呪いや朧水晶の正体、それらに纏わる周囲の人間。
話し出すと止まらなかった。
王子に朧水晶が危険なものであることは報告はしていたけれど、瑣末な事は省いていた。
私自身がアニー達と別れた事や鉱山の生活で想像以上に疲れていたのか、それとも姿を変える魔術が負担であったのか、帰宅後ほどなく熱を出して臥せっていたせいで詳細を語る事が出来なかったのだ。
けれども少し時間を置いたせいなのか、私の中であの鉱山の出来事を余すことなく伝えたいという欲が生まれていた。
どうせ表に出せない話なのだから、誰かに全てを知っていてほしいと。
哀れな夫人と伯爵の関係や、水晶に捧げられたと思われる鉱夫達の気質、倡婦が見せた優しさ。
実際のところこれらの事は彼にはどうでもいい話のはずなのに熱心に聞いてくれた。
それどころか、私の語る内容を余さず紙に書き付けている。
どんなつまらない小さなことも漏らさずに。
それは真剣に私の話を受け止めてくれている証拠で、それがとても有難かった。
ふと、あの風の強い土地を思い出した。
王国の北に位置するウェルナー男爵領。
ギルベルトはあの土地でフィールドワークを行い、「白綿虫と冷害」の論文を書き上げたのだ。
あの論文がなければ、おしろさんと冷害の関係に気付くのに時間が掛かったに違いない。
大規模な冷害に備える事が出来たのは、彼があの土地の人々の言葉を丁寧にすくい上げたからともいえる。
発表当時は学会の異端児として評価されなかったけれど、後に冷害を予見しおしろさんという神話生物の関与を交えて論文は改良され今では注目の的になっている。
爪弾き者が今や王国見聞隊の顧問なのだ。
御伽噺であった神話生物を、今だ現世に影響を与える身近な存在として定義し直した功績はとても大きなものだった。
そんな彼の原点が、こうやって人から話を聞き取る事なのだと身をもって知ることになるとは思ってもみなかった。
ウェルナー男爵領を歩き回り、村人と顔を合わせ話を書き留める。
その姿勢が村人達に受け入れられた結果が、私と同行した時の歓迎ぶりだ。
彼がいなければ、貴族令嬢を前に村人はよそよそしく心を開いてはくれなかっただろう。
その結果おしろさんに気付かず、不可解な死体は増え続けたかもしれない。
地道な彼の行為は実を結んでいた。
今、まさに私の話を聞いている真剣な態度は、あの村人達にも向けられたものと同じだ。
彼の論文から、土地の様子や生きた人間の営みを感じる事が出来たのは、こうした手間を惜しまなかった事にあるのだ。
私の長い話も、どこに水晶生命体の影響があるかわからないといって、つぶさに記録をとってくれている。
国に出す報告書は簡潔なものになるだろうが、資料として保管されると思うと私の体験は無駄ではなかったと言われているようで安堵を感じる事が出来た。
「朧水晶は生きていて、人を取り込んで増殖していた?」
さすがに水晶が人であると知った時には、ギルベルトの筆が止まった。
その横でザームエルは絶句して、真っ青になってしまっていた。
流行に敏感でお洒落な彼なのだから、確実に朧水晶を持っていたのだろう。
時には、仲間内でその石の優劣を競ったりしたこともあったのかもしれない。
自分が人の肉体の一部を得意気に飾っていたらと考えたら、そんな顔になるのも当然だ。
「どうやら、あれは人の夢に干渉出来るようでしたわ」
何度も夢の中に現われた夫人。
鉱山にいた者達は、多かれ少なかれあの夢を見て不安を抱いていた。
「うん? 夢に……。貴族達が悪夢を見ると言っていたのがそれかな。ザム、君もしばしば悪夢に悩まされていたろう? 何か朧水晶との関連は思いつくかい?」
助手はいきなりの質問に、頭を捻りながら記憶をたどっていた。
「ああ……、言われると朧水晶を身につけた夜に見たような?」
「身につけたことで影響があったというのかい?」
「いや、どちらかと言うと近くに置いて眠るとかな? ほら、夜会がある日は帰宅が遅いから、しぜんと宝石類は寝室に外したままになるだろう? そんな時に見たんじゃないかな。使用人が起きていて宝石箱に仕舞われた時は平気だった気がする」
「まあ、よく覚えてらしたのね」
私が驚いていると、ザームエルはかぶりを振った。
「朧水晶が流行り出した頃に、話の種にしようと朧水晶が歌うのを検証しようとしたことがありましてね。その時、悪夢を見たのは確かです。それもあって思い至ったと言う訳です」
「ほう。その時、水晶は歌ったのかの?」
ダンプティも興味津々のようである。
「歌と言うよりは、鳴ったという方がいいかな? 少し発光して高い音を出していたよ」
「それは奇妙でならんな」
「悪夢の方はどうでした?」
思い出したくないのか、ザームエルは少し眉を寄せた。




