674話 検索です
「この国では獣人は見掛けませんからね。人に知られていない種族ということは、大いにありえるのでは?」
ザームエルはそういうと、紙切れにサラサラと何か書き付けて、控えていた使用人に渡していた。
「『ぐーう』……。『ぐーう』ねえ」
頭の中をさらうように、ギルベルトは顎に手を当ててウロウロしている。
どうにも覚えはないようだ。
王国では獣人についての学問も遅れているし、専門家でないのだからそういうものかもしれない。
「主よ。他に何か特徴はないのかの?」
「そうね、顔は犬のようで間違いありませんわ。確かに獣人です」
この世界にはまだ写真はないけれど、犬っぽい顔で二足歩行で言葉を操れるのなら獣人よね?
「うーん、イヌ科の獣人なら『犬族』『猫族』とかシンプルで分かりやすい種族名のはずなんだよ。聞いた事がないけど何か目立つ特徴とかはあったかい? 皮膚に模様があったり、毛で覆われている部分とか」
「ああ、毛で覆われているというより、生えていませんでしたわ」
「脱毛していた?」
「いえ、無毛で、こう皮膚があまるような感じで」
ぐーちゃんの外見を説明しようにも難しくて言葉に詰まった。
この世界に猫のスフィンクスや鼠のハダカデパネズミがいるのかどうか分からない。
彼を表現するにはピッタリなのに。
そこへ使用人が分厚い本を幾つも運び込む。
どうやら先程のメモはこの指示だったようだ。
ザームエルは侯爵家の図書室にある獣人の文献を取りに行かせたのだ。
「獣人種族辞典」や「獣人のすべて」などの題名が見られる。
手分けしてさらってみたものの、目次にも索引にも「ぐーう」の文字は見当たらなかった。
「そもそも『毛の者』だから『獣』なんだよね。無毛というのは聞かないんだよ。皮膚病なのか個人の体質からくるものなのか……」
ギルベルトは眼鏡をずらして目頭を押さえてみせた。
「そういえば傴僂でしたから、元気そうでも何らかの疾患を持っていたのかも?」
傴僂病はたしか日光浴不足だとなるのだったかしら?
ぐーちゃんは明るいところを嫌っていたし、洞窟でずっと過ごしていたのならなんらかの病気になってもおかしくない。
「傴僂?」
「ええ、こう、ご高齢の方のように背を屈めて……」
ぐーちゃんの姿勢を再現して見せる。
「ああ!」
学者は声を上げると、パタンと手にしていた本を閉じた。
「話を聞くに、その彼は獣人ではなく屍食鬼だ! 僕とした事が君の獣人という言葉を真に受けて、こんな簡単な事に気付かないなんて!!」
くしゃくしゃと髪を掻きむしった。
「先に『獣人』だと断じてしまわれては、視野も狭くなるというもの。いたし方あるまい。主よ、彼の者は『ぐーう』ではなく『グール』であったようだ」
「『グール』? ええと、墓守とか屍人食らいと呼ばれる?」
グールとは物語の中に出てくる迷信の一種のようなものだ。
一般には妖怪みたいな存在で、埋葬した死体を食べる化け物として知られている。
「前に屍食教経典の話をしたのを覚えているかい?」
「ええと……」
聞き覚えがあるけれど、良く覚えてはいなかった。
「『噛みつき男』の正体がまだ分からなかった時に、僕が犯人の可能性のひとつとして屍食教の信者をあげた事があったよね?」
そこまで聞いて記憶が蘇る。
「あっ! その宗教の経典を読むと、人を食べたくなるとか言っていた?」
「そうそう! それだよ。あの時はほんの少ししか触れなかったけれど、屍食教経典を読むと人は屍喰鬼なるものに変貌すると言われているんだ。まさに犬の顔に曲がった背という具合にね。獣人ではなく人なのだから体毛も薄くて当然だ」
何度も「ぐーう」と主張していたぐーちゃん。
どうりで獣人と言うと否定された訳だ。
そういえば、最初はカタコトしか喋れなくて、酷く訛ってもいた。
自分の名前を忘れるぐらいひとりでいたのだから「グール」を「ぐーう」だと思い込んでいてもおかしくはなかった。
「屍食教はね、死体を食らって健康な体と長い寿命を得ようという宗教なんだ。そんな物騒な宗教だからあまり表沙汰になることはないね。知っている人はそこほど多くはないと思うよ。伝聞によると、信者同士で暮らす事によって、そう『成る』とも言われている」
「『グール』と共にいることで、人の中に眠っている『グール』の因子が目覚めるということね……」
それはまさに、ぐーちゃんが言っていた事だ。
「そうそう! 分かってるじゃないか」
ぐーちゃんは獣人ではなくて「グール」であるのは確かなようだ。
ぐーちゃんが元は人間だったと言われると少し疑問だ。
確かに外見以外は私達と変わりはなかった。
でも、本を読んだり一緒にいるだけで外見があそこまで変わるなんてあるのだろうか。
「あの、それで本当に人を食べたり?」
私は恐々、気にかかっている事を口にした。




