671話 帰宅です
王都に戻ってからはそれはもう慌ただしい日々だった。
家族は、黙って消えた私を責めることなく優しく迎えてくれた。
両親は泣きながら喜び、兄は私を息が出来ないくらい抱きしめてくれたものだ。
ずっと中身が普通の子供でない私であることに後ろめたさがあったけれど、それも全部自分自身なのだと今なら思うことが出来た。
時間は掛かってしまったけれど、心の底から家族を受け入れる事が出来たのだから、鉱山での出来事は私に必要なことだったのかもしれない。
家族との団欒を終えた後、私は大聖堂へと足を運び黒山羊様に祈りを捧げた。
無事、家に帰れた感謝と、アニーとぐーちゃんが安寧の地を見つける事が出来るようにと。
2人がアニカからの悪意をどうか回避出来るようにと。
そして懺悔を。
鉱山では、結局一度も教会へは行かなかった。
あそこにあったのは祭司も聖教師もいない、手入れもされない廃教会。
その荒れ果てて朽ちた姿から目を逸らしていた。
賑わっていた当時の威光を取り戻すまでは行かなくとも、せめて出来る範囲で掃除をしたり礼拝しても良いはずだった。
私は黒い雄牛様の力を借りた事で合わす顔がなかった。
だから黒山羊様の元へ足を向ける事が出来なかったのだ。
きっと黒山羊様は、そんな私に麗しい声と眼差しで「そんなことを気にして、バカな子ね」と笑ってのけるだろう。
でも自分の姿を変え、黒山羊様が与えてくれた侯爵令嬢の地位から逃げ出した事が後ろめたかったのは真実だ。
「ただいま帰りました」
像の前で平伏し今回の件の報告をする。
心に染みわたる光と温かさを実感した。
この安寧をもたらすのが地母神と呼ばれる黒山羊様なのだ。
愚かで無鉄砲な私も彼女の子供のひとりであると思い知る。
そして変わらぬ信心を心に誓った。
久しぶりに祈りを捧げて、やっと本当に家に帰ってきたのだと実感することが出来た。
周りには黒い雄牛様が置いていった私そっくりの人形のせいで必要以上に心配をかけることになってしまったので、当分はエーベルハルトの王都の邸宅で過ごすことになっている。
くだんの人にしか見えない人形は、その不可思議な技術から表に出すのは不味いということで秘匿される事になるそうだ。
当分は公務も控えて大人しくするよう言われている。
著名な医者達を混乱させてしまい、社交界では私が原因不明の病で伏せっていると広まっている。
そこで突然元気になりましたと表舞台に現れては医者達の面子にもかかわるのだ。
彼らには落ち度はなかった訳だし、鉱山の話が王室から正式に発表されれば、私がそちらに関わった事も伝わるはずだ。
私の関与を隠す事を望んだけれど、それは断られてしまった。
王子が言うには教会の象徴である私と王族が現場に出た事で、この陰惨な事件のもたらす貴族への庶民からの不満を払拭するのが目的だそうだ。
何せオイゲンゾルガー伯爵領の鉱夫の募集は、その条件の良さから庶民の間では抜群の知名度を誇っていたのだ。
呪いの事もあり実際に手を挙げるものは生活に困窮した者か一旗上げたい野心家ばかり。
その中から体格のいい者を選ぶのだから誰しもが参加出来る訳ではない。
実際は、水晶の量や損傷なく頑健な全身骨格の水晶を手に入れる為の値踏みであったのだが、そんな事を知らない町人からすれば、その手にするはずの報酬は羨むものであった。
貴族達も下町の者達に職と高い報酬を与える伯爵を称賛していたのだから、それが連続殺人の為であったとなればいらぬ軋轢を産むものだ。
病の噂も陰惨な事件を暴く為の隠れ蓑だと察した人々が勝手に納得をつけるだろうとの見通しだ。
そう上手くいくのかと疑問に思ったけれど、そういうものだと言われ反論のしようがなかった。
そんな楽観的に構えて上手くいくものかと心配をしていたところ、実際には私の噂など吹き飛んでしまうことが起きることになる。
それは世間を揺るがす事件だった。
ある日突然、全ての朧水晶が白く濁ってくすんだ石に変わってしまったのだから。
最初に気付いたのは商人達だ。
厳重に保管してあった商品の宝石がクズ石に変わったのだから、各々が盗人の仕業か使用人の横領かと犯人探しをし始めた。
身内で犯人が見つからないとなると、警察の役目を持つ衛兵の詰所や自警団に話はよせられ、徐々にその数を増やしていく。
不思議な事にすり替えられたと思われる宝石は朧水晶のみである。
朧水晶を狙った組織的犯行かと捜査を開始するも、一向に実行犯の影も形も見えてこない。
そうこうするうちに朧水晶を個人で購入した者達が小売店や大店の店先に詰め寄り、それは大きな騒ぎへと発展した。
そこで初めて朧水晶はすり替えられたのではなく、クズ石に変質してしまったのだと判明する。
その証拠として、元の水晶と寸分違わぬ形であることが取り上げられた。
財産のひとつでもある宝石が、ある日突然ただの石になってしまったのだから貴族も平民も大騒ぎである。
大金持ちならいざ知らず、流行であるからと背伸びして購入した者達にしたら目も当てられない損失だ。
彼らはその怒りをぶつける先を探し始めた。




