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美女と賢者と魔人の剣  作者: 片遊佐 牽太
第五部 サリータ篇
57/117

056 再戦

 ――甘い匂いが、俺の鼻腔をくすぐる。

 壁に寄りかかって座っていた俺が立ち上がると、未練みれんがあるように白い手が俺の身体をつかんだ。

 俺はそのまま立ち上がり、無言で自分の装備を確認していく。

 そのそばで、ふぅ――と小さな溜息ためいきをついた美女が、仕方なさそうに衣服の乱れを正した。


「陽が傾いている。

 ――護符おめあてまで行くぞ」

 俺がそう声を掛けると、少し気怠けだるそうな赤毛の美女――シルヴィアが、ゆっくりと立ち上がった。


 彼女は床に敷いていたローブを手に取り、ほこりを払いながら身にまとう。

「――ケイ」

 俺の名を呼んだシルヴィアは、俺の腕を抱え込んで頬に唇を寄せる。

「あと少し――頑張るわ」

 俺は微笑みを返すと、シルヴィアと共に次の階層を目指して歩き始めた。



 二階層分ほどある階段を上ると、そこは大きな広間になっており、かたむいた外光がまぶしいぐらいに入り込んでいる。

 部屋の正面中央には、祭壇らしきものが作られていた。

 俺はその祭壇に近づくと、祭壇の上に置かれた箱を慎重に開ける。

「――指輪?」

「――みたいね」

 そう言えば豹男レンツからは、護符タリスマンがどのような形状のものなのかを、具体的に聞けていなかった。

 勝手にお守りのようなものを想像していたのだが、祭壇の上に置かれた銀製の指輪以外に、それらしきものは見あたらない。

「取りあえず、これを持ち帰るか」

「そうね。

 折角だから、一個ずつ持って行く?」

 そう言ったシルヴィアの顔は、妙ににこやかだ。

 何が“折角だから”なのかは、考えないようにしておこう――。


 俺は指輪を二つとも手に取ると、若干不満げなシルヴィアに帰還リターンの魔法陣を用意するように伝えた。

「沢山、話さないといけないことがあるわね」

 シルヴィアの言葉に、俺は闘いの後の出来事を思い起こして、少し困った表情をした。

 それを見たシルヴィアが笑いながら言う。

「心配しないで。グレイスとセレスに、そんなこと言えるわけないじゃない。

 でも――クルトを倒したことは報告しなきゃね?」

「――そうだな。

 じゃあ、さっさとこの試練とやらを片付けて、シルヴィアの活躍を伝えることにしよう」

 俺は内心ホッとしながら笑いかけると、シルヴィアと共に帰還リターンの魔法陣を発動させた。



 帰還リターンの魔法陣によって、俺とシルヴィアは一瞬で試練サリータの塔の入り口まで転移する。

 既に陽は傾いている時間だ。

 試練サリータの塔の庭園は、赤く色づき始め、朝とは全く違った表情を見せていた。

「――おや、戻ってこられたようですね」

 正面から、豹男レンツの声が聞こえてくる。

 豹男レンツは塔の正面にめた馬車に寄りかかり、審判の双斧レトリビューターの手入れをしていたようだ。

「すまない、みんな待たせたな」

 俺がそう声を掛けると、馬車から離れたところにいたグレイスとセレスティアが、少し小走りに近づいてきた。


 俺はそのまま豹男レンツの方へ歩いて行くと、彼に二つの指輪を差し出す。

 豹男レンツは手入れ中だった審判の双斧レトリビューター資産インベントリにしまうと、俺の手から指輪を受け取った。

「これで間違いないか?」

 俺の声に、豹男レンツは指輪をつまみ上げる。

「――確かに、護符タリスマンで間違いありません。

 ご無事に戻って来られて、何よりでした」

 にこやかに豹男レンツが回答した。


 すると、その指輪を横から見ていたグレイスが、微妙なツッコミを入れる。

「指輪が護符タリスマンなのですか?」

 それに豹男レンツはニヤリと笑いながら答えた。

「ええ。

 元々試練サリータの塔は、この国ロアールの貴族が結婚相手に対して勇気を示し、結婚を認めて貰うための“あかし”を取ってくる場所ですから。

 なので、単に魔物モンスターが出てくるだけではなく、様々趣向しゅこうを凝らした試練になっていたはずです。いかがでしたか?」

 その答えに何故かグレイスが、若干ムッとした表情になった。一方のシルヴィアは終始笑顔だ。


 何となく思い返してみると、試練というよりは、何かのアトラクションのような場所だった気がする。

 ただ、容易に進める場所と、難所とのバランスは最悪ではあったのだが――。

 俺はそれを踏まえて、豹男レンツに若干吐き捨てるように言った。

魔石像ガーゴイルや迷路はいいとしても、名前付きネームドはやり過ぎだ。

 それに、走り幅跳びまでさせられたしな。

 あんなのでこの国ロアールの貴族は、ちゃんと護符タリスマンまで到達クリアできるのかい?」

 ところが俺の言葉に、豹頭レンツいぶかしげな表情になった。

名前付きネームド? 走り幅跳び――?

 何のことでしょうか?」

「――え?」


 顔を見合わせた俺とシルヴィアに、豹頭レンツが詳しく説明してくれた。

 それによると、帯状に床が無い場所――つまり、俺が行動加速ヘイストを掛けてジャンプした場所は、部屋のすみの魔法陣を破壊すれば魔法が使え、簡単に進むことができたらしい。

 名前付きネームド呪魔人形マジックゴーレムに至っては、本来は攻撃を防御しながらそのまま次の階層に向かうもので、倒すことは想定していなかったようだ。

「は、ははは――」

「あらら――。

 あたしたちが、勝手に難易度を上げてただけなのね」

 俺もシルヴィアも、さすがにこれには苦笑する。


「――そうそう、忘れちゃいけない“大事なこと”が一つあった」

 俺が気を取り直してそう言うと、豹男レンツは素直に反応を返してきた。

「おや、何かございましたか――?」

 変わらず笑みを絶やさない豹男レンツを見ながら、俺は彼の目の前に右手の拳を突き出す。

「さて――。

 あんた、殴られるのは右頬がいいか左頬がいいか、どっちだ?」

 その不穏ふおんな発言に、豹男レンツが一瞬固まる。


 だが、それを聞いていたグレイスは、俺の発言が意味しているところを即座に理解したようだ。

 驚きで目を見開いたまま、俺にそれを確かめようとする。

「ケイ、まさか“魔人”が――」

 俺はそれに応えるように言った。

「その、まさかさ。

 試練サリータの塔に“魔人”がいたら、あんたを一発殴る約束だっただろう?」

 豹男レンツは、それを聞いて、再び笑みを浮かべながら口を開く。

「塔の中で本当に魔人に遭遇そうぐうされたのですか。

 ですが、無事に戻られたということは、その魔人は――?」

 俺はシルヴィアの方を見て、彼女の発言を促した。

 シルヴィアは、セレスティアとグレイスの顔を見てから発言する。

「現れた魔人は、あいつ――クルトだった。

 きびしい闘いだったけど、何とかケイとあたしで倒せたわ。

 ここまでずっと追いかけて来たけど――やっとクライブのかたきを討つことができた」

 その発言に、セレスティアとグレイスの顔が再び驚きに染まる。

「あのクルトを――」

 セレスティアの言葉を引き継ぐように、グレイスは優しい笑顔でシルヴィアに言った。

「とうとう、成し遂げたのですね」

「――ええ」

 それに応えたシルヴィアの顔は、ある種の感慨かんがいに満ちている。そして――その目は、少し潤んでいるようだった。


 グレイスは、ゆるやかにシルヴィアの身体を抱きしめると、シルヴィアの耳元でそっとつぶやく。

「こう言って良いのかどうか、判りませんが――。

 ――おめでとう、シルヴィア」

 夕焼け空を背景に、重なる美女の影が、長く長く、美しい庭園に伸びていた。




 豹男レンツは抱き合うグレイスとシルヴィアを見届けながら、仕方なく観念したように俺に言う。

「さてと――。

 お約束した以上は、それを守らない訳にはいきませんね。

 私は、右でも左でも構いません。お好きな方をどうぞ」

 俺はそれを聞いて、そのまま殴りつけるような仕草モーションを取ったが、豹男レンツの頬に触れることなく腕を降ろす。


 俺はニヤリと笑って、豹男レンツに言った。

「折角の権利なんだが、俺はその権利をセレスティアに委任いにんすることにした」

 そう言われて、それまで完全に話を聞く側に回っていたセレスティアがハッとする。

 俺はあごを動かして、セレスティアに発言するよう促した。


 彼女は決意を秘めて、口を開く。

「ケイ――機会チャンスをくれて、感謝する。

 元騎士である私は、無抵抗の人を殴るのには抵抗がある。

 なので、私は再び勝負を挑み、その中であなたを正々堂々倒してみせる。


 レンツどの――認められていないのは、あと私ひとりなのだ。

 改めて闘って、この力を証明してみせたい。

 受けてくれるだろうか?」

 セレスティアの真剣な眼差まなざしに、豹男レンツは無言になる。


 しばらくの沈黙が流れた後、豹男レンツは笑みを浮かべて話し出した。

「――判りました。

 首都サリータに戻り、セレスティアどのと勝負いたしましょう。

 ヴァイスさまには私からお伝えします」

 その回答を聞いて、パッと表情に花を咲かせたセレスティアに、俺は微笑みで応えるのだった。




 俺たち四人と豹男レンツ首都サリータに戻り、早速竜人ヴァイスに報告を行うことになった。

 既に陽が落ちて夜になっていたのだが、竜人ヴァイスは俺たちが休む控え室まで足を運んで来る。

 俺は、出来るだけつまんで、重要なポイントだけを伝えていった。


 試練サリータの塔で、俺とシルヴィアが間違いなく護符タリスマンに到達したこと。

 塔の中で俺たちが捜していた魔人クルトと遭遇し、倒したこと。

 セレスティアが再び豹男レンツに闘いを挑んだこと。


 竜人ヴァイス護符タリスマンのところはあっさりと聞き流したが、俺たちがクルトを倒したというところで表情を変え、次にセレスティアが豹男レンツに勝負を挑んだというところで、声を出して笑い出した。

 その笑い方が若干嘲笑ちょうしょうじみた調子だったため、俺は少々心配になったのだが、竜人ヴァイスはあっさりセレスティアと豹男レンツの勝負をり行うことを認めた。


「今日は疲れただろう。

 明日は休息を取り、勝負は明後日あさってとする」

 セレスティアは竜人ヴァイスの発言を聞いて、神妙にうなずく。

「言っておくが、レンツは聖騎士デイムが思っている以上に手強てごわいぞ。

 折角の機会だ。せいぜい足下をすくわれぬようにな」

 竜人ヴァイスはそう言い残すと、俺たちの控え室から退出していく。


 ――明日一日の猶予ゆうよがあるのはありがたい。

 俺はセレスティアと共に、その短い期間で、必勝の体勢を整える必要があった。




 翌日、俺たちは闘技場にもることになった。

 シルヴィアはちゃっかり寝坊しているが、俺たち四人で豹男レンツとの闘いを優位に進める方法を、編み出さなければならない。


 今、セレスティアはグレイスと向き合い、模擬戦を行っている。

 どんな攻撃も避けているグレイスと、どんな攻撃も受け止めているセレスティアの勝負は、傍目はために見ていても、なかなか決着がつく気配がない。


 ふと、俺はセレスティアを凝視し、彼女の状態ステータスを確認してみることにした。


**********

【名前】

 セレスティア・パスカリス

【年齢】

 20

【クラス】

 重装騎士タンカー

【レベル】

 41

【ステータス】

 H P:5892/6046

 S P:1810/1810

 筋 力:861

 耐久力:1702

 精神力:1113

 魔法力:940

 敏捷性:776

 器用さ:563

 回避力:712

 運 勢:1193

 攻撃力:1374(+513)

 防御力:2763(+1061)

【属性】

 光

【スキル】

 光属性魔法4、回復魔法4、挑発タウント9、シールドバッシュ、シールドブロウ、串刺し(スキュア)、生活魔法、魔力制御2、体術3、剣術5、槍術7、棒術2、突術4、精神集中3、属性耐性6、精神耐性9、状態異常耐性★、睡眠耐性5、苦痛耐性6、病気耐性4、自動体力回復4、自動魔力回復1、ハーランド語

【装備スキル】

 衝撃吸収2、痛感吸収

【称号】

 白銀の戦乙女ヴァルキリー聖騎士デイム、蛮族狩り、獣人狩り、魔法剣士、治癒術士、美人騎士、クランシー信者

【装備】

 聖乙女の長剣ジャクリーン(攻撃力+513、防御力+44):セット効果

 聖乙女の盾シールドオブライン(防御力+214):セット効果

 聖乙女の鎧アーマーオブライン(防御力+803):セット効果

【状態】

 クランシーの加護LV8

**********


 ――セレスティアの状態ステータスを見て、いくつか気づいたことがある。


 まず、ひとつ目は今回のロアール式の対決方法が、彼女に向いていないということだ。

 ロアール式の対決方法は、鎧を脱いで闘うことになる。

 セレスティアの鎧は、ユニーク装備の“聖乙女の鎧アーマーオブライン”だ。

 状態ステータスを見たら判る通り、彼女の防御力の中で、この“聖乙女の鎧アーマーオブライン”に対する依存度はかなり高い。

 しかも“聖乙女の鎧アーマーオブライン”を外すと、セット効果がなくなる。セレスティアは、更に攻撃力も防御力も低下することになる。

 攻撃偏重へんちょうの獣人らしい対決方法ではあるのだが、そもそも対決方法が不利であるということを頭に置いておかなければならない。


 ――ふと、セレスティアの状態ステータスを見つめていた俺は、状態ステータスの中の一つのパラメータに目を留めた。

 そのまましばらく考え、思考をまとめる。


「――セレス、ちょっといいか?」

 俺は模擬戦を行っていたセレスティアに声を掛けると、闘いを中断した彼女に改めて話し続けた。

「ひとつ試して欲しいことがあるんだが――」


 そうして、セレスティアは汗をぬぐいながら、俺の言葉に耳を傾けるのだった。




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