第四話 勘違いは加速する(前半)
「ひっ……!」
翌日の朝、俺が下駄箱で上履きに履き替えていると、すぐ隣から短い悲鳴が聞こえた。
視線を向けると、そこには昨日、裏山で化けヒョウ――改め、太郎に襲われていたクラスメイトの男子がいた。
たしか名前は、佐藤だったか、鈴木だったか……まあ、そんな感じの奴だ。
佐藤(仮)は、俺と目が合った瞬間に文字通り飛び上がり、ガタガタと目に見えて震え出した。
(おいおい。口止めはしたが、そこまで怯えなくてもいいだろうに)
「おい」
俺が声をかけると、奴の顔から一気に血の気が引いた。
「っひゃ、ひゃいっ!」
「昨日のこと、誰にも言ってねぇだろうな」
「は、はいっ! ぜ、絶対に誰にも言ってません! 警察にも、先生にも、親にも、誰にも! だから命だけは……っ!」
半泣きで必死に手を振る佐藤(仮)。
命って。
大袈裟なやつだな。
俺はただ、化物の存在や御神刀のことが公沙汰になると面倒だから釘を刺しただけなのだが。
「ならいい。学校では話しかけるなよ」
それだけ言い残し、俺は自分の教室へと向かった。
活字の海が俺を待っている。
だが、俺は気づいていなかった。
この下駄箱でのやり取りを、他のクラスの連中が物陰からバッチリ目撃していたことに。
◇◆◇
「おい、聞いたか……? 神樹の奴、ついにウチのクラスの奴にまで手を出したらしいぞ」
「やっぱりあの傷、どっかの不良グループと抗争でもしてできたやつなんだ……」
「佐藤の奴、今朝下駄箱で『命だけは助けてくれ』って神樹に土下座してたって噂だぞ……」
1時間目の休み時間。
席に戻って文庫本を開いていた俺の耳に、周囲のひそひそ話が嫌でも飛び込んでくる。
(……いや、誰が土下座させたんだよ)
ページをめくる指が、少しだけピクリと跳ねる。
活字の海に飛び込もうとしても、あまりに突拍子もないデマのせいで、文字が滑って頭に入ってこない。
昨日、佐藤(仮)が襲われていたのは『化物』だ。
そして俺はそれを助けてやったはずなのだが、なぜか周囲の認識では、俺が佐藤(仮)を脅迫して子分か何かにしたことになっているらしい。
(勝手に言ってろ、とは思うが……。さすがに尾ひれがつきすぎだろ)
やれやれと内心でため息をついていると、俺のランドセル――じゃなかった、机の横にかけてあるバッグが、中から『モゾッ』と不自然に動いたような気がした。
(……気のせい、だよな?)
バッグのジッパーはしっかり閉まっているはずだ。
だが、その中には、朝どうしても俺についてくると言って聞かなかった、元・化けヒョウの『太郎』が忍び込んでいる可能性が、極めて高かった。
太郎、可愛いです。




