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第2話

遠くから悲鳴が聞こえる。


やがてサイレンの音が近づいてきた。


救急車。


消防車。


警察車両。


けたたましい音を響かせながら次々と現場へ向かっていく。


春の穏やかな朝は、一瞬にして消え去っていた。


父はようやく我に返った。


「自宅に帰って職場に連絡しないと。」


私も頷いた。


私もまた市役所に勤めていた。


父娘は同じ市役所で働いている。


だが今日は到底仕事どころではない。


しばらくして、市役所から連絡が入った。


バス爆発事件の影響で交通機関が全面的に混乱しているという。


さらに警察はテロの可能性も視野に捜査を始めていた。


二人には自宅待機の指示が出た。


父は電話を切ると静かに言った。


父がその事を告げると


私は黙って頷いた。


燃え上がるバスを見つめながら。


長い冬が終わり。


雪解けも終わり。


ようやく春が訪れようとしていた。


そんな朝の出来事だった。


父は車を持っていなかった。

 市役所からは自宅で待機するように言われている。

 出かけようにもバスは止まり、他に移動手段もなかった。

 父はリビングの椅子に腰を下ろした。

 そして、白黒テレビのスイッチを入れた。

 しばらくするとニュースが始まった。

 画面には爆発したバスの映像が映し出されている。

「本日朝、市内で発生したバス爆破事件について、警察はテロの可能性もあるとして捜査を進めています――」

 父は黙って画面を見つめていた。

「あっ、パパ、お茶でも入れるね」

「ああ、ありがとう」

小さなキッチンで湯を沸かし始める。

 やかんの蓋が小さく震え始めたころだった。

 玄関のブザーが鳴った。

 私は手を拭きながら玄関へ向かった。

 扉を開くと、警察官が二人立っていた。

 濃紺の制服に身を包み、どちらも険しい表情をしている。

 その瞬間、奥から父が姿を現した。

「セリーヌ、リビングに行っていなさい」

 穏やかな声だった。

 だが、有無を言わせない響きがあった。

「う、うん」

 私は素直に従った。

 もっとも、この家は広くない。

 寝室が二つと、小さなリビング。

 話し声を隠せるような造りではなかった。

 リビングの椅子に腰掛けながらも、玄関で交わされる会話は自然と耳に入ってくる。

「爆発したバスについてお聞きしたいのですが」

「何度も言っていますが、私は見ていません」

 父の声だった。

「爆発音が聞こえたので窓から見ただけです」

「しかし、目撃者は――」

 警察官の声が続く。

 私はぼんやりと聞いていた。

 こういうことは珍しくなかった。

 近所で何か事件が起きても、警察が聞き込みに来ても、父は決まってこう言う。

 知らない。

 見ていない。

 分からない。

 いつもそうだった。

 だが今回は違う。

 人影を見たかどうかを聞かれるような話ではない。

 バスが爆発したのだ。

 もし自分たちがあのバスに乗っていたら――。

 そう思うだけで背筋が寒くなる。

 その時だった。

 警察官の声色が変わった。

 少し強くなったのだ。

「だから、あなたたちがバスに乗ろうとしているところを見た人がいるんです」

 私は思わず顔を上げた。

 確かにその通りだった。

 今朝、父と自分はバス停へ向かっていた。

 それは間違いない。

 しばらく沈黙が続く。

 やがて父が静かに答えた。

「人違いでしょう」

 それだけだった。

 次の瞬間、玄関の扉が閉まる音がした。

 警察官たちは帰ったらしい。

 しばらくして父がリビングへ戻ってきた。

 何も言わない。

 ただ椅子を引いて腰を下ろした。

 テーブルの上には、すっかり冷めてしまったお茶が置かれている。

 父はそれを見て小さく笑った。

「せっかくのお茶が冷めたじゃないか」

「もう一度温めるよ」

 私は立ち上がった。

 それ以上の会話はなかった。

 なにも聞かない。

 なにも話さない。

 それがいつの間にか二人の日常になっていた。

 だが、仲が悪いわけではない。

 休みの日には一緒に公園へ行く。

 たまに外食もする。

 誕生日には必ずプレゼントを用意してくれる。

 優しい父だった。

 それは間違いない。

 ただ――。

 最近になって思うことがある。

 父は何かを隠しているのではないか。

 そう感じる瞬間が少しずつ増えていた。

 けれど、その疑問はいつも途中で消えてしまう。

 十年前。

 戦争によって国が南北に分断された混乱の中で、孤児院にいた自分を引き取ってくれたのは父アランだった。

 六歳だった。

 母とは離れ離れになったまま、生きているのかさえ分からない。

 そんな自分を育ててくれた。

 学校へ通わせてくれた。

 食べさせてくれた。

 そして愛してくれた。

 だから、それ以上は必要なかった。

 父が何者なのか。

 どんな過去を持っているのか。

 そんなことはどうでもよかった。

 私にとって大切なのはただ一つ。

 アランが父であること。

 それだけだった。


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