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第1話

春の柔らかな陽光が窓辺を照らしていた。


カタン――。


カタン、カタン――。


静かなアパートの一室に、不規則なタイプライターの音だけが響いている。


私は真剣な表情でキーを打っていた。


打ち間違いがないか、一文字ずつ確かめながら。


机の上には何枚もの紙が置かれている。


窓の外では、長い冬を越えた街がゆっくりと目を覚まし始めていた。


雪解けはすでに終わり、街路樹には小さな若葉が芽吹いている。


その時だった。


「セリーヌ! セリーヌ!」


アパートの下から声が聞こえた。


「早くしないとバスに乗り遅れるぞ!」


私は顔を上げた。


慌てて窓を開ける。


三階の窓から身を乗り出すと、父のアランが見上げていた。


「パパ、ちょっとだけ待って!」


私は笑いながら答えた。


「すぐ降りるから!」


パパは苦笑した。


「毎朝それだな。」


私は急いで机へ戻る。


あと数文字。


それだけだった。


カタン。


カタン。


最後の一行を打ち終える。


紙を引き抜き、丁寧に折りたたむ。


そして封筒へ入れた。


満足そうに頷くと、コートを羽織り部屋を飛び出した。


階段を駆け下りる。


古びたアパートの扉を開けると、春の風が頬を撫でた。


「ごめん、お待たせ。」


「本当にぎりぎりだな。」


父は呆れながら笑った。


二人は急ぎ足で歩き出した。


アパートから数メートル先に、小さな赤いポストが立っている。


私は封筒を取り出した。


ほんの一瞬だけ手紙を見つめる。


そして静かに投函した。


カタン。


封筒が落ちる音がした。


それを確認してから顔を上げる。


視線の先にはバス停があった。


だが――。


「あ……」


思わず声が漏れた。


バスが発車していた。


ゆっくりと動き出し、すでに停留所を離れている。


父が両手を広げた。


「間に合わなかったな。」


「ごめんなさい……」


「まあ仕方ないさ。」


そして少し笑って聞いた。


「手紙は出せたのか?」


私は頷いた。


「うん。」


その瞬間だった。


轟音が街を切り裂いた。


ドォォォォン――!!


大地が震えた。


窓ガラスが激しく揺れる。


私は反射的に耳を塞いだ。


何が起きたのか理解できなかった。


音のした方を見る。


そして言葉を失った。


炎だった。


黒煙だった。


先ほどまで走っていたバスが、巨大な火柱を上げて燃えていた。


「……!」


息が止まる。


心臓が凍りつく。


父も呆然としていた。


誰も動けなかった。


もし――。


もし、あの手紙を書いていなかったら。


もし、あと数分早く家を出ていたら。


もし、あのバスに乗っていたら。


そう考えた瞬間、全身が震え始めた。


足に力が入らない。


私はその場に立ち尽くした。


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