第15話
◇
セリーヌとアンドレは家へ戻った。
だが、家に帰ってもセリーヌは元気がなかった。
アンドレは思った。
無理もない。
六歳の頃から父と二人で生きてきたのだ。
アンドレはどう声を掛けていいか分からなかった。
それでも一つだけ分かっていることがあった。
アランは良い父親だった。
五年前。
取調室で胸ぐらを掴んだ時に見た涙。
あの涙が全てを物語っていた。
届かない手紙。
それは暗号であると同時に、アランとセリーヌの時間でもあった。
そして今も。
セリーヌは毎日手紙を書いている。
宛先のない手紙を。
アンドレは何度も迷った。
本当のことを伝えるべきか。
だが、それを告げればセリーヌの大切な思い出まで壊してしまう気がした。
だから言えなかった。
代わりに母親を探し続けた。
しかし五年かけて分かったことはわずかだった。
北の国のある町で生きているかもしれない。
それだけだった。
それでもセリーヌは手紙を書き続けた。
一日も欠かさずに。
◇
さらに五年が過ぎた。
年が明けた頃から、世界は騒がしくなった。
自由を求める声が各地で上がり始めたのだ。
その中でも最も注目されていたのは、この分断された南北の国だった。
統合を求める人々が日々国境へ集まる。
抗議。
デモ。
衝突。
混乱は日に日に大きくなっていった。
特に北では政情不安が続いていた。
私は毎日のようにニュースを見ていた。
母が巻き込まれていないだろうか。
無事だろうか。
不安は募るばかりだった。
そんなある日だった。
北の独裁的な支配者が失脚した。
そして同じ頃。
アンドレのもとに一本の電話がかかってきた。
北にいるアンドレの親友、トーマスからだった。
電話の向こうは騒がしかった。
『北は大混乱だ』
トーマスが言った。
『人がどんどん南へ流れている』
アンドレは黙って聞いていた。
そして次の言葉に息を呑んだ。
『母親らしい人物を見つけた』
「……何だって?」
『国境近くの町に住んでいた』
アンドレは受話器を握り締めた。
『セリーヌの名前を出したら泣き崩れた』
言葉が出なかった。
『今からその人に会いに行く』
電話が終わった時、アンドレはしばらく動けなかった。
そして振り返る。
そこにはセリーヌが立っていた。
話の内容を聞いていたのだろう。
呆然としていた。
「えっ……」
「本当に……?」
「会えるの……?」
十年。
いや、十五年。
ずっと。
ずっと。
ずっと会いたかった母。
セリーヌの目から涙が溢れた。
「ママに……会えるの?」




