第12話
それから月末になった。
初めてのお給料の日だった。
名前を呼ばれ、私は封筒を受け取った。
実はこれで二回目だった。
一回目は、そのまま父に預かってもらった。
だから自分で給料袋を開けるのは今日が初めてだ。
私は福祉課に勤めていた。
戦争で家族を失った人や、高齢者の生活を支える部署だ。
といっても、私の仕事は先輩たちと一緒に話を聞きに行ったり、必要な物を手配したりすることが中心だった。
正直、誰にでもできる仕事かもしれない。
それでも私はこの仕事が好きだった。
今日までのバス代も結構かかっていた。
先に立て替えて、後から精算してもらう仕組みだったので、その分は別にもらった。
給料袋は大事に鞄へしまった。
帰ってから神様に感謝して開けようと思った。
家に着く。
テーブルに座り、そっと封を開けた。
お札と硬貨を取り出して数える。
思ったより多かった。
私は思わず笑顔になった。
これなら何とか生活できる。
無駄遣いはできないけれど、私には十分だった。
今週の日曜日はアンドレさんと会うことになっている。
あの喫茶店で。
母の情報を聞くためだ。
もちろん、そんな簡単に見つかるとは思っていない。
それでも探してくれている。
それだけでありがたかった。
ふと、あの日のことを思い出した。
――コーヒーはブラックで。
また言うのかな。
アンドレさん。
コーヒーは誰が見ても黒いのに。
わざわざブラックでって。
考えると少しおかしくなった。
あの時はそんな余裕もなかったけれど、今になって思い出すと何だか笑ってしまう。
いろんな意味で日曜日が楽しみだった。
当日。
私は鏡の前で困っていた。
初めての化粧だった。
何度やってもうまくいかない。
結局、少し遅刻してしまった。
慌てて喫茶店の扉を開く。
カランカラン――。
ベルの音が鳴った。
アンドレさんはすぐにこちらへ気づいた。
そして、にこっと笑った。
でも私は別のものが気になっていた。
テーブルの上。
アンドレさんの手元。
あっ。
もうコーヒーが来てる。
私は小さく肩を落とした。
あーあ。
コーヒーはブラックで。
聞きそびれちゃった。
「どうかしましたか?」
少しがっかりした顔に見えたのだろうか。
アンドレさんが不思議そうに尋ねた。
まさかコーヒーの話をするわけにもいかない。
「いえ」
私は曖昧に笑ってお茶を濁した。
母を探してくれると言ってくれてから、これが初めての報告の日だった。
もちろん、何か良い知らせがあったわけではない。
どんなルートで探しているのか。
生き別れた当時の状況。
母が住んでいる可能性のある地域。
そういった情報を少しずつ集めている段階らしかった。
それでも嬉しかった。
私は十年間、手紙を書き続けることしかできなかったのだ。
実際に探してくれる人がいる。
それだけで十分ありがたかった。




