ルナ(一)
第十一章 ルナ(一)
アルクとリアは艦橋に戻った。
ノアとルナが少し遅れて入ってくる。
全員が揃った。
ルナはいつもの操舵席に座る。
ノアはその隣の操作卓に座り、ガロンは後方の壁際に立つ。その部下三人は少し離れたところにいた。
アルクは艦橋の中央まで進んだ。
リアも何も言わず、壁際に立つ。
ルナは一度だけ二人へ視線を向けた。
アルクが皆に説明する。
「公式訪問は三日間、延期されるが、継続。
俺たちには、引き続き、護衛の依頼が来た。」
「やっぱり帰らないんだ。」
ルナが誰に言うでもなく、つぶやくように言う。
「殿下らしいね。」
ノアが言った。
「足、痛めてるのに?」
「訪問先を減らす。日程も短くする。」
「それでも続けるんだ。」
「ああ。」
アルクは会議で決まった内容を順に説明した。
アウローラの艦内警備は、ほぼ全面的に組み直される。
警備は皇女区画を含め、親衛艦隊の警備部隊が担当する。
通信については、艦長席と皇女区画、親衛艦隊との間には独立回線を設ける。
ノアが聞きながら、指を一本ずつ折っていく。
「艦内警備を交換して、通信を分けて、親衛艦隊を中に入れる。」
「ああ。」
「管制は?」
「調べ直す。」
「全部?」
「皇女区画と、そこへつながる系統は全部だ。」
ノアが椅子の背にもたれた。
「もう一回、ティオを誘拐されたら、ただじゃ済まないもんね。」
「一回でも、ただじゃ済まねえだろう。」
ガロンが言う。
「それはそう。」
ノアが答える。
アルクが続ける。
「俺たちの護衛の件だが……」
艦橋の空気が少し変わった。
ルナの手が操艦桿から離れる。
だが、アルクの方は見ない。
ノアが尋ねる。
「今までと同じ?」
「同じだ。」
ブラッククラウン号は、アウローラを守るために編成された護衛艦隊の一部ではない。
指揮下にも入っていない。
アウローラの近くを航行する。
必要に応じて情報を交換する。
異常が起きれば動く。
それ以上でも、それ以下でもない。
今回の救出も、その延長だった。
「二つ、注文。」
ノアが話を続ける。
「アウローラから受け取る艦内情報を増やしてほしい。
あと、非常時の管制権限。
権限の委譲手順を事前に決めて欲しい。今回は、たまたま艦長が臨機応変に対応してくれたけど。
緊急時には、一定の条件が成立したら、すぐ権限を移せるようにしておいた方がいいよ。監視、隔壁、艦内通信とか、いろいろ。」
アルクがうなずく。
「今のノアの条件が受け入れられれば、護衛を引き受けるということでいいか?」
ルナを除いて、全員がうなずく。
ルナはパネルの表示を見ていた。
アウローラとの接続状態。
二隻の相対位置。
固定具の負荷。
どれも正常だった。
「ルナ。」
アルクに呼ばれて、ようやく振り返る。
「聞いてる。」
「護衛を続けるのに反対か?」
「反対じゃないよ。途中で放り出したら意味ないでしょ。
ここまで来たなら、最後までやった方がいい。」
「そうか。」
「うん。」
それで護衛の話は終わった。
「アウローラの近くにいて、何かあれば動く。
今までと同じだな。
今度はノアが好き勝手できるおまけ付きだ。」
ガロンが言う。
「好き勝手じゃないよ。」
ノアがすぐに返す。
「必要な時だけ。」
「お前の場合、その必要の範囲が広そうだ。」
「ガロンよりは慎重だよ。」
「言うじゃねえか。」
ガロンの部下の一人が小さく笑った。
艦橋の空気が、少しだけ緩む。
だが、ルナだけ、表情が硬い。
アルクはそれを見ていた。
リアも見ていた。
全員が席を立とうとした時だった。
「待って。」
ルナが言った。
ノアの動きが止まる。
ガロンも振り返った。
ルナは操艦席から立ち上がった。
今度は、アルクをまっすぐに見ている。
「護衛の話は終わったよね。」
「ああ。」
ルナの視線がリアへ移る。
そして、もう一度アルクへ戻った。
「じゃあ、次。」
ルナが続ける。
「食事区画、行こう。
三人で話すって言ったでしょ。」
三人で。
ルナは、そう言った。
「分かった。」
アルクが答える。
リアは黙って二人を見ていた。
ガロンが部下三人へ顎を向けた。
「俺たちは外すぞ。」
ノアが自分を指さしてルナに聞いた。
「僕も?」
ルナは、迷わず答えた。
「ノアも。」
「……そっか。」
ノアは何か言いたそうだった。
だが、言わない。
ガロンがその肩を軽く叩く。
「行くぞ。」
「押さなくても行くよ。」
「なら歩け。」
ノアとガロンたちが艦橋を出ていく。
ルナも操艦席を離れた。
アルクとリアを見てから、先に扉へ向かう。
「三人で話すから。」
誰に確認するでもなく、ルナは言った。
アルクがその後を追う。
リアは一拍遅れて歩き出した。
***
食事区画には、誰もいなかった。
普段なら、誰かが休憩したり、ノアが端末を持ち込んで作業していたりする時間だった。
今は、長い卓と椅子だけが並んでいる。
ルナが先に入り、卓の中央まで進んだ。
アルクが続く。
リアが最後に入り、扉を閉めた。
ルナは座らなかった。
アルクとリアを見ている。
アルクも立ったままだった。
リアは一度椅子へ視線を向けたが、腰を下ろさなかった。
三人とも立っている。
しばらく、誰も口を開かなかった。
船内には、いつもの低い機関音が流れている。
アウローラと接続しているため、ときどき床に小さな振動が伝わった。
アルクが先に言う。
「何を話す?」
ルナがアルクを見る。
「分かってるでしょ。」
「だいたいは。」
「だいたい。」
ルナはその言葉を繰り返した。
それから、リアへ視線を移す。
「じゃあ最初に、リアに聞く。」
リアはまっすぐにルナを見た。
「はい。」
「さっき、アルクと何を話してたの?」
リアの指先がわずかに動いた。
「先ほど、お話ししたとおりです。」
「ブラッククラウンを離れるかどうか?」
「はい。」
ルナが一歩、リアへ近づいた。
「途中まで、何を言ったの?」
リアは、わずかに視線を逸らした。
アルクがルナを見る。
「ルナ。」
「アルクには聞いてない。」
言葉は強かった。
だが、声を荒らげてはいない。
ルナはリアから視線を外さなかった。
「最後までは言ってないんでしょ。」
「はい。」
「それ以上、何を言おうとしたの?」
リアは口を閉じた。
卓の下で、左手が右手首に触れる。
そこには、いつもの手袋の留め具がある。
「今は、話せません。」
ルナの眉が動いた。
「アルクには話そうとしたのに?」
リアは返事をしない。
「私には言えない?」
リアは無言でうなずく。
ルナの呼吸が少しだけ深くなる。
アルクが口を開いた。
「無理に聞くな。」
ルナの視線がアルクへ向いた。
「どうして。」
「リアが言いたくないことを、無理に聞くな。」
「アルクは分かってるんでしょ。」
アルクは一度、リアを見た。
リアは何も言わない。
「だいたいは。」
ルナの表情が変わった。
ほんの少し。
「また、だいたい。」
「ああ。」
「リアが何を言おうとしたのか、分かってる。」
「たぶん。」
ルナはアルクを見たまま、何も言わなかった。
数秒。
それから、ゆっくりと腕を組んだ。
「優しいんだね。」
アルクは答えない。
「リアには。」
「そういう話じゃない。」
アルクが慌てて答える。
「じゃあ、どういう話?」
「ルナ。」
今度はリアが呼んだ。
ルナは振り返る。
リアは静かな声で続けた。
「アルクは私だけを特別に扱っているわけではありません。」
ルナは深いため息をついた。
「分かってる。」
「では――」
「分かってるから、聞いてるの。」
ルナはアルクを見る。
「私は?
私には、何か聞いてくれた?」
アルクの眉がわずかに寄った。
「何を?」
「そういうところ。」
ルナの声が少し厳しくなる。
「リアが何を言おうとしたのかは分かってる。
ティオがアルクのこと好きなのも、もう分かってる。」
そこで、ルナは一拍、置いた。
「じゃあ、私のことは?」
アルクはルナを見る。
「分かってる。」
即答だった。
ルナの動きが止まる。
「……分かってるの?」
「ああ。」
「いつから?」
アルクは少し考えた。
「分かってきたのは最近だ。」
「最近?」
「前は、そこまで考えてなかった。」
「私は、ずっと分かるようにしてたつもりだけど。」
ルナは、額に眉を寄せた。
「それも今は分かってる。」
ルナは卓へ手をついた。
強く叩いたわけではない。
ただ、両手を置いた。
「それ。」
アルクは黙っている。
「それが嫌なの。」
「何が?」
「分かってるって言うだけ。」
アルクの表情がわずかに変わった。
ルナは大きな声は上げていない。
それでも、言葉の間が短くなっている。
「リアが言えないなら、無理に聞かない。
それはいいよ。」
「ティオが何を考えてるのかも、分かってる。
それもいいよ。」
ルナは一度息を吸った。
「でも、全部分かってるのに、アルクは何もしない。」
リアがルナを見る。
ルナの手は、卓の上に置かれたままだった。
指先に力が入っている。
アルクが言う。
「何もしてない……わけじゃない。」
「じゃあ何したの?」
アルクは答えに詰まった。
ルナが続ける。
「リアには、何か言った?」
「話はした。」
「ティオには?」
「結婚は断った。」
「私には?」
アルクは黙った。
その沈黙が、少し長かった。
ルナが小さく笑った。
楽しそうな笑いではなかった。
「何もないよね。」
「ルナ……。」
「私、結構、言ってきたと思うんだけど。」
声が少し落ちた。
「アルクのそばにいたいって。
離れたくないって。
ずっと一緒にいるって。」
アルクは聞いている。
「分かってないから、仕方ないと思ってた。」
ルナは卓から手を離した。
「アルクだから。」
少しだけ肩をすくめる。
「こういうの、分かんないんだろうなって。」
ルナは自分の表情を隠すように下を向いた。
「でも、今は分かってるんでしょ。」
「ああ。」
アルクが答える。
ルナはその返事を聞き、唇を閉じた。
「そっか。」
それだけ言った。
アルクが一歩近づこうとする。
「ルナ。」
「まだ!」
ルナが顔を上げた。
「まだ話、してるから。」
アルクは足を止めた。
ルナは一度、リアを見る。
それからアルクを見る。
「格納庫のことも、ちゃんと話したい。」
アルクの表情がわずかに変わった。
リアもルナを見た。
ルナは二人から視線を外さなかった。
「私、全部見てたから。」




