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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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リア(五)

第十章 リア(五)


通路の向こうに、ルナが立っていた。

壁に背を預け、腕を組んでいる。

操舵席にいた時とは違い、上着を着替えていた。

ルナの視線が、開いた扉の中へ向く。

アルク。

その少し後ろにいるリア。

壁際に積まれた輸送箱。

ほかには誰もいない。

「何してたの?」

声は平らだった。

アルクが貨物区画から出る。

「話をしていた。」

「二人で?」

「はい。」

リアも通路へ出た。

扉が背後で閉じる。

ルナはリアを見た。

「何の話?」

「救出作戦の確認です。」

リアは答えた。

嘘ではない。

最初は、確かにその話をしていた。

ルナはアルクを見る。

「それだけ?」

アルクは少し考えた。

リアが慌てて横から口を挟む。

「それだけです。」

アルクの視線がリアへ向いた。

「違うだろ。」

リアの動きが固まった。

ルナの眉がわずかに動く。

「何が違うの?」

「アルク!」

リアが小さな声で呼んだ。

アルクはリアをちらっと見る。

「護衛を続けるかどうかも話した。」

アルクは言った。

「それだけです。」

リアが、もう一度重ねる。

ルナは、眉を寄せて二人を交互に見た。

「護衛の話をするのに、わざわざ二人きりになる必要、ある?」

ルナの言葉がきつくなる。

「何を話したの?」

アルクは答えなかった。

リアも口を開かない。

接続部から伝わる低い振動だけが、通路の床を揺らしている。

ルナはリアを見る。

「言えない話?」

「そうではありません。」

「じゃあ、言って。」

リアは少しうつむいて答えた。

「私から、アルクに確認したいことがありました。」

「何を?」

「ブラッククラウンを離れるつもりがあるかどうかです。」

ルナの目がアルクへ向く。

「離れるの?」

「離れない。」

アルクはすぐに答えた。

「そう。」

ルナの肩から、わずかに力が抜ける。

だが、すぐにリアへ視線を戻した。

「それを聞くだけ?」

「はい。」

リアは答えた。

ルナは納得していない。

さらに聞かれる前に、アルクが口を開いた。

「俺が、何も決めていないという話もした。」

リアがアルクを見る。

ルナの表情が険しくなる。

「何を決めてないの?」

アルクは答えようとした。

リアが一歩、進んで二人の間に入る。

「今ここで話すようなことではありません。」

「リアには話したんでしょ。」

「私が聞いたからです。」

「私は聞いちゃ駄目なの?」

「そういう意味ではありません。」

「じゃあ、どういう意味?」

ルナの声は大きくない。

だが、一言ごとに速く険しくなっていく。

「ルナ。」

アルクが言う。

「何?」

「後で話す。」

ルナの目が細くなる。

「後で?」

「ああ。」

「リアとは二人で話して、私は後でなんだ。」

「そういうことじゃない。」

「じゃあ、どういうこと?」

アルクは答えを探した。

リアとの話を、そのままルナへ伝えるわけにはいかない。

リアが最後まで言わなかった言葉だ。

アルクが代わりに口にするものではない。

「リアの話は、リアとのものだ。」

ルナの視線がリアへ移る。

「リアの話?」

リアは何も言わなかった。

「何を言ったの?」

「最後までは……何も。」

「最後まで?」

ルナが一歩近づいた。

リアとの距離が縮まる。

「途中までは言ったんだ。」

ルナの声が深く沈む。

「ルナ。」

アルクが止める。

ルナはアルクを見た。

「アルクは分かったの?」

アルクは答えなかった。

その沈黙だけで、ルナには十分だった。

「分かったんだ。」

「決めつけるな。」

「決めつけてない。聞いてるの。」

アルクはルナの視線を受けた。

逃げるつもりはない。

だが、ここで何を答えても、リアが言わなかった言葉に形を与えてしまう。

「そっか。」

ルナの声が落ちた。

リアが一歩前へ出る。

「ルナ。私は――。」

「今はいい!」

ルナは、リアの言葉を止めた。

怒鳴ってはいない。

それでも、リアは続きを言えなかった。

「分かった。」

ルナはアルクを見る。

「じゃあ、後でちゃんと話して。」

「ああ。」

「三人で。」

アルクの返事が止まる。

ルナは待った。

「分かった。」

アルクが答えた。

ルナはうなずく。

そのまま二人に背を向けて、艦橋へ向かって歩いていく。

足音はいつもと変わらない。

走りもしない。

扉を強く閉めることもなかった。

だが、声をかけられる雰囲気ではなかった。

ルナの姿が通路の角を曲がる。

リアは、その方向を見たまま動かなかった。

「ルナは、ずっと見ていたと思います。」

「何を?」

「アウローラ格納庫の監視映像です。」

アルクは答えなかった。

ティオを抱き上げたところ。

ティオが服をつかんだところ。

医療班へ渡すまで離れなかったところ。

すべて、ブラッククラウン号の操舵席から見ていた。

「分かっていたはずです。」

リアが続ける。

「ルナが見ていたことも。何も感じないはずがないことも。」

アルクは答えない。

「それでも、ここまで何も言わなかった。」

アルクがリアを見る。

「リアも、何も言わなかった。」

「私は、さっき言いました。」

「最後までは聞いていない。」

リアがアルクを見る。

リアは視線を逸らした。

「そこだけは、よく覚えていますね。」

「ああ。」

「忘れないで、と言ったからですね。」

アルクは短くうなずいた。

「二人とも、そこにいる?」

ノアの声が聞こえた。

通路の向こうから、二人の方に歩いてくる。

「ここだ。」

アルクが答える。

ノアはリアを見る。

それから、ルナが歩いていった方向へ視線を向けた。

「何かあった?」

「何もない。」

アルクが答えた。

ノアは少しだけ眉を上げる。

「アルクがそう言う時、だいたい何かあるよ。」

「ルナは?」

「自分の部屋に行ったみたい。」

「そうか。」

「呼んでくる?」

「頼む。」

ノアは、何かを察したようだったが、それ以上は聞かなかった。

「ガロンたちは艦橋に集まってる。護衛の話をするんでしょ。」

「ああ。」

アルクが歩き出す。

リアはその横を通り過ぎて、先に艦橋へ向かって歩いていく。

ノアが二人の間を見比べた。

「やっぱり、何かあったよね。」

アルクは返事をしない。

通路の先には、艦橋の明かりが見えている。

その途中に、ルナの部屋へ続く分岐があった。

扉は閉じている。


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