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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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ルナ(二)

第十一章 ルナ(二)


アルクは何も言わなかった。

ルナが続ける。

「格納庫の監視映像。」

声は、さっきより静かになっていた。

「アルクたちが入っていくところから、ずっと。」

リアの視線がわずかに泳ぐ。

「ティオがいるところに……

 台車が動いて、アルクたちが近づいて。」

ルナは一度、言葉を切った。

「ティオが倒れそうになって。

 アルクがティオのところまで行って。」

アルクはルナを見ている。

「抱き上げたところも。」

ルナは低い声を喉の奥から絞り出した。

「足を痛めてた。」

「分かってる!

 それに怒ってるんじゃない。」

ルナはアルクの言葉を待たずに続ける。

「歩けなかったんだから、抱くしかなかったでしょ。」

「ああ。」

「敵が、まだいたんだから、そのまま置いてくるわけにもいかない。」

「ああ。」

「分かってるよ!」

ルナの声が強くなる。

「そんなこと、全部分かってる。」

アルクは黙った。

ルナは視線を落とした。

「そのあと……」

声がまた小さくなる。

「ティオ、アルクの服、つかんだよね。」

アルクの表情がわずかに変わる。

リアは卓の端を見た。

「アルクが降ろそうとしたのに。」

ルナは続けた。

「離さなかった。」

「少しだけだ。」

アルクが言う。

ルナが顔を上げた。

「知ってる。」

「……そうか。」

「見てたって言ってるでしょ!」

アルクは口を閉じた。

「ティオが、『来てくださると思っていました』って言って。」

ルナは、一言ずつ確かめるように続ける。

「アルクが、『呼ばれたから』って答えて。」

リアの視線が一瞬だけアルクへ向いた。

自分も、その場にいた。

同じ言葉を聞いている。

ルナは映像越しだった。

だが、見ていたものは同じだった。

「それで、ティオが笑って。」

ルナの唇が一度閉じる。

「すごく近かった。」

誰も答えない。

ルナはリアを見る。

「リアも見てたよね。」

「はい。」

「どう思った?」

リアはすぐには答えられなかった。

「ルナ。」

アルクが言う。

「アルクには聞いてない。」

「リアに聞く必要はないだろう。」

「あるよ。」

ルナがアルクを見る。

「私だけじゃないんだから。」

アルクの眉がわずかに寄る。

「何が?」

ルナが一瞬、言葉を失った。

「……本当に、そこ聞くの?

 意味が分からない。」

「アルク。」

リアが静かに呼んだ。

アルクがリアを見る。

リアは少しだけ目を伏せた。

「今のは、分かってください。」

アルクは二人を見た。

何か言いかける。

だが、やめた。

ルナが小さく息を吐く。

「リアも嫌だったんでしょ?」

リアの手が止まった。

「嫌、という言い方が正しいかは分かりません。」

「じゃあ何?」

「……分かりません。」

「分からない?」

「言葉にするのが難しいのです。」

ルナはリアを見つめた。

リアは逃げなかった。

「殿下がアルクを頼ったことは、当然だと思います。」

ゆっくりと言う。

「救出された直後です。足も痛めていました。アルクから離れたくなかったとしても、不自然ではありません。」

「うん。」

「それでも。」

リアの声が止まった。

ルナは待った。

「それでも?」

「……見ていて、平気ではありませんでした。」

ルナの目が少しだけ動いた。

リアは、それ以上、説明しなかった。

「そっか。」

ルナが小さく言う。

ルナはアルクへ向き直った。

「だから、助けたことに怒ってるんじゃない。」

「ああ。」

「ティオがアルクの服つかんだことに怒ってるんでもない。」

「ああ。」

「そのあとだよ。」

アルクが少し眉を寄せた。

「そのあと?」

「何もなかったみたいに戻ってきた。」

「事件処理があった。」

「そういう意味じゃない。」

ルナの声が強くなる。

「艦橋に戻ってきて。

 私がそこにいて。

 リアもいて。

 でも、アルクは普通だった。」

アルクは答えなかった。

「ティオがあんなことしても。

 リアがアルク見て、明らかにいつもと違ってても。」

リアがわずかに視線を伏せる。

「私がずっと黙ってても。」

ルナはアルクを見た。

「アルクだけ、普通だった。」

「何をすればよかった?」

アルクが尋ねた。

ルナは、少し黙った。

「……何かしてほしかったわけじゃない。」

「じゃあ。」

「気づいてほしかった。」

アルクが口を閉じる。

「でも、今は気づいてるって言った。」

「ああ。」

「だったら!」

ルナの指が卓の縁をつかんだ。

「だったら、何で何も変わらないの!」

アルクは答えなかった。

ルナの声が少し震えていた。

涙もうっすらとにじんでいる。

言葉が、少しずつ速くなっていった。

「私は、ずっと分かるようにしてきた。」

「ルナ。」

「まだ聞いて。」

アルクは黙る。

「アルクのそばにいたいって、ずっと言ってきた。」

ルナはアルクから視線を外さない。

「離れたくないって。

 一緒にいるって。

 アルクがどこか行こうとしたら、私も行くって。

 何度も言ってきた。」

「ああ。」

「分かってる?」

「今は。」

その一言で、ルナの表情が変わった。

「今は……。」

アルクは何も言わない。

「今は分かってるんだ。」

「ああ。」

「じゃあ、どうして何も言わないの!!」

声が大きくなった。

卓の上に置かれていた空のカップが、小さく震えた。

リアが顔を上げる。

アルクは動かなかった。

ルナ自身も、自分の声に一瞬驚いたようだった。

だが、もう止まらなかった。

「私、最初からここにいたんだよ!」

食事区画に声が響く。

「ルナ。」

「アルクがブラッククラウンを作ってからじゃない。」

ルナは一歩前へ出た。

「その前から。

 何もなかった時から。

 逃げてた時も。

 船を手に入れた時も。

 戦った時も。

 ずっと一緒にいた。」

アルクはルナを見ている。

「ブラッククラウンが私の居場所になったのも、アルクがいたから。

 もちろん、アルクだけじゃないよ。

 ノアもいる。リアもいる。ガロンたちもいる。」

ルナは一度だけリアを見る。

「でも、それでも。」

アルクへ視線を戻す。

「アルクの隣は、私の場所だって思ってる。」

アルクの表情がわずかに変わった。

「誰より長くいたから、私が一番だって言いたいんじゃない。」

ルナは自分で言葉を選ぶように続ける。

「そんなので決めることじゃないのは分かってる。

 ティオが後から来たから駄目だとか。

 リアより私の方が先だからとか。

 そういうことじゃない。」

リアは黙って聞いている。

「でも、私はここにいた。

 ずっと。

 ずっと。」

ルナの手が、自分の胸元に触れる。

「それを、何もなかったことみたいにしたくない。」

声が小さくなった。

アルクが短く息を吐いた。

「してない。」

「じゃあ言って。」

ルナはうつむいた。

「何を?」

「私が特別だって分かってるって。」

アルクはすぐには答えなかった。

その間に、ルナの顔が少しだけ曇る。

「分かってる。」

ようやくアルクが言った。

「ルナが俺を、ほかの仲間と同じように思ってないことは。」

ルナは動かなかった。

「それだけ?」

アルクは少し考える。

「俺にとっても、ルナはほかの仲間とは違う。」

ルナの目がわずかに開く。

リアもアルクを見た。

「何が違うの?」

ルナが尋ねた。

アルクは答えを探した。

「長く一緒にいた。」

ルナの眉が寄る。

「それだけ?」

「それだけじゃない。」

「じゃあ何?」

アルクは黙った。

ルナは待つ。

「うまく言えない。」

「またそれ。」

「言えないものは言えない。」

「私は言ってる!」

ルナの声が再び大きくなった。

卓から離れ、椅子の横を回り、アルクの正面に立つ。

「私は、アルクには、ここで生きてほしい。」

アルクがルナを見る。

「帝都に行ってほしくない。」

「今は行くつもりはない。」

「今は、でしょ。」

「ああ。」

ルナの唇が結ばれる。

「ティオが皇女だからって、私は退かない。」

リアの視線がルナへ向く。

「帝国と辺境をつなぐのにアルクとティオが一緒になるのが都合いいとか、そんなのも関係ない。

 リアの方が私より落ち着いてるとか、大人っぽいとかも関係ない。」

リアがわずかに眉を上げた。

「私は、別に――」

「分かってる。」

ルナはリアを見た。

「リアが自分でそんなこと言わないのも分かってる。」

そして、もう一度アルクを見る。

「でも、私は退かない。」

声は、今度は大きくなかった。

「アルクには、ここで生きてほしい。」

「ブラッククラウン号で。

 私たちと。」

少し間が空く。

「私と……。」

最後の一言だけ、静かだった。

アルクは何も言わなかった。

ルナの呼吸が乱れている。

想いを言い切ったから。

長い間、自分の中に抑えておいたものを、初めて正面からアルクにぶつけた。

アルクがようやく口を開く。

「ルナ。」

「何?」

「前から分かってたわけじゃない。」

ルナは黙っている。

「仲間として近いんだと思ってた。」

「うん。」

「俺が鈍かったのもある。」

ルナの目が少し細くなる。

「それは知ってる。」

アルクは続けた。

「でも、今は分かってる。」

「私だけ?」

アルクの視線が一瞬、リアへ動いた。

それだけで答えになった。

ルナも気づく。

「リアも。」

アルクは答えない。

「ティオも。」

「ティオは、前からはっきり言ってる。」

「じゃあ三人とも。」

アルクは少し間を置いた。

「ああ。」

ルナはそれを聞いて、一度目を閉じた。

「だったら決めて。」


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