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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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リア(三)

第十章 リア(三)


医療区画の中央に、簡易の会議卓が設置された。

壁面表示には、アウローラ艦内の区画図と、現在の封鎖状況が映されている。

赤く表示された区画が十を超えていた。

副管制室。

副艦長室。

艦内警備隊の詰所。

通信管理区画。

格納庫と、それに接続する通路。

ティオは会議卓の正面に座っていた。

固定された右足は、卓の下で低い台の上に載せられている。

その左右に、艦長と随員が座った。

アルク、リア、ガロンは、会議卓の反対側に並ぶ。

親衛艦隊の司令官と警備隊長は、壁面パネルを通じて参加していた。

ブラッククラウン号から、ノアも参加している。

ルナの姿はない。

『音声、映像ともに問題なし。』

ノアの声が聞こえた。

「こちらも問題ない。」

艦長が答える。

表示に、アウローラ乗員のうち拘束された者の一覧が開いた。

副艦長。

副管制室の担当者。

通信管理区画の職員。

艦内警備班六名。

そのほか、事情聴取中の乗員が十数名。

随員が一覧へ目を向けた。

「全員が旧強硬派の協力者なのですか?」

「現時点で確認できているのは十二名です。」

艦長が答える。

「副艦長を中心とする艦内協力者が六名。格納庫へ皇女殿下を移送した警備班が六名。」

艦長は一度言葉を切った。表情が硬い。

「ただし、内部協力者がそれだけとは限りません。」

「通信記録は?」

ティオが尋ねる。

警備隊長が答えた。

『副艦長側が使用していた端末から、暗号化された通信履歴が見つかっています。送信先の特定には至っていませんが、最初の寄港地で襲撃未遂が起きた直後から、通信回数が増えています。

 いずれにせよ、警備体制は全面的に修正する必要があります。』

その言葉に艦長がうなずく。

「そのとおりです。船内の警備兵は、全員交代させます。通信系統も親衛艦隊側のものへ切り替えます。」

「艦内警備隊は使わないのですね?」

ティオが尋ねる。

艦長の表情が、さらに硬くなった。

「当面、皇女殿下の警護には使用しません。

 協力者を完全に確認できるまで、アウローラの乗員は殿下の警護には使えません。」

医療区画の中が静かになる。

アウローラは、皇女を守るための船だった。

その艦長が、自分の乗員を警護から外すと明言している。

ティオは艦長を見た。

「必要な判断です。」

「申し訳ございません。」

「謝罪は、公式訪問がすべて終わってから聞くことにします。」

ティオは遠回しに、当面は艦長の責任を問わないことを示した。

艦長は深々と、頭を下げた。

親衛艦隊司令官が口を開いた。

『警備体制の再編には、最低でも三日は必要です。

 アウローラを継続使用する場合は、主要区画の制御系統も再検査しなければなりません。』

「その間の予定は、すべて延期します。」

随員が言った。

「次の訪問地にも、延期を通告します。」

ティオは反対しなかった。

随員が、わずかに息を吐く。

「その後については、警備状況を確認して決めましょう。

 訪問先と日程は再検討してください。しかし、公式訪問そのものは続けます。」

親衛艦隊司令官が眉を寄せる。

『現在の状況では、殿下の安全を保証できません。』

「保証できる状況を作ってください。」

『絶対の保証はできません。』

「それは、帝都にいても同じです。」

ティオは静かに答えた。

『しかし――』

「今回の事件で、旧強硬派残党がアウローラの内部にまで入り込んでいたことが明らかになりました。」

ティオの指が、会議卓の上で止まる。

「ここで引き返せば、彼らは次も同じ方法を使います。」

司令官は答えなかった。

随員は何か言おうとしたが、艦長が先に口を開いた。

「親衛艦隊から、皇女区画へ警備部隊を常駐させます。艦橋との間には、管制室を経由しない直通回線を設けます。」

壁面表示の中で、警備隊長がうなずく。

「ブラッククラウン号には、引き続き警護をお願いします。」

ティオがアルクの顔を見て言った。

出席者の視線が、アルクに集まった。

アルクは何も言わない。

親衛艦隊司令官が先に答えた。

『今回、異常を最初に把握し、皇女殿下を救出したのはブラッククラウン号です。異論はありません。』

一度、言葉を切る。

『しかし、皇女殿下の安全を民間船に依存していると受け取られる危険があります……。』

司令官の言葉を聞いても、ティオの表情は変わらない。

随員が言葉を返す。

「反対に、帝室と辺境が協力して危機を乗り越えたという見方もできます。」

壁面表示に、格納庫で救出されたティオの記録映像が開いた。

アルクがティオを抱き上げている。

その周囲へ親衛艦隊の警備兵が展開している。

リアの視線が一瞬、その映像に向いた。

すぐに目を伏せる。

「ブラッククラウンに救われたのは事実です。隠す必要はありません。」

ティオは映像の中の自分とアルクを見ながら言った。

「この事実は、帝国と辺境が協力できることを示しています。」

艦長がアルクを見る。

「ブラッククラウン号には、引き続き護衛をお願いしたい。」

『ブラッククラウン号は、親衛艦隊とは異なる位置から殿下を支援できる。今回、それが有効だった。』

親衛艦隊司令官も同意した。

アルクは無言で、うなずいた。

ティオが続ける。

「親衛艦隊とアウローラ、そしてブラッククラウン。三者で警備を組み直してください。」

親衛艦隊司令官がうなずく。

『その方向で案を作成します。公式訪問の再開は、警備体制の再編後に。』

「承知しました。」

ティオは答えた。

随員が会議の決定内容を確認する。

「公式訪問は三日間停止。訪問先と日程を再調整。アウローラ艦内警備を全面的に再編し、親衛艦隊の警備部隊を皇女区画に配置。」

端末へ一項目ずつ入力していく。

「ブラッククラウン号には、正式に臨時護衛の継続を依頼。

 具体的な航行位置と権限については、別途協議ということで。」

随員がアルクを見る。

「この案で、検討していただけますか。」

「仲間と相談する。」

アルクは、リアとガロンを見た。

ガロンは小さくうなずく。

リアも同じようにうなずく。

会議が終わった時には、一時間近くが過ぎていた。

親衛艦隊側との回線が切れる。

随員は端末を抱え、ティオへ一礼した。

「警備再編案をまとめます。」

「お願いします。」

艦長たちが医療区画を出ていく。

ガロンも立ち上がった。

「俺は先に戻るぞ。部下を遊ばせたままだ。」

「ああ。」

アルクが答える。

ガロンはリアを一度見た。

何も言わず、扉の外へ出た。

アルクも席を立つ。

ティオが声をかけた。

「アルク。」

アルクが振り返る。

「護衛の件、よいお返事をお待ちしています。」

「仲間と相談する。」

「はい。」

ティオは穏やかに笑った。

「待っています。」

アルクは短くうなずき、医療区画を出た。

リアも一礼し、その後を追う。

通路へ出ると、アルクはすでに数歩先を歩いていた。

リアは足を止める。

その背中が遠ざかる。

「アルク。」

今度は、声になった。

アルクが振り返った。

***

アルクが振り返った。

「何だ?」

リアは、返事をしない。

周囲を見回した。

医療区画の扉が背後で閉じる。

通路の向こうでは、先に出たガロンが角を曲がるところだった。反対側からは、端末を抱えたアウローラの乗員が二人、こちらへ歩いてくる。

「少し、お話があります。」

アルクはリアを見る。

「会議のことか?」

「それもあります。」

答えたあとで、リアはわずかに唇に力を込めた。

それもある。

アルクは少し間を置いた。

「ここでいいか?」

乗員二人が近づいてくる。

リアは通路の端へ寄り、道を空けた。

二人はアルクたちへ一礼し、そのまま医療区画へ入っていく。

扉が開いた短い間、ティオの姿が見えた。

診察台に座り、随員と何かを話している。

扉が閉じた。

リアは前を向いた。

「人が通ります。」

「そうだな。」

アルクは周囲を見た。

アウローラの通路には、親衛艦隊の兵が一定の間隔で立っている。封鎖区画へ向かう乗員や、事件処理を担当する士官の往来も多い。

二人だけで話せる場所ではない。

「ブラッククラウン号へ戻るか。」

「はい。」

アルクが歩き出す。

リアはその横へ並ばず、半歩後ろを歩いた。

白い通路を進む。

親衛艦隊兵の前を通るたびに、視線と身分表示を確認される。先ほども同じ道を通ったが、警備の人数はさらに増えていた。

アルクは前を見たまま尋ねた。

「急ぐ話か?」

「急ぐかどうかは、分かりません。」

アルクがわずかに顔を向けた。

リアは前を見ている。

表情は、いつもと変わらない。

だが、返事はいつものリアらしくなかった。

必要なことなら、必要だと言う。

後でよいことなら、後でよいと言う。

分からない、という答えはほとんど使わない。

アルクはそれ以上聞かなかった。

二人は接続区画へ向かった。

少し歩いてから、リアが口を開いた。

「先ほどの会議ですが。」

「ああ。」

「護衛の継続について、どう考えていますか?」

「まだ決めていない。」

「反対なのですか?」

「反対ではない。」

「では、引き受けるのですか?」

「みんなと話す。」

リアは小さくうなずいた。

「そうですね。」

それで会話が途切れた。

アルクは隣へ視線を向ける。

「その話か?」

「違います。」

リアはすぐに答えた。

一拍遅れて、言い直す。

「いえ。それも、話しておく必要はあります。」

「どっちだ?」

「両方です。」

アルクの眉がわずかに動いた。

「分かった。」

本当に分かったのかは、リアには判断できなかった。

ただ、アルクは歩調を少し落とした。

接続区画に着く。

ハッチの前には警備兵が二人立っていた。

アルクが通信端末を操作する。

「ブラッククラウン号、今から戻る。」

すぐにノアの声が返ってきた。

『二人?』

「ああ。」

『ガロンは先に戻ってるよ。ハッチ開けるね。』

表示が赤から青へ変わる。

アウローラ側のハッチが開いた。

二人が接続区画へ入る。

背後のハッチが閉じ、気密確認が行われ、正面のハッチが開く。

ブラッククラウン号の灰色の通路が現れた。

アルクが先に入る。

リアも続いた。

『おかえり。会議、どうだった?』

ノアの声が壁面通信機から聞こえた。

「公式訪問は三日間停止。その後は警備を組み直して続ける方向だ。」

『やっぱりティオ、帰らないんだ。』

「ああ。」

『護衛は?』

「俺たちに継続の依頼が来た。」

『受けるの?』

「まだ決めていない。」

『そっか。みんなで話すんだね。』

「後で集まる。」

『了解。ルナにも言っておく。』

リアの足が、わずかに止まった。

アルクが振り返る。

「どうした?」

「何でもありません。」

通信機からノアの声が続く。

『二人とも艦橋に来る?』

アルクがリアを見る。

リアは小さく首を振った。

「少し、アルクと確認してから行きます。」

『確認?』

「救出時のことです。」

『分かった。じゃあ、終わったら来て。』

通信が切れる。

リアは通路の先を見た。

艦橋へ向かえば、ルナがいる。

貨物区画へ続く分岐には、誰もいない。

「こちらでよろしいですか?」

リアが貨物区画側を示す。

「二人で話したいのです。」

アルクの目が、わずかに細くなった。

リアは視線をそらさなかった。

数秒の間があった。

「分かった。」

アルクは貨物区画へ向かって歩き出した。

リアも続く。

貨物区画に続く通路の壁には配管が走り、床には固定具を収めた箱が並んでいる。船体の揺れが床を通して伝わってくる。

アルクが貨物区画の扉を開いた。

中には空の輸送箱がいくつか積まれている。

壁際には作業灯が点いている。

人はいない。

「ここならいいか?」

「はい。」

リアが入る。

アルクも続き、扉を閉じた。

音は完全には消えない。

船体固定具の作動音とかすかな振動。

遠くを歩く誰かの足音。

「それで?」

アルクは尋ねた。 

リアはアルクの前に立ったまま、少しうつむいている。

手袋の留め具へ指をかけた。

外す。

また留める。

ようやく話し始める。

「救出作戦について……、確認したいことがあります。」

アルクはリアの手元を見た。

それから、顔へ視線を上げる。

リアは一度、息を整えた。



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