↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/96

皇女救出(四)

第九章 皇女救出(四)


ノアが、制御キーを叩き、一連のプログラムを走らせる。

格納庫の白い作業灯が、一段落ちる。

天井の白色灯が絞られ、床面の誘導灯が黄色く点滅を始める。

警告音とともに、非常警告灯が回った。赤ではない。搬送設備の作動を知らせる、黄色の警告だった。

続いて、低い駆動音が響いた。

床面のレール上で、停止していた大型搬送台車が動き出す。

艦載艇用の補給コンテナや整備機材を運ぶための、低く幅広い台車だった。高さは人の胸ほど。だが、幅はある。姿勢を落とせば、三人が身を隠すには充分だ。

台車の四隅で安全灯が回る。

機械音が、格納庫に広がった。

『搬送台車、起動。そっちの入口前を通すよ。』

ノアの声が入る。

『対人センサー、ノイズ、かぶせた。』

アルクは返事をしない。

目は、搬送台車の向こうにあるティオだけを見ていた。

格納庫中央で、ヴァイスナーが動いた。

突然、動き出した台車を見たのだ。

兵二名も反応する。

片方は台車へ銃口を向けかけた。だが、すぐに止めた。皇女が近い。撃てば跳弾が出る。

「殿下をお守りしろ。」

ヴァイスナーが、もう一人の兵に命じる。

兵がティオに近づく。

ティオを押さえるためだった。

ガロンが低く言った。

「見てるな。」

台車が、側面入口の前を横切る。

「今です。」

リアが言う。

アルクたち三人は、台車の陰に入り込む。

ゆっくりと。音を立てない。

台車の駆動音に紛れるように、低い姿勢で進む。

格納庫の中央は広い。

普通に出れば、必ず見つかる。

敵が中央にいるのは正しい。視界が広く、通路から来る相手を捕捉できる場所だった。

だが今は、中央と側面通路の間を搬送台車が走っている。

視界が遮られる。

ヴァイスナーは端末を握ったまま、注意深く台車の動きを追った。

兵の一人が、ティオの腕に手を近づける。

「殿下、こちらへ。」

ティオは動かなかった。

足が痛んでいる。

右足に体重をかければ、体を支えられない。

それを隠しながら、今まで立っていた。

近づいて来る台車の安全灯が、ティオの横顔を黄色く照らした。

兵の手が近づく。

ティオは、その手が近づくのを待って、わずかに右足へ体重を移した。

痛みが走る。

膝が折れた。

「殿下!」

兵が反射的に手を伸ばし、ティオを支えた。

皇女を床に倒すわけにはいかない。

その一瞬、兵の手が小銃から離れた。

ティオは、短く息を吸った。

「……動けません。」

声は小さかった。

だが、ヴァイスナーたちには届いた。

注意がティオに向く。

そのとき、台車が、アルクたちとヴァイスナーたちの間を抜けた。

ノアの声が、通信の中で静かに落ちた。

『今!』

アルクが動いた。

搬送台車の陰から、三人が飛び出す。

ガロンが、正面へ入る。

狙いはヴァイスナーだった。

リアは、その横にいた兵へ向かった。

アルクは、ティオのそばにいる、もう一人の兵だけを見ていた。

誰も撃たなかった。

ティオが近すぎる。

跳弾でも、破片でも、ティオを傷つける可能性があった。

だから、距離を詰めるしかなかった。

最初にぶつかったのは、ガロンだった。大きな体を低く沈み込ませ、ヴァイスナーに向かう。

ヴァイスナーは腰の拳銃へ手を伸ばしたが、ティオに気を取られていたため、一瞬遅れる。

ガロンはその手首を外へ払い、もう片方の手で肘を押さえる。

だが、ヴァイスナーの動きも速かった。

ただの強硬派残党ではない。艦内で皇女を奪う作戦を任された男だった。判断も、体の動きも、訓練された軍人のものだった。

ガロンの足を蹴って体勢を崩し、肘を外す。

次の瞬間、短い刃が光った。

ナイフだった。

ガロンは肩を引いてかわす。刃先が防護ジャケットの表面をかすめた。

「ちっ。」

ガロンが低く舌を鳴らし、一歩下がる。

ヴァイスナーは追わなかった。

無理に前へ出れば、ティオに近づくアルクの動きを見失う。

一瞬、注意をアルクと皇女に向ける。

その迷いを、ガロンは逃さなかった。

踏み込む。

ヴァイスナーの手首を狙う。

ヴァイスナーは逆に肘を落とし、ガロンの腕を受けた。二人の身体がぶつかる重い音がした。

体格ではガロンが勝る。

だが、ヴァイスナーは崩れなかった。

腰を落とし、足を開き、正面から受けずに力を流す。ナイフを持つ手はまだ生きている。

ガロンは距離を詰めようとする。

ヴァイスナーは刃をすばやく突き出す。

二人の間で、激しい攻防が続いた。

リアは、ヴァイスナーの近くにいた兵に向かった。

この兵もティオに気を取られ、小銃を向けるのが一瞬、遅れる。

リアは、踏み込んで、銃身を横へ押し、同時に自分の身体を射線から外す。相手が銃を引き戻す前に、リアは一歩踏み込み、手首をねじった。

相手は反射的に振り払おうとしたが、リアはその力に逆らわず、受け流す。相手の体が前へ流れた瞬間、リアの膝が相手の腹に食い込んだ。

兵は崩れ落ち、銃が床に落ちる。

リアは視線をガロンの方へ向けた。

ガロンは、まだヴァイスナーを押さえきれていない。

ヴァイスナーの動きは鋭かった。

大振りはしない。

刃を見せすぎない。

一撃で倒そうとせず、ガロンの腕と足を少しずつ削ろうとしている。

ガロンも無理に倒しにいかない。

無理に動けば、ヴァイスナーがティオ側へ抜ける隙ができる。

二人は、ほとんど互角だった。

アルクの手は、その間にティオへ届いていた。

ティオの横にいた兵は、ティオが膝を崩した瞬間、反射的に手を伸ばしていた。

皇女を床に倒させないためだった。

その判断は間違っていない。

しかし、そのために反応が遅れた。

アルクが近づいたとき、兵の両手はティオを支えていた。

何もできないまま、額にアルクの銃口を突き付けられる。

「殿下から、ゆっくりと手を放せ。」

兵は動きが取れないまま、両手を上げて降伏した。

支えを失って傾きかけたティオの身体を、アルクは左腕で受けた。そのままゆっくりと床に寝かせる。

アルクは兵を後ろ手に拘束し、床に転がした。

床に倒れているティオに、アルクが手を伸ばす。

「ティオ。」

優しく声をかける。

ティオが顔を上げた。

目が合った。

「アルク。」

声にならない声だった。

「待っていました。」

アルクはティオの足に注意を向けた。

「歩けるか?」

「……無理です。」

ティオは、ほとんど息だけで答えた。

アルクは短く言った。

「少し揺れる。」

ティオが何か言う前に、アルクは彼女を抱き上げた。

軽い。

そう感じた。

ティオの身体を自分の胸元へ引き寄せ、左腕で背を抱き、右腕で膝裏を支える。足を揺らさないように。

ティオは驚いて目を見張った。

抱き上げられたティオを見て、ヴァイスナーが動いた。

ガロンの隙を突き、ティオの方へ出ようとする。

速い。

だが、リアが銃を構えていた。

銃口が、ヴァイスナーへ向く。

「そこまでです。」

リアの声が、格納庫の警告音の中で通った。

ヴァイスナーは止まった。

銃口だけを見たのではない。

その先の、アルクの腕の中にいる皇女を見た。

アルクと戦い、無理に奪い返せば、皇女の痛めた足をさらに傷つける。

皇女を傷つけてはならない。

その線を、ヴァイスナーは越えられなかった。

ガロンが背後から間合いを詰める。

リアの銃口は揺れない。

ヴァイスナーは、周囲を見た。

ティオのそばにいた部下は床に転がされている。

もう一人の部下は、リアに倒されている。

皇女区画側出口の二名も、側面通路の二名も沈黙している。

そして、アルクの腕の中にいる皇女。

その時、皇女区画側出口から、ガロンの部下三名が姿を見せた。

全員が、ヴァイスナーに銃口を向けている。

ヴァイスナーは、すべてを理解した。

作戦は終わった。

いや、少し前から終わっていた。

それを、今ようやく認めることができた。

ティオが、アルクの腕の中からヴァイスナーを見た。

その視線に、怒りはなかった。

怯えもなかった。

ただ、静かな失望があった。

ヴァイスナーはそれを受け止めた。

言い訳はしない。

ただ、無念の表情だけが、わずかに顔に出た。

リアが静かに言った。

「降伏してください。」

ヴァイスナーは、ゆっくりとナイフを下ろした。

刃が床に落ちる。

続いて、腰の銃も外し、足元へ置いた。

両手を上げる。

無言だった。

ガロンが近づき、静かにヴァイスナーの腕を取った。

リアは銃口を上げたまま、周囲を確認した。

アルクがティオを抱きかかえている。

リアの表情が一瞬、強張った。

その直後、格納庫内に別の警告音が鳴った。

隔壁が上がることを知らせる音だった。

『ドック側六名、制圧確認。隔壁を開けるよ。』

ノアの声と同時に、格納庫中央を塞いでいた二枚の隔壁が上がり始めた。

親衛艦隊の警備部隊が、格納庫中央へ展開してくる。

銃口が上がっている。

だが、発砲はない。

もう勝負はついていた。

ドック側に隔離されていた六名も、親衛艦隊側に押さえられていた。

ヴァイスナーは拘束された。

部下たちも、武装解除され、拘束されていく。

格納庫の中で、搬送台車の警告灯だけが、まだ黄色く回っていた。

警備部隊の隊長がティオに駆け寄る。

「皇女殿下、ご無事ですか?」

隊長は一瞬だけ視線を迷わせ、それから問いかけた。

ティオは、隊長へ顔を向けた。

「大丈夫です。アルクに助けてもらいました。

 足を少し痛めています。」

ティオは、アルクの腕の中で少しだけ目を伏せた。

アウローラ艦長の声が、格納庫内に響いた。

『皇女殿下の安全を確認。医療班を向かわせる。親衛艦隊は残存武装者を拘束。格納庫全域を封鎖。』

ノアの声が、通信機から入る。

『制圧確認。搬送台車、停止。ジャミングも切るよ。』

少し遅れて、ルナの声が聞こえた。

『ティオは? 無事?』

アルクは短く答えた。

「無事だ。心配いらない。」

『怪我は?』

ティオが、アルクの腕の中で少しだけ顔を上げた。

「足だけです。ルナさん。」

『そう。よかった。』

返事は短かった。

警備隊員と話をしていたリアが、こちらを見た。

その視線が、アルクの腕の中のティオで止まった。

数秒間。

リアにしては長い。

すぐに表情を整えた。

「医療区画へ行かれたほうがよろしいでしょう。

 右足を確認してもらうべきです。」

ティオから目をそらしながら言った。

「今、医療班が来ます。」

ティオは落ち着いて、そう答えた。

アルクは、ティオを降ろそうとした。

警備隊員と医療班が近づいてくる。もう抱えている必要はない。ここから先は、アウローラの医療区画で治療できる。

だが、ティオの指が、アルクの服をつかんだ。

強くはない。

ただ、アルクが自分を降ろすのを止めたいような力の入れ方だった。

アルクは動きを止めた。

ティオは、アルクの腕の中で、その顔を見上げている。

ティオは小さい声で言った。

「来てくださると、思っていました。」

アルクは、少し目を伏せた。

「呼ばれたから。」

ティオは小さく笑った。

これまでの皇女の顔とは違う。

距離が近い。

リアは、それを見ていた。

監視カメラ越しに、ルナも見ていた。

ブラッククラウン号側の表示パネルに映る、アルクとティオの距離を。

格納庫の警告灯が、通常表示へ戻っていく。

非常音が止む。

搬送台車の駆動音も消える。

静かになった格納庫で、医療班がティオを受け取った。

アルクの腕から離れる時、ティオの指が、最後にもう一度、アルクの服の布を滑った。

リアは、その指先の動きを見てしまった。

医療班が、ティオを連れて離れていく。

アルクはその背中を見送っていた。

皇女は救われた。

誘拐作戦は失敗した。

アルクは、間に合った。

これで、よかったはずだった。

リアは、何も言わなかった。

言葉は喉まで来ていた。

ただ、声にならなかった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


本日で、『黒冠のアルク』第二部・皇女編の第3巻が終了します。


第3巻では、皇女ティオをめぐる危機が大きく動き、アルクたちもその渦中へ踏み込んでいくことになりました。


襲撃事件から続く緊張。

そして、その中で少しずつ変わっていくアルク、ルナ、リア、ティオの関係。


皇女編の大きな山場を楽しんでいただけましたら幸いです。


次回からは、皇女編第4巻がスタートします。


第4巻では、三人のヒロインたちの距離感を中心に描いていきます。


激しい事件を越えた後、アルクたちは何を受け止め、どこへ向かうのか。


皇女編も、いよいよ終盤です。


引き続きお付き合いいただければ幸いです。


次回からも、月・水・金の20時更新予定です。


ブックマークや評価で応援いただけると、今後の更新の大きな励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。