皇女救出(二)
第九章 皇女救出(二)
格納庫中央で、ヴァイスナーは通信端末の表示を見ていた。
もう一度、同じ回線を呼び出す。
副艦長からの応答はない。
格納庫の空気は、さっきまでと変わらない。
照明は生きている。警報も鳴っていない。
ただ、副艦長側から流れていた管制系の情報が入ってこない。
部下の一人が、声を落とした。
「少佐。」
ヴァイスナーは返事をしなかった。
二人の部下が、小銃の銃口を上げ、周囲を警戒している。
ティオセフィアーナ・アウレリウムは、その二人の間に立っていた。
背筋は伸びている。
顔色も崩していない。
だが、右足の置き方が浅い。
ヴァイスナーは、それに気づいていた。
転倒しかけた時に痛めたのだろう。歩けないほどではないかもしれない。だが、走れる状態ではない。無理はさせられない。
皇女を傷つけることは許されない。
それは命令だった。同時に、ヴァイスナー自身の矜持でもあった。
彼は皇女を殺しに来たのではない。
皇女を帝国の敵に渡さないために来たのだ。
その理屈が、どれほど危ういものかは分かっている。だが、分かっていても退く場所はもうなかった。
ティオが、静かにヴァイスナーを見た。
「副艦長との連絡が切れたのですね。」
ヴァイスナーは、端末を閉じた。
「殿下がお気になさることではありません。」
ティオは目に力を込めた。
「いつまで、私を拘束するつもりですか。」
部下の一人が、わずかに視線を動かした。
ヴァイスナーは答えなかった。
ティオは、それ以上、言わなかった。
何を言っても、この男は退かない。
ヴァイスナーは、格納庫の四方を確認した。
皇女区画側の出口には二名を置いている。そこは、ティオを連れてきた通路でもある。逃走路としても使えるが、今は安全とは言えない。
側面通路にも二名を置いた。外壁接続口からブラッククラウンが来る可能性がある以上、そこを空けるわけにはいかない。
ドック側には、警備班六名。
親衛艦隊が入ってくるなら、必ずあそこだ。
配置は間違っていない。
それでも、包囲されていることは分かる。
こちらから見えている出口は、すべて出口であると同時に、敵の入口でもあった。
部下がもう一度言った。
「少佐。移動しますか?」
ヴァイスナーは、すぐには答えなかった。
ここは危険だ。
だが、移動先がない。
皇女区画側へ戻っても、脱出ルートがない。そもそも管制が艦長側に戻っているから、通路に出た瞬間に隔壁で閉じ込められる。ドック側は親衛艦隊が来る。側面通路には、ブラッククラウンがいるかもしれない。
今の位置は視界が広い。
少なくとも、敵がどこから来るかは見える。
「動かない。」
ヴァイスナーは言った。
「艦長と交渉する。」
「応答するでしょうか?」
「する。殿下がここにいる限り、無視はできない。」
部下が端末を操作した。
ティオは、そのやり取りを聞いていた。
敵は焦っている。
副艦長の支援は切れた。管制も失った。
残っている手札は、ティオ自身だけ。
自分が、この男たちの最後の交渉材料になっている。
右足の痛みが強くなっている。
立っているだけなら耐えられる。だが、走ることはできない。無理に踏み込めば、右足が身体を支えきれない。。
だから、ティオは静かに立っていた。
背筋だけは崩さない。
皇女として立つ。
それが、今できる抵抗だった。
通信端末が短く鳴った。
部下が顔を上げる。
「艦長側、応答なし。」
「もう一度だ。」
「はい。」
ヴァイスナーは、格納庫の白い天井を見上げた。
どこかに監視カメラが埋め込まれているはずだ。
こちらを見ている。
艦長か。ブラッククラウンか。あるいは、その両方か。
ヴァイスナーは、皇女に視線を戻した。
「殿下。」
「はい。」
「これからは何が起こるか分かりません。
これ以上の抵抗は、お控えください。」
「抵抗はしていません。」
ヴァイスナーの眉がわずかに動いた。
ティオは静かに続けた。
「私は、ここに立っているだけです。」
その声は穏やかだった。
ヴァイスナーも分かっていた。
この皇女は、ただ怯えているだけではない。
動かずに、こちらを見ている。
ヴァイスナーは、歯を噛みしめた。
外からは親衛艦隊が来る。
側面からは、ブラッククラウンが来るかもしれない。
副艦長の支援は期待できない。
それでも、皇女はまだ手元にある。交渉の余地はある。
ヴァイスナーは部下に命じた。
「ここを維持する。殿下から離れるな。だが、傷つけるな。」
「はい。」
「周囲の各班に現状確認を取れ。」
部下が回線を開く。
側面通路から応答がある。
続けて、皇女区画側出口からも。
ドック側の警備班からも。
敵がどこから来るのか、まだ見えない。




