皇女救出(一)
第九章 皇女救出(一)
「先に三人。」
アルクが言った。
ガロンが短くうなずき、リアが小さく息を整える。
三人が同時に動いた。
アルクが先に入る。
ガロンとリアがその後ろに続く。
三人が通過した直後、外側ハッチが閉じた。
早い。
明らかに進入を拒んでいる。
『閉められた。もう一度開ける。』
ノアの声が通信機から聞こえる。
「頼む。」
アルクが答える。
わずかな間を置いて、外側ハッチがもう一度、開いた。残る三人が滑り込む。
最後の一人が通り抜けた瞬間、外側ハッチはまた閉じた。
今度も早かった。
アルクはそれを確認し、前方へ視線を戻した。
正面に、アウローラの内側ハッチがあった。
白い艦内装甲に埋め込まれた扉。ブラッククラウン号の無骨なハッチとは違う。継ぎ目は浅く、表面には皇女専用艦らしい滑らかな処理が施されている。
表示は赤だった。
『内側ハッチ、開けるよ。』
一拍遅れて、表示が青に変わる。
内側ハッチが開いた。
アルクはすぐには飛び込まず、様子を見る。
接続区画があり、そこから先に、格納庫側面へ続く通路が伸びていた。
照明は生きている。警報灯は回っていない。
静かだ。
「ハッチが閉まらんな……。」
ガロンがつぶやく。
アルクは首だけをわずかに動かした。
「入るぞ。」
六人が、ハッチを通過する。
大きな音を立てないよう注意する。
靴底が白い床を踏む音だけが、短く響く。壁面の気密表示が、六つの通過反応を拾っていった。
最後の一人が接続区画に入る。
そこで、内側ハッチが静かに閉じた。
人の通過を確認し、気密手順に従って閉じる。正常な動きだった。
ガロンがアルクの顔を見て言う。
「……閉じ方、変わったな。」
「ああ。」
アルクは低く答えた。
外側ハッチは、こちらを通すまいとしていた。入った直後に閉じた。
だが、今の内側ハッチは違う。
六人全員の通過を確認してから閉じた。
進入を妨害する様子はない。正常な制御だった。
「管制が正常に戻ったのかも。」
リアが小さく言った。
『その可能性はあるね。』
ノアの声が聞こえる。
『このまま進む?』
「まだだ。」
アルクは、格納庫側面へ続く通路を見た。
白い通路が続いている。静かだった。
「中の状況が分からない。」
その一言に、全員がうなずいた。
六人が壁際に寄り、銃口を通路へ向けたまま、引き金には指をかけない。
ここから先に進めば、格納庫側面の通路と交差する。敵がいるかもしれない。何人いるかも分からない。ティオの位置も、敵の位置も、まだ見えていない。
急がなければならない。
しかし、急ぎ過ぎれば全員が死ぬこともある。
アルクはそれを、言葉にはしなかった。
言わなくても、ガロンは分かっていた。
「待つぞ。」
ガロンが、後ろの者たちへ短く言った。
「ノア、アウローラの艦長に連絡。
ティオと格納庫の状況を確認してくれ。」
アルクがノアに指示する。
『了解。急ぐね。』
その直後だった。
接続区画の通信表示が点く。
アウローラ側の正式回線だった。
『ブラッククラウン号、聞こえるか。』
硬い声だった。
疲労を押し殺しているような声。
「聞こえる。」
アルクが短く返す。
通信の向こうで、わずかな沈黙があった。
『こちらはアウローラ艦長だ。』
接続区画の空気が、少しだけ変わった。
アルクは通路から視線を外さなかった。
艦長の声が続く。
『状況を伝える。』
***
『副管制室に立てこもっていた反乱分子は制圧した。全員、拘束済みだ。
副艦長も加担していた。』
リアが、わずかに目を細めた。
ガロンは何も言わなかった。
『管制システムは、正常に戻った。指揮命令系統への不正干渉も解消した。』
「それで、内側ハッチが正常に作動したのですね。」
リアがうなずいた。
『そうだ。』
艦長は答えた。
その声には、かすかな苦さがあった。
アウローラは皇女専用艦だ。
その艦の中枢で、反乱が起きた。副艦長派に管制を奪われ、皇女を格納庫まで連れ去られた。
艦長にとって、それはただでは済まない失態だった。
それでも、今は失態を悔やむ時ではない。
『皇女殿下をお救いしなければならない。
ただ、問題がある。』
艦長が続ける。
アルクは無言で聞いている。
『反乱分子が、アウローラ内部にどこまで浸透しているか、分からないのだ。副艦長ら実行犯は拘束した。だが、艦内警備隊、整備班、保安端末の運用担当者、その全員が信用できない状況だ。』
リアの表情が少しだけ変わった。
「艦内の警備隊は使えない、ということですね。」
艦長はわずかに間を置いた。
『使えない。少なくとも、皇女殿下の救出には投入できない。』
苦しい判断だった。
自分の艦の警備隊を信用できない。
皇女を守るための艦で、皇女のそばへ自艦の警備を送れない。
それを、艦長自身が口にしている。
ガロンが低く息を吐いた。
「護衛艦隊の方は?」
『すでに警備部隊の派遣を命じた。外部ドックへ接近中だ。』
「どのくらいかかる?」
『それが、すぐには入れないのだ。』
艦長の声が、さらに苦しくなる。
『副艦長たちが、制圧される直前にドックの開閉系統をロックしてしまった。
現在、解除を進めているが、開放まで時間がかかる。』
「どれくらいだ。」
『最短でも五分。警備部隊が格納庫に展開するまでには十分程度は必要だ。』
接続区画の中で、誰も動かなかった。
ティオは敵の手の中にいる。
十分。
長い。長すぎる。
リアが唇を噛んだ。
「十分……。」
声は小さかった。
艦長が続ける。
『ロック解除後、親衛艦隊の警備部隊がドックに入り、そこから格納庫へ展開する。
だが、それまでの間、皇女殿下に近い位置にいるのは、君たちだけだ。』
「格納庫の状況は?」
アルクは尋ねた。
『監視系統は復旧しているので状況は把握している。だが、艦内の警備隊を動かせば、敵に情報が漏れる恐れがある。』
「見ることはできる。だが、動けない。」
『そうだ。』
「俺たちにやれと。」
通信越しに、艦長の微かな呼吸音だけが聞こえる。
『格納庫周辺の管制権限を、ブラッククラウン号へ移譲する。監視、隔壁、照明、警報、設備。すべて使用を許可する。』
ノアが驚く。
『全部?』
『全部だ。』
艦長は続けた。
『ブラッククラウン号。皇女殿下の安全を確保してほしい。』
皇女専用艦の艦長が、辺境の船に皇女を託している。
その事実が、接続区画の空気を重くした。
リアは、わずかに視線を落とした。
ガロンは、黙って通路の先を睨んでいる。
アルクが短く答えた。
「分かった。」
艦長の声が、わずかに低くなった。
『皇女殿下の安全が最優先だ。敵の制圧は必須ではない。皇女殿下を傷つける可能性がある行動は認められない。』
「当然だ。」
『敵は強硬派の残党と見ている。皇女殿下を傷つけたりはしないはずだ。だが、人質として使う可能性は高い。殿下の安全確保を最優先。難しければ、親衛艦隊の到着まで持たせてほしい。』
「到着まで、待つ気はない。」
アルクは静かに言った。
『……そうか。』
その一言には、安堵とも、不安ともとれる響きがあった。
アルクはノアに指示した。
「格納庫周辺を見てくれ。敵の数、ティオの位置、隔壁、照明、使えるもの全部だ。」
『了解。』
「リア。」
「はい。」
「艦長との回線を維持。親衛艦隊との回線も開け。」
「分かりました。」
「ガロン。」
「ああ。分かってる。任せろ。」
ガロンは、振り返って部下に細かい指示を出す。
アルクは接続区画の先を見た。
白い通路は、まだ静かだった。
その先に、ティオがいる。
敵もいる。
あと十分で親衛艦隊が来る。
だが、それまで待てない。
アルクは短く息を吐いた。
「ここから先は、見てから動く。」
全員がうなずく。
ノアの声が通信機から届く。
『格納庫周辺管制、受け取った。監視映像、開くよ。』
ノアの声が、いつもより少しだけ急いでいる。
***
ブラッククラウン号側の操作席で、複数の表示が一斉に立ち上がる。
格納庫周辺の区画図。
監視映像。
隔壁の開閉状態。
照明系統。
警報系統。
設備系統。
それらが、ノアの端末に重なって流れ込んでくる。
これまでは、見えなかったもの。
格納庫周辺に限れば、ブラッククラウン号はアウローラの目と手をすべて使える。
ノアが息を吸った。
『格納庫中央、映像出す。』
接続区画の壁面表示に、格納庫内の映像が開いた。
白い床。
広い空間。
艦載艇用の誘導線。
壁際に並ぶ整備機材。
床面に走る搬送レール。
その中央付近に、人影があった。
リアが一歩、映像に近づいた。
「皇女殿下。」
ティオがいた。
格納庫中央より少し奥。
白い壁面と低い整備台の間に立っている。
両手は拘束されていない。だが、自由でもない。近くに立つ男の位置が、逃げる隙を潰していた。
ティオのそばに、指揮官らしき男がいる。
その近くに、武装した兵が二名。ティオを前後に挟むように立っている。片方は前に、片方は少し後ろ。
アルクは映像を見た。
角度が悪く、ティオの顔までは、はっきり見えない。
だが、立ち方がおかしい。
片足に体重を乗せていない。
姿勢は崩していない。皇女として立っている。けれど、右足を床に置く角度が浅い。ほとんど体重を乗せていないように見える。
負傷の程度までは分からない。
ただ、普通ではない。
「足を痛めているようですね。」
リアもすぐに気づいた。
声が硬い。
「正常な立ち方ではありません。」
アルクは短く尋ねた。
「位置は?」
『中央の奥寄り。』
ノアの声から、いつもの気楽な調子は消えている。
早口で、必要なことだけを報告してくる。
『次、皇女区画側の出口。』
映像が切り替わる。
格納庫の奥にある通路。
ティオが連れてこられた側だった。
そこに、二名。
武器を構え、格納庫の中と通路の両方を見ている。完全な待機ではない。逃走路の確保と、背後警戒を兼ねている配置だった。
『ここに二人。たぶん、皇女区画側に戻る道を押さえてる。逃げ道にもなるし、後ろから来る相手も止められる。』
ガロンが映像を見たまま、目だけを細めた。
「まともな置き方だな。」
「ああ。」
アルクは答えた。
よく訓練された部隊だ。
副艦長の支援を失っても、格納庫の中で最善の配置を取っている。
ノアが次の映像を開いた。
『側面通路。アルクたちのすぐ先。』
表示が変わる。
接続区画から格納庫側面へ出た先の通路だった。
そこに二名。
壁際に寄り、格納庫側と接続区画側の両方を警戒している。
アルクたちがそのまま出ていれば、正面からぶつかる位置だった。
不用意に通路に出れば、撃たれていた。
「待ち伏せされてますね。」
リアが言う。
『さっき出てたら、そこに出ていた。片方は通路の影、もう片方は格納庫側の角。向こうが先に気づいた可能性が高い。』
「出なくて正解だったな。」
ガロンが言った。
アルクは無言でうなずいた。
ノアが、さらに別の映像を開いた。
『最後、ドック側。』
映像が切り替わる。
広い格納庫の反対側。
外部ドックへ続く出入口付近に、六名がいた。
装備はアウローラ艦内警備班のものだった。
彼らはドック側を警戒している。
親衛艦隊の警備部隊が外から入ってくることを、予想している配置だった。
『ここ、六人。艦内警備班の装備。たぶん、ティオを格納庫まで連れてきた連中。今はドック側を見てる。親衛艦隊が来るのを待ってるというか、止めるつもり?』
「正体不明の部隊七名と、艦内警備班六名。合計十三名。」
リアがつぶやくように言った。
『うん。中央に三、皇女区画側に二、側面通路に二、ドック側に六。』
ノアが区画図の上に印をつけていく。
赤い点が、格納庫周辺に並ぶ。
中央に三。奥の出口に二。側面通路に二。ドック側に六。
その中に、白い一点がある。
ティオの位置だった。
リアがその一点を見つめる。
「ティオ……。」
声は小さかった。
早く助けなければ……。
アルクがノアに尋ねる。
「ノア。ドック側の六人は切れるか?」
『待って。確認する。』
隔壁の制御系。非常遮断線。気密区画の境界。
ドック側と格納庫中央の間には、大型隔壁が二枚あった。
通常は開いている。
しかし、火災、減圧、外部侵入時には即時閉鎖できる隔壁だった。
ノアが短く息を吐いた。
『切れそう。ドック側六人と、中央寄りの部隊は分断できる。
隔壁を落とせば、六人はドック側に閉じ込められる。
区画図、出すね。』
ガロンが映像に目を向ける。
「閉じた後、開け返される可能性は?」
『管制権はこっちが持ってるから大丈夫。』
リアが小さくうなずいた。
「最初に、六名を切れますね。」
「ああ。」
ガロンが低い声で答える。
「十三人を相手にする必要はない。」
アルクは言った。
「ティオに届くまでに、何人減らせる?」
ノアがすぐに答えた。
『側面の二人は見えてる。先に取れるよ。皇女区画側の二人も、横から回ればいける。問題は中央の三人。ティオが近すぎる。』
映像が格納庫中央へ戻る。
ティオ。
そして、指揮官と部下二名。
三人とも、広い視界を確保できる場所にいる。
格納庫に入れば、発見される。
距離を詰める前に、ティオを盾にされる。
「敵の配置だと、ティオに接近できない。
何か手はあるか?」
アルクが尋ねる。
ノアが少し考えて答えた。
『格納庫内の設備は、こっちで操作できる。
照明、警報、搬送レール、作業台、搬送台車。全部、動かせる。』
「搬送台車……。」
アルクがつぶやく。
『床面レールの上を動く大型のやつ。補給コンテナとか整備機材を運ぶ台車。
敵部隊と側面通路入口の間を通るラインがある。
台車の移動ライン、出すよ。』
格納庫内の台車の配置が映し出された。
リアが映像を確認する。
「遮蔽に、できそうですね。」
『できると思う。少し低いけど幅はある。姿勢を低くすれば隠れられる。
ただ、動かせば警告音が鳴る。安全灯も回る。』
ガロンが口の端だけをわずかに動かした。
「むしろ鳴らしたほうがいい。」
『だよね。攪乱できる。』
ノアの声が少しだけ強くなった。
『あと、携帯型の対人センサーを持ってる可能性がある。完全には潰せないけど、ノイズをかぶせられる。非常警告灯と搬送台車の駆動音も合わせれば、隙は作れると思う。』
「一瞬でいい。」
アルクが答える。
ガロンが、ゆっくりとうなずく。
「そうだな。最後は一瞬で決まる。」
リアが続ける。
「そこまでは、順番に削っていきましょう。」
アルクはうなずいた。
そして、格納庫中央の映像を見た。
ティオの白い姿が、赤い点の中にあった。




