白き檻の中の皇女(七)
第8章 白き檻の中の皇女(七)
ブラッククラウン号の限定ログに、赤色の表示が走った。
「格納庫、医療搬送ポッド起動した!」
ノアが声が跳ねた。
艦橋の空気が止まった。
ルナが前方から目を離さないまま聞く。
「起動?」
「通常待機じゃない。搬送態勢に入った!」
リアが通信席から振り返る。
「医療班要請は?」
ノアはすぐに確認する。
「ない。」
「艦長承認は?」
「ない。」
ガロンが低く言った。
「決まりだろ。」
ノアは答えず、画面を重ねる。
皇女移動経路。隔壁ログ。通信制限。第二安全区画受け入れ準備なし。
そして、医療搬送ポッド起動。
全部がつながる。
ノアが言った。
「汚染隔離名目なら、艦外へ出す理由は作れる。
今の航路なら、次の灯台中継点に救難ステーションがある。
ティオを医療搬送ポッドに乗せて、ステーションから来る救難艇に収容するつもりじゃないかな。」
リアは親衛艦隊向けの通信を開く。
「前方第一護衛艦へ緊急通報。
アウローラ格納庫内の医療搬送ポッド起動。医療班要請なし。艦長承認なし。皇女殿下推定経路と一致。皇女殿下が艦外へ移送される可能性が極めて高い。ブラッククラウン号は緊急支援に移行する。」
アルクが言う。
「送れ。」
「はい。」
送信。
ノアが証拠ログを添付する。
「ルナ。」
アルクが呼ぶ。
「分かってる。
速度、もう上げてる。」
ルナの声は尖っている。
親衛艦隊から、すぐに返信が来た。
『ブラッククラウン号、当該ログを受信。アウローラへ確認中。貴船は速度を落とせ。繰り返す、速度を――』
通信の裏で、別の声が入る。
『前方第一より各護衛艦。アウローラ艦内状況に重大疑義。ブラッククラウン号への射撃管制を保留。進路妨害を行うな。警戒は継続。』
ルナが小さく息を吐いた。
「邪魔しないって。」
ノアが補足する。
「積極支援じゃない。射撃しない、進路妨害しない、ってだけ。」
「充分。」
アルクが言った。
リアの画面に、さらに通信が入る。
『ブラッククラウン号。親衛艦隊は貴船の緊急支援行動を記録する。アウローラ艦長への確認を継続中。艦内進入は、貴船の責任において行われる。』
ガロンが鼻を鳴らす。
「責任は押しつけるってよ。」
リアが冷静に返す。
「今は、それで充分です。」
「そうだな。」
アルクは前方スクリーンを見ている。
アウローラの白い艦体が、少しずつ大きくなっている。
距離、一万八千。
一万六千。
一万四千。
ルナが操舵席で、進路を微調整する。
正規ドックは格納庫まで距離がある。
格納庫に近い、整備用外部接続口へ向かう。
「親衛艦隊、進路妨害なし。右舷護衛艦、警戒レーダーだけ。撃ってこない。」
ノアが言う。
「アウローラ側は?」
「警戒度、上がってる。接続口のハッチがロックされた。」
「開けられるか?」
アルクが聞く。
「ティオからもらったコードで開けられる。
けど、今、開けると艦内から操作されて、すぐ閉められる。
突入の直前に開けないと意味ない。」
「分かった。」
アウローラの外壁が近づいてくる。
その時、親衛艦隊から通信が入った。
『アウローラ艦長より、警備部隊の派遣要請があった。
護衛艦の警備部隊をアウローラに派遣する。』
アルクたちは顔を見合わせた。
「ようやく動き出したみたいだな。」
ガロンが苦笑いする。
「アウローラの警備部隊が使えないようですね。」
リアが考え込む。
「やはり、内部に強硬派シンパが入り込んでいたのでしょうか?
艦内の部隊が信用できない……。」
「まあ、そうなんだろうな。」
ガロンが天井を見上げる。
「めんどくせえ話だ。」
「結局、あたしたちが一番乗りだね。」
ルナがため息をつく。
「責任重大。」
ガロンが防護ジャケットを着込む。
「いよいよ本番だな。」
「ああ。」
アルクは答えた。
「行くぞ。」
リアも通信席から立ち上がり、防護ジャケットを手に取る。
「私も行きます。親衛艦隊との通信は、ノアに任せます。」
ノアが横目で見る。
「通信も扉も、ぼく?」
「お願いします。」
「重いな。」
ノアがだるそうに言う。
「できますね。」
リアがきつい口調で言う。
「もちろん、できる。」
ノアが慌てて返す。
ルナが補助推進器を開いて速度と方向を微調整する。
ブラッククラウン号の船体が、アウローラの後方右舷へ沈むように寄った。
警告音が変わる。
整備接続口に接近。
ルナは警告を聞きながら、操舵桿を細かく動かす。
「相対距離、九百メートル。」
ノアが読み上げる。
「五百。」
「百。」
アウローラの外壁が迫る。
アルクは接続口の位置を見ていた。
格納庫に続く整備用外部接続口。
そこからなら、格納庫正面ではなく、横の補助通路から格納庫に入れる。
「ノア、エアロックのハッチ、頼むぞ。」
アルクがノアの顔を見る。
「了解。一瞬だよ。たぶん、すぐ閉じられる。」
「充分だ。」
「敵の人数は分かるか?」
ガロンが尋ねる。
「ティオを控室から連れ出した警備班が四人。確認できているのはそれだけ。」
ノアが答える。
「これだけの騒ぎで実行犯が四人てわけはねえな。
覚悟しといたほうがいいぞ。」
「こちらは六人です。それに、殿下が人質に取られていると撃てません。」
リアの声が硬くなる。
「全部相手にするわけじゃない。」
アルクが言う。
「ティオを取り返して戻るだけ。」
ルナが一瞬だけ横目でアルクを見る。
「船は、任せて。」
「任せる。」
ルナは無言で操舵に集中する。
右手が操舵桿を押し、左手が姿勢制御を切り替える。
「俺は接続区画に先に行く。部下に状況を説明せんとな。」
「頼む。」
ガロンは手を振って艦橋を出ていく。
ブラッククラウン号は、アウローラの白い外壁へ斜めに寄っていく。
「相対距離、三十。」
ノアの声。
「接続アーム準備。」
「アーム、使うの第一と第二。第三は使えない。」
ルナが言う。
ノアがうなずく。
「了解。第三は角度が足りない。」
警告音が一段高くなる。
アウローラ側から通信。
『外部船、整備接続口への接近を中止せよ。接続は許可されていない。』
リアが応答する。
「こちらブラッククラウン号。皇女殿下発行の非常時限定接近コードに基づき、緊急支援を実施します。」
返答はない。
「アウローラの中、どうなっているのでしょう。」
リアが首を傾げる。
ノアは認証枠を開く。
皇女殿下発行の整備接続認証。
「突入準備が出来たら押す。」
「分かった。後は頼む。」
アルクとリアは、接続区画に向かった。
ルナが二人を見送って、ノアに話しかける。
「後は、あたしとノアで頑張らないと。」
ノアがうなずく。
「接触まで、あと三秒。」
アウローラの外壁が、前方スクリーンいっぱいに広がる。
白い装甲板の継ぎ目。
黄色い整備口の縁。
その脇で点滅する警告灯。
「三、二、一。
接続。」
ルナが第一係留アームの作動スイッチを押す。
金属音が船内に響く。
船体が震える。
ブラッククラウン号の下部から伸びた短いアームが、アウローラ整備口の外枠へ向かう。外枠には、本来なら整備艇を留めるための係留ラッチがある。
アームの爪が、そのラッチに入った。
船体が一度、強く揺れる。
「第一、固定完了。」
ノアが言った。
「第二、いくよ。」
二本目のアームが伸びる。
だが、角度が浅い。
正規ラッチには入らない。
「ずれてる。」
「押さえる。」
ルナが右舷下部の推進器を短く吹かした。
ブラッククラウン号の船体が、ほんの少し横へ寄る。
第二アームの爪が、補助リングの縁に引っかかった。
「第二、仮固定。」
「仮でいい。持たせる。」
「接続筒、伸ばすね。」
接続筒がアウローラの整備用外部接続口へ押し出される。
気密シールが膨らむ。
すぐにガロンから通信が入る。
『ハッチの前まで来た。
突入準備はできてるぞ。』
接続筒の内部では補助灯が白く点滅し、気密確認の表示だけが規則正しく流れている。
「外壁ハッチ、開ける。
すぐに中に入って。
何秒、開けていられるか、分からないよ。」
『了解。』
ノアの指が、操作盤の上を走った。整備接続認証を送る。
『緊急整備認証、確認中。』
一秒。二秒。
内側ハッチ、閉鎖。
外側ハッチ、開放。
表示が、赤から青へ変わる。
次の瞬間、厚い扉が沈むように奥へ動き、ブラッククラウン号とアウローラをつなぐ接続筒の先が開いた。
係留アームが二本だけで軋んでいる。
ブラッククラウン号は、アウローラの外壁に斜めに食いついたまま、低く震えていた。




