↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
81/96

白き檻の中の皇女(四) 

第8章 白き檻の中の皇女(四) 


ブラッククラウン号の艦橋に、短い受信音が鳴った。

ノアが最初に反応した。

「アウローラから通信。艦内注意表示。」

ルナの指が操舵桿の上で止まる。

「注意表示?」

「警報じゃない。補助反応系の安全確認。区画制限あり。皇女殿下は安全区画へ移動中。外部脅威なし。護衛艦隊は外周警戒を継続。」

ノアは読み上げながら、通信を別画面に展開した。

形式は正しい。

署名も正しい。

アウローラの正規通信系から出ている。

アルクは艦長席から正面スクリーンを見ていた。

白い艦影のアウローラ。

その周囲を固める親衛艦隊六隻。

ブラッククラウン号は、その輪の外側にいる。

距離、二万八千。

今の位置からでは、何か起きてもすぐには届かない。

「状況は?」

「異常なし。護衛艦も配置変更なし。」

ノアが答えた。

リアが通信席の横へ移動し、表示を覗き込む。

「艦内注意表示だけ……ですか。」

「護衛艦に出てるのは、たぶんそれだけ。」

「こちらの限定ログは?」

「今出す。」

ノアは三枚の画面を開いた。

皇女移動予定。

隔壁状態通知。

通信優先制御範囲。

ブラッククラウン号に渡されているのは、艦内を操作する権限ではない。

見える範囲も限られている。

それでも、通常の護衛艦より少し深い。

内通者対策として、ティオが渡した監視用の細い窓だった。

ノアの指が、皇女移動予定の線をなぞる。

「予定では、第二安全区画。」

「問題ないんじゃないの?」

ルナが言う。

「予定ではね。」

ノアは隔壁状態通知を重ねた。

小さな白線が、艦内簡略図の上でずれる。

「実際に開いてる隔壁が違う。第二安全区画へ行くなら、ここで右。中央通路側。でも、開いてるのは左側の補助通路。」

リアが目を細める。

「迂回では?」

「あり得る。第七連絡管を避けるなら。ただ、次も左。さらに次も左。」

ノアが画面を拡大する。

皇女移動予定の白線は、第二安全区画へ向かっている。

だが、開いている隔壁は、格納庫側へ寄っている。

ルナが顔をしかめた。

「それ、変じゃないの?」

「変、とまでは言えない。」

ノアは即答した。

「危険な区画を迂回していると考えるのが普通。」

ノアは別画面を出す。

通信制限範囲。

黄色い制限範囲が、艦内簡略図の一部にかかっていた。

皇女区画、中央通路、格納庫側補助通路。

リアの手が端末の縁に触れる。

「ずいぶん広いですね。」

「確かに広いね。

 補助反応系の注意表示にしては、皇女殿下の移動経路と艦長直通を巻き込みすぎてる。」

ノアが首を傾げる。

「皇女区画から艦橋への通信は?」

ノアが通信ログを探る。

「失敗してる。艦長直通は不安定。警備部中継に回されてる。」

ルナが低く言った。

「それ、おかしくない?」

「これも、おかしいとまでは言えない。」

ノアは答えた。

「非常時の通信混雑回避。誤報拡散防止。正規手順の中にある処理だから。」

ルナは納得できない顔で引き下がる。

艦橋に、わずかな沈黙が落ちた。

警報は鳴っていない。

外部脅威もない。

親衛艦隊も隊列を崩していない。

ノアが三つ目の画面を出した。

「第二安全区画側の受け入れログを見てみる。」

リアが反応する。

「受け入れログ?」

「皇女殿下を入れるなら、第二安全区画側も準備するはず。

 気密確認、警備、通信。最低でもその三つ。」

「それは見えるのですか?」

「一部だけ。」

ノアは指を動かした。

第二安全区画。

区画状態、通常。

受け入れ準備……。

ノアの指が止まる。

「ない。」

ルナが振り返る。

「何が?」

「第二安全区画側が、皇女殿下を受け入れる準備をしている記録がない。」

リアが画面を見る。

「安全区画へ移動中、という通信と合いませんね。」

「合わない。」

ノアは短く言った。

「でも、これも決定的じゃない。準備が遅れてるだけっていうこともあり得る。」

ガロンが舌打ちした。

「全部、言い訳はできるってわけか。」

「一つずつならね。」

ノアは三枚の画面を並べた。

隔壁ログのずれ。

通信制限範囲の広さ。

第二安全区画の受け入れ準備なし。

「でも、三つ重なると変。」

「変ですね。」

リアが言った。

声は静かだった。

「ただし、決定的な証拠にはならない……。」

「うん。」

ノアがうなずく。

ルナが操舵桿を握り直す。

「じゃあ、どうするの?」

誰もすぐには答えなかった。

前方のアウローラは変わらず進んでいる。

白い艦体。

崩れない隊列。

警報は出ていない。

何も起きていないようにも見える。

けれど、ログだけが少しずつ噛み合わなくなっていた。

アルクが尋ねた。

「接近するとしたら?」

ノアが即答する。

「今の位置から、普通に近づけば九分から十分。戦闘速度で突っ込めば五分を切るけど、親衛艦隊に止められる。」

「戦闘速度は無理です。」

リアが言った。

「親衛艦隊の警戒圏に、無許可で高速接近することになります。」

「分かってる。」

アルクは前方スクリーンを見たまま答える。

ルナが小さく言う。

「でも、ここにいたら、何かあってからじゃ間に合わないかも。」

全員の動きが一瞬、止まった。

ガロンが後ろで腕を組む。

「近づくだけならどうだ。突っ込むんじゃなくてよ。何かあった時に、届く位置まで詰める。」

リアが画面から目を離さない。

「親衛艦隊には説明が必要です。」

「説明すりゃいい。」

「疑いだけで接近します、と言うのですか。」

「言い方は任せる。」

リアはほんの一瞬、困った顔をしてガロンを見た。

すぐにアルクへ視線を移す。

「アルク、接近すれば、親衛艦隊は警戒します。」

「する。」

「アウローラ側にも伝わります。」

「伝わる。」

リアは口を閉じた。

ルナが前を見たまま言う。

「近づこう! 何もなければ、後で怒られればいいよ。」

「怒られるだけで済めばいいですが。」

リアの声は硬い。

ルナは少しだけ横目でリアを見る。

「でも、ティオが何かされてからじゃ遅いでしょ。」

リアは言い返さなかった。

アルクは静かに言った。

「近づく。」

ノアが顔を上げる。

「確定じゃないよ。」

「分かってる。

 親衛艦隊には、危険確定じゃなくて異常疑いで連絡する。」

「それがいいね。」

ノアがうなずく。

「緊急コード、使うの?

 指揮命令系統への不正干渉が疑われる場合、条件には該当するけど。」

「使う。」

リアが息を整える。

「非常時限定接近コードを、接近の根拠として提示します。ただし、現時点では艦内進入ではなく、緊急対応可能距離への移動。そう連絡します。」

「任せる。」

ガロンはアルクの決断を確認すると、手を振って艦橋を出ていった。

後部区画では、ガロンの部下三名が待機していた。

ガロンが短く合図すると、それだけで状況を察する。

三人は無言で立ち上がり、装備ロッカーへ向かった。

艦橋では、ノアが通信文を組み始める。

「送る内容。アウローラ艦内ログに複数の不一致。皇女殿下の安全区画移動が確認できない。緊急時対応のため、ブラッククラウン号はアウローラへ接近する。艦内進入は行わない。非常時限定接近コードを提示。」

ルナが推進器の待機出力を上げる。

「アルク。」

「何だ?」

「近づくだけでいいんだよね?」

「今は。」

「今は、ね。」

ルナは前を向いた。

ノアが最後にアルクを見る。

「送る?」

「送れ。」

通信文が、親衛艦隊へ向けて送信された。

ブラッククラウン号は、進路を変え始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。