監視依頼(前半)
第7章 監視依頼(前半)
〈オルディア港〉の警戒態勢が完全に解除された後も、皇女専用艦アウローラの会議室には重い空気が残っていた。
長い卓の中央に、ティオが座っている。
右側に皇女専用艦の艦長と副艦長。
左側に親衛艦隊の指揮官。
向かい側には、〈オルディア港〉の港湾長官、外縁星域軍の警備担当者、航路統制局長。そして港湾長官の上官に当たる外縁星域軍の管区司令官も出席している。
卓上のホロ画面には、襲撃未遂事件の時系列が映っている。
「親衛艦隊の対応は規定どおりです。」
指揮官が言った。
「皇女殿下の安全確保は、定められた手順に従って実施されました。」
港湾長官が続ける。
「現地警備も、非常時手順に従っております。」
一呼吸置いて、出席者を見回す。
表情が硬い。
「航路統制区画の電圧異常の原因は調査中です。
作業艇の乗組員は拘束済み。金で雇われたようで背景はまだ不明です。
中央棟地下通路での爆発は、遠隔操作によるものと判明しております。設置した犯人、設置時間は捜査中です。」
「調査中、捜査中が多いようだが。」
管区司令官が渋い顔で港湾長官をにらむ。
「しかも、殿下が安全区画に退避できない可能性があったらしいではないか。警備担当の少尉が地下通路の爆破を伝えてくれなければ、どうなっていたことか。
この少尉はとっさの判断で通常の報告ルートを飛ばしたと聞いた。なぜか、この功績は公式記録には載っていないようだが。」
司令官に叱責され、港湾長官の顔が青ざめる。
「問題は他にもある。」
親衛艦隊指揮官が発言する。
「殿下が退避された地下安全区画の場所とそこへのルート。
なぜ、それを襲撃者が知っている?
情報が漏れていたとしか思えん。」
そう言って、港湾長官の顔を見る。
港湾長官の顔は、ますます青くなる。
司令官が代わって答える。
「その可能性は否定できない。
内部協力者がいたとすれば、電圧異常も地下通路での爆発も説明できる。」
指揮官が、うなずいて続ける。
「我々の分析では、敵は退避計画を知っていた可能性が高い。
今回の動きは散発的すぎる。
殿下の護衛態勢を見るためだった、という見方も出ている。」
「内部協力者の存在を疑う、ということですか。」
ティオは、ゆっくり口を開いた。
「否定は、できませんね。」
会議室の空気がますます重くなる。
親衛艦隊指揮官が沈黙を破って発言する。
「今後の寄港地では、組織内部に敵への内通者がいる前提で警備計画を変更します。
殿下は、ご安心ください。」
ティオはうなずいて答えた。
「警備はよろしくお願いします。
ただし、以前にも言ったとおり、私が会いに行く相手は、敵ではありません。
その点には充分、配慮するように。」
「御心に沿うよう努めます。」
指揮官は立ち上がり、ティオに対し深く頭を下げた。
司令官が港湾長官に命じた。
「早急に内部協力者を見つけ出せ。
功績を上げた少尉は特別昇進。」
そして、一呼吸、置いて続けた。
「君への処分は、今後の調査の進展を踏まえて検討する。」
港湾長官は、額の冷や汗を拭きながら敬礼して、慌てて飛び出していった。
会議は終わった。
だが、警備関係者には大きな問題が残った。
敵組織の規模は? そして、内部協力者は、どこまで広がっているのか?
***
会議が終わると、ティオはアウローラの私室へ戻った。
扉の前で足を止める。
「少し、一人にしてください。」
随員が迷う。
「殿下。護衛は扉の外に控えさせます。」
「それで構いません。」
扉が閉じた。
部屋には、船の機関部からの低い振動だけが伝わる。
ティオは窓際へ歩いた。
厚い透明装甲の向こうに、〈オルディア港〉の補給廠が見えている。
封鎖されていた通路には、作業員が戻り始めていた。
式典用の旗が、まだ残っている。
警備を怠っていた者は誰もいない。
親衛艦隊も現地警備も、規則どおりの警備手順を踏んでいた。
それでも、襲撃は起き、退避ルートが危険にさらされた。
誰かが、それを見ていたのかもしれない。
ティオは端末を起動し、先ほどの会議の記録を確認した。
『警備手順に規定違反なし。実行犯数名拘束。
内部協力者の可能性、排除できず。』
最後の一行で、指が止まる。
親衛艦隊、外縁の警備部隊。誰も疑いたくはない。
ティオは窓に映る自分を見た。
皇女ティオセフィアーナ・アウレリウム。
ティオは目を閉じて思い出した。
ブラッククラウン号と、そのクルー。
白銀の艦列の外側にいた、黒い船。
格式も美しさもない船。
だが、あの船は帝国の秩序を外側から見ることができる。
ティオは端末へ手を伸ばした。
ブラッククラウン号を正式に護衛に加える。
理由は作れる。
辺境の事情に詳しい。功績もある。正規の護衛の外側から状況を把握できる。
並べれば、理由になる。
親衛艦隊の護衛態勢に干渉しないという条件であれば、命令は出せる。
随員を呼ぼうとして、一瞬、声が止まる。
“アルクに、そばにいてほしい”
その気持ちは、心の隅に閉じ込める。
ティオは背筋を伸ばして随員を呼んだ。
扉が開き、随員が入ってくる。
「殿下、ご用でしょうか?」
「ブラッククラウン号への外部監視任務付与について、正式文案を作成してください。」
ティオは努めて冷静な声を出した。
随員の表情が一瞬で、変わった。
言葉を絞り出す。
「ブラッククラウン号を、……ですか?」
「ええ。」
わずかな沈黙。
「親衛艦隊が反対します。」
「そうでしょうね。
ですが、必要です。」
ティオは淡々と答えた。
「任務の範囲は、どのように?」
「通常の護衛ではありません。親衛艦隊の指揮下にも入れません。
これまでどおり、外部からの監視です。
ただ、警備情報の提供範囲は広げます。
港湾管制、航路統制、訪問行程、警備計画、警備行動など、極秘事項以外は情報を提供してください。
緊急時には、警備部隊に直接警告を送る権限も与えます。」
随員は渋々の様子で、ティオの言葉を端末に入力する。
ティオは続けた。
「正式文書とは別に、ブラッククラウン号との私的な通信枠を用意してください。」
随員の手が止まる。
顔を上げ、怪訝そうにティオに確認する。
「私的な通信枠……ですか?」
「ええ。公式依頼が届いた後で構いません。」
「承知しました。」
随員が退出する。
扉が閉じる。
ティオは、もう一度窓の外を見た。
親衛艦隊の護衛艦が港に係留されている。
ブラッククラウン号は港から遠く離れている。
公式依頼を送る。
その後で、自分の声で頼む。
***
親衛艦隊の指揮官は、予想どおり反対した。
すぐに私室にやって来た。
表情が硬い。
「殿下。民間船を護衛に関わらせることは、極めて危険です。」
「護衛に加えるのではありません。」
ティオは正面から受け止めた。
「あくまで、外部監視役です。」
「警備情報を一部でも共有することになります。」
「必要な範囲内です。」
「ブラッククラウン号に功績があることは承知しております。
しかし――」
ティオは指揮官の話を遮る。
「今回、親衛艦隊は正しく動きました。現地警備もです。だから私は無事でした。」
「であれば、なおさら――」
「これからの寄港地でも、内部協力者がいるかもしれません。」
指揮官が黙る。
ティオは続ける。
「警備が正しい手順で進められても、敵がその手順を知っていればどうなります?」
指揮官は無言でティオの言葉を聞いている。
「ブラッククラウン号は、親衛艦隊の代わりではありません。外側から見る目として加えます。」
指揮官は納得していない。
ティオも、納得してもらえるとは思っていなかった。
「あなた方には、これまでどおり私を守っていただきます。
ただ、その外側に、もう一つ、別の目を置きます。」
指揮官はすぐには答えなかった。
深く息を吸い、頭を下げる。
「承知しました。」
顔を上げたとき、まだ硬さは残っていた。
皇女の安全を守るための命令に、これ以上、反論はできないという顔だった。




