外縁星域での襲撃(四)
第6章 外縁星域での襲撃(四)
ブラッククラウン号は、〈オルディア港〉の外で待機していた。
親衛艦隊の護衛圏には入らない。許可された位置。
艦橋のパネルには、港の公開管制情報が映っている。
皇女専用艦アウローラは皇族用接岸口に係留済み。
親衛艦隊は港内と港外に分かれて警戒態勢を継続。
ブラッククラウン号から見えるのは、その程度だった。
ノアは三枚のパネルに情報を表示している。
一枚目は、〈オルディア港〉の公開管制情報。
二枚目は、親衛艦隊から送られてくる情報。
三枚目は、ケードから送信されてくる警戒情報。
「今のところ、公開情報では正常。」
ノアは端末を指で弾いた。
「皇女専用艦は接岸中。親衛艦隊は予定配置。港湾外周航路は封鎖継続。
外から見る限り、式典は無事、進んでる。」
「ティオは?」
ルナが聞いた。
「見えないよ。皇女専用艦の内部映像も、港内の式典映像もこっちには来てない。」
「そっか。」
ルナは操舵席の背にもたれた。
納得した顔ではない。
アルクは艦長席の前に立っていた。
〈オルディア港〉に近づいてからは、ほとんど座っていない。
「通信は?」
「親衛艦隊の公開系統は静か。オルディア港の一般管制も式典関係の通信だけ。」
ノアは三枚の表示を見比べながら報告する。
「辺境側の警戒リストにある船は、今のところ近くにいない。完全独立派関係の識別信号もなし。」
ガロンが腕を組む。
「見えるところには……か。」
「うん。見えるところには。」
ノアは否定しなかった。
リアは親衛艦隊から届いている注意文を読み返していた。
護衛圏内への接近禁止。皇女専用艦への直接通信禁止。親衛艦隊指揮系統への干渉禁止。
何度見ても、念を押すような、少し嫌味な文面だった。
「親衛艦隊は、こちらに見られていること自体を快く思っていないようですね。」
「だろうな。」
ガロンが言う。
「向こうからすりゃ、余計な目だ。」
ルナがむっとする。
「余計じゃないよ。ケードさんが頼んできたんだから。」
「こっち側から見りゃな。」
ガロンは肩をすくめた。
「向こうは皇族護衛の本職だ。民間船が外側でうろうろしてたら、そりゃ面白くねえ。」
「うろうろしてない。ちゃんと指定位置にいる。」
ルナは操舵表示を指さした。
「ほら。範囲内。ど真ん中。」
「ルナは操舵がうまいな。」
「変な褒め方しないで。」
そんなやり取りの途中、ノアの端末が短く鳴った。
一回。
続いて、二枚目のパネル表示に黄色い枠が出る。
ノアの表情が変わる。
「オルディア港、管制区画で警報。」
アルクの表情が厳しくなる。
「内容は?」
「簡易表示なんで詳しくは分からない。
航路統制区画の一部で電源異常。港湾外周で短時間の通信異常。」
ルナが身を乗り出す。
「それって危ない状況?」
「これだけなら危険はない。
でも、ティオの訪問中に発生したのか偶然かどうか……。」
「親衛艦隊は?」
「まだ警戒態勢には入ってない……。
いや、今、入った!」
パネルの表示が変わる。
親衛艦隊の一部が、警戒状態を示す濃い黄色になる。
ルナの手が操舵桿へ伸びる。
「近づく?」
アルクを見る。
「待て。」
アルクの声は短かった。
ルナの手が止まる。
「でも……。」
「まだ動けない。」
「分かってるけど。」
ルナは唇をかんだ。
「分かってるけど、何か起きてるじゃん。」
また、ノアの端末が短く鳴った。
「情報、来たよ。」
ノアが報告する。
「作業艇一隻、指定位置から逸脱。港内の一部通路、区画に移動制限。港湾外周航路、一部封鎖。」
「多いですね。」
リアの声が低くなる。
「多いって?」
ルナが聞く。
「同時にいろいろな問題が発生しています。」
リアは表示を確認する。
「全体像は、見えませんが。」
ガロンが艦橋後方から前に出た。
「アルク。救助装備は一応見てある。接近許可が来たらすぐ出せる。」
「分かった。」
「来れば、だがな。」
その言葉が艦橋に残った。
ブラッククラウン号は、指定された待機位置を動いていない。
親衛艦隊の護衛圏には入っていない。
ティオとは距離がある。
近づこうと思えば、ルナなら近づけるが、その瞬間、親衛艦隊から警告が来る。
皇女の公式行事の最中に、辺境の船が無許可で勝手に接近すれば、辺境との自治交渉に影響が出かねない。
ルナは操舵桿に手を置いたまま、動かさない。
「見てるだけって、こんなに嫌な仕事だったんだ。」
誰もすぐには返事をしなかった。
「ティオは無事なの?」
ルナの声が少し高くなる。
「親衛艦隊からの詳細情報はなし。」
ノアが答える。
「分からないけど、親衛艦隊の警戒態勢は最大ではない。皇女専用艦から救難信号も出てない。危険が迫っているなら、もっと大騒ぎになる。」
「じゃあ、大丈夫かな?」
「たぶん。」
「たぶんって言わないでよ。」
ルナがぼそっと言う。
「断定はできないよ。」
ルナは何か言い返そうとして、止めた。
リアが静かに言う。
「親衛艦隊がついています。現地警備もいます。
今、こちらが勝手に接近すれば、かえって混乱します。」
「リアも、見てるだけって言うの?」
ルナの声に不満が表れる。
「今は、です。」
リアは答えた。
「今は、そうするしかありません。」
アルクは正面スクリーンを見ている。
その中にティオの姿は見えない。
皇女専用艦の中なのか、港の安全区画に入ったのか、親衛艦隊の護衛はうまくやっているのか……。
何も見えない。
アルクは焦燥感を押さえる。
「ノア。」
「何?」
「ケードへ報告。」
「もう準備してる。」
ノアはそう言って、報告文を表示した。
『〈オルディア港〉において複数の警報を確認。皇女艦隊は警戒態勢へ移行。ブラッククラウン号は指定位置を維持。』
「これで送る?」
アルクは無言で、うなずく。
「了解。」
送信表示が点る。
ガロンが低く言う。
「歯がゆいな。」
「そうだな。」
アルクは答えた。
静かに短く、そして強く。
その声に、リアが反応する。
アルクを見る。
その表情は、変わっていない。だが、体がこわばっている。
リアは小さく言った。
「アルク、勝手に飛び出さないでくださいね。」
「動かない。」
「本当ですか?」
アルクは無言でうなずく。
ノアが端末から目を離さず、小さな声で言う。
「一応、港への進入経路は計算しておく。」
リアが振り向く。
「ノアまで。」
「動かないよ。確認だけ。」
ガロンが口の端を上げる。
「まあ、みんな姫さんが心配だよな。」
ガロンの言葉に全員が言い返そうとして、顔を上げ、お互いの顔を見合わせる。
結局、誰も言い返さなかった。
表示がまた切り替わる。
親衛艦隊の警戒信号が、黄色から一段薄い色へ変わった。
ノアが確認する。
「警戒状態、縮小。実行犯らしき者を数名拘束。皇女周辺、安全確保。」
ルナがほっと息を吐いた。
「ティオは無事なのね?」
「うん。大丈夫っていうこと。」
ルナは操舵桿から手を離す。
指先が少し白くなっていた。
「無事なら、いいけど……。」
小さい声だった。
リアもノアの言葉にゆっくりとうなずき、右手で胸を押さえる。
ガロンが腕を組み直した。
「まずは、だな。」
アルクは表示を見続けている。
「終わってない。」
ルナが彼を見る。
「何が?」
「情報が足りない。」
アルクは短く言った。
「何が起きたのか、まだ分からない。」
ノアがうなずく。
「もっとデータが必要。
港湾管制ログ、警戒移行時刻、封鎖区画、作業艇の位置。
公開情報だけだと無理。」
「親衛艦隊に情報提供を依頼する。
ノア、頼む。」
アルクの指示。
「提供してくれるでしょうか?」
リアが心配そうに言う。
「駄目ならケードさんに頼む。」
アルクが答える。
リアがうなずく。
「ただ、ケードさん経由だと時間がかかりますね……。」
ノアはすでに親衛艦隊への依頼文を作り始めていた。
「でも、これで終わりって感じじゃないよね。」
ルナの言葉を誰も否定しなかった。
〈オルディア港〉の表示は、少しずつ通常色へ戻り始めている。
それでも、いくつかの区画は警戒態勢の黄色のままだった。
ブラッククラウン号は、指定位置を保ったまま動かない。
近すぎず、遠すぎず。
その距離が、今はやけに長く思えた。
***
ブラッククラウン号の艦橋では、誰も席を離れなかった。
ルナは操舵席に座ったまま、正面スクリーンを見ている。
操舵桿からは手を離していたが、指先は膝の上で神経質に何度も動く。
ノアは三枚のパネルに、港湾側の公開情報、親衛艦隊からの情報、ケードへの報告履歴を並べて、チェックを続けている。
リアは副操舵席の横で、親衛艦隊からの情報を分析している。
ガロンは艦橋後方に立ったまま、腕を組んで待機している。
アルクは艦長席の前から動いていない。
ノアの端末が鳴る。
「続報。」
ノアが言った。
「〈オルディア港〉港湾長官の公式発表が出た。『皇女殿下に被害なし』だって。」
リアが情報を確認する。
「小規模妨害事件、という扱いになるようです。」
「小規模ねえ……。」
ガロンが首をひねる。
「皇女様の近くで騒ぎが起きたんだろう。そんなんで、いいのかね。」
「表向きです。」
リアが答える。
「現時点で大きく発表しすぎると、公式訪問全体に影響が出ます。
外縁側の面子もあります。
親衛艦隊の責任問題にもなりますから。」
ルナが眉を寄せる。
「でも、それでいいの?」
リアは、しばらく考えて言った。
「いい悪いの話ではありません。
この騒ぎで公式訪問が中止になったりしたら、辺境も困ります。ケードさんも。」
ノアの端末が、また鳴った。
三回。
暗号回線の受信表示が、立て続けに三つ並ぶ。
ノアが顔を上げた。
「親衛艦隊から、データが来た。」
アルクが振り向く。
「中身は?」
「港湾管制のログ。ティオの移動ルートの変更記録。警備区画の封鎖時刻。親衛艦隊の警戒移行時刻。航路統制区画の補助電源切替記録。実行犯の侵入経路……あと、現地警備の配置変更記録。
かなり詳しい情報。」
ノアは一つずつ読み上げながら、表示を開いていく。
「皇女専用艦内部の詳細ログはなし。親衛艦隊の警備記録もなし。」
「ずいぶん素直に情報くれたね。」
ルナが不思議そうに言う。
「そうですね……。」
リアも首を傾げた。
「辺境側に配慮したのか……、
情報を出し渋ってケードさんから抗議されるのが面倒だったのかもしれません。」
「まあ、どっちでもいいだろう。よかったじゃねえか。」
ガロンは素直に喜ぶ。
「解析できるか。」
アルクが聞く。
「やってる。」
ノアが端末を操作し、情報を艦橋中央のホロ画面に映し出す。
最初に〈オルディア港〉の簡略図が出た。
航路統制区画。補給廠。中央棟。
それぞれの位置に、時刻順で小さな点が重なっていく。
「まず、補助電源切替。」
ノアが一つ目の点を拡大する。
「航路統制区画の一部で負荷変動。これ自体はたまにあること。」
次の点が表示される。
「その二十六秒後、補給廠内で小型作業艇が大型作業機械に衝突。機械は停止位置逸脱。」
「直後に、親衛艦隊が警戒態勢へ移行。皇女殿下が中央棟地下の安全区画に退避開始。」
「さらに七十三秒後、中央棟地下通路で小規模な爆発。通路が崩落。」
ルナがつぶやく。
「いろいろ、多いね。」
「多いね。」
ノアも認める。
「続けるよ。」
ノアは中央棟地下の図面を表示する。
「通路が崩落した情報で、皇女殿下は退避ルートを変更し、安全区画に到達。
以後、事態の収束まで、そこに留まる。」
アルクが表示を確認する。
「もう一度、頼む。」
「時系列で流すよ。」
ノアが表示を再生する。
港の表示上で、異常発生の点が順に光る。
航路統制区画。補給廠。中央棟。崩落した地下通路。皇女の退避経路。
「これ、ティオの移動ルートと重なってない?」
ルナが小さな声で言う。
「こりゃ、目的は姫さんだな。」
ガロンが低い声で答えた。
「地下通路の爆発が、もう少し遅ければ、姫さん、地下通路で立ち往生だったんじゃねえか?」
ガロンが続ける。
「それにしても、散らかってるな。」
「散らかってる?」
リアが不思議そうな声を出す。
「ああ、散らかってる。
姫さんを狙った殴り込みにしちゃ、場所がばらけ過ぎだ。
航路統制区画に補給廠、姫さんのいた中央棟で爆破はしているが、そこまでだ。
実行犯の動きが雑すぎる。
火力も人数も足りねえ。
本気で襲うなら、こんな半端な形にはしねえだろ。」
「じゃあ、何がしたかったんだろう?」
ノアが首を傾げる。
「警備態勢を見たかったのではありませんか。」
リアが少し考えて答える。
ルナが顔を上げる。
「警備態勢?」
「はい。」
リアは表示上の点を指す。
「最初に航路統制区画。次に補給廠。最後に中央棟地下。
異常が、皇女殿下の移動に合わせて起きています。」
「敵は、姫さんの逃がし方を見てたってことか。」
ガロンがうなずく。
「そうです。」
リアは続けた。
「護衛官たちは、異常事態が発生すれば、当然、皇女殿下を守ろうとします。
敵は、その守り方を見たかったのでは?」
「それって、もう一度、襲うってこと?」
ルナが尋ねる。
リアは口を閉じて、しばらく答えなかった。
ちらっとアルクを見る。
そして言葉を選んで言った。
「……その可能性があります。」
アルクは黙って聞いている。
ガロンがうなずいた。
「本番前のリハーサルか……。ただのお粗末な襲撃の可能性もあるが、何とも言えねえな。」
ガロンが、皆の顔を見回して続ける。
「それに今回の襲撃だが、姫さんの退避ルート、敵に漏れてねえか?」
皆が、はっとした顔をする。
「航路統制区画、補給廠、中央棟。
姫さんの行事予定は発表されてるから、大体の移動ルートと時間は割り出せるかもしれねえが、地下の安全区画は極秘だろう。
俺たちは、親衛艦隊から情報をもらって知ってるが、襲撃犯がなんで知ってるんだ。」
リアがうなずく。
「〈オルディア港〉の関係者から。あるいは――」
そこで言葉を止めた。
ルナが先に言った。
「まさか親衛艦隊の中?」
リアは少し考え込んだ。
「親衛艦隊の乗員は、厳しい選抜を通った者ばかりです。帝室への忠誠心もとても厚い。裏切る者がいるとは……。」
アルクが強い口調で言う。
「厄介だな。」
ガロンがうなずく。
「ああ、厄介だ。」
「まだ断定はできません。」
リアが言う。
「断定はできませんが、これからは、考慮に入れないと。」
誰も、しばらく口を開かなかった。
「でも、ティオ、無事だったんだよね。」
ルナが明るい声を出す。
「今回はね。」
ノアが言った。
ルナがにらむ。
ノアは目を逸らさない。
「今回は無事。でも、今回だけで終わりとは限らない……みたいだね。」
また、艦橋に気まずい沈黙が広がる。
やがて、ノアがアルクに尋ねた。
「親衛艦隊には伝えた方がいいかな?」
「必要はないでしょう。」
リアがアルクの顔を見ながら言う。
「親衛艦隊には、こちらに渡していない情報もあるはずです。情報分析の専門家もいますから、こちらと同じ結論にたどり着くはずです。
親衛艦隊に、こちらが内部協力者を疑っていると言っても、反発されるだけです。」
「面倒だね。」
ノアがつぶやく。
「ケードに報告を。」
アルクは短く言った。
「文面は?」
ノアが尋ねる。
「事実だけ。」
ノアは端末に報告文を作っていく。
『複数の異常事態が、皇女の移動経路で発生。
実行犯の目的不明。規模と襲撃箇所に一貫性なし。
内部協力者の存在の可能性。』
「これで、いい? 断定は避けた。」
アルクはうなずく。
送信表示が点る。
しばらく誰も口を開かなかった。
ルナが小さくつぶやいた。
「無事なら、それでいいって思ったんだけど。」
誰も遮らない。
「でも、これ、そういう話じゃないみたいだね。」
アルクはルナを見る。
「そうだな。」
短い返事。
ルナは少しだけうつむく。
「……ほんと、やだな。」
リアは静かに表示を見ていた。
「殿下は、このまま訪問を続けられるでしょう。」
「中止しないの?」
ルナが聞く。
リアがうなずく。
「ここで中止すれば、敵の狙いどおりになってしまいます。
辺境にとっても中央にとっても、悪い結果になります。」
「でも危ないよね。」
「はい。」
リアは認めた。
「危険です。」
「分かってはいるけど……。」
ルナが納得いかない表情で黙った。
ガロンが頭をかく。
「姫さんも大変だが、こっちも見てるだけじゃ済まなくなりそうだな。」
アルクは正面スクリーンを見ている。
そこにティオの姿はない。
それでも、アルクは視線を外さなかった。




