外縁星域での襲撃(二)
第6章 外縁星域での襲撃(二)
ブラッククラウン号は、出発から四日ほどで皇女艦隊に追いついた。
艦橋中央のホロ画面には、皇女艦隊の予定航路と、ブラッククラウン号に許可された接近範囲が重ねて表示されている。
「この距離、微妙。」
ルナが操舵桿に指を添えたまま言う。
「近づいたら親衛艦隊に怒られる。離れたらケードさんに怒られる。
どっちも嫌なんだけど。」
「指定範囲の中央を維持して。」
ノアが端末を見ながら答える。
「いまの位置なら問題ない。親衛艦隊の外周警戒線から一段外。」
ルナは小さく文句を言いながら、距離を調整する。
リアは副操舵席で親衛艦隊から届いた注意文を確認していた。
「親衛艦隊から再確認です。
護衛圏内への接近禁止。緊急時を除く直接通信禁止。」
「嫌われてるねえ。」
ガロンが艦橋後方で言う。
「嫌われているというより、信用されていないのでしょう。」
リアは淡々と返す。
「ま、似たようなもんだ。」
アルクは正面スクリーンを見る。
皇女艦隊の識別点は、まだ小さい。
白い点が一つ。
その周囲に護衛艦の点が並んでいる。
その外側、少し離れた位置に、ブラッククラウン号が表示されていた。
「見える範囲は?」
「公開航路、識別信号、港湾側の受け入れ準備情報くらい。」
ノアが答える。
「皇女専用艦の中は見えない。親衛艦隊の細かい配置も見えない。」
「分かった。」
アルクは短く言った。
ルナが横目で見る。
「それでも、少し安心した?」
アルクは答えを探すように、一度だけ表示を見た。
「見えないよりはいい。」
「うん。まあ、それはそう。」
ルナは前を向く。
リアは何も言わなかった。
ただ、表示上の皇女艦隊の点を静かに見ている。
ガロンが腕を組み直した。
「今は、見てるだけか。」
「そうだ。」
アルクは言った。
「見てるだけだ。」
ブラッククラウン号は、皇女艦隊の側面についた。
ノアが表示を切り替える。
「皇女艦隊の位置。仰角零度。方位角九十度。つまり右真横。
距離は約三十万キロ。全速で一時間かな。
外縁星域寄港地へ予定どおり航行中。公開情報では異常なし。」
近すぎず、遠すぎず。
親衛艦隊の護衛圏には入らない。
けれど、同じ星間流の流れの中にいる。
ノアの端末に、外縁星域寄港地〈オルディア港〉の公開情報が流れ始めた。
歓迎式典準備。
皇族用接岸口、使用予定。
港湾外周航路、一時封鎖予定。
ノアは一通り確認して、首を横に振った。
「いまのところ、変なところはないよ。」
「そうか。」
アルクは正面スクリーンを見続けた。
白い点の集まりは、外縁星域へ向かって進んでいる。
黒い船は、それを遠くから見守る。
***
外縁星域の最初の寄港地。灯台管理拠点兼軍補給廠〈オルディア港〉。
周辺宙域の灯台管理機能と、外縁星域軍の補給廠を兼ねる重要拠点。
中央星域の帝都軌道港には劣るが、数百隻の船が停泊できる大規模な施設だ。
皇女専用艦アウローラが到着したとき、港の周辺航路はすでに閉鎖されていた。
民間船は他の港に迂回させられ、補給船の出入りも一時停止。
港の第一ドックには外縁星域軍の儀仗兵が並び、帝国旗と外縁星域軍旗が掲げられている。
灯台管理棟の壁面には、『皇女ティオセフィアーナ・アウレリウム殿下、御来訪』の歓迎文が表示されていた。
親衛艦隊の前方護衛艦が最初に入港し、次に上下左右の護衛艦が距離を保ったまま、皇女専用艦の進入路を囲む。
アウローラは最後に入港する。
白銀の船体が補給廠の照明を受けて輝く。
『オルディア港湾管制よりアウローラへ。皇族用接岸口、固定準備完了。進入角、規定内。速度、規定内。』
『アウローラより港湾管制へ。確認しました。これより接岸手順へ移行します。』
通信士の声が艦橋に流れる。
ティオは皇女控室で、上陸準備を進めていた。
大きな鏡の前で、二人の侍女がティオの服装を整える。
白い礼装は、帝都出発時と少し異なる訪問用の正式礼装。
肩の金糸は少し増え、胸元の皇女徽章も大きい。
着替えを終えたあと、侍女が最後に手袋の位置を直した。
「殿下。外縁星域軍の港湾長官、航路統制局の責任者、主席行政官が出迎えに来ております。」
「予定どおりですね。」
「はい。ただ、現地側の名簿に外縁星域軍の若い将校が数名、新たに加わっています。」
ティオは鏡から視線を外した。
「役職は?」
「補給廠防衛担当とのことです。階級は高くありません。
下げさせますか?」
「その必要はありません。」
侍女が一瞬だけ間を置く。
「よろしいのですか?」
「外縁の若い将校が、皇女を見たくて出てきたのでしょう。
人気があるのは悪いことではありません。」
ティオは微笑む。
侍女は頭を下げ、退出した。
ティオは窓辺に向かい、外の様子を見た。
外縁星域軍の儀仗兵たちが見える。
「殿下。」
随員が扉の前で声をかける。
「接岸完了まで、あと三分です。」
「分かりました。」
ティオは窓から離れた。
控室の壁面表示には、今日の行程が並んでいる。
到着後、港湾長官主催の歓迎式典。
航路統制局の視察。
軍補給廠の視察。
航路統制局責任者との短時間の会談。
外縁星域軍関係者との会談。
その後、次の寄港地に向け出発。
滞在は一日。長くはない。
外縁星域は、今回の訪問の本命ではない。
だが、通過点として扱ってよい場所でもなかった。
辺境自治の話が進めば、外縁の一部は必ず不満を抱く。
なぜ辺境だけが、という声も出る。
だからこそ、ティオはここで足を止める必要があった。
帝国は、外縁を見ている。
そのことを、皇女自身が示すために。
『アウローラ、皇族用接岸口へ固定完了。接続橋、展開します。』
艦内に航海士の声が流れた。
続いて、低い機械音。
接続橋が艦体へ固定される振動が、床からわずかに伝わる。
随員が部屋の扉を開けた。
「殿下。お時間です。」
ティオはうなずき、歩き出した。
通路の両側には皇女専用艦の乗員が整列している。
艦長、副艦長、保安責任者、通信長。全員が礼装に近い勤務服。
艦長が一歩前に出る。
「殿下。現地警備との接続確認は完了しております。
親衛艦隊護衛隊が外周警戒を担当。艦内保安班は予定どおり随行します。」
「港湾側との連携は大丈夫ですか?」
「規定どおりです。現地警備班の動線も確認済みです。」
ティオはうなずく。
「今回の訪問は、外縁の皆さんに皇族の存在を身近に感じて頂くことが目的です。
警備の者たちは必要以上に前に出ないよう配慮を。ただし、必要な時は迷わず動いてください。
難しいこととは思いますが、よろしくお願いします。」
「承知しました。」
艦長は深く頭を下げた。
ティオはその横を通り、乗艦口へ向かう。
扉の向こうには接続橋が伸びている。
その先に、外縁星域の代表団が待っていた。
空気が変わる。
艦内の清潔な循環空気に、港の匂いが混じる。
わずかな金属臭。冷えた油の匂い。
ティオは足を止めなかった。
接続橋を進む。
左右には親衛艦隊の護衛官。
少し後ろを随員たちが続く。
接続橋を降りると、左右に並ぶ外縁星域軍の儀仗兵が一斉に敬礼した。
床を打つ靴音。
金属製の儀礼銃が胸元で止まる音。
ティオはその中央を歩く。
手は振らない。
微笑みすぎない。
視線は正面に。
港湾長官が前に出た。
五十代半ばの男。顔には深い皺がある。
式典用の礼装で整えているが、中央の高官のような滑らかさはない。
彼は深く頭を下げた。
「皇女ティオセフィアーナ・アウレリウム殿下。
外縁星域オルディア港を代表し、ご来訪を歓迎いたします。」
「出迎えに感謝します、長官。」
ティオは立ち止まり、相手を見る。
「この港が、中央と辺境を結ぶ航路を支えていることは承知しています。
短い滞在になりますが、現場の声を聞かせてください。」
長官の表情がわずかに動いた。
形式的な言葉が返されるだけだと思っていたのだろう。
彼はもう一度、頭を下げる。
「ありがたきお言葉です、殿下。」
次に、航路統制局責任者が進み出る。
痩せた女性だった。年齢は四十代ほど。
軍服ではなく、航路統制局の濃灰色の制服を着ている。
「オルディア港の航路統制局長、ミレイ・サーグと申します。
航路灯台群の運用状況について、後ほどご説明を差し上げます。」
「お願いします。
灯台を守る方々の仕事がなければ、公式訪問の航路も成り立ちません。」
ミレイは一瞬だけ目を伏せた。
「現場の者にも伝えます。」
その後ろに、若い外縁軍将校が二人立っていた。
二人とも表情が硬い。ティオを見る目に鋭さがある。
歓迎……だけではない。
値踏みをしている。
中央の皇女が、何を言うのか?
外縁をただ通過点として扱うのか?
辺境ばかりを向いているのか?
そんな目だった。
ティオは、その視線を正面から受け止める。
「そちらの方々は?」
港湾長官が少し慌てた。
「はっ。補給廠防衛担当の若手将校です。警備を担当しております。」
「お名前を。」
若い将校たちは、互いに視線を交わした。
一人が敬礼する。
「外縁星域軍、レント・バルク中尉です。」
もう一人も続く。
「同じく、サイラス・ノーデン少尉であります。」
ティオは二人の名を聞き、うなずいた。
「警備、よろしくお願いします。」
二人は一拍遅れて、改めて敬礼する。
名を聞かれたことに驚いているようだ。
その場にいた儀仗兵たちの目が、ティオを追っていた。
ティオは港湾長官に視線を戻した。
「式典を始めましょう。」
「はっ。」
港湾長官が合図を出す。
正面の大型表示パネルに、帝国旗と外縁星域軍旗が並んで映された。
続いて、辺境星域方面への公式訪問航路が簡略表示される。
中央から外縁へ。
外縁から辺境へ。
その線を、港にいる者たちが見上げた。
式典用の音声が短く流れる。
祝辞。
歓迎文。
訪問団紹介。
航路安全祈念。
一つ一つは形式的だった。
けれど、その形式の中で、誰が前列に立つか、誰が名を呼ばれるか、どの旗がどの順で表示されるかまで、すべてが意味を持っていた。
ティオはその中央に立ち続ける。
外縁の者からの視線も、親衛艦隊からの視線も、随員たちの緊張も、そのまま受け止める。
式典が一段落すると、港湾長官が隣に立つ。
「殿下。これより航路統制区画に、ご案内いたします。」
「お願いします。」
ティオは歩き出そうとして、もう一度だけ航路表示を見上げた。
外縁星域を越えた先に、辺境星域の名が小さく表示されている。
ブラッククラウン号の艦橋で見た航路図を、ふと思い出した。
アルクは、航路図を見るときだけ少し表情を変えた。
支配する線を見る顔ではなかった。
迷った船が帰る道を探す顔だった。
「殿下?」
港湾長官が声をかける。
ティオは視線を戻した。
「参りましょう。」
港湾長官が先導する。
親衛艦隊の護衛官が左右に動き、外縁側の警備班がその外側を固める。
***
航路統制区画は、軍補給廠の中央棟を抜けた先にあった。
右手に補給ドック。
左手に港湾管制塔へ続く連絡橋。
正面奥に、航路統制区画の厚い隔壁が見えてくる。
ティオの前を、港湾長官が歩く。
その左右に外縁星域軍の警備兵。
ティオの斜め後ろに親衛艦隊の護衛官。
さらに後ろに随員と航路統制局の担当官が続く。
列は長い。
「殿下。こちらが灯台第一制御室です。」
灯台管理責任者のミレイ・サーグが、隔壁の前で立ち止まった。
親衛艦隊の護衛官が先に制御室に入り、安全を確認する。
「異常なし。」
その報告を受け、ティオは中へ入った。
制御室の中の技術者たちの視線が一斉にティオに集まる。
制御室は、帝都の施設ほど広くはない。
壁面には端末が並び、中央に航路灯台群のホロ画面が浮いている。
管理システムには一部に古い規格が残っているようだ。
何度も設備の更新を繰り返しながら使い続けてきた施設であることが分かる。
「中央の灯台管理施設とは、一部システムが異なるようですね?」
ティオがミレイに問いかけた。
ミレイは一瞬、驚いた表情を浮かべた。
「はい。旧式規格をまだ多く残しております。更新は段階的に進めております。」
「運用を止められないということですね。」
「そのとおりです。」
ミレイの声が少しだけ早くなる。
「軍用だけではありません。
民間輸送、医療船、救難船、灯台補修船。みな、この港を通ります。
施設はわずかな時間でも、止めることはできません。」
港湾長官が軽く咳払いした。
説明が長くなりすぎる、と示したのかもしれない。
ティオはミレイに説明を促した。
「続けてください。短い訪問ですから。できるだけ多くのことを聞かせてください。」
ミレイは一度口を閉じ、深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
制御室の中央には、大きなホロ画面に航路灯台群の線が浮かんでいた。
中央から外縁へ。
外縁から辺境へ。
その途中に、無数の灯台が点として並んでいる。
「この先が、辺境方面ですね。」
「はい。今回の公式訪問に合わせ、同期確認を通常より増やしております。」
「現場に負担は、出ていませんか?」
ミレイは、一瞬、言葉に詰まった。
港湾長官が横から口を挟む。
「問題ありません。殿下のご訪問に必要な対応です。」
正しい答えだった。
だが、ミレイの視線が一瞬、揺らいだ。
ティオはそれを見落とさなかった。
「長官。」
「はっ。」
「必要な対応であることと、負担がないことは同じではありません。」
ティオはやさしく言った。
制御室の空気が緊張する。
「帝都への報告書には、課題や問題点も含めてください。
しかるべき部署に検討させます。」
ミレイがゆっくり顔を上げた。
「……承知しました。」
ミレイの立場で、不満を言うことはできない。
ティオも、それは分かっている。
だから、報告の道を開いておいた。
***
次に案内されたのは、軍の補給廠だった。
軍用ドックを見下ろす展望通路を歩く。
巨大なドックには、補給を受けている各種艦艇が並ぶ。
あちこちに、軍用コンテナが山のように積まれている。
ティオがドックに降りて行くと、作業員たちは作業の手を止め、一斉に頭を下げる。
「作業を止めさせてしまいましたね。」
ティオが申し訳なさそうに言う。
「殿下の安全確保のため、必要な措置です。」
港湾長官はすぐに答える。
ドックでは、先ほどの若い外縁軍将校が二名、待機していた。
レント・バルク中尉と、サイラス・ノーデン少尉。
二人は敬礼する。
「警備、ご苦労さまです。」
ティオは足を止めた。
「ここの防衛を担当しているのですね。」
バルクが答える。
「はい。補給廠周辺の哨戒と、非常時の地下区画封鎖を担当しております。」
ティオは二人にうなずいてから歩き出す。
親衛艦隊の護衛官が左右に戻り、随員たちも続く。
〈オルディア港〉中央棟に入る。
行程は予定どおり進んでいく。
歓迎式典。
航路統制区画と補給廠の視察。
この後は、儀礼的な会談が続く。
どれも短時間のものだ。
だが、ティオが何を聞き、何を話すのか、外縁の人々は注目している。
気の抜けない時間が続く。
エレベーターで最上階の貴賓室に向かう。
親衛艦隊の護衛官が先に進み、貴賓室の扉を確認する。
認証灯が緑に変わった。
その少し後ろで、廊下の表示灯が一つ、遅れて点滅した。
護衛官は、それに気が付かなかった。




