外縁星域での襲撃(一)
第6章 外縁星域での襲撃(一)
ブラッククラウン号は、ティオを見送ったあと、出発の準備を進めていた。
艦橋のパネルには、入ってきた仕事の依頼が表示されている。
辺境までの貨物船の護衛。
同じく辺境までの希少物資の高速輸送。
補助灯台の点検依頼も何件か。
そろそろ、コルベックのドックで機関部の整備もしなければならない。
遠距離航行の前には補給も必要。
やることは、いくらでもあった。
ノアは端末を見ながら、仕事の段取りを考えている。
「補給を先にした方がいいと思う。外縁側へ寄る仕事を受けて、その途中で、推進剤と交換部品を積み増しかな。」
「金はあるのか?」
ガロンが艦橋後方から確認する。
「余裕はあるよ。ケードさんから無茶な仕事をたくさん押し付けられたから、資金は潤沢。」
「なら、たまには長期休暇なんてどうだ。ここんところ、ろくに休めてねえだろう。」
「もう少し貯まったら、それもいいかもね。」
「ルナ、お前も休みたいだろう。」
ガロンがルナに話を振る。
ルナは操舵席で、足をぶらつかせていた。
「次の仕事、なんか気が乗らない。」
ルナはガロンの話に乗ってこない。
「どうして?」
ノアが不思議そうに聞く。
ルナは一瞬、黙る。
「別に……。なんとなく。」
アルクは艦長席の前に立ち、公式訪問航路の表示を見ていた。
皇女艦隊はすでに公開通信範囲を離れている。
表示されているのは、帝国政府が公開している予定航路だけだった。
中央星域から外縁星域の寄港地へ。
その後、辺境星域へ。
リアはその横で、訪問団の公開名簿を確認している。
「外縁星域の最初の寄港地は、灯台管理拠点兼軍補給廠の〈オルディア港〉。
短時間の寄港ですが、現地軍と航路管理部門が出迎えるようです。」
「大げさだね。」
ルナが言う。
「皇女殿下ですから。」
「それは分かってるけど。」
ルナは口を尖らせる。
「ティオ、ああいうところでずっと皇女様やるんだよね。」
「そうですね。」
「疲れそう。」
リアは少しだけ目を伏せた。
「疲れるでしょうね。」
そのとき、通信の着信音が鳴った。
ノアが手元の端末を見る。
「辺境側暗号回線。発信元、トマス・ケード。
ケードさんだ……。」
アルクが顔を上げる。
「つなげ。」
「了解。」
ノアが通信を開く。
「嫌な予感……。」
ルナがぽつりとつぶやく。
艦橋中央の通信パネルに、トマス・ケードの顔が映った。
背後には執務室の様子が見える。
航路図と未処理の書類の山。
ケードの顔には、いつもより疲れが見えた。
『アルク船長。すまない。急な依頼だ。』
「何かありましたか?」
『まだ何かが起きたわけではない。だからこそ、今のうちに頼みたい。』
ケードは一度、画面の外へ視線をやった。
誰かに席を外すよう合図したのかもしれない。
『皇女殿下の公式訪問についてだ。
ブラッククラウン号に、皇女艦隊を少し離れた位置から見守ってほしい。』
ルナがすぐ反応した。
「え! ティオ、さっき出発したばかりだよ……。」
ケードはルナの声も拾ったらしく、少しだけ苦笑した。
『急な話ですまない。いつも無茶な依頼ばかりで。』
「護衛ではないですよね?」
アルクは短く確認した。
『そのとおりだ。公式の護衛系統には入らない。
と言うより“入れない”と言った方が正しい。』
ケードは小さなため息をついた。
『君たちへの依頼は、あくまで辺境側の事情だ。
今回の公式訪問で何かあれば、自治交渉は止まる。皇女殿下には、何事もなく辺境に来ていただく必要がある。』
「それは分かります。」
リアが口を挟む。
ケードはうなずいて続けた。
『だが、辺境も一枚岩ではない。
中央との自治交渉に反対する、完全独立を唱える者が少数だが残っている。』
ルナが眉を寄せる。
「ティオを狙うってこと?」
『狙う、まではいかないかもしれない。だが、妨害はあり得る。
抗議行動、通信攪乱、小型艇による接近、歓迎式典への乱入。
何が起きても、中央は辺境の責任と考えるだろう。』
「皇女殿下に何かあれば、自治交渉そのものが崩れますね。」
リアの声は低い。
ケードは、またうなずいた。
『そのとおりだ。だから我々は以前から中央へ要請していた。
皇女殿下が辺境を訪問されるなら、辺境の事情を知る者も護衛に加えさせてほしいと。』
ガロンが鼻を鳴らす。
「親衛艦隊が嫌がったな。」
『そのとおりだ。』
ケードの表情が少し渋くなる。
『皇族護衛は親衛艦隊の任務、辺境側の参加は不要、そう言われた。
彼らの言い分は分かるが、こちらとしては困る。
辺境の不穏分子は、辺境で対処する必要がある。』
アルクはケードを見て言った。
「それで、ブラッククラウンですか。」
『ああ。中央側も、君たちを推薦したら拒まなかった。強硬派との戦いでの戦功がある。皇帝陛下にも認められている。辺境側にも中央側にも顔が利く。
だが条件が付いた。』
「近づきすぎるな、ですか。」
ケードは少し苦笑した。
『話が早いな。
親衛艦隊の護衛圏には入らない。当然、指揮系統にも入らない。これが条件だ。
皇女艦隊の少し外側から、公開情報と辺境側の警戒情報を照らし合わせて対応してほしい。』
ノアが手元で表示を開く。
「指定された距離は?」
『後で暗号文書を送る。
親衛艦隊の外周警戒線から、さらに一段外側。
遠すぎると意味がないが、近すぎると向こうが怒る。』
「面倒な距離だね。」
ノアが率直に言う。
ケードは否定しない。
『面倒な依頼だ。だが、君たち以外には頼めない。』
ルナがアルクを見る。
「ねえ、これってさ――」
「受ける。」
アルクは即答した。
ルナは目を丸くする。
「まだ何も言ってない!」
「断る理由がない。」
「あるでしょ!
親衛艦隊に嫌な顔されそうとか、補給が先とか、仕事が面倒とか……。」
「それでも受ける。」
ルナは口を閉じた。
ケードが画面の向こうで、少しだけ視線を和らげた。
『助かる。』
アルクはうなずく。
「確認します。
任務は、皇女艦隊の外側からの状況確認。辺境側過激派、完全独立派の妨害兆候があれば、優先して対応。皇女艦隊への直接介入は、緊急時を除いて行わない。
これで、いいですか?」
『その理解でいい。報告は私の回線へ。必要なら、中央側の担当官にも同時転送する。』
「親衛艦隊には、話が通っているのですね?」
リアが確認する。
『通ってはいる。ただし、歓迎はしていない。』
「そうでしょうね。」
リアは静かに言った。
『リア君。君がいてくれるのは助かる。
親衛艦隊との間で、言葉を選ばなければならない場面が出てくるだろう。』
「承知しました。」
ルナが横から口を挟む。
「つまり、怒らせない係。」
「おおむね、そうです。」
リアが真面目に返す。
ガロンが笑った。
「ルナ、お前は怒らせる係だな。」
「違うよ!」
「違うか?」
「違う……たぶん。」
ルナがぼそっと言う。
ガロンが笑い、ルナは頬を膨らませたまま操舵席に向き直った。
ケードも、ほんのわずか口元を緩める。
『出発したばかりの皇女殿下を追いかけるような形になるが、できるだけ早く、出発してほしい。』
「了解です。」
アルクは答える。
ルナは少しだけ視線を落とす。
「……ちょうどよかった、って思ってるでしょ。」
アルクは答えなかった。
ケードが聞いている。
リアもノアもガロンもいる。
だが、ルナは続けた。
「ティオのこと、心配だったから。」
アルクは少しだけ間を置く。
「そうだ。」
否定しなかった。
ルナは操舵席の端をつかみ、すぐに力を抜いた。
「そっか。」
一言だけ。
リアは一瞬、アルクを見て、すぐに視線を通信パネルに戻した。
ノアとガロンは、その動きに気づいたか、何も言わなかった。
ケードも、微妙な雰囲気を察したのか、あえて触れない。
『では、詳細データを送る。
皇女艦隊の現在位置、予定通過点、辺境側が警戒している過激派のリスト、それから接近禁止距離だ。』
ノアの端末に受信表示が出る。
「受信開始。暗号鍵、確認。展開するよ。」
「頼む。」
アルクが言う。
ノアは次々に表示を開いた。
皇女艦隊の予定航路。
親衛艦隊の外周警戒線。
辺境側の警戒対象リスト。
ブラッククラウン号に許可された接近範囲。
許可された距離は、皇女艦隊からかなり離れている。
近すぎず、遠すぎず。
リアが表示を見て、静かに言う。
「親衛艦隊の面子を保つ、ぎりぎりの距離ですね。」
「見事に嫌がってる。」
ノアが淡々と言う。
「でも、完全に締め出す気もない。妥協点としては悪くない。」
ガロンが腕を組む。
「こっちが下手な動きしたら、すぐ文句が来るな。」
「来ると思います。」
リアが答える。
「来ないように動きましょう。」
ルナが操舵席に座り直した。
「で、どうするの?」
アルクは表示を見た。
皇女艦隊の現在位置は、外縁星域の寄港地へ向かう航路上にある。
ノアが航路計算を始める。
「外縁から辺境まで行くとなりゃ、最低限の補給はいるぞ。
食料と水、それと整備用の交換部品。
急いでも数日はかかる。」
ガロンが注意する。
「大丈夫。皇女艦の巡航速度は輸送艦並みだから。
補給に三日かけても中央星域内で追いつける。」
「それでいい。ノア、補給を急いでくれ。」
アルクが指示する。
『船長。辺境としても、この訪問を壊すわけにはいかない。皇女殿下に無事に来ていただく必要がある。』
「分かっています。」
『頼んだぞ。』
アルクがうなずく。
通信が切れた。
「俺はノアと補給物資の確認をしてくる。ついでに接舷装備と救助キットもチェックしとくぞ。使わねえに越したことはねえが。」
「頼む。」
アルクが言う。
ガロンは片手を上げて艦橋を出た。
ルナは操舵桿に手を置く。
「ねえ、アルク。」
「何だ?」
「ティオを見守るだけだからね。勝手に突っ込むのはなしだよ。」
「分かってる。」
「ほんとに?」
「分かってる。」
ルナは疑わしそうに見た。
「リア、聞いた?」
「聞きました。」
リアは真面目に答える。
「必要なら止めます。」
***
三日後。
ブラッククラウン号の発進準備は整った。
「出港許可、承認済。」
ノアが報告する。
「ルナ、進路出すよ。」
「お願い。」
ルナが操舵桿を握る。
ブラッククラウン号の係留固定が解除され、低い振動が艦体に伝わった。
アルクは艦長席の前に立ち、正面スクリーンを見つめる。
皇女艦隊と同じ進路。
「ブラッククラウン号、出る。」
ルナが操舵桿を軽く引いた。
黒い船体が、帝都軌道港からゆっくり離れた。




