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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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座る位置の戦争(後半)

第3章 座る位置の戦争(後半)


食事の後半になると、話題は自然に黒冠航路に移っていった。

ノアが簡易端末に航路図を表示する。

「ここが現在の安定帯。帝国灯台網とは、まだ正式接続していない。」

ティオは身を乗り出すようにして航路図を見る。

表示された細い線を目で追った。

宮殿で見た公式航路図の太い幹線とは違う。。

ところどころ途切れそうに見える。

「……これで、物資を運んでいるのですね。」

「一部はね。全部じゃない。まだ細い。」

「細い?」

「輸送量、安定度、灯台同期、全部が十分じゃない。

 けれど、切れたら困る人がいる。」

ノアの説明は淡々としていた。

だが、内容は重かった。

ティオはうなずく。

「だから新航路協定が必要になるのですね。」

「帝国が変なことをしなければね。」

ノアが言った。

「ノア。」

リアが少しだけ視線を向け、ノアをたしなめた。

ティオは怒らなかった。

「その通りだと思います。」

その答えにノアが少し目を上げた。

「帝国の皇女がそう言うんだ。」

「帝国が間違えなかったとは言えません。

 これから間違えないために、私は見に来ました。」

食堂が静かになった。

皆がティオを見た。

「だから、もっと聞かせてください。黒冠航路のこと。辺境のこと。

 皆さんが見てきたものを。」

ティオはそう言って、頭を下げた。

皇女がブラッククラウン号の食堂で頭を下げる。

ルナは困ったようにアルクを見た。

リアは静かに目を伏せる。

アルクは短く答えた。

「話す。」

ティオは顔を上げる。

「ありがとうございます。」

それからの時間は、思ったより長くなった。

ノアが航路記録を見せる。

リアが帝国の公式航路と黒冠航路の違いを説明する。

ルナが辺境の生活を話す。

ガロンが補給港の様子や現場の苦労を語る。

アルクは必要なときだけ短く言葉を挟む。

ティオは、その一つ一つを真剣に聞いた。

皇女として、アルクたちが守ってきたものを知ろうと。

気づけば、食堂の照明は夜間設定に切り替わっていた。

「……思ったより、長く話し込んだね。」

ノアが端末の時刻を見て言った。

「もうそんな時間?」

ルナが驚いたように顔を上げる。

ガロンは肩を回した。

「道理で腹がまた減ってきたわけだ。」

「ガロン、さっき食べたばかりです。」

リアが言う。

「話すと腹が減るんだよ。」

ティオは小さく笑った。

その顔には、少し疲れも見えていた。

だが充実した疲れだった。

「すみません。私がいろいろと聞きすぎました。」

「いや。」

アルクが言う。

「必要な話だ。」

その一言に、ティオの表情が柔らかくなる。

ルナは、それを見て少しだけ頬を膨らませた。

リアはカップを片づけながら、内心でため息をついた。

この調子では、話はなかなか終わらない。

そう思ったときだった。

ティオが姿勢を正した。

「実は、もう一つお願いがあります。」

食堂の全員が彼女を見る。

ルナの表情は分かりやすい。警戒しているのが顔に出た。

「お願い?」

「はい。」

ティオは、少し頬を赤くした。

だが目は逸らさない。

「本来であれば、私はこの後、連絡艇で戻る予定でした。

 ですが、お話が思っていた以上に長くなりましたし、まだ確認したいことも残っています。」

ティオはアルクを見た。

そしてルナとリアを見た。

「皇帝陛下からは、必要であれば一泊してもよいと許可をいただいています。」

「一泊!?」

ルナの声が裏返った。

リアの手が片づけていたカップの上で止まる。

二人は、ほとんど同時にティオを見た。

ガロンが面白そうに笑う。

「つまり、殿下は今夜うちに泊まりってことか。」

ティオは、少しだけ恥ずかしそうにしながらも、きちんと頭を下げた。

「ご迷惑でなければ、泊めていただいてもよろしいでしょうか。」

「迷惑じゃないけど!」

ルナは即座に答えた。

答えてから、自分でも驚いた顔をした。

リアが続ける。

「客室の準備が必要です。簡易客室でよろしければ整えられますが……。」

「ありがとうございます、リア。」

「でも、皇女殿下をお泊めするには、警備の方と連絡系統の確認が必要です。」

「それも確認済です。非公式滞在として扱うことも。」

リアは少しだけ目を細めた。

押しが強い。

準備してきた上で、今この場で願い出ている。

ティオは、今日この船に来る前から、ここまで考えていたのだ。

ルナもそれに気づいた。

「……準備いいんだね。」

「はい。」

ティオは正直に答えた。

「どうしても、この船のことをよく知りたかったので。

 随行員は連絡艇側に残ります。船内には入りません。

 外周警備は、ドック側で続ける手筈です。」

その言葉にルナは言い返せなかった。

リアも何も言えなかった。

アルクは短く言った。

「空き部屋はある。」

ルナがアルクを見た。

「アルク、もうちょっと考えて。」

「考えた。」

「何を?」

「空き部屋がある。」

「そこじゃない!」

ガロンがまた笑う。

リアが小さなため息をつく。

「決定前に、最低限の確認をしましょう。

 寝具の用意。警備関係者への連絡。随行員への報告。夜間に使える区画の確認。

 ……いろいろあります。」

「やること多いね。」

ノアが言う。

ルナは、まだ少し混乱していた。

皇女が泊まる。

ティオが、今夜、この船にいる。

食堂で食事をして、船内を歩き、客室で眠る。

アルクのいる船に。

自分たちの船に。

気持ちが落ち着かない。

迷惑ではない。嫌でもない。

けれど問題がないわけではない。

アルクは、何も分かっていない顔でティオに言った。

「泊まればいい。」

ティオの表情が明るくなった。

「ありがとうございます、アルク。」

ルナは心の中で呟いた。

ある。

空き部屋は、確かにある。

でも問題はそこじゃない。


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