↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
62/95

皇女、ブラッククラウン号へ再び(前半)

第1章 皇女、ブラッククラウン号へ再び(前半)


「皇女殿下がまた来るって、本当なの?」

ルナの声は、いつもより少しだけ尖っていた。

ここは、ブラッククラウン号の食堂区画。

船は、首都星アウレリウムの衛星軌道上のドックに停泊している。

いつもなら航行ログを眺めながら軽食をつまむ場所が、今日は妙に片づいている。

テーブルの上には余計な工具も、部品も、ガロンが置きっぱなしにしていた古い整備布もない。壁際の収納扉まできちんと閉じられていた。

その不自然な整い方が、かえって船内を落ち着かなくしていた。

ノアは端末を片手にのんびりと答えた。

「本当だよ。到着予定は標準時で三十分後。

 皇女専用の小型連絡艇が、このドックに入る予定。」

「……三十分後。」

ルナは腕を組んだ。

赤い髪が、いつもより少し乱れている。

本人は平静を装っているつもりなのだろうが、食堂の中を何度も行ったり来たりしている時点で、落ち着いていないことは誰にでも分かる。

ガロンは椅子の背にもたれ、にやりと笑った。

「おいおい、ルナ。そんなにうろうろしてると床が削れるぞ。」

「削れないわよ!」

「いや、勢いだけで削れそうだ。」

「ガロン!」

ルナの頬が赤くなる。

怒っているのか、焦っているのか、自分でもよく分かっていないらしい。

リアは、その様子を静かに見ていた。

彼女はいつも通り、姿勢よく椅子に腰かけている。銀色の長い髪は整えられ、表情も穏やかだ。だが手元のカップには、さっきからほとんど口をつけていない。

ノアが端末から目を上げずに言う。

「リアも、さっきから三分二十秒、コーヒー、飲んでいないよ。」

リアの肩が、ほんの少し動いた。

「……ノア。そういう記録は、必要ありません。」

リアが冷たく言った。

「必要かどうかじゃなくて、見えたから言っただけ。」

「それを言わない配慮も、時には必要です。」

「なるほど。学習しておく。」

ノアは本当に学習項目にでも入れるような顔でうなずいた。

ガロンが肩を揺らして笑う。

「いやあ、皇女殿下ってのはすげえな。来る前から船内の空気をここまで変えるとは。」

「別に変わってないわよ。」

ルナが即座に言った。

「少し片づいているだけでしょ。お客さんが来るんだから当然じゃない。」

「お客さんねえ。」

ガロンはわざとらしく天井を見上げた。

「皇女殿下をお客さん扱いできる船ってのも、なかなかねえぞ。」

「皇帝陛下の許可を受けた非公式の視察だと聞いています。」

リアが静かに言った。

「本来なら正式の儀礼で迎えるべきですが、この船には、そんな用意はありませんし。

 今回は辺境への公式訪問の準備と意見交換が目的だそうですから、こちらが過剰に構えすぎても、かえって殿下のご意向に反するでしょう。」

「ほら、リアもそう言ってる。」

ルナはなぜか勝ち誇ったように胸を張った。

「普通に迎えればいいのよ、普通に。」

「普通に、ね。」

ガロンは笑いを噛み殺している。

「で、その普通ってのは、アルクの隣の席を空けておくことか?」

ルナの動きが止まった。

リアの指も、カップの取っ手に触れたまま止まった。

ノアだけが平然と端末を操作している。

数秒の沈黙。

ルナは、ぎこちなく首を傾げた。

「……何の話?」

「いや、何でもねえよ。」

ガロンはわざとらしく両手を上げた。

「俺はただ、食堂の席順って大事だよなあ、と思っただけだ。」

「大事じゃないわよ。どこに座ったって同じでしょ。」

「なら、殿下がアルクの隣に座っても問題ねえな。」

「それは……」

ルナは言葉に詰まった。

リアは視線を落とし、静かにカップを置いた。

小さな音がした。

けれど食堂の中に妙にはっきり響いた。

「……問題はありません。」

リアが言った。

声は妙に落ち着いている。

「ただ、緊急時の動線があります。操舵、通信、機関区画への移動。

 その点では、席にも意味があります。」

ノアが端末から顔を上げた。

「リア、それは後付けの理屈っぽいね。」

リアは無言でノアを軽くにらむ。

ノアは俯いてリアの視線を避けた。

「でも、内容は正しいよ。緊急時の動線は大事。」

「ほら!」

ルナが勢いよくノアを指した。

「ノアも大事って言ってる!」

「うん。ただ、普段の食事席にそこまで厳密な運用規定はない。」

ガロンは、こらえきれずに笑いだした。

「いやあ、こりゃ殿下が来る前から戦争だな。」

「戦争じゃない!」

ルナが叫ぶ。

その瞬間、食堂の扉が開き、アルクが入ってきた。

黒い航行服に、いつもの無表情。

手には小さな端末を持っている。

おそらくドック側との入港手続き確認を終えたところだろう。

彼は食堂の空気を一瞬、見ただけで、短く言った。

「騒がしいな。」

アルクはテーブルの周囲を見た。

片づいた食堂。妙に整った椅子。

落ち着かないルナ。

平静すぎるリア。

面白がっているガロン。

平常運転のノア。

それだけ見て、だいたいの事情を理解したらしい。

「普通に迎えればいい。」

アルクは言った。

ルナがすぐにうなずく。

「そうよね。普通でいいのよね。」

「そうだ。」

アルクは短く答えた。

リアが言う。

「アルク。殿下は非公式視察とはいえ、皇女です。最低限の礼は必要です。」

「分かってる。」

「船内の案内は、誰が担当しますか?」

アルクは少し考えて答えた。

「俺がする。」

ルナとリアの表情が、わずかに動いた。

ガロンがまた何か言いかけたが、ノアが先に口を開いた。

「到着まで二十六分。連絡艇はドック外周の誘導ラインに入った。」

アルクはうなずいた。

「迎えに行く。」

「私も行く。」

ルナが即座に言った。

リアも続ける。

「私も同行します。

 皇女殿下への対応であれば、帝国式の礼法を把握している者がいた方がよいでしょう。」

「じゃあ俺も。」

ガロンが立ち上がりかける。

ノアが端末から顔を上げた。

「全員で行くと、迎えというより圧になるよ。」

ガロンは座り直した。

「それもそうだな。」

アルクは、ルナとリアを見た。

「二人でいい。」

「うん。」

ルナはすぐにうなずいた。

「承知しました。」

リアも答える。

だが、リアの内心は、承知しました、というほど単純なものではなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。