皇女
第8章 皇女
帝国は変わり始めていた。
急激ではなかったが確実な変化だった。
レイグナーの指揮の下、軍は再編成された。
中央星域艦隊は縮小された。
外縁星域艦隊は辺境への輸送護衛任務を拡大した。
辺境星域艦隊は増強され再配置された。
その役割は辺境の植民コロニーの制圧から支援へと変わっていた。
軍内部の指揮系統も整理された。
強硬派の高官は予備役に回され、派は解体された。
辺境でも変化が始まっていた。
非公式航路だった黒冠航路も評価が変わった。
帝国辺境航路の一部として認められ、経済基盤として帝国による整備・管理が行われ始めた。
その結果、辺境コロニー同士の連携が強まっていた。
輸送、通信が増えていた。
アルクの能力についても研究が進められていた。
辺境と合わせ、中央でも研究が進められた。
しかし新たな発見は無かった。
星間流との感応。
遺伝的要素の強さ。
辺境側の研究で解明された以上の事実は出てこなかった。
その能力は極めて特殊。
使えるのはアルクのみ。
アルク個人に依存していた。
他の者には再現も教育もできなかった。
制度として運用するのは困難だった。
アルクは皇帝の提案に、まだ答えていない。
決める必要はあったが、急ぐ必要はなかった。
アルクは帝国の未来に関わる意味を考えていた。
ブラッククラウンの任務も変わり始めていた。
海賊行為はもちろん無くなった。
戦時任務は無くなり、輸送任務、護衛任務が増えていた。
***
ブラッククラウン号は首都星の軌道港に係留されていた。
首都星まで重要人物を送り届ける仕事だった。
セレノスがブラッククラウン号での移動の話を宣伝してくれているお陰で、最近、この手の仕事が増えている。
「セレノスさん。
いい人だね。」
ルナが機嫌よく話始める。
「エリオスからの移動の話。あちこちで話してくれてるんでしょう。
人を何人か運ぶだけで、たっぷりお礼がもらえて楽な仕事よね。」
「まあ早いわ、安全だわ、実績はあるわだからな。
おれたちだから気楽に引き受けてるが、片道一か月の長旅だ。
どんな船でも大丈夫ってもんではねえからな。」
ガロンが自慢げに言う。
ガロンはルナの様子を見てホッとしている。
アルクと皇女様の結婚話が出てしばらくは、泣くわ機嫌は悪いわで大変だったが、話が進まないせいか、最近は普段通りのルナに戻っている。
リアもしばらくは自分の部屋で塞ぎ込みがちだったが、最近は大丈夫そうだ。
ホッとしているガロンの前にノアが駆け込んできた。
ノアが息を切らせて言う。
「来ます!」
ガロンが尋ねる。
「誰がだ?」
ノアが答えた。
「皇女です。」
ガロンは低くつぶやいた。
「例の皇女か?」
ノアが答える。
「例の皇女です。」
沈黙が落ちた。
ルナが言った。
「……え?」
リアも言った。
「こちらに?」
ノアはうなずいた。
「訪問希望です。」
ガロンが言った。
「希望って……
皇女様って、こんな船に来るもんなのか?」
ノアが言った。
「分かりませんよ。
でも、来るつもりらしいです。
断れないでしょう。」
その通りだった。
皇女様の希望だ。
よほどのことがなければ断れない。
ルナが小さく暗い声で言った。
「どうして……?」
ノアが答えた。
「理由は単純。」
少し間を置いた。
「会いたいからだって。」
しばらくの間、全員が無言だった。
ガロンが苦笑した。
「ずいぶんと積極的な皇女様だな。
高貴な方というものは、もう少しおとなしいもんかと思ってたが。」
リアは無言だった。
しかし顔を見れば歓迎していないのは誰にでもわかった。
ルナは黙っていなかった。
「積極的すぎるでしょ!
何を考えてるのよ!」
アルクはぼそっと言った。
「来るなら来ればいい。」
ガロンがあきれて言った。
「おまえなあ。
お前がそういう態度だから……」
ノアが説明を続ける。
「護衛付きだそうです。」
ルナが言った。
「どれくらい!?」
ノアが小さな声で答えた。
「かなり。」
ルナが不機嫌そうに尋ねた。
「それでいつ来るのよ?
あした! あさって!」
「それが……」
ノアが答えかけたとき、
外部通信が入った。
宮廷警備隊からだった。
『皇女殿下が乗艦されます。
ハッチを開けるように。』
全員が顔を見合わせ、そしてノアを見た。
「これから、すぐにだそうです。」
ノアが困った顔で言った。
「開けなくていい!」
ルナが叫ぶ。
「そうもいかんだろ。」
ガロンを先頭にクルー全員がハッチに向かう。
ガロンがハッチの開閉ボタンを押した。
ハッチが開く。
最初に入ってきたのは警備兵三名だった。
ハッチの周囲に目を配り安全を確認する。
無駄のない動きだった。
次に侍従が二名、入って来た。
艦内の乱雑さに一瞬、驚いたような表情を浮かべたが、すぐに表情を消す。
そして最後に皇女が入ってきた。
優雅なドレスを着ていた。
「こんにちは。」
自然な声だった。
一瞬で周囲が華やかな雰囲気に包まれる。
皇女が言った。
「突然でごめんなさい。」
アルクがとまどいながら言った。
「歓迎します。」
そうは言ったものの次にどうしたらよいかが分からない。
それは皆、同じだった。
皇女様をお迎えしたときの対応など知るはずもない。
その様子を見て皇女が助け船を出した。
「船内を案内してもらえますか。」
ルナとリアは下を向いている。
ガロンは柄ではない。
アルクが案内を引き受けざるを得なかった。
アルクが言った。
「案内する。
ついて来てくれ。」
アルクが先に立って艦橋に案内した。
皇女とお付きの護衛兵、侍従が続く。
クルーはその後ろに付いていく。
艦橋に着いて皇女は周囲を見回した。
楽しそうだった。
笑顔が可愛い。
「ここがブラッククラウン号の艦橋なんですね。」
アルクがぶっきらぼうに答える。
「そうだ。」
皇女がアルクに近づいた。
距離が近かった。
近すぎた。
ルナとリアがそれを見て目をそらす。
「思っていたより広いですね。」
皇女が言った。
ガロンが笑った。
「いろいろと改造してます。」
皇女が言った。
「乗ってみたかったんです。」
「え?」
ルナが言った。
皇女はくすっと笑った。
「ずっと前から。」
リアが尋ねた。
「どうしてですか?」
皇女は答えた。
「気になっていたのです。」
そしてアルクを見つめた。
「あなたがどんなところで生活しているのか。」
沈黙が広がる。
ルナは見るからに不機嫌になっている。
ガロンはノアをつついて小さな声で言った。
「ルナを外に連れ出せ。」
ノアはうなずいてルナの肩を叩くと二人で艦橋を出ていく。
それを追うリアの視線が揺れていた。
次に皇女はアルクの船室に案内するようにと言った。
アルクは少し困った顔をしたが、あきらめて案内する。
船室に着くと、皇女は自然にアルクの横に立つ。
「ここが船長室ですか?」
「船長室と言っても、他のクルーの船室と造りは同じだ。」
アルクが答える。
「いつもここに?」
皇女が尋ねる。
アルクが言った。
「だいたいは。」
「落ち着きますか?」
「落ち着く。」
アルクと話をして皇女は少し嬉しそうだった。
話が一段落すると、皇女は勝手に歩き出した。
警備兵が止めようとした。
「殿下……。」
「大丈夫です。」
皇女がそう言って歩き続ける。
アルクたちは後を付いていく。
皇女は機関室に着いた。
「ここは機関室ですね?」
ガロンが答えた。
「そうです。」
皇女が言った。
「いい匂いですね。」
「匂い?」
ガロンが言った。
皇女は笑った。
「機械の匂いです。」
それを聞いて皆が少し驚いた。
リアが言った。
「殿下。」
少し言葉が強い。
皇女が振り向いた。
「はい?」
リアが言った。
「ここは危険です。」
皇女が言った。
「大丈夫ですよ。」
「護衛の方が困っています。」
護衛兵がうなずいた。
「すみません。」
皇女が少し笑った。
皇女は気づいていた。
アルクが少し困っていること。
自分に対して好意を持ってること。
女性たちにはあまり歓迎されていないこと。
すべて気がついていた。
それでも微笑んでいる。
アルクに尋ねる。
「もう少しここにいてもいいですか。」
アルクがうなずく。
リアは胸がキリキリと痛んだ。
皇女は嬉しそうだった。
第9章 選択
一か月後。
アルクに対し皇帝からの呼び出しがあった。
非公式の謁見。
アルクにとっては気の重い謁見だった。
場所は前回と同じ皇帝宮殿の謁見の間。
大きな扉が開いた。
侍従が言った。
「どうぞお入りください。」
皇帝と皇女の二人だけ。
座ってアルクを待っていた。
皇帝が微笑んで言った。
「また会えたな。」
穏やかな声だった。
アルクがうなずく。
「先日はブラッククラウン号の案内、ありがとうございました。」
皇女が礼を言う。
アルクはまたうなずいた。
皇帝は言った。
「今日は先日の件の答えが聞きたい。」
アルクは黙っていた。
皇帝は続けた。
「お前の能力は、帝国創成期に皇室の先祖が持っていたものだ。
帝国の再生、それをお前とともに成し遂げたい。」
一呼吸、置いて続けた。
「お前の能力を皇統に残したいのだ。」
皇帝は言った。
「改めて問う。
我が娘、ティオセフィアーナ・アウレリウムと結婚してくれまいか?」
皇女が立ちあがりアルクを見つめた。
アルクは下を向いて少し考えこんでいた。
そして答えた。
「無理だ。」
沈黙が落ちた。
皇帝は動かなかった。
皇女も動かなかった。
しばらくして皇帝が言った。
「理由を聞いてもよいか。」
アルクはまた少し考えてから答えた。
「柄じゃない。」
皇帝は黙って聞いていた。
アルクは続けた。
「おれは辺境生まれの辺境育ち。
海賊をやって、お尋ね者だったこともある。
そんなおれが皇室に入って皇族になる。
どう考えたって無理だろう。」
アルクにしては珍しく多弁だった。
「私ではだめですか?」
皇女が悲しそうな声で尋ねる。
「そういう問題じゃない!」
アルクが大きな声を出した。
そして小さな声で言った。
「皇女様はとても素敵な人だと思う。」
そしてはっきりと言う。
「でも、住む世界が違う。
おれは自由に生きる方がいいんだ。」
皇帝はしばらく黙っていた。
そして言った。
「そうだな。
それも一つの選択だ。
おまえらしい選択かもしれん。」
少し微笑む。
「だが航路の再整備には協力してもらう。
それでよいな。」
アルクはほっとした顔でうなずいた。
「残念です。」
皇女が寂しそうに言った。
「また会えますか?」
「ああ、いつでも。」
アルクが答えた。
皇女は嬉しそうに微笑んだ。
***
謁見の間からアルクが去った後。
皇帝が皇女を慰めていた。
「あまり気を落とすなよ。
これで終わりというわけではない。」
皇女は皇帝の目をしっかりと見て言った。
「お父様、私、諦めません。
小さいころから、お父様に帝国を作った祖先の英雄譚を聞いて育ちました。
お話の中だけの存在だった英雄が本当に現れたと聞いて、私、とても嬉しかったんです。
ですから諦めません。」
皇帝は満足そうに笑った。
「帝国の未来への希望とティオの夢、ともにかなえようぞ。」
二人は強くうなずいた。




