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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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謁見

第7章 謁見


ブラッククラウン号は帝国首都星の衛星軌道に入っていた。

帝国アウレリウムと同じ名を持つ首都星は、建国以来、常に帝国の中心だった。

首都星は一つの巨大な都市だった。

軌道上から見える視界の端から端まで、すべて都市だった。

光の密度が違った。光の層が幾重にも重なっていた。

それは文明の歴史を示していた。

ルナが小さな声で言った。

「……すごいね。」

それ以上、言葉が出なかった。

アルクも黙ってその光景を見ていた。

空港に着陸すると、セレノスは礼もそこそこに船を降りた。

その後、アルクたちは空港出口でタクシーをつかまえ、セレノスが予約してくれたホテルに向かった。 

「もう三か月も行ったり来たりだもん。ゆっくり休めるの久しぶりだね。」

ルナが楽しそうに言う。

「そうだな。」

アルクが答える。

ケードの依頼で惑星エリオスを発ってレイグナーの艦隊に合流し、艦隊決戦に参加。

その直後にセレノスから迎えに来てくれと依頼が入った。

政治状況が急変したため、急ぎ執行官会議事務局に戻らなければならないとのことだった。

「でも、そのおかげで高級ホテルでゆっくりできるんだ。

 よかったじゃないか。」

ガロンが笑う。

「セレノスが銀行口座とクレジットカードも用意してくれたから豪遊できるぞ。」

「私たちの指名手配、解除してくれるっていう話、大丈夫かな?

 いきなり捕まったりしない?」

ルナが少し心配そうに尋ねる。

「大丈夫ですよ。

 解除されていなければ衛星軌道の進入チェックで引っかかっています。

 銀行口座とクレジットカードも作れません。」

リアがルナを安心させようと説明した。

「でも、ガロン。

 ホテルでのんびりって言っても、明日は皇帝陛下と会うんでしょ。

 あたしたち、なんで呼び出されたの?」

皆、顔を見合せた。

首都星到着の三日前、セレノスに連絡が入り、皇帝との謁見のことを伝えられた。

誰も呼ばれた理由に心当たりがない。

「この前の戦いでの活躍をほめてくれる……、ではないよな。」

ガロンが唸る。

「セレノスさんの話では、レイグナーさんと戦った艦隊も公式には反乱軍扱いにはなっていないらしいよ。」

ノアが口を挟む。

「わたしたちも活躍しましたが、それで陛下が直々にという話にはならないと思います。」

リアも不思議そうに言う。

「明日になれば分かる。」

アルクがポツンと言う。

「そうだね。

 今は楽しもう。」

ルナが明るい声で答えた。

皆が外の様子を見る。

高層ビルがどこまでも続いていた。

上空には輸送軌道が交差していた。

空にも都市が浮かんでいる。

ルナが言った。

「辺境と……全然違うね。」

「帝国の中心ですから。」

リアが静かに答えた。

通りには無数の人が歩き、建物は高く美しかった。

「すごいな。」

アルクが珍しく驚いている。

ルナが少し笑った。

「でしょ。」

ここは帝国の中心だった。

ホテルに到着すると、皇帝からの正式な召喚状が届いていた。

***

翌朝。

ホテルの前に皇帝宮殿からの迎えの車が来ていた。

クルーはそれに乗って宮殿に向かった。

宮殿は都市の中心にあった。

遠くからでもすぐに分かった。

巨大な規模。

圧倒的な存在感だった。

車は施設の最外層にある最初の門で止められた。

警察軍が警備していた。

形式的な確認が行われ、門が静かに開いた。

門を入ると中庭に美しい庭園が広がっていた。

「きれい……」

ルナがため息を漏らした。

目立たないよう警備兵が立っている。

そして第二の門。

ここにも警備兵がいた。

さらに奥に進み、建物の入口で止まった。

ここで最後のチェックがあり、ようやく建物の中に入れた。

「門からここまで、ずいぶん時間がかかったな。」

ガロンがぼやいた。

「陛下のおられる宮殿ですから。」

リアがたしなめるように言った。

入口を入ったロビーに侍従が立っていた。

「こちらへ。」

奥に案内された。

侍従の動きは美しく無駄がなかった。

案内され奥に進む。

長い廊下、高い天井、無数の柱。

内装は美しい装飾で飾られ、絵画、彫刻などの美術品が並ぶ。

歴史が並んでいる。

皆、その雰囲気に圧倒され、言葉が出ない。

しばらく歩き続け、ようやく謁見の間に着く。

皇帝に会うまでにかかる時間は、皇帝という存在までの距離を示しているようだった。

謁見の間の前には、宮廷警備隊の武官が立っていた。

訓練された無駄のない動きで敬礼し、天井まである大きな扉を開ける。

室内の玉座に皇帝が座っていた。

左右に武官が、後ろに侍従たちが控えている。

アルクたちはとまどいながら、セレノスに教えられた通り膝まづいて頭を垂れた。

皇帝は軽くうなずいた。

「楽にしてよい。」

穏やかな優しい声。

しかし威厳のある声だった。

皇帝はしばらくアルクを見ていた。

そして静かに言った。

「おまえがアルクだな?」

アルクが顔を上げ、ぎこちなく答えた。

「はい。」

皇帝は微笑んだ。

「おまえのことは聞いている。」

世間話のように穏やかな声だった。

だが皇帝は知っていた。

アルクの能力、航路を読む能力。

そして戦闘と行動の記録。

すべてを調べていた。

皇帝は続けた。

「航路を読む力があると聞いている。」

アルクは少し迷って言った。

「少しだけです。」

皇帝はうなずいた。

「帝国軍でも難しいことだ。」

しばらく沈黙があった。

皇帝は言った。

「紹介したい者がいる。」

視線を部屋の奥の扉に向けた。

「入ってきなさい。」

扉が開き、一人の女性が入ってきた。

皇女だった。

美しかった。

容姿、姿勢、自然な歩き方、柔らかな視線、落ち着いた表情。

すべてが調和していた。

そして皇族の威厳があった。

皇女の服装もまた美しかった。

淡い光沢のある白を基調とした豪華な衣装。

胸元には帝国の紋章の入った首飾りが光っていた。

動くたびに布が静かに揺れた。

気品と格式があった。

不思議と親しみやすさも感じた。

美しいが、よそよそしい距離感はなかった。

アルクは少しだけ息を止めていた。

ルナはそれに気づいた。

リアも気づいた。

そして二人とも感じていた。

自分たちにとって良くないことが起きるのではないかと。

皇帝が言った。

「娘だ。」

皇女が微笑んだ。

「はじめまして。」

声も穏やかだった。

「帝国皇女ティオセフィアーナ・アウレリウムです。」

静かな名乗りだった。

アルクは返事をしなかった。

皇女を見ていた。

ルナがそれに気づいた。

アルクが見とれている。

リアも気づいた。

アルクが見とれている。

こんなことは初めてだった。

皇女が言った。

「あなたがアルクですね。」

美しい声だった。

アルクが少し慌てて言った。

「……そうだ。」

皇女が少しだけ笑った。

「会えてよかった。」

その言葉には嘘がなかった。

本心のようだった。

ルナは胸が締めつけられたように感じた。

理由は分からないようで分かっていた。

リアも同じだった。

皇女はまっすぐにアルクを見ていた。

皇女は言った。

「あなたのことは聞いています。」

少しだけ間を置いた。

「帝国に助力してくれたと。」

アルクは無言だった。

皇女は続けた。

「感謝しています。」

その言葉の意味は重かった。

ガロンは小さく息を吐いた。

ノアは何も言わなかった。

皇女はブラッククラウンのクルーを見回した。

ルナ、リア、ガロン、ノアの顔を順番に見る。

そして微笑んだ。

「あなたたちも。

 ありがとう。」

静かな声だった。

ルナもリアも何も言えなかった。

アルクはまだ皇女を見ていた。

それに気づいた皇女が少し笑った。

ルナは胸を押さえた。

リアは視線をそらした。

皇帝は静かにその様子を見ていた。

そして皆に座るように言った。

侍従が椅子を整え、ブラッククラウンのクルーが座る。

皇女も皇帝の隣に座った。

皇帝が言った。

「余からも正式に礼を言おう。

 今回の戦いでの助力、感謝しておる。」

視線はアルクに向いていた。

「皇女以外の者は下がるように。」

皇帝の命に武官の長らしき男が反対しようとしたが、皇帝の鋭いまなざしを受けて引き下がった。

お付きの者が全員、退出したのを確認し、皇帝は話を続けた。

「さて本題に入ろう。

 アルク、おまえの航路を読む能力のことを聞いて、皇室に伝わる建国期の話を思い出した。」

皇女が少しだけ視線を動かした。

皇帝は少し間を置いた。

視線はアルクに向けられている。

皇帝は続けた。

「おまえの航路を読む能力は特殊だ。

 そして、その能力を持ったのはおまえが初めてというわけではない。」

アルクがピクッと動いた。

皇帝は続けた。

「皇室だけに伝わる帝国建国期の伝承がある。

 建国期には同じ能力を持つ者がいたそうだ。」

ルナが息を止めた。

リアも視線を上げた。

「帝国創成期の指導者たち。

 皇室の先祖たちだ。」

さらに続ける。

「彼らは航路を読むことができた。

 その力で帝国は成立したという。」

室内が静まりかえる。

皇帝は自分の言葉の意味を全員が理解するまで、しばらく間を置いた。

そして続ける。

「しかしその能力は失われた。

 時の流れの中で能力は薄れていき、やがて完全に消えてしまった。

 アルク、おまえの能力は皇室の先祖からの遺伝によるものである可能性が高い。」

アルクは黙って聞いていた。

伝えられた事実に驚き言葉が出なかった。

皇帝はアルクを見て続ける。

「帝国は今、過去の拡張政策と星間流航法の技術的限界から、大きな転換期にある。

 その解決のためには航路を再発見、再整備する必要がある。

 黒冠航路と呼ばれている非公式航路も含めてな。

 おまえの能力はそのために必要だ。」

皇女は静かにアルクを見ていた。

皇帝は続けた。

「おまえの力、航路を読む能力を皇統に戻したい。」

室内の空気がまた変わった。

「帝国の未来のためだ。」

皇帝は少し間を置いた。

そして言った。

「提案がある。」

皇帝の視線が皇女に向いた。

皇女は静かに立ち上がる。

皇帝は言った。

「ティオセフィアーナと結婚してくれまいか。」

室内の空気が固まった。

誰も動かない。

だれも話さない。

ルナの呼吸は止まった。

いつの間にか無意識にアルクの上着の袖を強く握っていた。

リアは目をつむった。

そして、わずかにうつむいたまま動かなかった。

皇帝は続けた。

「皇族として帝国に加わってほしい。

 おまえの能力を皇統に戻し、継承したい。」

皇室に“航路を読む能力”が戻れば、帝国は再び航路網の主導権を確固たるものにできる。それは単なる血統の問題ではない。帝国の未来そのものに関わる問題だった。

皇女はまっすぐにアルクを見ている。

その目には迷いがなかった。

「私は賛成しています。」

静かな声だった。

ルナの目は大きく見開かれ、涙がこぼれそうになっている。

リアは自分の意識が飛びそうになっていることを感じた。

皇帝は最後に言った。

「これは帝国の未来のための提案である。」

それは国家の選択だった。

謁見の間には沈黙が広がっていた。

誰も動かず、誰も話さない。

ようやくアルクが声を絞り出した。

「すぐには答えられない。」

皇帝はうなずいた。

「当然だ。」

そして少しだけ微笑んだ。

「急ぐ話ではない。

 時間をかけて考えて欲しい。」

皇女も言葉を添える。

「良い方向に。

 考えてください。」

アルクが尋ねる。

「俺が断ったら辺境はどうなる?」

皇帝は微笑んだ。

「辺境経済の構造改革、民の生活の改善、いずれも進める。

 黒冠航路と呼ばれている非公式航路の開発・整備も進める。 

 おまえが断ってもだ。

 だが、おまえがいればそれが早く進む。

 黒冠航路を作ったおまえたちには分かるはずだ。」

アルクが再度、念を押す。

「俺が断ってもやるんだな。」

皇帝はうなずいた。

また沈黙が広がる。

やがてアルクが言った。

「考える。」

短かい答えだった。

皇帝はうなずいた。

「今はそれでよい。」

皇女も微笑んだ。

謁見は終わった

***

ブラッククラウン号に戻ったあと、しばらく誰も口を開かなかった。

整備の音だけが遠くで響いていた。

アルクはいつも通りの様子だった。

ルナが振り返ったアルクに尋ねた。

「……本気なの?

 考えるって。」

小さい声だった。

アルクも小さい声で答えた。

「ああ。」

短かった。

リアはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。

「正式な提案……でしたね。」

アルクはまた小さな声で言った。

「ああ。」

沈黙が広がった。

ルナの手が震えていた。

「だって……」

言葉が続かない。

リアが言った。

「皇族です……ね。」

静かな声だった。

ルナが言った。

「そんなの……」

目に涙が浮かぶ。

「無理だよ……」

リアも視線を落とした。

「対等ではありません……ね。」

ルナが小さくつぶやく。

「勝てるわけないよ。」

リアがうなずく。

ルナがまた小さくつぶやく。

「勝負にならない。」

リアがまたうなずく。

二人は初めて同じ場所に立っていた。

完全に同じ場所に立っていた。

ルナの声が崩れた。

「だって……」

涙が落ちた。

「皇女様だよ。」

リアの目にも涙が浮かんでいた。

「……当然ですね。」

言葉と涙が合っていなかった。

ルナが涙声で言った。

「遠すぎる。」

リアも言った。

「遠いですね。」

ルナが言った。

「届かない。」

リアが言った。

「届きません。」

その瞬間――

ルナが泣き出した。

「やだよ……」

リアも耐えきれなかった。

目から涙が落ちた。

ルナが言った。

「アルクが遠くに行っちゃう。」

リアも言った。

「行ってしまいます。」

二人が同時に泣き出した。

ガロンが困った顔をした。

「おいおい……」

ノアもどうしていいか分からず立ち尽くしている。

ガロンが頭をかいた。

「まだ決まったわけじゃねえだろ。」

ルナが叫んだ。

「でも……

 皇女様だよ!」

リアも言った。

「皇族です。」

ガロンが言った。

「だからって」

二人を慰める言葉を探した。

だが、見つからなかった。

ノアが静かに言った。

「ブラッククラウン号だよ。」

ガロンが言った。

「そうだ。」

少しだけ間があった。

「ここがアルクの居場所だ。」

それでも二人の涙は止まらなかった。

ルナが泣きながら言った。

「でも……」

リアも言った。

「でも……」

アルクは何も言わずに困ったような顔をして二人のそばに立っている。

ルナの涙は止まらなかった。

リアの涙も止まらなかった。

二人は同じ場所に立っていた。

同じ気持ちで泣いていた。


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