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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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ドライゼン

第5章 ドライゼン


帝都は静かだった。

二週間ほど前に、レイグナー艦隊が首都星に到着していた。

レイグナーは改革派の軍高官と協力し、その実力を背景にクーデター前に皇帝が内示していた人事異動を実施した。

強硬派の将官はその地位を追われ、影響力は消滅した。

ただし逮捕・拘束された者はいない。

皇帝が厳しい処分を控えるよう命じたからだ。

国家は正常な状態に戻り始めていた。

だが一人だけ、戻らない者がいた。

ヴァルケン・ドライゼンだった。

ドライゼンの自宅は警察軍によって包囲・監視されていた。

外周封鎖、通信監視、接見制限。

逮捕命令は出ていなかった。

だが自由はなかった。

***

内務省総監室。

警察軍司令官が総監に報告している。

「レイグナー“大将”がドライゼンとの面会を了解しました。」

内務総監はうなずいた。

数日前、自宅で軟禁状態のドライゼンから、レイグナーに会いたいとの要望があった。

内務総監は理解していた。

レイグナーはもう単なる艦隊司令官ではない。

帝国軍の中心人物だった。

そして――

これからの帝国を担うことになるかもしれない人物だった。

そのレイグナーが強硬派のトップたるドライゼンと接触することに、危惧が無いわけではない。

しかし、レイグナーとドライゼンの関係を考えると、要望を握りつぶしてレイグナーの心証を害することは避けたかった。

内務総監はドライゼンの要望をレイグナーに取り次ぐことにした。

そして今、レイグナーの答えが届いた。

***

ドライゼンは端末を見ていた。

皇帝命令。

戦闘停止、後命待機。

すべて終わったことだ。

彼は椅子に座ったまま動かなかった。

レイグナーを待っていた。

長い時間だった。

いや……。それほど長くはなかったのかもしれない。

彼自身には長く感じられただけだったのかも。

扉が鳴った。

静かな音だった。

しばらくすると侍従がレイグナーを案内してきた。

ドライゼンが言った。

「入れ。」

レイグナーが入って来る。

ドライゼンは少しだけ笑った。

「来たか。」

レイグナーが答えた。

「お久しぶりです。」

二人は互いの顔を見て沈黙した。

***

ドライゼンは帝国の軍人だった。

十代後半で士官学校に入学した若い頃から、ずっとそうだった。

帝国の秩序を守るために生き、戦い、決断してきた。

辺境制圧作戦もそうだった。

間違っているとは思っていなかった。

帝国を守るため、必要だと思っていた。

だが、失敗した。

そして皇帝に更迭された。

そのとき初めて疑問が生まれた。

自分のしてきたことは正しかったのか?

そしてその直後、皇帝が幽閉された。

ドライゼンは衝撃を受けた。

彼は皇帝に忠誠を誓っていた。

制度でも、理念でもなく、皇帝という人物に忠誠を誓っていた。

その皇帝が拘束された。

しかも帝国軍によって。

そのとき初めて思った。

帝国は強硬派の思想だけでは支えられないのではないか。

悩んだ。

しかし答えは出なかった。

ドライゼンは自分では答えを出せそうもないと感じていた。

しかし、答えを出せそうな人物が一人いた。

それはレイグナーだった。

レイグナーとの出会いは彼がまだ大尉だったころだ。

その仕事振りを見て優秀さに驚いた。

すぐに自分の下に異動させ、将来の軍の幹部候補として教育した。

レイグナーはドライゼンと異なり、“帝国の将来はどうあるべきか”といった思想は持たないタイプだった。

政治、理念、思想といったものには関心を持たず、命令を守り、任務達成に努力する、軍事合理性だけで動くタイプ。

だから逆に任せられると思った。

思想信条にとらわれることなく、帝国の安定と平安のために、一番良い方法を選択してくれるのではないか。

そう期待した。

レイグナーを辺境制圧作戦の指揮官に指名したとき、ドライゼンは予期していた。

彼は命令通りには動かないかもしれない。別の選択をするかもしれない。

それでも任せてみようと思った。

帝国の未来のために。

だからレイグナーが帝国軍司令部に反旗を翻したと聞いた時……、

“やはりそうなったか”と冷静に受け止めた。

中央星域艦隊との決戦。

今回の戦役の分岐点だった。

本来なら、皇帝は親衛艦隊に出動禁止命令を出さない可能性もあった。

親衛艦隊が動けば、レイグナーは勝てなかった。

だが親衛艦隊は動かなかった。

皇帝にレイグナーの蜂起のことを伝え、親衛艦隊を動かさないよう進言したのはドライゼンだった。

***

最初に口を開いたのはドライゼンの方だった。

「皇帝におまえの蜂起のことを伝え、親衛艦隊を動かさないよう進言したのは私だ。」

レイグナーは驚いた。

「……お礼を言うべきなのでしょうが……」

レイグナーは少し考えて続けた。

「あの局面で親衛艦隊が動けば正面決戦は無理になりますので、私の艦隊は辺境星域に戻り長期戦になっていたでしょう。

 分の悪い戦いになっていたはずです。」

ドライゼンはうなずいた。

「なぜ、そのようなことを?」

レイグナーが尋ねる。

ドライゼンは静かに答えた。

「理由は二つある。

 一番の理由は、帝国の安定のためだ。

 中央星域艦隊に親衛艦隊が加われば、戦力的には圧倒的だ。

 ただ、戦いというものは、やってみなければ分からん面がある。

 おまえなら勝ってしまうかもしれん。

 親衛艦隊が敗れれば陛下をお守りする者がいなくなる。帝国が揺らぐ。

 それは避けたかった。

 もう一つの理由――

 レイグナー、おまえに勝たせたかった。」

「私に?」

レイグナーはまた驚いた。

ドライゼンの話はレイグナーにとっては驚きの連続だった。

「閣下は長年、軍を動かされ、辺境星域への強硬政策を進めてきた方です。

 それが、なぜ?」

ドライゼンは答える。

「恥ずかしい話だが、この年になって疑問が生まれたのだ。」

ドライゼンは苦笑いして続けた。

「前回の辺境制圧作戦の失敗。

 更迭。

 陛下の幽閉。

 いろいろなことが起きた。

 強硬派の思想だけでは帝国を支えられないのではないか?

 そんな疑問が生まれた。

 考えても答えは出ない。

 それに自分はもう年だ。

 今から違う立場で動こうとしても時間がない。

 それでも――

 帝国は続かなければならない。

 だから、おまえに託そうと思った。

 おまえは政治に関心を持たないタイプだった。

 だから思想信条にとらわれることなく、帝国の安定と平安のために、一番良い方法を選択してくれるのでは、と期待した。」

ドライゼンはあらためてレイグナーの顔を見た。

「帝国の未来を……」

少しだけ間を置いた。

「おまえに託す。」

レイグナーは何も言わなかった。

ただ起立して敬礼した。

「人生最後に……」

ドライゼンが微笑む。

「少し、いいことをした」

静かな沈黙。

レイグナーは最後にもう一度、敬礼し、立ち去った。

それを見送ったドライゼンはうなずいた。

そして机の引き出しを開ける。

中に拳銃があった。

彼はそれを取りだし見つめた。

最後に一言、静かに言った。

「陛下……」

***

皇帝のもとに侍従が駆け込んできた。

ヴァルケン・ドライゼン自決。

その報告を聞き、皇帝は何も言わなかった。

そして静かに目を伏せた。


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