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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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揺れる帝国

黒冠のアルク Ⅷ

―― 航路を継ぐ者


第1章 揺れる帝国

戦闘は終息に向かっていた。

レイグナー艦隊は勝利し、帝国首都星に到着しつつあった。

敗れた中央星域艦隊は構成する各艦隊ごとに本拠地惑星に帰還した。

それでも帝国は落ち着きを取り戻せなかった。

最大の理由――

皇帝がまだ軟禁状態だったからだ。

帝国軍強硬派の部隊は、依然として首都星アウレリウムの帝都、政治行政の中枢区画を占拠し続けている。

軍の主導権は、すでに強硬派からレイグナーと穏健派に移りつつあった。

強硬派の牙城たる中央星域艦隊は、構成する各艦隊のほとんどが統制を失っている。

各艦隊司令部は強硬派が握っていたが、その命令に一部の部隊が従わず、とても作戦行動がとれる状態ではなかった。

外縁星域艦隊、辺境星域艦隊はほぼすべてがレイグナーの傘下に入り、中央星域艦隊の一部もレイグナーの指揮下に入ることを発表していた。

強硬派が押さえているのは、すでに首都星アウレリウムとその周辺宙域だけと言ってよい。

だが、国家運営の主導権をレイグナーが握っているわけではない。

帝国統治の正当性の根源たる皇帝を強硬派が押さえているからだ。

レイグナーとの艦隊決戦に敗れ、強硬派の軍事力による支配は崩壊し、その命令に従う者はいない。

しかしレイグナーと穏健派は、実力はあっても命令を出す権限を持たない。

帝国は“正統性”と“実力”が分離した状態になっていた。

***

行政機構も同じだった。

帝国の各省庁は平常通り動いていた。

しかし最終判断をする者がいない。

帝国宰相と各省の総監は平常通り、指示と決裁を行っていた。

しかし判断が難しい案件、新規の案件は動きが止まっている。

当面は良くても、行政機能に問題が生じるのは時間の問題だった。

***

辺境星域の状況は好転していた。

遠征艦隊による制圧作戦が停止したことで、住民の犠牲は急速に減少した。

航路は再び安定し始めていた。

補給も回復しつつあった。

だが辺境はまだ帝国を信じていなかった。

辺境自治ネットワーク代表トマス・ケードは沈黙を続けていた。

彼は勝利宣言を出さなかった。

交渉の要求もしなかった。

代わりに辺境全体に一つだけ命じていた。

帝国との対立を避け、航路維持を優先し、行政機能を維持せよ。

辺境は中央の様子を見ていた。

***

皇帝が自由にならない限り、帝国の安定は回復しない。

それは軍も、行政官も、そして辺境も理解していた。

そして内務省――

長く沈黙を続けていた内務省が、ついに動き始めようとしていた。


第2章 決断

内務省は帝国でもっとも慎重な組織だった。

政治が揺れても、軍が動いても、動かない。

内務省は秩序を維持する組織であり、秩序を作る組織ではないからだ。

だから動かない。

動くのは国家の秩序が壊れ始めたときだけだった。

その兆候はすでに現れていた。

首都星アウレリウム。

内務省中央庁舎。

地下作戦室。

そこに幹部が集まっていた。

内務総監。

警察軍司令官。

行政監察局長。

治安統制局長。

誰もが長年、帝国統治の中枢に関わってきた人物だった。

だが今、彼らの前にあるのは前例のない状況だった。

皇帝が拘束されて、軍が分裂している。

内務総監が会議の口火を切った。

「まずは状況を確認したい。」

行政監察局長が答える。

「各省の行政の停滞が顕在化し始めています。

 陛下がご不在の中、軍で判断できることは限られますので、緊急を要する案件が放置されているケースが増えています。

 財務省からの情報では、今回の陛下の軟禁から始まった混乱で、帝国全域にわたって経済活動の低下が見られるとのことです。

 このままですと税収の落ち込みは避けられない状況です。」

治安統制局長が続ける。

「治安も全体的に悪化しています。

 中央星域から外縁星域にかけて、刑事事件の発生率が七%増加。

 経済犯も増加傾向です。」

誰も驚かない。

予想通りだったからだ。

内務総監が行政監察局長に尋ねた。

「原因は?」

行政監察局長が小さくため息をついた。

「原因はいくらでも挙げられます。

 命令系統の混乱、行政システムを理解しない軍の介入、軍が一部の高級官僚を反軍活動の容疑で拘束したことによる判断権限者の不在、その他もろもろ、いくらでも。」

「やはり軍に統治は無理か……。」

内務総監がそう言って、ため息をつく。

しばらく沈黙が続いた。

誰もが同じ対応策を考えていた。

だが誰も口には出さず、全員が内務総監を見る。

皆の様子を見て内務総監が決断した。

「クーデターから半年以上。

 この当たりが限界だろう。

 しばらく様子を見ていたが、危惧したとおりになってしまった。

 強硬派も今回の艦隊戦に敗れて先は見えたが、自ら引く気はないようだ。

 これ以上の混乱は避けたい。

 陛下をお救いし、政務に戻っていただく。」

全員がうなずいた。

反対する者はいなかった。

内務総監が続ける。

「司令官、警察軍の準備状況は?」

警察軍司令官が答える。

「準備は完了しています。」

皇帝救出作戦。

この作戦は急に考えられたものではなかった。

クーデター直後から準備は進められていた。

皇帝の拘束、軍の分裂、命令系統の混乱。

それらが同時に発生した時点で、最悪の事態を想定し、準備が開始されていた。

皇帝宮殿を警備している軍の陸戦隊と戦える戦力が必要だった。

警察軍は、帝国軍とは別組織の内務省隷下の武装行政組織だ。

各星域行政区ごとに常設部隊を持ち、暴動鎮圧、テロ対処、行政施設防衛、重要人物警護、港湾警備などを任務としている。

総兵力は帝国全域で数十万人規模に達する。

本来、治安維持を任務とする警察軍に軍と対等に戦う力はない。

そのため、警察軍の最精鋭部隊、軍と戦えるだけの装備を備えた部隊を時間をかけて秘密裏に首都星に集結させていた。

中央星域の重要植民惑星に配置されていた治安統制部隊、外縁星域の機動鎮圧部隊。

加えて首都星に配備されている機動展開用の部隊。

重装甲機動車、装甲服を着こんだ機動歩兵、銃器などの致死性兵器も装備している。

これらの部隊は、通常の配置転換、移動訓練などを装って首都星に集められていた。

皇帝救出を想定した戦力集中で集められた警察軍精鋭部隊はすでに三個機動群。

その中には、人質救出を専門とする特殊突入部隊も含まれている。

警察軍としては異例の戦力である。

軍は気づいていない。

警察軍の部隊移動は珍しいものではない。

帝国では日常的に行われている。

治安悪化、植民コロニーからの要請。

名目はいくらでもあった。

そもそも、航路の管理を行っている帝国航路統制局は内務省の影響下にある。

軍の移動も平時は内務省が管理している。

軍が気が付くわけはなかった。

「作戦計画を説明します。」

司令官が端末を操作する。

ホロ画面に帝都の中枢区画の立体図が表示される。

皇帝宮殿、封鎖線、警備配置、防御拠点。

すべてが表示される。

作戦は単純だった。

「宮殿内外の通信を妨害し、三か所の門から同時に突入。

 あとは陛下の居場所まで最短距離を進むだけです。」

内務総監が尋ねる。

「成功確率は?」

司令官が答える。

「兵力的には問題ありません。

 宮殿の陸戦隊は精鋭部隊ですが規模は数百人程度、わが方の兵力は五倍以上です。

 問題は陸戦隊の増援を防げるか……。

 そこにかかっています。

 陛下をお救いするまで、増援を防げれば勝てます。」

宮殿内で皇帝が軟禁されている場所、警備状況は宮殿内に潜り込んでいる警察のスパイによって調べられていた。

宮殿の内部構造、通信システムは、もともと警察は把握している。

不確定なのは作戦の所要時間だけだ。

内務総監が続けて尋ねる。

「損害の見込みは?」

「かなり出ます。」

司令官は正直に答えた。

いくら精鋭部隊でも軍装備との火力差がある。

それに警察軍は宮殿に向けて重火器は使えない。

不利は否めない。

数で力押しするしかない。

内務総監が最後に言った。

「よろしくお願いする。」

警察軍と帝国軍が衝突する。

帝国史上、前例がない。

しかし、ためらう時間はもう残っていなかった。


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