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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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連携

第10章:連携


その三週間ほど前。

辺境星域の植民惑星エリオス。

執行官府の会議室で、ケードとセレノスが向かい合っていた。

セレノスは腕を組んだまま言った。

「レイグナーから連絡はありましたか?」

「特に何も。

 辺境星域を出てから一週間。

 中央星域までは、まだ距離があります。」

ケードが答える。

「皇帝への働きかけ。

 どんな状況ですか?」

今度はケードが尋ねる。

セレノスは少し唸って、ため息をついた。

「予想通り、軍の警戒が厳しいようです。

 何人か、接触を依頼したのですが、まだ引き受けてくれる者が見つかりません。」 

セレノスは続ける。

「仮に親衛艦隊の出撃を止められたとしても、中央星域艦隊と正面からぶつかれば、勝てるとは限りません。」

沈黙が落ちた。

それは冷静な判断だった。

レイグナーが敗れれば、軍政に対抗する術はなくなる。

「レイグナーに勝ってもらうしかない……。」

セレノスはうつむいて、つぶやくように言った。

しばらく沈黙が続いた。

やがてケードが言った。

「……アルクの研究が進んでいます。」

セレノスが視線を上げる。

「研究?

 戦いに使えるのですか?」

「何とも言えません。」

ケードは正直に答えた。

「だがアルクに特別な能力があることは確認されました。

 偶然ではないということです。

 アルクの意思で再現できるということ。」

セレノスは少し考えてから言った。

「艦隊決戦に使える可能性があるということですか。」

「可能性があるのか……。」

ケードの歯切れは悪い。

「役に立つものなのか……。

 我々は軍事の専門家ではないので判断が付きません。」

セレノスがうなずく。

「ではレイグナーに判断してもらうしかないですね。」

短い沈黙。

そしてケードは決断した。

「一応、伝えてみましょう。」

***

中央星域への進軍を続けるレイグナー艦隊の旗艦には、緊張した静けさが満ちていた。

状況は確定しつつあった。

強硬派が指揮する中央星域艦隊約九百隻。

レイグナー艦隊約七百隻。

本来ならば戦場に現れるはずだった皇帝親衛艦隊は出撃しない。

それでも勝利が保証されたわけではなかった。

艦隊の質、量は敵が上だ。練度もたぶん敵が上。

残る要素は、士気と指揮官の艦隊運用能力。

双方の艦隊が今の速度で接近を続ければ、明日には決戦となる。

戦術表示用のホロ画面を見つめながら、レイグナーは尋ねた。

「敵の配置は?」

作戦参謀が答える。

「外縁星域に入ったところで迎撃態勢を構築中。主力艦の集中が継続しています。」

沈黙が続いた。

そのとき通信士が振り向いた。

「ブラッククラウンより暗号通信です。

 乗組員の乗船を求めています。」

レイグナーは顔を上げた。

「ブラッククラウン?」

思いがけない言葉を聞いてレイグナーは思い出した。

辺境星域を出てしばらくした頃、ケードから連絡があった。

『ブラッククラウンの能力が艦隊戦に使えるかもしれないので、派遣する』と。

研究概要の簡単な報告書も送ってきた。

ブラッククラウンの“航路を読む能力”については、レイグナーも強い興味を持っていたので、すぐに報告書を分析室に回すよう指示した。

分析室から“航路を読む能力”はブラッククラウン船長であるアルクという個人の持つ能力らしいという報告を聞き、驚いたことを覚えている。

たがその後、いくら待ってもブラッククラウンが到着しない。

ケードの話が雲をつかむような話だったこともあり、慌ただしさの中で忘れていた。

「乗船目的を確認しろ。」

通信参謀が命じる。

数分後、通信士から報告が入る。

「乗船希望は、エリオス科学アカデミー所属の者たちです。

 ブラッククラウンの船長アルクという男の能力が艦隊戦に有用かもしれないので説明したいとのことです。詳しい研究データも持参していると。」

「乗船を許可。

 分析室に対応させろ。」

レイグナーは命じた。

航路を読む能力――

平時であればレイグナー自身が対応したいところだが、今はそれどころではない。

***

接続通路を通って、エリオス科学アカデミーの研究者たちが慌ただしくレイグナーの旗艦に乗船する。

それを見送って、ルナがこぼした。

「せっかく苦労してここまで来たのに、あんまり歓迎されてないみたいだね。」

三週間程前、ブラッククラウンのクルーはケードに呼び出されて事情を説明され、急いでレイグナー艦隊を追って欲しいと頼まれた。

出港準備、研究者たちの乗船などの混乱を収めて三日後には出港。

「すぐに追いつくはずだったのに酷い目にあった。」

ルナの愚痴は続く。

クルー全員、ルナと同じ気持ちだった。

ケードからは、アルクの能力が艦隊決戦に役立つかもしれない、レイグナーの指示に従ってくれという曖昧な話しか聞けなかった。

出港後は外縁星域内で何度も軍の哨戒艦に追い回された。

「ケードさんと、そのレイグナーとかいう人で協力の約束をしたんでしょ。

 話が違うわ。」

ルナが怒っている。

「まあ、そう怒るな。

 ケードが付けてくれた外交官のおかげで、大事にはならなかったんだ。

 無事、着いたからいいじゃないか。」

ガロンがなだめる。

「辺境と軍の遠征艦隊が一時的に休戦して、同盟を結んだということですが、外縁星域内にそれが徹底していないのでしょう。

 そもそも外縁星域も一枚岩ではありませんし。」

リアが説明する。

ノアも口を挟む。

「レイグナーとかいう人に、ケードさんの考え、伝わっていないのかも。

 そもそも辺境に艦隊運用の専門家なんていないからね。

 アルクの能力を艦隊戦にとか、雲をつかむような話、きちんと説明できたのかな?」

アルクは艦橋内の騒ぎに加わらず船長席で黙ってスクリーン越しに宙を見ている。

***

数時間後、主任分析官が部下数名とともに艦橋にやって来た。

レイグナーにエリオスの研究者の話を報告する。

「詳しい研究データを確認しました。

 辺境側ではブラッククラウンの船長、アルクという男の持つ、いわゆる“航路を読む能力”の研究を進めた結果、遺伝性の能力と結論付けたようです。」

レイグナーは黙って話を聞いている。

「アルクの意思で再現可能なことが確認されています。」

アルクの特殊能力に関する分析官の説明が長々と続く。

レイグナーの記憶に、これまでの戦場がよみがえってきた。

通常では予測できない星間流の変動を感知する能力。

本来なら危険度が高く航行不能な航路外星間流の中を飛ぶ能力。

それを何度も戦場でやってのけた船。

レイグナーはつぶやいた。

「その個人の能力を艦隊戦に使う……?」

長い説明が終わっても、レイグナーはしばらくの間、考え続けていた。

そして航法参謀と作戦参謀を呼んで命じる。

「決戦宙域の星間流データを揃えろ。

 そして、アルクという男の能力が艦隊戦に活用できないか、至急、検討しろ。」

航法参謀はさっそく部下に命じてデータ収集を始めた。

作戦参謀は分析官とともに、辺境から提供された研究データを精査する。

三時間後、旗艦の作戦会議室に関係者が集まった。

「検討結果の報告を。」

レイグナーの発言に作戦参謀が立ち上がる。

「結論から申し上げると、アルクという男の能力を艦隊戦に利用することは可能です。もちろん辺境の研究者の報告通り、アルクという男が通常では予測できない短時間の星間流変動を予知する能力を持っているということが前提です。

 この能力があれば、通常では危険度が高く航行不能な航路外星間流の中を安全に飛ぶことが可能となります。

 これは今まで帝国軍がブラッククラウンと接触したときに観測した事実と一致します。」

レイグナーはうなずきながら聞いている。

作戦参謀の指示で分析官が決戦宙域付近の航路図と星間流の流れをホロ画面に表示する。

「現在の進路とは多少ずれますが、この宙域の航路外星間流には『小規模星間乱流帯』が存在します。これは文字通り小規模な星間乱流が帯状約十万キロにわたって続いている宙域です。

 この小規模星間乱流帯には一部に航行が可能なチューブ状の空間が存在することが確認されています。

 しかし、その座標は不規則に変動するため、これまで無人機による航行実験も行われておりません。」

「その空間を使えと?」

レイグナーが尋ねる。

「その通りです。」

作戦参謀が答える。

「敵艦隊を、この小規模星間乱流帯近くの宙域におびき出し、チューブ状空間を利用すれば、敵艦隊の後方にわが艦隊の一部を送り込み、奇襲をかけることが可能です。」

レイグナーは腕を組んで唸った。そして首を激しく振った。

「理論上は作戦参謀の言う通りなのだろうが、仮定の話の積み重ねにすぎん。

 万一、アルクが小規模星間乱流帯の座標変動を読み切れなければ、奇襲部隊は乱流に巻き込まれて全滅だ。

 そんな無謀な作戦を部下に命じることはできない。」

「閣下、志願者を募ってはいかがでしようか。」

副官が提案した。

「確かに無謀な作戦ですが、この作戦が成功すれば、我が方の勝率は高くなります。

 正面から衝突して消耗戦になれば、損害は甚大なものになります。

 それを避けるためにも、やる価値はある作戦かと思います。」

「奇襲部隊の指揮は誰がとる?

 私は指名はせんぞ。」

副官が片手を上げた。

「よろしければ私が志願します。」

副官はそう言ってほほ笑んだ。

レイグナーはしばらく考えて副官に尋ねた。

「必要な戦力は?」

「最低五十隻、できれば百隻。」

副官は即答する。

「よかろう。

 五十隻以上の志願があれば、作戦の実施を認める。」

レイグナーはしぶしぶ認めた。

「一時間、時間を下さい。」

副官はそう言って通信室に向かった。

一時間後、副官は戻ってきた。

「閣下、百隻の艦が志願してくれました。

 厳密には、九十九隻ですが。」

レイグナーは一瞬、目を閉じた。

「どの艦隊だ?」

「閣下の艦隊です。」

副官はそう言って、またほほ笑んだ。

レイグナーの予想したとおりの回答だった。

レイグナーはしばらくの間、考えていた。

そして決断した。

「お前たちに託す。」

そして出席者を見回した。

「アルクという男に会うぞ。」

***

「なによ!

 半日近く放っておいて、今度は『すぐ来い』ですって。」

ルナがふくれている。

「そう言うな。」

ガロンがなだめる。

「しかし、ずいぶんとバタバタしているようだな。」

「戦闘が近いのかもしれません。」

リアが自分の経験から推測した。

「行こう。」

アルクが先に立って歩きだす。

クルーは後に続いた。

レイグナーたちは旗艦の会議室で待っていた。

レイグナーとその副官、参謀たち。

そしてブラッククラウンの艦橋クルー五人。

異例の取り合わせだったが、今はそれを気にしている余裕はなかった。

ホロ画面に戦術配置が投影されている。

レイグナーがアルクたちに着席するよう勧める。

「どなたがブラッククラウンのアルク船長かな?」

レイグナーはそう言って、クルーを見回す。

その目がガロンに止まった。

「船長は俺じゃない。

 こいつだ。」

ガロンは笑って、アルクを指さす。

レイグナーはアルクを見て、写真で見た印象より若い青年であることに一瞬、戸惑ったような表情を浮かべた。

「アルク船長。

 君は知らないかもしれないが、君と私の間にはいろいろと因縁がある。

 話したいこともあるが、今は時間がない。」

話を続ける。

「現在、我々の艦隊と中央星域艦隊は接近中で、明日には決戦となる。

 質量ともに敵がやや優勢だが、士気は我々の方が高い。

 勝敗は五分五分と私は見ている。」

アルクはうなずいた。

レイグナーは続ける。

「船長の能力を聞いて、我々は一つの作戦を立てた。

 作戦参謀、説明を。」

作戦参謀が航路図と星間流の流れをホロ画面に表示して、作戦概要を説明する。

レイグナーがアルクに尋ねる。

「船長は、小規模星間乱流帯の中のチューブ状空間を発見して、我々の奇襲部隊を誘導できるか?」

アルクがホロ画面をチラッと見て言った。

「その小規模星間乱流帯の近くに、敵の艦隊をおびき出せるのか?」

「その点は問題ない。」

レイグナーは即答した。

「戦場はこちらが選べる。

 我々が進路を変えれば中央星域艦隊は追従するしかないのだ。

 戦わずにすれ違えば我々は首都星方面に進出する。

 それは中央星域艦隊にとって許容できない状況だ。

 つまり、彼らは必ず迎撃に来る。」

アルクはうなずいた。

「すぐに偵察に出る。」

そう言うと、レイグナーの返事も待たずに会議室を飛び出していく。

リアがアルクの考えを補足する。

「時間がありません。

 奇襲部隊の編制を急いでください。

 誘導が可能なことが確認できたら、すぐに連絡します。」

「慌ただしい連中だな。」

飛び出していったクルーを見送り、レイグナーは苦笑した。

「副官、編成を急げ。

 指揮は君に任せる。」

副官、参謀たちも慌ただしく動き始める。

***

その頃。

中央星域艦隊の旗艦艦橋では重い空気が広がっていた。

親衛艦隊が出撃しないという事実は、すでに全艦隊に伝わっていた。

艦橋で一人の参謀が言った。

「なぜ出撃しないのだ。

 親衛艦隊は我々と思いを一つにしていたはずだ。」

別の参謀が言う。

「陛下のご命令だそうだ。」

沈黙が広がる。

そして誰かが言った。

「……なぜだ?」

理由は明らかだった。

皇帝は強硬派を支持していない。

レイグナーを支持している。

その理解は静かに広がっていった。

中央星域艦隊の将兵の多くは皇帝への忠誠を第一としていた。

その思いが裏切られた。

戦う理由が揺らいでいく。


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