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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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分裂

第9章 分裂  


ケードは約束を守り、今やレイグナーの艦隊となった遠征艦隊は、首都星への進軍のための充分な補給を受けることができた。

レイグナー艦隊は辺境星域を出て、外縁星域を比較的ゆっくりとしたペースで首都星に向けて進軍を続けていた。

「進軍の速度が難しいですね。」

副官がレイグナーに耳打ちする。

レイグナーは無言でうなずいた。

セレノスからの吉報はまだ届かない。

進軍のペースを上げれば中央星域に入る手前あたりで、中央星域艦隊と親衛艦隊の連合艦隊と正面衝突することになる。

しかし、それを恐れてペースを落とし続けると、寄り合い所帯であるレイグナー艦隊から脱落艦が出てくる恐れがあった。

千三百隻の遠征艦隊のうち、今もレイグナーの指揮下で行動を共にしているのは八百隻余り。その中で、強硬派の軍政打倒という固い信念を持っているのは、せいぜい半数程度とレイグナーは踏んでいた。

レイグナーが弱気になっている、勝ち目が薄いと判断されれば、中央星域艦隊と衝突する前に、レイグナー艦隊は雲散霧消する危険さえあった。

「補給、整備は問題ないな?」

レイグナーは副官に確認する。

「大丈夫です。

 辺境星域を出る際に充分な補給と整備を受けられましたし、外縁星域に入ってからも思った以上に植民星からの支援を受けられています。

 やはり強硬派の軍政は評判が悪いようです。」

レイグナーはうなずいた。

辺境星域ほどではないが、外縁星域の植民星も中央星域に比べれば帝国から不利な扱いを受けてきた。

潜在的な不満があったところに、軍政になってからますます高圧的な政策を取られている。

軍政を倒してほしいという期待は確かに感じる。

外縁星域艦隊から遠征に派遣された千隻の主力艦の内、今も約七割近い艦がレイグナーの指揮に従っているのはそのためだ。

とは言え、勝てないと踏んだら、かなりの艦がレイグナーを見捨てて自分たちの基地に帰還するだろう。負け戦に付き合う義理は無いのだ。

辺境星域を出てから約二週間。

今は外縁宙域のちょうど中間あたりだ。

このペースで進軍すれば、あと二週間ほどで中央星域に達する。

強硬派の司令部がレイグナー艦隊を中央星域に入れるとは思えない。

その手前で迎撃するはずだ。

「もうしばらく、このペースで進む。」

レイグナーは命じた。

***

さらに一週間が経過した。

中央星域は間近に迫っていた。

レイグナーは長距離偵察機の発進を命じた。

高速の偵察機は二日ほどで戻ってくる。

一時間ほどで分析結果が出た。

旗艦艦橋のホロ画面に、中央星域方面航路図と、敵艦隊の位置が投影される。

表示されているのは、強硬派が掌握している中央星域艦隊だった。

その数、約九百隻。その大半が新鋭艦だ。

レイグナーの手元にある戦力は七百隻余り。

この一週間程で約百隻が脱落していた。

七百隻余りの内訳は、

中央星域艦隊の一部、長年、直接指揮してきた百隻。

外縁星域艦隊の一部六百隻。

辺境星域艦隊から数十隻。

数でも質でも劣勢だった。

「親衛艦隊は見えないようだな……、出てこないのか?」

レイグナーはつぶやいた。

偵察範囲外に潜んでいる可能性もある。

艦隊決戦に介入されたら、最悪の事態となる。

主力艦五百隻の皇帝親衛艦隊。

超ド級戦艦を含む帝国最強戦力。

これが強硬派側に加われば勝敗は見えている。

セレノスの工作はどうなっている?

進むか、退くか?

レイグナーは決断を迫られた。

艦橋に静寂が広がる。

誰もがレイグナーの決断を待っていた。

そのとき通信士が振り向いた。

「セレノス議長より暗号通信です。」

「すぐに接続しろ。」

レイグナーは通信士に命じ、自分から通信機に急いだ。

スクリーンにセレノスの姿が現れた。

「中央から情報が入った。」

表情が硬い。

「陛下が親衛艦隊の待機を命じたようだ。

 複数の筋から同じ情報が入っている。

 確度は高い。」

艦橋の空気が変わった。

「ありがとうございます。

 この知らせを待っていました。」

レイグナーは喜んで礼を言う。

「いや……、それが……」

なぜかセレノスは歯切れが悪い。

「なにか問題でも?」

レイグナーは緊張して尋ねた。

「いや、問題は無いのだ。

 ただ、今回の陛下の決断、私の働き掛けによるものではない。

 私が依頼した筋の者は、結局、誰も陛下に面会できなかったのだ。

 誰かが働きかけたのか、あるいは陛下ご自身でご決断されたのか、経緯は不明だ。」

レイグナーはほっとした。

「そうですか。

 いずれにしても親衛艦隊が出てこないとなれば吉報です。

 この情報をできる限り帝国中に広めてください。

 特に中央星域艦隊の拠点に重点的に。」

「了解した。

 すみやかに情報を拡散する。」

セレノスはレイグナーの意図を察して答えた。

「ありがとうございます。

 よろしくお願いします。」

レイグナーはあらためて礼を言うと通信を切る。

そして振り返って命じた。

「全艦、前進!

 目標は中央星域艦隊!」

この情報に賭ける!

レイグナーは決断した。

艦橋の空気が張り詰めた。

「前進、前進だ!

 全艦隊に命令伝達。

 前進だ!」

各艦隊に命令が伝えられる。

レイグナー艦隊は進む。

帝国中央星域へ向けて。

帝国艦隊同士の決戦に向けて。

***

その数日前。

親衛艦隊司令官、副司令官、参謀長の三名が宮殿に呼び出された。

皇帝宮殿を封鎖している陸戦隊が検問所で進路を遮った。

「現在、陛下に面会はできません。」

司令官が言った。

「陛下からの召喚状だ。」

そう言って皇室の家紋入りの召喚状を見せた。

短い沈黙。

「通るぞ。」

陸戦隊は動けなかった。

親衛艦隊は軍の通常の指揮命令系統から独立した皇帝直属の艦隊だ。

帝国軍司令部の命令で通過を禁止することはできない。

まして皇帝の召喚状を持っている。

三人は検問所を通過し、宮殿に入った。

謁見の間で、皇帝の前に立つ。

床に片膝をつき首を垂れる。

「お召しにより参上しました。」

司令官が挨拶する。

皇帝は静かに言った。

「今回の戦い、親衛艦隊は出撃せぬように。」

三人は言葉に詰まった。

司令官と副司令官がわずかに視線を交わす。

参謀長が静かに言った。

「レイグナーの艦隊と戦うなと?」

皇帝は繰り返した。

「出撃は禁じる。待期せよ。」

理由は説明されなかった。

三人の表情は固い。

司令官が緊張した声で答えた。

「かしこまりました。」

参謀長が続ける。

「親衛艦隊は待期します。」

皇帝は言った。

「この命令を、レイグナーに伝えよ。」

三人は立ち上がり敬礼した。

***

その数時間後。

帝国軍司令部。

帝国艦隊副司令長官のもとに参謀が急ぎ足でやって来た。

「閣下、大変です!

 たった今、親衛艦隊司令部から連絡が入りました。

 親衛艦隊は今回の戦いに参加しないそうです。

 出撃済の艦隊には、帰還命令を出したそうです。」

副司令長官の顔色が変わる。

「なぜだ?」

「それが……、陛下のご命令だそうです。出撃を禁じると。」

副司令長官は顔に困惑の表情を浮かべた。

「陛下が……?

 陛下と外部との接触は厳しくチェックしていたはずだ。

 なぜ、陛下のお耳にレイグナーの件が入る……?」

参謀は困惑の表情で答えに窮した。

副司令長官は少し落ち着いてきた。

「ともかく陛下のご命令であれば、どうしようもない。

 親衛艦隊の助力は諦めるしかない。

 中央星域艦隊の戦力だけでも、レイグナーには勝てる。

 心配の必要はない。

 一応、ここ数週間で陛下に謁見した者のリストを確認してくれ。」

「すぐに手配します。」

参謀は十分後には戻ってきて、リストを副司令長官に渡した。

「ここ一ヶ月ほどの間に陛下に謁見しているのは、ドライゼン元帥閣下、参謀総長閣下、そして閣下のお三方だけです。」

副司令長官はリストを手に取り、しばらく沈黙した。

「そうなると疑わしいのは陛下に仕える侍従、女官あたりか……。

 念のため、侍従、女官の身元調査を再度実施しろ。

 監視も一層、厳しくしろ。」

立ち去る参謀を目で追いながら副司令長官はつぶやいた。

「これで楽勝という分けにはいかなくなったか。

 多少の損害は覚悟せんとな。」

***

セレノスからの吉報を受けてから数日後。

中央星域への進軍を続けていたレイグナー艦隊に極秘通信が届いた。

発信元は皇帝親衛艦隊司令部。

通信士から報告を受けた参謀が息を呑んだ。

すぐにレイグナーに伝える。

「親衛艦隊より直接通信です。」

レイグナーは驚いたが、気を取り直して通信機に向かう。

「接続します。」

回線が開いた。

映像に現れたのは司令部参謀だった。

表情が硬い。

「親衛艦隊は出撃しない。」

一呼吸、置いて続ける。

「陛下のご命令だ。」

その声には抑えた不満がにじんでいた。

通信はいきなり切れた。

ブリッジに静寂が広がる。

「なぜ、わざわざ連絡を?」

副官がレイグナーに問いかける。

「それも陛下のご命令だろう。

 陛下は我々を支持されているということだ。」

帝国艦隊は三つに分かれた。

強硬派の中央星域艦隊。

レイグナー遠征艦隊。

そして――

動かない皇帝親衛艦隊。

レイグナーは静かに言った。

「進むぞ。

 戦いの場に。」

もう迷いはなかった。

帝国の運命を決める戦いが現実になろうとしていた。


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