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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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接触

第8章 接触


遠征艦隊旗艦に一通の暗号通信が届いた。

軍用回線ではない。

辺境側の秘匿回線だった。

送信元は不明。

だが内容は明確だった。

『了解した。

 日時と場所を指定されたい。』

副官が言った。

「来ましたね。」

レイグナーはうなずいた。

すでに、遠征艦隊の参謀とケードの補佐官の間で何度か非公式な接触が行われている。

遠征艦隊の現状。

軍司令部との立場の相違。

補給整備に関する協力要請。

基本的な情報交換と下交渉は済んでいた。

その上での会談の受諾だ。

ケード側は軍事的には追い詰められている。

いくら辺境側の抵抗運動が激しくとも、帝国軍の侵攻を止められるわけではない。

打つ手がない中でのレイグナーからの会談の申し入れだ。

不審や疑念があっても受けないわけにはいかない。

「会談場所は中立コロニーがよろしいかと。」

副官が提案する。

「任せる。

 会談には君も同席してくれ。

 二対二だ。」

レイグナー側から、会談でのセレノスの同席も求めていた。

レイグナーは少し笑った。

***

レイグナーたちが艦隊から降下したのは有力植民星の行政港だった。

このコロニーは辺境星域の入口にあり、帝国と辺境星域との紛争では、常に完全中立の立場をとっている。辺境自治ネットワークにも加盟していない。

出迎えたこの星の執行官は状況を理解していた。

彼は言った。

「私どもは会談場所を提供するだけです。

 それ以上の関与はしません。」

レイグナーはうなずいた。

「それで結構だ。」

案内されたのは港湾管理棟上層の応接室だった。

視界が良かった。

ケードとセレノスはすでに来ていた。

二人は窓際に立って街を見ている。

ケードは振り向いて言った。

「あなたの参謀は優秀ですね。」

レイグナーは応じた。

「そちらの補佐官もです。」

事前調整は終わっている。

残っているのは決断だけだった。

ケードとセレノスは応接椅子に腰かけた。

レイグナーと副官はその向かいに座る。

机の上には何もなかった。

資料も端末もない。

この会談は辺境に波紋を呼ぶ。まだ記録は残せない。

ケードが口火を切る。

「遠征艦隊の現状はお聞きしています。

 補給と整備、ご要望なら医療の提供も協力して良いと思っています。

 ただ、その前にお聞きしたい。

 閣下は、今の軍事政権との戦いに勝利したら、帝国をどのような形にしていこうとお考えですか?

 特に、ここ辺境星域を?」

レイグナーは即答する。

「皇帝陛下を中心とした、安定した帝国を取り戻したいと考えています。

 そのためには辺境の協力が必要です。

 今の軍強硬派の政策、軍事力を使った強圧的な政策では、辺境との安定した関係は築けません。」

ケードがうなずく。

「まずは自治権の拡大、特に治安維持権限の委譲、鉱物資源売却の際の自由交渉権は譲れません。

 次に帝国の資金を投入して辺境航路網の整備。

 要求したいことはいろいろとあります。」

レイグナーはまたも即答する。

「すべて前向きに検討します。

 すべての要望を即座に実施するとお約束はできませんが、基本的に中央星域と外縁・辺境星域は平等に扱われるべきだと考えています。」

ケードとセレノスは顔を見合わせてうなずいた。

「現状では、そのお答えで充分です。」

ケードが答えた。

セレノスが尋ねた。

「中将と我々の間の協力関係を築けたのは良しとして、勝てるのかね、軍事政権に?」

レイグナーが敗れれば、辺境への弾圧は今よりも、もっと苛烈なものになるだろう。

セレノスが心配するのは当然だ。ケードも同じ気持ちだった。

「勝算はあります。ただし、一つ条件があります。」

レイグナーが答えた。

「条件……ですか?」

ケードとセレノスは顔を見合わせた。

「その前に副官から状況を説明します。」

レイグナーが副官に説明を促す。

「すでにお知らせしている通り、遠征艦隊は主力艦千三百隻と各種補助艦艇で構成されています。その大部分は外縁星域艦隊所属の艦です。

 現在、遠征艦隊を構成する各艦隊に我々の決起の意図を説明し、同調を求めています。今のところ全艦隊の七割、九百隻程度がレイグナー閣下に賛同し、指揮下に入ることを約束しています。」

レイグナーが副官の説明を引き取って続ける。

「対する軍強硬派は中央星域艦隊を押さえています。

 中央星域艦隊の主力艦は総数千二百隻。その内、百隻は私が率いていますので残り千百隻。稼働率を考慮すると戦場に出てくるのは九百隻というところでしょう。」

「数はほぼ同じか……」

セレノスがつぶやき、続ける。

「しかし中央星域艦隊は最新鋭艦が揃っていると聞くが?」

「その通りです。数は同じでも、艦の質が違います。

 ここで先ほどの条件です。」

レイグナーが答える。

ケードとセレノスは身構えた。

「それは皇帝陛下の支持です。」

レイグナーの答えに、ケードとセレノスはまた顔を見合わせた。

「皇帝……陛下の?」

「そうです。陛下の支持です。」

レイグナーは強く言った。

「陛下の支持が我々にあることが広がれば、中央星域艦隊乗組員の士気が落ちます。

 強硬派のクーデターで陛下が幽閉されているのではないか、という噂は軍の中では広まっています。

しかし情報統制が厳しく、軍の現上層部が反乱を起こしたという決定的な事実として認識されるところまでは行っていません。

 大半の将兵は半信半疑と言ったところです。」

ケードとセレノスはうなずく。

レイグナーは続ける。

「これを決定的な事実として公にする方法があります。」

「その方法とは?」

ケードとセレノスが尋ねる。

「皇帝親衛艦隊が出動しないことです。」

レイグナーは静かに言った。

しばし沈黙が広がった。

「皇帝親衛艦隊……。

 なるほど。」

セレノスがつぶやく。 

「皇帝直属の親衛艦隊が戦場に出てこないとなれば、軍強硬派が皇帝の支持を受けていないことが、誰の目にも明らかになります。

 そうなれば中央星域艦隊乗組員の士気が落ち、我々に勝機が見えてきます。」

ケードとセレノスはうなずいた。

レイグナーは続ける。

「そもそも親衛艦隊が出てきたら、直接対決で我々に勝ち目はありません。

 超弩級戦艦を含む主力艦五百隻の艦隊です。

 親衛艦隊が出てくるようであれば、我々は辺境星域の守りを固めて持久戦に入るしかなくなります。」

ケードが唸った。

持久戦で勝ち目があるのか……。

「そこでセレノス議長にお願いです。

 議長は中央の政界に広い人脈をお持ちだ。陛下に接触できる方もいるのでは。

 陛下に接触して、親衛艦隊を出動させないよう進言して欲しいのです。」

レイグナーがセレノスに頼んだ。

「中将の考えは分かった。できる限りの動きはしてみよう。

 しかし軍は皇帝が反対派と接触することを極度に警戒しているはずだ。

 皇帝に会えるものなのか……」

セレノスは自信がなさそうに答える。

「努力してください。

 我々は議長から良い知らせを受けるまで、首都星に向けてゆっくりと艦隊を進めます。」

セレノスはうなずいた。

会談は終わった。

***

「陛下と接触できるでしょうか?」

艦隊への帰還途中、副官が心配そうにレイグナーに尋ねた。

もともと親衛艦隊上層部の思想は強硬派寄りだ。

皇帝が出撃を止めなければ中央星域艦隊に助力する可能性が高い。

「強硬派も、陛下と外部との接触を完全に防ぐことはできないだろう。

 生活をしていれば人の出入りは生まれる。隙はあるはずだ。

 接触して我々の蜂起の事実とその意図をお伝えできれば、陛下は我々の側についてくださる。

 議長の手腕を信じよう。」 

レイグナーは自分でも不安を感じながら、副官には強気で言った。

***

「これで良かったのでしょうか?」

会談からの帰り道、セレノスはケードに話しかけた。

「現状では、これ以上は望めません。」

ケードが答える。

「辺境には、艦隊も陸戦隊もありません。

 抵抗する術がない以上、レイグナーに賭けるしかありません。

 少なくとも、当面は帝国の軍事力と正面から対峙することはなくなります。

 チャンスがやって来たと考えましょう。」

セレノスはうなずいた。

「それより、レイグナーからの依頼は大丈夫なのですか?」

セレノスは小さく唸った。

「何とも言えません。

 軍も皇帝と外部との接触は警戒しているはずです。

 軍の警戒態勢次第というところでしょう。

 やれるだけのことは、やってみますが……」

「お願いします。」

ケードは強く言う。

レイグナーが敗れれば、次は辺境の番だ。


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