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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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決断

第6章 波紋


レイグナーの命令はすみやかに全艦隊に伝達された。

内容は簡潔だった。

当面の間、補給線維持警戒を最優先。

辺境拠点の制圧は一時中断。

その後、陸戦隊の被害報告は明らかに減少した。

辺境側からのテロ行為は少し遅れて減少し始めた。

さらに遅れて住民のサボタージュも減り始めた。

その報告を聞き、レイグナーは安どのため息をついた。

自分の決断に後悔はない。

しかし、この後に発生する状況を考えると気が滅入った。

***

三週間後、軍司令部から通信が入った。

「とうとう来ましたね。」

副官が心配そうに言った。

レイグナーは無言だった。

回線が開き、スクリーンに参謀本部の作戦参謀が映った。

困惑した表情だった。

「状況をご報告ください。

 ここ三週間ほど、作戦が停滞しているようですが。」

艦橋に沈黙が広がる。

「理由を説明してください。」

副官が端末を操作した。

戦域図が表示された。

補給線の稼働率、管制下に置いた灯台数は上昇。

兵員の損害率、住民の犠牲者数、テロの発生件数は減少。

「航路とコロニーの安定を優先しています。

 ご覧の通り、作戦は順調に推移しています。」

副官が説明する。

中央の参謀は困惑した表情で尋ねた。

「辺境コロニーの制圧命令はどうなっているのでしょうか?

 進んでいないようですが?」

レイグナーが答えた。

「本作戦の指揮官として、現地判断で航路とコロニーの安定を優先している。」

艦橋は静まり返っている。

参謀は遠慮しつつ、はっきりとした口調で言った。

「指揮官の権限を越えているように思われますが。」

参謀は続ける。

「制圧命令は、最上位命令です。

 しかも命令は、即時実施だったはずです。」

レイグナーは反論する。

「制圧命令を実施した結果、辺境星域の治安が悪化し、補給にも支障が発生した。

 本作戦の目的は、灯台管制権の奪還と反抗分子の一掃だ。

 コロニーの制圧はその手段であって目的ではない。

 本来の作戦目的達成のため、臨機応変に作戦を考えるのは、まさに指揮官の権限であり、義務でもある。

 私の判断に何の問題もない。」

「最終的な判断権限は司令部にあります。」

参謀も引かない。

沈黙が続いた。

「コロニー制圧作戦の再開をお願いします。」

参謀の最後の譲歩だった。

今、参謀の言葉に従えば、まだレイグナーは引き返すことができた。

だが彼は断った。

「私の判断は変わらない。

 コロニー制圧作戦の再開は辺境の治安状況の回復後だ。」

参謀は一瞬、目を閉じた。

「ご見解は承りました。

 司令部内で検討させていただきます。」

通信は切れた。

帝国軍司令部は、遠征艦隊が命令通りには動いていないことを認識した。

副官が心配そうな顔でレイグナーを見た。

「司令部、どう出てくるでしょうか?」

「出方を見るしかない。」

レイグナーは誰にともなくつぶやいた。

***

三日後。

また軍司令部から通信が入った。

「監察官を派遣するそうです。」

副官が報告する。

「こちらに来て、閣下のお考えを直接、確認するつもりなのでしょう。」

「監察官の予定航路は届いているか?」

「こちらです。」

副官がレイグナーの端末に航路データを転送する。

「首都星アウレリウムから直接来るようだな。

 高速艦で約三週間というところか……」

レイグナーはつぶやいた。

通信は続いていた。

『監察官権限について。

 作戦介入権、命令是正権、指揮権代行。』

「なかなか強い権限だ。」

レイグナーは苦笑した。

到着後、レイグナーを解任、指揮権をはく奪し、監察官がそのまま後任として着任するつもりなのだろう。

あと三週間。

その間に決断しなければならない。

退くのか、進むのか。


第7章 決断

レイグナーには分かっていた。

三週間後には更迭される。

遠征艦隊司令が交代すれば、当然、コロニー制圧作戦は再開される。

兵はいたずらに死に、住民の生活は破壊され、避難民は増える。

兵も住民も帝国の民だ。

守るべき存在だ。

レイグナーはあらためて認識した。

軍が守るべきものは、航路でも、灯台でもない。

人なのだと。

自分が更迭されれば、人の命と生活が破壊される。

それを止める方法は一つしかなかった。

軍司令部の命令に従わない。

従わないだけではなく、今の軍司令部、強硬派の軍政を倒す。

それは帝国に対する反逆ではない。

正しい帝国を守るための戦いだ。

レイグナーは優秀な軍人らしく合理的に戦いの成算を検討した。

勝算はある!

かなりの幸運は必要だが、勝てる見込みはある。

当面の問題は補給と整備だ。

軍司令部と対立すれば、中央星域からの補給が止まる。

補給の大部分は外縁星域からのものだが、その何割かも止まる。

艦艇の整備拠点も足りなくなる。

不足分をどうやって補う?

レイグナーは理解していた。

この遠征艦隊を維持し、軍司令部と対決するためには辺境の協力が必要だった。

***

レイグナーは、副官、参謀、艦隊内の各戦隊司令官を旗艦の作戦会議室に招集した。

二十人を超える出席者は皆、会議の議題について、薄々、気が付いていた。

「単刀直入に言おう」

レイグナーが話始める。

「私は今の軍事政権を倒し、陛下をお救いしようと思う。」

全員の顔を見回す。

「皆も知っての通り、軍強硬派はクーデターを起こし、陛下を幽閉した。

 そして今回の遠征作戦では、いだずらに辺境の人々を弾圧している。

 軍の使命、軍人の使命とは何か。

 陛下をお守りし、帝国を守り、帝国の民を守ることだ。

 私は、軍と軍人をあるべき姿に戻したい。」

「私は閣下に付いていきます。」

副官がさっそくレイグナーに賛同する。

「私も付いていきます。」

続いて賛同意見が続く。

「私も司令部のやり方には納得できませんでした。」

「私も部下からいろいろ意見されて困っていました。

 これでやっと部下に説明ができます。」

「ありがとう、みんな。

 賛成してもらえて、私も心強い。」

そう言って、レイグナーは出席者の顔を順番に見回す。

ただ中にはレイグナーの視線を受けて下を向く者もいる。

「私は反対です。」

一人の戦隊司令が静かに言った。

室内の空気が緊張する。

「理由を聞こう。」

レイグナーが落ち着いて尋ねる。

「我々は軍人です。

 命令を破れば、軍は崩れます。

 たとえ現在の司令部に問題があったとしても、それを判断するのは軍人の役割ではありません。」

沈黙が広がった。

正論だった。

誰も否定はできない。

レイグナーは静かにうなずく。

「その通りだ。」

そして続けた。

「だからこそ私は、軍を守るためではなく、帝国を守るために決断した。」

レイグナーの一言で、それ以上の反対意見は出なかった。

「とは言っても、今回の決断は誰にとっても重いものだ。」

レイグナーは続ける。

「私に付いて来られないものは、この場でなくともよい。何らかの方法で私にその意思を伝えて欲しい。

 もちろん個室に軟禁させてもらうが、身の安全と日々の生活は保障する。

 機会を見て、艦隊から降りることも許可する。」

レイグナーはさらに続ける。

「各隊の司令官は部下の、特に将校には同様の説明をして欲しい。

 賛成できないものの扱いは今、説明の通りだ。

 これから、いろいろなことが起こるだろう。

 納得できないことがあるかもしれん。

 それでも、私を信じて付いてきて欲しい。」

会議は終わった。

レイグナーは副官を呼ぶ。

「辺境の指導者と接触したい。」

副官が尋ねた。

「誰と接触しますか?」

レイグナーは言った。

「トマス・ケード。

 そして辺境に亡命しているセレノス・ヴァルティアだ。」

副官が尋ねる。

「直接、会われますか?」

レイグナーは言った。

「直接、会う。

 段取りを頼む」

副官が言った。

「了解しました。

 会談の趣旨はどのように?」

レイグナーは言った。

「公式には、住民の被害軽減策。

 本音のところは補給整備の協力要請だ。

 ある程度、事情は話して構わんが下手には出ないように。」

「お任せください。」

副官はうなずいた。


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