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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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転機

第5章 転機


その命令は突然、届いた。

最上位優先指定。

即時実施。

作戦参謀が命令を読み上げる。

内容は簡潔だった。

『植民星ケードニアをすみやかに制圧せよ。』

作戦室が静まりかえる。

副官が緊張した声で言う。

「辺境星域でも有数の有力植民星です。」

「分かっている。」

レイグナーは少しいらだった声を出した。

植民星ケードニア。

人口約2億。

造船業と軽工業が発達し、辺境星域での政治的発言権も強い。

外縁星域に近いこともあり、帝国とは協調姿勢をとっている。

軍司令部の意図は分かる。

帝国に従順な植民星であっても容赦しないという姿勢を辺境星域全体に示したいのだ。

恐怖による支配。

それは一見、確実に見えて長期的には脆いものだ。

副官が尋ねる。

「どうしますか?」

レイグナーは航路図を見ていた。

沈黙が続いた。

副官がもう一度言った。

「司令……」

レイグナーは言った。

「作戦目標を変更する。」

艦橋の全員がレイグナーの命令を待つ。

「目標、植民星ケードニア。

 外縁艦隊から第十五艦隊を向かわせろ。」

しかしレイグナーはすぐに命令を撤回した。

「いや、待て!」

命令を伝達しようとした副官の動きが止まる。

「この艦隊で直接向かう。」

副官が驚いた。

「この艦隊を投入するのですか?」

「そうだ。

 この作戦、対応を誤ると後々、禍根を残す。

 私が直接、指揮を執る。」

他の艦隊に任せても制圧は可能だ。

しかし住民の被害は確実に増える。

「了解……しました。」

副官はとまどいながら命令を受領した。

レイグナーは迷っていた。

終わりのない迷い。

思えば前回の辺境遠征、灯台制圧作戦のときから、この迷いはあった。

それを整理できないまま、今まで来てしまった。

自分の迷いに決着を付けなければならない時が迫っていることを、レイグナーは感じていた。

***

植民星ケードニアの最寄りの航路出口まで、二日ほどの行程だった。

ケードニアの星系内で航路出口から通常空間に出る。

そこからケードニアまでは三日の距離だ。

「ケードニアに連絡。

 我々の接近目的を伝えろ。

 一時的に惑星の管理権を帝国軍が代行する。準備をするようにと。」

レイグナーが副官に命じる。

副官は、レイグナーが無用の戦闘を避けようとしていることを察した。

すぐにケードニアに通信回線をつなぎ、指示を伝える。

レイグナー指揮下の中央星域艦隊がケードニアに接近する。

間もなくケードニアの執行官から通信が入る。

スクリーンに映った執行官は、誰の目にも慌てていることが分かった。

「ケードニアの執行官レオン・グライフです。

 艦隊の指揮官の方とお話をしたい。」

グライフは低姿勢だ。

レイグナーはスクリーンの前に立った。

「本艦隊の指揮官、レイグナーです。

 今回の辺境星域での軍事作戦全体の指揮官も兼ねています。」

レイグナーも丁寧に挨拶した。

無用の摩擦は避けたかった。

「レイグナー閣下、今回のお話はどういうことでしょうか?

 ケードニアは長年、帝国首都星からのご指示を忠実に守ってきました。

 それを突然、帝国軍が惑星の管理を行うとのご連絡。

 理由をお聞かせ願いたい。」

グライフは額の汗を拭きながらレイグナーに尋ねる。

「執行官、申し訳ないが私は命令を受けただけで、理由は存じません。

 理由は、首都星の帝国軍司令部にお尋ねください。」

レイグナーもグライフの苦しい立場はよく分かるが、これ以上は説明のしようがない。

「そうおっしゃられても、貴艦隊はあと二日余りでケードニア上空に到達します。

 私が軍司令部から回答をいただくまで、接近を待っていただけないでしょうか?」

レイグナーは申し訳なさそうな顔で首を振った。

「私は帝国軍司令部から“すみやかに”と命令を受けています。

 ここで艦隊を停止することはできません。

 ただ、ケードニアに到着後、陸戦隊の降下までは作戦準備のため、多少、時間がかかります。

 この間に、帝国軍司令部とご相談ください。」

グライフはレイグナーの意図を察したようだ。

簡単な礼を述べて通信を切った。

レイグナーはそばに控える副官に命じた。

「聞いた通りだ。

 すみやかに惑星ケードニアに接近。惑星を封鎖。

 陸戦隊の降下準備は慎重かつ充分に行え。」

艦橋にいる部下たちはレイグナーの意図を察した。

命令が艦隊中に伝えられる。

緊張が高まっていく。

***

二日後。

ケードニアの惑星軌道上に到達。

艦隊は分散して惑星を包囲、封鎖する。

陸戦隊を満載した揚陸艦は降下準備を粛々と進める。

グライフから通信が入る。

「司令部との話し合いはどうでした?」

レイグナーの方から話の口火を切った。

グライフは憔悴しきった表情で首を振る。

「まったく相手にしてもらえませんでした。

 すみやかに惑星の管理権を委譲しろ、の一点張りです。」

「そうですか……」

予想した通りの結果だった。

「それでは私も命令を実施せざるを得ません。

 無用の流血を避けたいので、抵抗はされないように、お願いします。」 

「待ってください。」

グライフが慌てて言う。

「そうしたいのは山々なのですが……」

歯切れが悪い。

グライフは、しばらく言いよどんでから、思い切って事情を打ち明けた。

「お恥ずかしい話なのですが、貴艦隊の接近のニュースが広まってから、惑星中で大規模なデモが発生し、押さえられない状況なのです。

 本来であれば私の指揮下にある治安部隊も民衆側についてしまい、コントロールできません。

 こんな状態で陸戦隊が突入してきたら大惨事になります。

 どうか助けてください。」

グライフは泣きださんばかりの表情で訴える。

レイグナーも驚いた。

自分たちの接近が、数日の間に惑星中に大混乱をもたらしているとは予想していなかった。

「いったん通信を切ります。

 我々も偵察機を飛ばして状況を確認します。

 偵察機を攻撃しないよう、徹底してください。」

通信士に命じて通信を切り、レイグナーはすぐに副官に命じた。

「無人偵察機を飛ばして状況を確認しろ。

 万一、偵察機が攻撃されても、こちらから攻撃してはならん。

 この旨、全艦に徹底しろ。

 併せて通信の傍受も。」

レイグナーの命令を受け、数十機の無人偵察機が艦隊から発進する。

旗艦の通信室では、惑星中の通信傍受を開始した。

数分で、偵察機が大気圏内に突入し、撮影した映像を送ってくる。

映像は分析室に回され、専門家たちが映像を解読する。

「閣下、内務省指揮下の惑星警察から協力要請です。

 惑星の治安回復に助力をお願いしたいとのことです。」

副官が報告する。

「惑星警察の手に余る状況ということか。

 状況把握中、しばらく待て、と回答しておけ。」

レイグナーが命じる。

一時間ほどすると、主任分析官が数名の部下とともにレイグナーの元にやって来た。

「閣下、この星の執行官の言葉は嘘ではないようです。」

「詳しく説明しろ。」

レイグナーは話を促す。

「惑星上の都市の大部分で大規模なデモが発生中。

 首都のデモは参加者が百万人を超えています。

 主な政府機関はデモ隊に包囲されている状況。一部は暴徒化しています。」

「デモ隊の主張は?」

主任分析官は一呼吸、置いて話を続けた。

「予想通りです。自治を守れ、帝国軍の侵入を許すな、といった類です。」

「分かった。分析結果を陸戦隊に説明しろ。」

分析官たちは敬礼して陸戦隊本部に向かった。

レイグナーは副官にも命じる。

「陸戦隊に今の状況でケードニアの制圧が可能か、急ぎ検討して報告しろと伝えろ。」

艦内の動きが慌ただしくなってきた。

さらに一時間後、陸戦隊隊長が報告に来る。

報告の内容はレイグナーの予想通りだった。

発砲を許可すれば制圧は可能。その場合の陸戦隊の損害は軽微。

住民側の被害予測は到底、許容できない数字だった。

陸戦隊は戦闘のための組織だ。警察のようにデモ隊を取り締る能力はない。

殺傷用の兵器を無防備な住民に対して使用すれば、それは戦闘ではなく虐殺だ。

「どうしますか、閣下?」

副官が心配そうな顔でレイグナーに尋ねる。

「住民の死傷者は最低でも数万人。

 最悪の場合、十万人を超えるとの報告ですが。」

レイグナーは目をつぶって考えている。

額に汗が浮かぶ。

最低でも数万人の死傷者。しかも帝国に恭順している惑星で。

帝国の民を軍が殺す。しかも大量に。軍事的必要性もなく。

レイグナーは長い時間、考えていた。

艦橋には静寂が広がっている。

部下たちは全員がレイグナーの答えに注目している。

ようやくレイグナーが目を開いた。

「各所で発生している妨害行為によって、補給が危機に瀕している。

 辺境各地の制圧作戦は一時中断。

 本艦隊を含む、全艦隊は補給線の警戒に当たれ。」

一瞬、艦橋に微妙な空気が流れた。

レイグナーの命令は軍に対する反逆とまでは言えない。

だが明らかに一線を越えていた。

副官はレイグナーの言葉に驚き、顔を近づけ、小さな声で耳打ちした。

「全艦隊の作戦行動を中断しては、司令部から命令違反を問われる恐れがあります。

 ここケードニアの制圧のみを延期されては?」

レイグナーも副官にだけ聞こえるよう小さな声で答えた。

「今、撤退すれば、状況は惑星警察から内務省経由で司令部に伝わる。

 そうなれば同じことだ。

 辺境星域中で起きている部下と住民の犠牲をこれ以上、増やすわけにはいかん。」

副官は無言でうなずいた。

作戦参謀が近づいてきてレイグナーに尋ねた。

「司令部からの命令を中断することになりますが、報告しますか?」

レイグナーは言った。

「不要だ。

 補給線の安全を確認の後、すみやかに本来の任務に戻る。

要は、優先順位だ。問題は無い。」

副官も言葉を添える。

艦橋にいる部下たちは誰もがレイグナーの意図を察した。

大部分の者たちはレイグナーに尊敬のまなざしを向け、一部の者たちは動揺していた。

レイグナーの命令に反対する者はいない。


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