制圧命令
第3章 制圧命令
遠征艦隊は前進していた。
予定通りに。
拠点は順次掌握されていた。
灯台は接収され、航路は確保された。
補給線は維持されている。
航海図の上では、作戦は順調だった。
レイグナーは旗艦艦橋で参謀たちから報告を受けていた。
報告は簡潔だった。
「予定進出線に到達。」
「補給線安定。」
「航路管制回復率、六十四パーセント。」
「作戦進度、予定通り。」
どれも予定通りだった。
***
問題は別のところにあった。
陸戦隊の損害。
損害の発生報告は毎日のように届く。
数字は大きくない。
一日二名。
三名。
多くて七名。
作戦全体としてみれば軽微な損害だった。
だが、それが続いていた。
毎日、必ず、どこかで。
レイグナーは報告書を読んでいた。
降下作戦。
拠点確保。
港湾制圧。
灯台掌握。
どれも成功している。
だが、必ず損害が出ている。
しかも、正規の戦闘中のものではなかった。
待ち伏せ、狙撃、爆破。
辺境の抵抗だった。
ある報告書にはこう書かれていた。
港湾制圧任務。
陸戦隊二個小隊投入。
抵抗なし。制圧完了。
撤収時に格納庫下部爆破。
死者三名、負傷者五名。
犯人不明。
別の報告書。
灯台制圧任務。
抵抗なし。制圧完了。
灯台整備員退避済。
同期回復作業中、制御回路が爆発。
仕掛けられた時限爆破装置によるもの。
死者二名、負傷者四名。
犯人不明。
また別の報告書。
物資倉庫接収任務。
住民抵抗なし。倉庫確保。
搬出開始に駐車していた搬送車両爆発。
死者一名、負傷者三名。
犯人逃走。
すべての作戦は成功している。
だが、ほぼすべての作戦で損害が出ていた。
副官が言った。
「辺境側の抵抗によるものです。」
レイグナーは無言だった。
副官は続けた。
「正面から戦う戦力がない場合、どうしてもこうなります。」
それは理解していた。
戦術としては当然だった。
弱い側は正面から戦わない。
だが、既視感があった。
レイグナーは別の報告書を開いた。
捕虜の尋問記録だった。
年齢二十七。職業、港湾荷役機操作員。軍歴なし。
尋問記録。
問「なぜ爆破したのか?」 回答「止めるためだ。」
問「何を?」 回答「帝国軍が進んでくるのを。」
問「誰が命じたのか?」 回答「誰にも命じられてはいない。自分の考えだ。」
問「動機は?」 回答「……自分でも分からん。」
レイグナーはしばらく黙っていた。
副官が言った。
「組織的抵抗ではありません。」
レイグナーは言った。
「そうだな。」
組織的ではない。
だが、辺境の意思だった。
「同じことの繰り返しか……」
レイグナーはつぶやいた。
つぎの日も損害報告が届いた。
陸戦隊員。
死者五名、負傷者十一名。
倉庫搬入口が爆発。
容疑者の住民逃走。
その翌日も届いた。
死者三名。
降下艇着陸地点の爆発。
容疑者の住民逃走。
そして、その次の日も届いた。
死者四名。
輸送路での待ち伏せ。
容疑者の住民逃走。
副官が言った。
「損害としては軽微です。」
レイグナーは答えなかった。
一つ一つの損害は作戦全体から見れば軽微だ。
だが、積み重なれば無視できない数字になる。
陸戦隊は敵と正面から戦っているわけではない。
住民との接触。
その接触の中で死んでいる。
また既視感が沸く。
今回の作戦は前回とは異なる。
補給は十分に考慮され、辺境住民の抵抗で作戦が目立って遅れることはない。
中央の政治情勢で作戦が中断される心配もない。
だが違和感はある。
少しずつ強くなる。
***
その頃だった。
首都星の帝国軍司令部から命令が届いた。
最上位優先命令。
即時実施。
作戦参謀が命令を読み上げた。
『辺境星域の重要コロニーは例外なく制圧対象とせよ。』
作戦室が静かになった。
“例外なく”とは帝国に対し抵抗の意思を示していない、帝国に従順なコロニーに対しても陸戦隊を投入して占領しろということだ。
レイグナーは憮然として言った。
「理由は書いてあるか?」
参謀が答えた。
「航路安全確保のため、とあります。」
レイグナーは首をかしげた。
軍事的には無意味な命令だ。
抵抗していないコロニーに軍事力を行使する意味はない。
コロニーからの反感を買い、辺境統治がかえって難しくなる恐れがある。
陸戦隊にも損害が生じる。
「確認してみよう。」
レイグナーは言った。
副官が端末を操作した。
軍司令部との回線が開く。
数秒後。
スクリーンに参謀本部作戦参謀の顔が表示された。
レイグナーは言った。
「抵抗の意思を示していないコロニーについても制圧対象とするという命令を受け取ったが、その理由を照会したい。」
短い沈黙と緊張。
作戦参謀が答えた。
「帝国の統治に対する辺境コロニーの協力が不十分です。」
レイグナーは首をかしげた。
「辺境には帝国に対する様々な思いがある。
積極的な協力をすぐに期待するのは無理だ。
当面は、抵抗さえしなければ充分ではないか。」
作戦参謀はすぐに反論する。
「充分ではありません。」
参謀は続けた。
「現在、公式にはすべてのコロニーが帝国の指示に従う姿勢を示しています。
しかし実際には、様々なサボタージュが記録されています。」
そう言って、作戦参謀は例を挙げた。
港湾整備の遅れ、補給資材の消失、提供される航路情報の誤り、灯台管理要員の不在、輸送計画の遅延等々。
「結果として、作戦が阻害されています。」
レイグナーは黙って聞いていた。
参謀は続ける。
「辺境は様子を見ているだけ、艦隊という嵐が過ぎ去るのを待っているだけです。
作戦が完了して艦隊が撤退すれば、すぐに抵抗活動を再開します。
現在の状況は、いわば面従腹背です。」
艦橋が静かになった。
「この状態を放置すれば、艦隊はいつまでも辺境から撤退できません。」
そして、はっきりと言った。
「帝国の権威と力を示さねばなりません。
帝国の意志を示さねばなりません。
命令の実行をお願いします。」
「……了解した。」
レイグナーは力無く答えた。
回線は切れた。
しばらく誰も何も言わなかった。
副官が静かに言った。
「司令部の判断です。」
レイグナーは無言でうなずいた。
辺境住民が帝国に対して非協力的な原因は、帝国の辺境統治政策にある。
長年にわたって辺境を放置し、住民は貧しい生活を強いられてきた。
その不満を軍事力で抑え込むことが正しい方法なのか?
いずれ、その不満は爆発し、帝国を揺るがすことになるのではないか?
レイグナーは自分の考えを整理できないまま、副官に命じた。
「命令を各艦隊に伝達。」
レイグナーの心は揺れていた。
第4章 制圧作戦
最初の対象は人口三十万人の中規模港湾コロニーだった。
付近には灯台が複数基。
補給桟橋二本、整備施設一棟、軍事拠点なし、防衛設備なし。
協力姿勢あり。
予定では、通過地点だったが、今回の命令で制圧対象となった。
降下艇は予定通り着陸した。
陸戦隊が港湾内に武装展開し、港湾管理棟を接収。
通信と灯台制御を管理下に置いた。
すべて作戦通り。
戦闘無し。死者、負傷者無し。
港湾管理の責任者が連れてこられた。
年齢は五十前後。
制服は整っていた。
声も落ち着いている。
「協力します。」
それが最初の言葉だった。
陸戦隊長が言った。
「管理権を接収する。」
責任者はうなずいた。
「理解しています。
必要な書類は用意してあります。灯台要員も待機しています。
通信記録も提出できます。」
管理権を引き渡す準備は整っていた。
予想していた事態であるかのように。
陸戦隊は港湾入口、搬入路、管理棟、生活区画入口、すべてに配置された。
住民は静かだった。
逃げも、抵抗もしなかった。
集まらず、騒ぐこともせず、ただ見ていた。
作戦は順調に進んだ。
問題は無かった。
そのときだった。
倉庫地区で爆発が起きた。
爆発規模は小さかった。
構造物に損壊。死者なし、負傷者一名。
負傷者は陸戦隊員だった。
搬入口の床下に仕掛けられた遅延爆薬によるもの。
陸戦隊長が責任者に尋ねた。
「誰が爆薬を設置した?」
「知りません。」
責任者が慌てて答えた。
嘘ではないと、表情でわかった。
住民は静かだった。
変わらずに静かだった。
その日の夕方。
車庫から車両が出られなくなった。
原因は単純だった。
燃料が届いていない。
港湾管理用の車両が動けないと管理業務に支障が出る。
隊長は管理責任者に補給状況を尋ねた。
責任者は記録を調べて報告する。
「出荷記録はあります。
ただ、到着して受け取った記録はありません。」
「どういうことだ?」
隊長は強い口調で尋ねた。
責任者は黙って弱々しく首を振る。
隊長は部下に調査を命じた。
記録は正しかった。
出荷された。
しかし届いていない。
他のコロニーでも同じだった。
港湾は開いている。灯台は稼働している。通信も維持されている。
誰も表立っては軍の命令に逆らってはいない。拒否することも反抗することもない。
だが、輸送は遅れ、補給は不足し、整備は止まった。
***
参謀がレイグナーに報告する。
「複数地域で同様の傾向が出ています。」
参謀は続けた。
「公式には協力姿勢は維持されています。
しかし、サボタージュが続いています。」
レイグナーは報告書に目を落とす。
宿営区爆発。
負傷者二名。
原因不明。
別の報告。
輸送燃料未到着。
出荷記録あり、受領記録なし。
さらに別の報告。
灯台要員不在、理由不明。
さらに報告。
宿営区電源箱爆発。
負傷者二名。
原因不明。
その他、補給遅延七件、灯台整備遅延五件。
副官が言った。
「まさに面従腹背ですね。」
レイグナーは無言だった。
制圧対象地域三十二。
内、完了二十九、進行中三。
損害、軽微。
レイグナーは報告書を閉じた後、しばらく無言だった。
副官が話しかけてくる。
「司令」
レイグナーは視線を上げた。
副官は慎重に言った。
「抵抗していないコロニーへの軍事行動ですが」
副官は続けた。
「住民の反発を生みます。
その結果として、抵抗運動を激化させる可能性があります。」
静かな声だった。
副官は続ける。
「艦隊が去った後に駐屯を続ける陸戦隊の安全にも影響します。
現地協力が失われれば、いずれ補給線維持にも支障が出ます。」
そして言った。
「軍事的には、軍司令部の判断とは逆になる可能性があります。」
艦橋は静まりかえっていた。
誰も何も言わなかった。
レイグナーは答えなかった。
副官と同意見だったからだ。
軍司令部は、辺境コロニーを徹底的に制圧しなければ、艦隊が辺境から撤退できないという見解だが、実際には逆だ。
強硬策を取るほど、抵抗が強くなり、それを押さえるために、艦隊が撤退できなくなる。
副官の意見は正しい。
だが、命令がある。
軍人の本分は命令に従い、命令を実行することだ。
レイグナーは報告書を閉じた。
そして無言のまま、しばらく何も言わず、艦橋の正面スクリーンに映し出される宇宙を見ていた。
やがて副官に尋ねる。
「次の制圧地点は何か所だ?」
副官が答えた。
「十二か所です。
各艦隊はすでに作戦行動に入っています。」
「報告を待とう。」
レイグナーの心の中で、一つの疑問が生まれつつあった。
すべての命令が従うべき命令なのか?
***
作戦は順調に進んでいた。
補給の遅延は少しずつ増えて行ったが、作戦に支障をきたすほどではない。
問題は別にあった。
陸戦隊の損害報告。
少しずつ積みあがっていく。
輸送路上の爆発。死者三名。負傷者七名。
宿営区の爆発。死者四名。負傷者十七名。
整備区画の爆発。死者二名。負傷者五名。
すべてが、非戦闘時の損害だった。
損害は毎日、発生した。
必ず、どこかで。
灯台整備区画警戒任務。担当、陸戦隊第三小隊。
管理施設の爆発。死者一名、負傷者三名。
死亡した兵はまだ十八歳。初の任務だった。
搬送路警戒任務。担当、陸戦隊第二小隊。
待ち伏せ。死者二名。負傷者一名。
犯人不明。
さらに損害は続いた。
死者、三名。負傷者七名。
死者、二名。負傷者三名。
死者、四名。負傷者一名。
戦闘はなかった。
だが、死傷者は増えていた。
制圧する必要のない地域での制圧作戦。
作戦は常に成功。
そして、作戦後に必ず発生する死傷者。
***
副官が報告する。
「作戦は予定通りです。」
レイグナーはつぶやいた。
「損害も予定通りか……。」
副官は沈黙する。
「すまない。
君に言うべきことではないな。」
レイグナーは詫びた。
***
制圧地域は予定通り、拡大していく。
作戦は成功していた。
同時に住民の生活にも影響が出始めた。
作戦に伴う生活区画の封鎖。
被害を受け、使用不能になる生活設備。
制圧作戦に巻き込まれ、住居地区を離れ難民化する住民が増え始めた。
そしてテロに巻き込まれ、住民の被害も増えて行く。
住民の間に軍への反感が広がっていった。
テロ・サボタージュの増加。
帝国の支配の確立とともに、住民の生活圏は縮小していく。
***
レイグナーは悩んでいた。
命令に従い続けると、辺境住民の心は帝国から決定的に離れていく。
反抗的とはいえ、辺境の住民も帝国民であることに変わりはない。
帝国とその民を守るべき軍が帝国民を弾圧している。
そして――
引き立ててくれたドライゼンの恩に報いたい、信頼に答えたいとの思いで、今まで目をつぶってきたが、現在の軍上層部はクーデターで皇帝を幽閉し、権力を奪った者たちだ。
正当な権力を持たない者たちからの命令に従い続けることが、帝国のためになるのか?
答えは、なかなか見つからなかった。




