遠征艦隊
第2章 遠征艦隊
最初に動いたのは中央星域艦隊だった。
首都星周辺宙域にある基地惑星。
衛星軌道上にある軍港外縁部に整列している百隻の戦列。
中央星域艦隊の一部である。
その百隻は、普段からレイグナーが直接指揮している艦隊だった。
帝国軍宇宙艦隊の中でも最新型の艦ばかりで構成されている。
艦隊参謀、各艦の艦長たちは彼の戦い方をよく知っている。
乗組員たちは選抜をくぐり抜けて来た優秀な人材がそろっている。
レイグナーが育てた艦隊だった。
彼への強い信頼と忠誠心を持っている。
旗艦艦橋。
「閣下。全艦、発進準備、整いました。」
副官が報告する。
レイグナーはうなずいて命令する。
「全艦、順次発進。巡航隊形。」
一隻が静かに上昇していく。続いて、もう一隻。さらに一隻。
巨大な艦体が恒星光を反射しながら、滑るように前進し、次々と発進していく。
百隻の艦隊が整然と一切の乱れもなく。
中央星域から放たれたレイグナーの刃だった。
二週間後。
中央星域艦隊の到着を待って、外縁星域艦隊も作戦行動に入る。
軍港、中継基地、前進拠点から、艦隊が段階的に発進していく。
数十隻から百隻の単位で、各艦隊が定められた作戦宙域に向かう。
それらは航海図の上では光点の連なりにすぎない。
だが、実際に宇宙空間を進むそれは、巨大な壁だった。
戦艦の艦腹が連なり、巡洋艦の列が周りを囲み、駆逐艦群がさらにその周囲を固める。
その後方に、補給艦、輸送艦、整備母艦、医療支援艦の艦列が続く。
辺境星域艦隊も二百隻を抽出して作戦に加わる。
辺境星域艦隊は他の星域艦隊と比べれば、数、質、稼働率とも劣る。
だが、辺境星域を実際に知っているのは彼らだった。
各宙域の星間流の癖、黒冠航路の位置、各コロニーの治安と忠誠度。
辺境で戦うために必要な情報を、彼らは持っている。
そのため彼らは、艦隊の目として配置された。
三つの艦隊は合流した。
中央星域艦隊、外縁星域艦隊、辺境星域艦隊。
主力艦千三百隻。
それに加えて補助艦多数。
長大な戦列は星間流へと折り重なるように入り、辺境星域へ流れ込んでいく。
まるで帝国そのものが、ひとつの意思になって前進しているようだった。
少なくとも、コロニー制圧に取り掛かるまでは。
***
最初の損失は航路灯台だった。
帝国軍第七十三制圧分遣隊。
駆逐艦三隻と降下艇六隻。
任務は単純である。
灯台を接収し、制御を取り戻し、以後の前進路を確保する。
典型的な制圧作戦。
短時間で終わるはずだった。
灯台内部では、主任技師が制御卓の前に立っていた。
帝国軍からは、灯台制御権の引き渡しと退去を命じる通信が届いている。
主任技師の周囲には若い整備員たちがいた。
整備員三人は全員が辺境生まれ。
この灯台での生活は長い。
若い整備員が声を震わせて言った。
「主任、まだ交渉できるのでは……。」
別の整備員が激しく言い返した。
「交渉して何になる。制御を奪われたら終わりだ。」
主任は答えなかった。
外部映像を映すスクリーンを見ている。
スクリーンには帝国の降下艇が映っていた。
黒い機影が静かに近づいてくる。
規律正しい接近だった。
無駄がない。
どうしようもなく冷たい存在に思えた。
主任は低く言った。
「航路データを管理局に送る。」
整備員たちが息をのんだ。
“航路データを送る”とは、最新データを最寄りの航路管理局に送りデータは消去する、つまり“灯台の制御権は引き渡さない”という意味だ。
前回、帝国の侵攻を受けて後、主要な灯台の管理システムには非常時用の焼損装置が取り付けられた。
二度と使えなくするための最後の処置だった。
若い整備員が恐怖に震える声で尋ねた。
「俺たち、ここで死ぬんですか……?」
主任はしばらく黙り、それから答えた。
「大丈夫だ。帝国も命までは取らないよ。」
主任は送信ボタンを押した。
航路管理局に最後の航路データが流れる。
送信完了。
主任はふっとため息をついてつぶやいた。
「これでしばらくの間、航路は使える。」
スクリーンには、降下艇が外壁に固定爪を打ち込み、陸戦隊員が灯台に乗り込んでくる様子が映っている。
それを確認して、主任は焼損装置を稼働させた。
陸戦隊長が部下に命じる。
「制御室の確保、急げ!」
だが遅かった。
扉を破って踏み込んだときには、制御卓は焼け、制御区画の奥から白い火花が吹き上がっていた。低く潰れたような爆音も聞こえてくる。
主任技師と整備員たちは、煤だらけの顔で陸戦隊を見返していた。
誰一人、何も言わなかった。
その沈黙だけで十分だった。
灯台は失われた。
帝国軍は施設を確保した。
だが、必要なものは奪えなかった。
***
二つ目の損害は小惑星の上に作られた整備補給基地だった。
進軍する帝国艦隊の整備補給拠点となる基地。
艦艇の推進機関の整備修理、電子戦機材の調整、補給物資の集積までを担う重要拠点だった。
整備ドック三基。
大型艦の整備が可能な整備母艦も一隻、配置されていた。
常駐整備員百八十名。
警備兵三十名。
哨戒艇四隻。
さらに、基地に入るための認証ゲートが三層。
数字だけ見れば、容易には侵入できない。
そういう設計だった。
襲撃者は二十六名。
小型の輸送艇で基地に接近する。
鉱山作業員、港湾作業員、元灯台整備員、輸送船員。そして元この基地の整備員。
軍人はいない。
だが、この基地の内部構造、セキュリティを知っている者が何人も含まれていた。
指揮を執っていたのは、そのうちの一人だ。
彼がこの襲撃の発案者でもある。
男は基地の構造図を床に投影し、仲間に言った。
「一番の目標は、大型艦の整備が可能な整備母艦だ。
北側の使われていない空調用ダクトから入る。まだ古いものが残ってる。
そこなら帝国の警備は薄い。」
年配の港湾作業員が眉をしかめた。
「本当に通れるのか?」
「狭い。だが通れる」
若い女が不安そうに言う。
「戻れないかもしれない……。」
男は答えた。
「みんなで無事、もどろう。
少しでも、あいつらの足を止めないと。」
誰も反論しなかった。
怖くないわけではない。
全員が怖かった。
だが、帝国軍の前進を止めなければ、次は自分たちの港が、街が、家族が押し潰される。
その実感があった。
整備員の輸送艇に偽装して侵入は始まった。
持っているのは旧式の識別信号。
帝国軍は基地設置後、整備員の一部は現地の者を採用していた。
識別信号はリーダーの男が勤務していたときに使用していたものだ。
「今でも、同じものを使っているだろうか?」
一人が不安そうに言う。
不安がるのも無理はない。
この襲撃作戦の成否がそこにかかっている。
「俺がここを辞めてから、まだ半年。
大丈夫だ。」
男が強く言う。皆を安心させるためだ。
本人も絶対、大丈夫と確信があるわけではない。
だが、今はこれに賭けるしかない。
輸送艇は通常の速度で空港ゲートに接近する。
管制塔から照会が入る。
古い識別信号で応答する。
進入許可のサインが出る。
皆のほっとした雰囲気が伝わって来る。
「大丈夫だ。行ける。」
男が皆を励ます。
しかし着陸後の二次照会で問題が起きた。
『古い識別信号を使っているようだが?
装置の故障か?』
管制塔から照会が入った。
まだ疑ってはいないようだ。
男は決断した。
「行くぞ!」
その瞬間、輸送艇の荷物ハッチが開いた。
パイロット一人を残し、二十五人が一斉に飛び出す。
磁気ブーツで外壁に吸い付き、ダクト入口を目指して登る。
到着すると切断機を使って入口ハッチを破壊する。
二十五人は次々とダクトに飛び込んだ。
『侵入! 北側ダクトに侵入者!』
警報が鳴り響く。
ダクト内は予想通り警備兵の配置が薄い。
帝国軍の油断だった。
前回の帝国軍の侵攻作戦以降、辺境星域の治安は悪化していたが、警備計画は見直されていなかった。
最初の接触はダクト内で起きた。
狭く人が二人並ぶのがやっとの通路。
そこへ警備兵四人が突入してくる。
先頭の鉱山作業員が閃光弾を投げた。
目のくらむ閃光。
通路が白く焼ける。
銃撃戦となった。
撃ち合いの中で、警備兵二人がその場で倒れ、残り二人が後退していく。
襲撃者側では、皮肉にも“戻れないかもしれない”と不安を漏らしていた若い女が一番最初に撃たれた。
壁に叩きつけられる。
即死だった。
他のメンバーは歯を食いしばりながら前進する。
遺体を連れて帰る余裕はなかった。
狭い通路内で、何度か遭遇戦が起こる。
ダクト内に銃声が反響する。
叫び声と怒号が混じる。
火花が散る。
金属の内臓の中で人間同士が潰し合っているようだった。
ダクトを抜けると、整備母艦の近くに出た。
ここまでたどり着いたのは約半数。
整備母艦そのものを破壊するには火力が足りない。
目標は整備機能を止めること。
だから狙うのは、艤装用クレーンとその制御装置。
そこを潰せば、前線から後退して本格修理をするまで、整備機能は失われる。
男は走りながら怒鳴った。
「目標は、艤装用クレーンだ!
クレーンに五人向かえ!
残りは俺に続け!」
男が率いる十人弱が母艦の艦橋を目指す。囮になるのだ。
警備兵側は母艦入口通路の前に防衛線を張っていた。
襲撃者の目標が整備母艦であることに気づき、ようやく態勢を整えたようだ。
入口通路前が最激戦地になった。
警備兵の数は襲撃者側の倍近い。
バリケードを築き、交差射撃で通路を押さえている。
襲撃者側は無理に前に出ない。
幸い作戦通り、警備兵側は大半の兵力を母艦守備に回している。
時間を稼げばいい。
それでも撃ち合いの中、死傷者は続出する。
輸送船員の男が壁際から顔を出した瞬間、額を撃ち抜かれて倒れた。
その血が床を滑って広がる。
後ろにいた年配の港湾作業員が低く唸った。
「畜生……!」
彼は倒れた男の横を踏み越え、配管の固定ボルトに爆薬を巻きつけた。
「下がれ!」
爆発。
通路横の補助管が裂け、火花と高圧蒸気が一気に噴き出す。
帝国兵の射線が乱れる。
その隙に二人が飛び込み、近距離で撃ち合う。
銃口の閃光が辺りを白く染める。
警備兵が倒れ、襲撃者も倒れ、さらに別の誰かが倒れる。
至近距離での撃ち合い。
三分、五分、そして七分。
そのとき、艤装用クレーンの方で大きな爆発が起こる。
閃光と爆発音、クレーンが港の駐機場に落下して大音響を立てる。
「やったぞ! 成功だ!」
男が叫んだ。
これで、この基地では大型艦の整備はできなくなった。
目的は達した。
男は撤退命令を出した。
「撤退だ! 港まで下がる。」
とは言え、男に付いて来るものは数人に過ぎない。
ダクトまで戻り、照明が消えた闇の中を進む。
男を含む三人がダクト入口のハッチまで戻ったが、そこまでだった。
停泊していた帝国艦から増援に駆け付けた陸戦隊によって、そこは完全封鎖されていた。
襲撃の結果。
襲撃側二十六名のうち、輸送艇に残ったパイロットを含め捕虜となった者四名。
死亡二十二名。
帝国側は警備兵七名死亡、十名以上負傷。
整備母艦一隻、整備機能喪失。
基地内の損害個所多数。
帝国軍にとっては大きな損害ではない。
だが、前線にいる艦隊にとって整備の遅れは、そのまま次の遅れにつながる。
そして、その遅れは必ず積み重なる。
***
三つ目の損害は軍の輸送船団だった。
襲撃したのは辺境の小さな輸送業者。
まともな業者ではない。
機会があれば海賊行為をすることもある連中。
民間輸送船に追加装甲と改造推進装置を取り付けた船。
そして正規の民間輸送船から奪った正規の識別信号。
接近は補給船団への合流を装って行われた。
識別信号は当然、通る。
距離が縮まる。
護衛艦は疑っていない。
そして距離五百キロで、妨害波を放ち、護衛艦のセンサーにジャミングをかける。
もちろん民間船の電子妨害能力など高が知れている。
護衛艦の監視員が一瞬、戸惑う程度のものだ。
だが、その一瞬で充分だった。
爆薬を満載した無人輸送艇を発進させ、軍の輸送艦に突入させる。
大爆発が起きた。
火球が宇宙空間に広がる。
輸送船は破壊され、積み荷は失われた。
燃料、弾薬、医療品、整備部品。
***
遠征艦隊は進む。
戦列は崩れない。
艦隊そのものも健在だ。
だが、その足元では、確実に何かが削られていた。
灯台、整備、補給、そして時間。
そして兵たちの心。
帝国軍はまだ優勢だった。




