追跡圏外
第11章 黒冠の船
接続通路は静かだった。
短い通路の先に立っていたのは少女。
ルナだった。
「ようこそ。」
少しだけ息が弾んでいた。
「無事でよかったです。
本当に。」
セレノスは微笑んで言った。
「迎えに来ていただき感謝します。」
ルナは笑った。
「仕事ですから。」
少しだけ誇らしそうだった。
その後ろに姿勢を正した少女がもう一人立っていた。
リアだった。
「執行官会議議長セレノス閣下。
ブラッククラウン号へようこそ。」
セレノスはうなずいた。
「あなたがリア少尉ですね。」
リアは少し驚いた。
「ご存知でしたか……。」
「お名前だけですが。」
ガロンが奥から歩いてきた。
「通路は長くない。」
笑った。
「案内する。」
ブラッククラウンの内部は広かった。
軍用艦と民間船の建造様式が混じっていた。
整備の跡、改修の跡が多い。
一見して実戦を積み重ねてきた艦だと分かる。
「歴戦の船ですね。」
セレノスは言った。
ガロンが笑った。
「よく分かるな。」
「素人でも、その程度のことは。」
ガロンが話を続けようとした時、鋭い音が響いた。
警報だった。
ノアの声が艦内に流れた。
『長距離探知。
接近してるよ。』
リアが言った。
「偵察艦を撃沈したからですね。
調査に来たんでしょう。」
ガロンが顔をしかめて言う。
「こんな時に。
もう少し待てねえのかな。」
その時、艦橋からの声が届いた。
『離脱する。』
アルクだった。
ブラッククラウン号が動く。
接続管が外れ、姿勢が変わる。
推進出力が上昇する。
三人は艦橋に急いだ。
艦橋に着くと、ちょうどノアがセンサー情報を報告していた。
「接近して来る。
まだ発見されてない。」
「逃げられますか?」
セレノスが心配そうに言う。
ガロンが笑った。
「大丈夫。ここからが本番だ。」
アルクが操縦席に付いている。
ルナが尋ねる。
「アルク、航路は読める?」
「少し待て。」
アルクはスクリーン越しに宙をにらむ。
額に汗がにじむ。
リアがセレノスに説明した。
「航路外星間流に入ります。」
セレノスは一瞬、黙った。
“航路を読む船。ブラッククラウン”
その意味を改めて考える。
「行ける。」
アルクが言った。
操縦桿を動かす。
ブラッククラウン号が姿勢を変えた。
航路を外れていく。
星間流の乱れが帝国艦のセンサーの精度を落とす。
距離が離れる。
センサーの表示が消えていく。
ノアが言った。
「センサーの反応消失。
振り切ったみたいだね。」
セレノスは静かに言った。
「これが」
少し間を置いた。
「“航路を読む”ということですか?」
ガロンが答えた。
「ああ、そうだ。」
ブラッククラウンは辺境星域へと進む。
第12章 追跡圏外
十日ほどが過ぎだ。
ブラッククラウン号は航路外星間流の中を進む。
灯台との同期は最小限。
航跡記録はほとんど残らない。
だがリスクは残る。
辺境星域との境に近づく。
「この当たりから監視が厳しくなるな。」
ガロンがつぶやいた。
「迂回して監視網の隙間を探すか……。」
アルクが誰にともなく言う。
「アルク、少し休んだら。」
ルナが心配そうな顔でアルクに言った。
アルクはルナの顔を見てうなずく。
アルクは最近、体調が悪く艦橋を離れて休みことが多くなっている。
「少し休む。」
そう言って船室に向かった。
それを見送って、ガロンがルナ、リア、ノアに相談を持ち掛けた。
「アルクはああ言ってるが、あの体調じゃ、これ以上は無理だろう。」
ノアも言う。
「外縁星域に入ってから、三週間以上、航路を読み続けてる。
こんなに続けて能力を使うのは初めてだよ。」
ルナが続ける。
「辺境星域では、軍に追われたときに一瞬、使うだけだったもんね。」
リナも続ける。
「こんなに体力を消耗するものとは思いませんでした。」
ガロンがうなずいて続ける。
「そこでだ、アルクは迂回を考えているようだが、
ここは最短距離で辺境に向かうべきだと思うんだが、どうだ?」
三人がうなずく。
「アルクの体が一番大事ですが、戦術的にもガロンさんの案が良いと思います。」
リアが意見を捕捉する。
「警戒網の突破にはアルクの“航路を読む能力”が欠かせません。
これ以上、アルクの体調が悪くなると、いざという時に能力が使えなくなる危険があります。」
「その通りだな。」
ガロンがうなずく。
「アルクが戻ってきたら、俺から話すよ。
納得してくれりゃ、いいんだが。
あいつ、頑固なとこがあるからな。」
二時間ほどでアルクが船室から戻って来た。
早速、ガロンが話を始める。
アルクは黙って話を聞いている。
ガロンの話が終わるとアルクは皆の顔を見回し、うなずいた。
了解したようだ。
四人はアルクが意外にあっさりと納得したので拍子抜けした。
監視網を迂回せず進むのは危険が大きい。
普段ならアルクはなかなか納得しない。
仲間を危険にさらすのが嫌だからだ。
「珍しく気弱になってるのかな。」
ルナがアルクに聞こえないよう、小声でリアを聞く。
リアはルナを見て、困った顔をした。
***
辺境星域に近づき、アルクたちは最大限の警戒措置を取った。
航路外星間流の中を進み、灯台との交信は完全に立った。
速度を落とし赤外線の放出を押さえる。
センサーは、重力場センサーと赤外線センサー、二種類のパッシブセンサーだけを稼働させた。
「あとは運だな。
軍の哨戒艦に見つからないといいんだが……。」
ガロンがつぶやく。
一時間、また一時間。
誰も口を利かない。
時間はじりじりと過ぎていく。
「発見された!
探査ビーム探知!」
ノアの叫びが艦橋の静寂を破る。
「くそ! 賭けに負けたか!」
ガロンが毒づく。
「追跡されてる。」
ノアの報告。
「今、三隻!
たぶん駆逐艦。
後方にも、まだいる!」
「加速して振り切れ。」
アルクの指示でルナが推進機関を全開にする。
セレノスが異常を察して船室から出てきた。
「後方の、たぶん巡洋艦から高速艇が出てきた。」
「大丈夫ですか?」
セレノスが心配そうな顔で尋ねた。
ガロンが苦笑いして答える。
「こりゃ、本気だね。」
リアが続ける。
「閣下は中央政界の大物ですから、辺境への亡命をどうしても阻止したいのでしょう。」
リアは冷静に言うが、その表情は硬い。
ルナが少しだけ笑って続けた。
「それに、私たちも大物ですから。」
アルクが操縦を代わる。
星間流を読み、小規模な乱流の影に回り込む。
追跡艦のセンサーの精度が落ちる。
「駄目だ!
振り切れない!
付いて来る!」
ノアの叫び。
「帝国軍は、この宙域の星間流の動きを研究しているようです。
センサーに補正をかけているのだと思います。」
リアが冷静に捕捉する。
しかし、その声は少し震えている。
「辺境星域なら、これで逃げ切れるんだが……」
ガロンが唸る。
「攻撃、来るよ!」
ノアの警告と同時に、ブラッククラウン号の近くを粒子ビームが通り過ぎる。
「距離があるから、そうそうは当たらんが、まぐれでも当たったらおしまいだぞ。」
ガロンが言う。
アルクがうなずいて回避行動を始める。
駆逐艦の粒子砲。
命中したらシールドも装甲も紙のようなものだ。
***
ブラッククラウン号は星間流の流れの中で回避行動を続ける。
「距離、少しずつ縮まってる。
後方から高速艇も接近。」
ノアの声が少し暗い。
アルクも必死に星間流を読み、飛び込む流れを変えて振り切ろうとするが、効果が無い。すぐにセンサーに補正をかけて追いついて来る。
クルーたちは、帝国軍がこの宙域の星間流を解析済であることを悟った。
星間流の不規則変動を利用して逃げることはできない。
だが、どうすればいい?
「セレノスさん。船室に戻って、シートベルトをしっかり固定してください。
これから少し危険な操船をします。」
アルクがセレノスに頼んだ。
セレノスはうなずいて船室に戻る。
それを見届けて、アルクはクルーに言う。
「通常空間に落ちる。
身体をシートに固定して。」
リアが悲鳴を上げる。
ルナは呆然として言葉が出ない。
ガロンは苦笑した。
ノアは目をつぶった。
アルクには星間流の中に生じた通常空間への出口が見えていた。
その出口に向けて船を走らせる。
衝撃と振動がブラッククラウン号を襲う。
次の瞬間、ブラッククラウン号は通常空間を漂っていた。
艦橋はすぐに大騒ぎになった。
「アルク、おまえ最初からこの手を考えてたな!」
ガロンが少し怒った声で言う。
「だから俺が迂回しないで進もうと言った時、すぐに納得したんだろう。」
「そうなの!
ひどい!
言ってくれればいいのに!」
ルナは完全にふくれている。
リアは下を向いている。元気がない。
「リア、どうした? 大丈夫か?」
アルクが心配して声をかける。
「すみません。
私、また悲鳴を……」
リアは赤くなった顔を両手で隠す。
アルクは少し笑顔を見せた。
「しかし、いつから通常空間への落下をコントロールできるようになった?」
ガロンが尋ねる。
「前に一度やったろ。あれからだ。
出口が見えるようになった。」
アルクはあっさりと答えた。
「一度やったからって、普通、できるようにはならんだろ。」
ガロンはあきれた。
「つくづく面白いやつだな、おまえは。」
「ここで少し休んだら、流れに戻ろう。」
「戻ったら帝国軍は大丈夫?」
ルナが尋ねる。
アルクが少し笑って答える。
「帝国軍は一秒で何億キロも進んでる。
俺たちのことは、とっくに見失ってるさ。」
アルクが答える。
「戻ることもできるのか?」
ガロンが驚く。
「……もう、何も言わん。」
ノアはまだ青い顔をしている。
***
ノアは元気を取り戻していた。
「完全に辺境星域に入ったよ。
帝国軍の艦影無し。
もう大丈夫だね。」
セレノスは船室でスクリーン越しに暗い宇宙空間を見ていた。
帝国の力が遠ざかっていく。




