合流
第9章 外縁航路
高速船は静かに宇宙空間を漂っていた。
位置は中央星域から外縁星域に入ったあたり。
***
コルノトを脱出して数時間後、セレノスのいる船室にパイロットが来た。
説明を始める。
「今のところ、軍に追跡はされていません。
ご安心ください。」
セレノスはうなずいた。
「議長がエリオスと連絡を取ってから、軍がコルノトを封鎖するまでの間に、かなりの数の船が離発着しています。軍はそれらの船の航跡を調べるはずです。
航路を使えば灯台との交信記録が残るので、その記録から航跡はたどれます。」
「この船も発見されますか?」
セレノスは尋ねた。
「その危険は低いです。
執行官の指示で、この船は同じ型式の船と二隻で航行してきました。
航路灯台との交信はもう一隻の方が行っています。
つまり、この船は無登録の存在していない船というわけです。」
セレノスは苦笑した。
「違法行為ですね。そんな方法があるのですか。」
パイロットも苦笑する。
「議長も御存知の通り、帝国との付き合いは大変です。
植民惑星は綺麗ごとだけでは、やっていけません。」
「大したものですね。」
セレノスは称賛した。
「ここで数日、全動力を停止して船の痕跡を一旦、完全に消します。
発進後は補助航路を使って灯台との交信は最小限にします。
速度は出せませんが発見される危険は減ります。
あとは運です。」
「お世話になります。」
セレノスは頭を下げた。
目的の座標までは、この高速船でも二週間はかかる距離だ。
発見されるのを防ぐために慎重に進めば、それ以上かかる。
セレノスは長い旅になることを覚悟した。
***
船は補助航路の中を進んだ。
通常は常時接続している航路灯台との交信は切っている。
一日に数回、極短時間の交信を行い航路情報を確認し、安定した航路に船を戻す。
当然、最高速度は出せない。
航路情報の常時更新ができないので航路を逸脱する恐れもある。
船にも負荷がかかっているようだ。
パイロットと機関士、整備員たちが慌ただしく動いている様子が船室にも伝わってくる。
二週間はじりじりと経過した。
「このペースだと目的座標まで、あと一週間といったところです。」
パイロットの説明にセレノスはうなずいた。
迎えとうまく落ちあえるだろうか?
不安は膨らむ。
四日後。
「ここから先は補助航路の先端部に入ります。
航路自体は安定していますので安全ですが、どこにもつながっていない航路です。」
セレノスは困惑した。
「行き止まり?
そんなところで迎えと落ち合えるのですか?」
つい不安が声に出る。
パイロットは困った顔で言う。
「相手の指定して来た座標なので……。
発見される恐れがありますので、連絡して確認するわけにもいきません。」
セレノスは黙った。
大丈夫なのか?
「ともかく目標座標まで進みます。」
パイロットは操縦席に戻った。
さらに二日後。
「いよいよ明日、目標座標に到着します。」
セレノスは黙って、うなずいた。
コルノトを脱出してから三週間が過ぎていた。
第10章 合流
静かな宙域だった。
補助航路の最先端。
灯台からの通信は弱い。
高速船は待機を続けていた。
「遅れているようですね。」
パイロットもすることが無く、手持無沙汰のようだった。
「落ち合う時間は決めていません。」
セレノスには、それしか言えなかった。
迎えを待つだけの日が続く。
***
セレノスはスクリーン越しに宙を見ていた。
何もない宙域だった。
ここに着いて一週間。
迎えは来ないかもしれない。
セレノスも弱気になっていた。
その時、警報が鳴った。
セレノスも艦橋に急いだ。
監視員がセンサー表示を確認する。
高速で接近して来る宇宙船を感知。
識別信号が入った。
味方だった。
暗い宇宙から船影が現れた。
黒く細長い船。
補助航路の先端からさらに遠く。
航路の外から、その船は来た。
通信機に船名が表示される。
ブラッククラウン。
セレノスは黙って目をつぶった。
ようやく迎えが来た。
通信が入った。
『迎えに来た。』
セレノスは言った。
「ありがとう。待っていたよ。」
接続管が伸び、二隻の船はドッキングした。
接続通路の向こうに黒い船がいる。
***
一か月近く前。
惑星エリオス。
アルクたちはトマス・ケードに呼び出された。
「また、頼みたいことがある。」
ケードは話を切り出した。
「セレノス議長の救出を頼みたい。」
ケードは事情を簡単に説明した。
話を聞きながら、ノアが航路図を開く。
その上に距離が表示される。
ルナが小さく息をついた。
「……そこそこ遠いね。」
ガロンが腕を組んだ。
「直線でも四百光年以上か。」
アルクがガロンの顔を心配そうに見て言った。
「ガロンは残るか?」
ここエリオスで、ガロンはアルクを庇って重傷を負った。
幸い致命傷ではなかったが、一か月以上、入院し、退院したばかりだ。
普通なら、まだ静養していなければならない時期だ。
「馬鹿を言うな。」
ガロンは大笑いする。
「体が丈夫なのが、おれの取り柄だぜ。
おまえらだけで行かせちゃ、ゆっくり休んでもいられねえ。
おれはブラッククラウン号の中で休ませてもらう。」
アルクは苦笑いする。
「まあ、無理はしないでくれ。」
ルナ、リア、ノアも心配そうに見ていたが、ガロンの勢いに押されて何も言えない。
リアが咳払いをして話を戻す。
「最短でも十日強ですね。ただし直線で進めた場合です。」
ガロンが笑う。
「今回は直線なんて無理だろう。」
ノアが言った。
「灯台航路はできるだけ使わないようにしないと。」
ルナが首を傾げた。
「補助航路も?」
ノアはうなずいた。
「どちらも航跡が残る。」
ケードが説明した。
「軍のクーデター以降、外縁星域と辺境星域の往来監視が強化されている。」
リアが理解した。
「灯台との同期記録を追跡されるということですね。」
「その通りだ。」
ケードは続けた。
「辺境星域と違い、外縁星域では灯台網が密だ。
同期記録に抜けが無い。航跡は完全に把握される。
辺境星域から外縁星域に入ることはできても、戻るときに臨検を受ける。」
ガロンが眉をひそめた。
「つまり普通の船は帰れない。」
ケードがうなずく。
「そういうことになる。」
ルナが言った。
「じゃあ、セレノスさんが自分で辺境まで逃げてくるのも無理なんですね。」
ケードは、またうなずいた。
「灯台航路を使えば必ず記録が残る。」
リアが言った。
「記録が残れば追跡される。」
ノアが補足した。
「不審な航跡は臨検対象になる、と。」
ケードが続けた。
「セレノス議長には、合流地点として補助航路の先端部を指定した。
そんなところは誰も監視していないから議長は安全だ。
ただし普通の船は行けない場所だ。」
ケードはアルクたちを見回して言った。
「だから航路の外を飛べる船が必要だ。」
ルナが笑った。
「つまり私たちってことですね。」
ケードもわずかに笑った。
「そういうことになる。」
ノアが航海図を操作した。
「外縁星域に近づいてからは、航路外星間流航行になる。
航路を使えば帝国の監視網に見つかる。」
ガロンが言った。
「遠回りになるな。」
「それだけじゃない。」
ノアが続ける。
「外縁星域は中央星域ほどでは無いけど、星間流の研究が進んでる。
辺境星域みたいに航路外星間流がどこにでもあるわけじゃない。」
「アルクにしか読めない星間流は少ないということか。
見つかった時に逃げづらいな。」
ガロンが顔をしかめる。
ノアが補足した。
「外縁星域内での平均移動速度を普段の半分とすると二週間ぐらい。」
「途中、整備も必要です。」
リアが指摘する。
ガロンがうなずいた。
「外縁星域に入る前に一度、整備はしておきたいな。」
ノアが補足した。
「推進系の調整は必須だね。外縁星域内で調子が悪くなったらお終いだよ。」
ガロンが続ける。
「出発前の補給と整備で一週間。まあ急げば五日か。
辺境星域の外れまで一週間。整備で三日。そして外縁星域に侵入と。
外縁星域でどのくらいかかるかな?
出たとこ勝負だな。」
ガロンは腕を組んで唸った。
ルナが心配そうに言う。
「私たちが着くまで、待っててくれるかな?」
リアが静かに言った。
「待っていることを期待しましょう。」
ガロンも言う。
「待っててもらうしかないな。」
ノアも少し笑ってうなずいた。
アルクが皆に言う。
「急ごう。準備だ。」
「頼んだぞ。」
ケードはアルクたちを見送った。
***
ブラッククラウンは五日で整備と補給を終え、出発した。
まずは外縁宙域近くにある整備施設を目指す。
予定通り、七日目に到着。
すぐに推進機関の整備が始まる。
ガロンが整備員たちに声をかける。
「推進機関、調子はどうだ?」
整備員が答えた。
「問題ありません。
ただし、長距離連続航行は避けたいですね。」
ガロンが笑う。
「まったくだ。」
整備も予定通り三日で終え、いよいよ外縁宙域に向かう。
帝国の監視網を避けるため灯台航路は極力、使わない。
アルクの能力で航路外の星間流を見つけ、その流れに乗る。
一日に一度だけ、極短時間、灯台と同期して現在位置を確認する。
目的の座標からずれが大きくなると、また別の流れを拾う。
その繰り返し。
辺境星域と違い、航路の安定性が高い分、航路外の星間流は少ない。
見つけるのにも時間がかかる。
アルクの肉体的、精神的負担も大きい。
直進はできない。
時間がかかる。
三日目。
リアが言った。
「灯台網が密になって来ました。監視密度が上がります。」
ルナが返す。
「ここからが本番ね。」
アルクがうなずく。
七日目。
ノアの報告。
「また進路、ずれてるよ。」
ルナが言った。
「本当に迷子みたいな航行ね。」
リアがうなずく。
十一日目。
ルナが言った。
「……まだ遠い?」
ノアが答えた。
「予定より遅れてるけど、近づいてるよ。」
リアが言った。
「待っていてくれるでしょうか?」
ガロンが言った。
「待ってるさ。他に行くところはねえだろう。」
「アルク、大丈夫かな? かなり無理してるみたい。」
ルナが心配そうに言う。
リアとガロンは顔を見合せた。
「頑張ってもらうしかねえが……。」
ガロンがつぶやく。
「いよいよ無理になったら、作戦を打ち切りましょう。」
リアの声には覚悟が込められていた。
今度は、ルナとガロンが顔を見合せた。
十二日目。
警報が鳴った。
ノアが報告。
「センサーに反応。」
センサーに表示が出る。
小型艦だった。
リアが緊張した声で言う。
「帝国の偵察艦です。」
ノアの慌てた声。
「探査ビーム来た。
発見された。」
ガロンが舌打ちした。
「運が悪いな。」
ルナがアルクを見て言う。
「どうしよう?」
アルクは一瞬、目を閉じた。
そして言った。
「落とす。」
ブラッククラウン号の粒子砲が目標をとらえる。
照準固定。
発射。
一撃で偵察艦は消滅した。
ノアが報告。
「撃破確認。」
リアが言った。
「ですが通報されている可能性が高いです。
増援が来ます。」
ガロンが言った。
「急ぐぞ。」
アルクが言った。
「ああ、急ぐ。」
星間流を読む。
ブラッククラウン号が加速した。
十三日目。
暗い宙域に小さな船がいた。
ルナが叫んだ。
「いたよ!」
声が明るい。
リアが言った。
「良かった。」
ガロンがふうっと息を吐いた。
「間に合ったな。」
「急いでドッキングを。」
アルクが指示する。
ブラッククラウンは減速した。
ドッキング軌道に入る。
一週間、暗い宇宙空間で迎えを待っていた船だった。




