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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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亡命

第6章 潜伏


輸送船は静かに減速していた。

目的地は中央星域にある植民惑星コルノト。

帝都からおよそ三百光年。

外縁星域に近い位置にある。

到着までに約三週間を要した。

コルノトは古い植民星である。

中央星域形成初期から存在する植民星の一つだった。

おもな産業は鉱業と農業。

中心に執行官府がある。

行政警備隊が存在し、航路灯台もある。

中央星域の植民星としては標準的な規模だった。

セレノスはこの惑星をよく知っていた。

執行官会議議長として何度も訪れている。

そして、ここの執行官とは古い知り合いだった。

行政制度の改革、補給網の再編、植民星の自治権拡大。

いくつもの重要政策に共に携わってきた。

首都星での軍の動向が不安視されるようになったころ、念のため危険な状況になった場合の受入れを頼んでおいた。

軍のクーデターによって、その対策が功を奏することになった。

空港には執行官府の補佐官が迎えに来ていた。

若い男だった。緊張している。

セレノスは帝国全土でも屈指の政治家だ。

いきなり会えば緊張もする。

彼は言った。

「お待ちしておりました。

 こちらに。」

セレノスはうなずいた。

挨拶も早々に移動する。

ゆっくりできるような立場ではない。

二人は無言で歩いた。

行政港の外に出ると公用車が待っていた。

車は行政区の中心部には向かわなかった。

まっすぐ郊外の農業区域に向かう。

人目の少ない場所だった。

車は小さな施設の前で停まった。

「農業環境研究所」

銘板にはそう書かれていた。

中に入るとコルノトの執行官が待っていた。

年配の男だった。

執行官はセレノスの顔を見るなり言った。

「久しぶりだな。」

セレノスは頭を下げた。

「すまないな。迷惑をかける。」

執行官は肩をすくめた。

「謝る必要はないさ。」

昔と同じ口調だった。

三人は施設の奥に進んだ。

応接室に通される。

「とりあえず、ここは安全だ。」

執行官が話し始める。

「君を発見次第、拘束して引き渡せという命令が全植民星宛てに出ている。」

セレノスは無言でうなずいた。

首都星を脱出してから三週間。

手配はされているだろうと予想していた。

執行官が続ける。

「軍の偵察艦が十日ほど前にやって来て君のことを尋ねられた。

 次に来たのは三日前だ。

 同じコースで巡回しているなら、次に来るのは三、四日後になる。」

セレノスはうなずくしかない。

「君も知っての通り、植民惑星の治安警察は内務省の指揮下だ。

 この施設の周辺も、うちの警備隊に監視させているが、長くはもたないだろう。

 君と私が懇意なことを知っているものは多い。

 軍に発見されるまで、さほど余裕はないと思う。」

当然の予想だ。

セレノスの移動、通信の痕跡を完全に消すことはできない。

帝国の治安機関が本気で動き出せば逃げ切るのは難しい。

セレノスは言った。

「分かった。

 次の脱出ルートを考える。」

執行官はうなずいた。

「それがいい。」

しばしの沈黙の後、執行官が言った。

「先に言っておきたい。」

セレノスは執行官が言おうとしていることを察していた。

「できる限り、かくまう。」

短い言葉。

「だが発見されたとき、帝国と対立することはできない。」

当然だった。

今の情勢下で軍に逆らえば、この星が立ち行かなくなる。

「君には大きな借りがある。」

執行官は言った。

セレノスは無言だった。

昔、コルノトを含む複数の植民惑星に対し、帝国の補助金を引き下げる動きがあった。

その時、執行官会議の反対意見を取りまとめ、財務省と交渉して引下げ案を撤回させたのはセレノスだった。

あの時、補助金が引き下げられていたら、この星の発展は止まっていたかもしれない。

「昔のことだ。」

セレノスは静かに言った。

「だから助けたい。」

執行官は続けた。

「だが軍とは戦えない。

 私にはこの星を守る責任がある。」

苦しそうな苦笑い。

「ここまでの助けで充分だ。」

セレノスは言った。

「数日のうちに今後のことを決める。」

執行官は無言でうなずいた。

***

執行官と補佐官はセレノスが潜伏する建物を出た。

補佐官が小さな声で尋ねた。

「軍に発見された場合はどうすれば?」

執行官はしばし黙した。

そして答えた。

「こちらで拘束して軍に引き渡す。

 警備隊には命令を“正確”に伝えろ。

 セレノスを監視。軍か治安警察が近づいてきたら、先に拘束しろと。」

補佐官は執行官の気持ちを察し、何も言えなかった。

***

「辺境か……。」

セレノスは少しだけ迷っていた。

辺境は遠い。距離的にも政治的にも。

辺境まで脱出できれば軍からは逃げ切れるかもしれない。

だが中央の政界への影響力は低下する。

だが他に方法が無いことも分かっていた。

建物の外では静かな風が吹いていた。

だが静かな時間は長く続かない。

軍は必ず来る。

その前に動かなければならなかった。


第7章 亡命

翌日。

コルノトに到着して二日目。

セレノスは決断した。

すぐに執行官を呼んでもらう。

執行官は呼び出しを待っていたかのように、すぐにやって来た。

「決まったか?」

「決めた。

 少し迷ったが、辺境に脱出する。

 私の政治目標は、辺境と中央の関係を安定させ、ともに繁栄することだ。

 そのための活動を辺境側から行う。」

執行官はうなずく。

セレノスは続けた。

「ついては、申し訳ないが、あと二点ほど頼みたい。」

「聞こう。できる限りのことはする。」

「ありがとう。」

セレノスは頭を下げた。

「一つは、トマス・ケードと連絡を取りたい。

遠距離通信システムを使わせてくれ。」

「辺境自治ネットワーク代表のトマス・ケードか。

 分かった。手配する。

 ただ……。」

「探知されるか?」

セレノスが尋ねる。

執行官が答える。

「間違いなく。

 内容は暗号化するから、ばれる心配はない。

 しかし、この星からトマス・ケードがいる植民惑星エリオスに通信したという記録は隠しようがない。

 数日中に軍が押しかけてくる。」

セレノスがうなずいて言う。

「そのリスクは覚悟している。

 トマス・ケードから良い返事をもらえなければ覚悟を決める。

 君が私を拘束して軍に引き渡してくれ。」 

執行官は沈痛な表情で声が出ない。

「もう一つ。

 辺境まで飛べる高速船とそのクルーを貸して欲しい。」

執行官が答える。

「最高の船とクルーを用意する。

 通信の方は一日、待ってくれ。手配する。」

執行官は席を立った。

セレノスはそれを見送る。

決定はした。

あとは幸運を祈るだけだ。

***

翌日、セレノスはコルノトの中央通信局に案内された。

遠距離通信室に通されると、準備はすべて完了していた。

「エリオスとは繋がっている。

 君が呼びかければ、トマス・ケードが出る。

 さあ、話してくれ。」

執行官がセレノスにマイクを渡す。

映像は出ない。音声のみだった。

「ケード代表。

 執行官会議議長セレノスです。」

セレノスが呼びかけた。

すぐに落ち着いた声が返って来る。

『辺境自治ネットワーク代表トマス・ケードです。』

セレノスは言った。

「突然の通信をお許しください。」

丁寧に話始める。

こちらは亡命を頼む側だ。

ケードは答えた。

『事情は承知しています。』

簡潔な言葉だった。

セレノスは言った。

「中央星域、外縁星域は軍の統制下に入りました。」

『こちらでも把握しています。』

ケードは答えた。

セレノスは続けた。

「お願いがあります。」

ここで初めて本題に入る。

『伺いましょう。』

セレノスはゆっくりと言った。

「辺境星域への亡命を考えています。」

通信室の空気が少し変わった。

執行官が目を伏せた。

セレノスは続けた。

「当面、政治活動の拠点を辺境に移す必要があると判断しました。」

これは宣言だった。

そして要請だった。

少しだけ間があった。

ケードはすぐには答えない。

短い時間で熟考し、政治判断を下した。

『分かりました。受け入れます。』

短い回答だが、政治的な意味は重い。

そして続けた。

『以前、辺境星域への軍事行動の際、改革派の皆さんにお世話になりました。

 皆さんのお力が無ければ、当時、状況はもっと悪化していたでしょう。』

ケードは続ける。

『移動手段はこちらで手配します。』

セレノスは言った。

「ありがとうございます。

 ただ船はこちらでも用意しています。」

ケードから、すぐには返事が来ない。

やがて答えがあった。

『辺境星域への入口は軍が厳重に関しています。

 普通の船では発見される可能性が高い。

 こちらから途中まで迎えを出します。

 詳細は別回線で送ります。』

通信が終了した。

短い会話だったが、意味は大きかった。

「いつ軍が来るか分からない。

すぐに動けるように準備を。」

執行官が言った。

セレノスはうなずいた。

次に向かう場所は決まった。

辺境星域、惑星エリオス。


第8章 脱出

通信が終了した翌日。

エリオスから合流地点の詳細が届いた。

詳細と言っても、届いたのは合流地点の座標だけ。

辺境星域まで約二百光年の位置。コルノトからの距離は約三百光年。

セレノスはすでに空港近くで待機していた。

すぐに空港に向かい、準備されていた高速船に搭乗する。

スクリーン越しに外を見ていると、空を飛ぶ監視艇が見えた。

一隻、いや二隻か?

軍か?

パイロットがセレノスのところに急ぎ足でやって来る。

「軍が来ました。」

息が荒かった。

「すぐに発進します。発進禁止命令が出たら離陸できなくなります。」

パイロットはそれだけ言って操縦室に戻っていく。

パイロットは警備隊のエースと聞いている。

任せるしかない。

セレノスは窓の外を見た。

低軌道に軍用艦の影が見える。

「動きが速いな。」

セレノスはつぶやいた。

通信端末が鳴った。

執行官だった。

『軍が来た。』

冷静な声。

「聞いている。」

セレノスが答える。

執行官が続ける。

『昨日の通信の件を照会してきた。

 空港の離発着の禁止も求められた。

 すぐには無理だと言ってごまかしている。

 十分くらいは持たせる。

 その間に離陸しろ。』

「ありがとう。

 最後まで面倒をかける。

 月並みな表現だが、この恩は生涯忘れん。」

そう言ってセレノスは向こうには見えないと分かっていたが頭を下げた。

『ぎりぎりだったな。

 無事を祈る。心から。』

通信は切れた。

船は離陸を始めていた。

目的地はケードが送って来た座標の位置。

座標は何もない宇宙空間の一点を示していた。


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