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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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執行官府防衛戦 

第6章 執行官府防衛戦 


十隻前後の突入艇が夜の地表へ近づき、荒れた外縁地帯に次々と降りる。

対空砲による迎撃を避けるため、執行官府の直上には近づかない。

近づけば落とされる。

機体下面からの逆噴射が土砂を吹き上げ、乾いた地面に熱の跡を残した。

着地と同時にハッチが開く。

中から現れたのは黒灰色の装甲服を着た特殊部隊だった。

総数百人前後。

先頭の隊員が周囲を確認する。

後続が次々と飛び出し、即座に展開する。

動きに無駄がない。

別の兵が突入艇から小型飛行艇を引き出す。

短距離高速突入用の軽量機。

「移乗急げ!」

隊長の声が飛ぶ。

部下たちは無言で動く。

十人単位で飛行艇に分乗し、推進器が次々と起動していく。

低く押し殺したような音が連なり、飛行艇は地表すれすれに滑り出した。

執行官府まで一直線には向かわない。

都市圏外縁の倉庫地帯、農業プラント帯、物流施設の陰を使って進む。

「高度を維持しろ。」

隊長の命令。

全員が理解している。

高度を上げれば撃墜される。

対空レーダーに捕捉されれば終わりだ。

隊長のヘルメットバイザーには、周辺地図が表示されている。

執行官府の構内図、警備配置、退避経路、地下区画の位置データも確認できる。

すべて事前に潜入していた工作員が送ってきたものだ。

これらのデータは全隊員が共有している。

飛行艇の一団が夜の低空を走る。

都市の縁が見え始める。

エリオスの行政中枢圏は、辺境コロニーに多い粗末なビル街とは違っていた。

執行官府を中心に広い道路が放射状に整備され、灯が多く明るい。

執行官府を囲む壁沿いには外周道路が整備され、さらにその外側には開けた帯域がある。

攻撃を受けた場合には、そこが防衛ラインになる。

「外周ラインの手前で、飛行艇を放棄。」

隊長が命じる。

これ以上近づけば対空砲の的になる。

飛行艇は一斉に減速した。

建物の陰や道路脇に次々と着地する。

完全着陸を待たずに兵が飛び降りる。

一人が転がり、立ち上がる。

別の兵が機体尾部から細長いケースを引き抜く。

中身は携行爆薬と予備弾薬だった。

ここからは徒歩侵攻だ。

「偵察隊、先行。」

隊長の命令で、偵察隊が外周ラインに近づく。

「状況報告を。」

『外周の警備は想定より厚い。ただし重火器なし。』

通信には雑音が混じる。

警備部隊が通信にジャミングをかけている。

隊長は短く息を吐いた。

重火器がないのは好都合だ。

だが警備が厚ければ時間を取られる。

時間を取られれば増援が来る。

「第一小隊は東側から。第二小隊は排水路沿い。第三小隊は正面牽制。第四小隊は西側から回り込め。」

『了解』

「目標は執行官府中央棟地下区画だ。

 無駄撃ちはするな。接敵後は三射、移動、三射だ。止まるな。」

部隊は四つに分かれ、侵攻する。

小隊単位で楔形隊形を取り、前進する。

先頭が索敵、二番目が射撃、後尾が後方警戒。

***

エリオス側も特殊部隊の動きは把握していた。

執行官府の警備部隊は迎撃準備を完了していた。

応援も手配済。

ケードは執行官府中央棟の地下区画に退避している。

「中央棟封鎖。外周の第一防衛ライン、配置完了」

警備主任に報告が入る。

執行官府は議場、通信施設、行政施設、保安管制室を含む複合施設だった。

外周道路沿いには高い壁が設けられ施設を囲んでいる。

中央棟へ至るまでに大きな中庭、通路、出入口広場、保安ゲートがある。

守る側にとっては、それだけ敵の侵攻を遅らせる余地がある。

警備部隊は重装備ではない。

黒紺の防弾装備。短銃身の自動小銃。制圧用散弾銃。閃光弾。

数名に軽支援火器。

さらに要所に可搬式の防弾甲板と対人センサー。

「目的は撃破じゃない。」

警備主任が部下たちを見まわす。

「ともかく少しでも持たせろ。敵の侵攻を遅らせればいい。

 十五分稼げば、機動隊も巡察隊地上班も来る。」

回りの隊員たちがうなずく。

「外周を抜かれたら中庭で守る。中庭を抜かれたら庁舎内で守る。

 下がっても崩れるな。」

命令は明快だった。

勝つことではない、守り切ること。

***

最初の接敵は執行官府外周の保安道路だった。

対人センサーが反応する。

「接近、正面、約二十!」

警備隊員の声が飛ぶ。

その直後、道路脇の植栽帯から閃光が走った。

帝国特殊部隊が伏せ撃ちの姿勢で連射を浴びせてくる。

乾いた銃声が連続する。

外壁の白い表面材が弾け、警備詰所の窓が粉砕された

一人の警備兵が肩を撃ち抜かれて倒れる。

「医療班、担架急げ!

撃ち返せ!」

警備側の火線が開く。

自動小銃の斉射が道路を横切り、植栽帯を射線にとらえる。

しかし、この攻撃は陽動だった。

「接近、東側約二十。西側も二十以上!」

その瞬間だった。

重い発射音が響く。

特殊部隊の後列から肩撃ち式ロケット弾が連射された。

道路沿いの壁が数か所で爆散する。

破片が飛ぶ。

数名の警備兵が吹き飛ばされる。

外周防衛線が揺らぐ。

特殊部隊が東西から前進してくる。

膝射三連射。

二歩移動。

再度三連射。

正確な射撃。

全員の動きが機械のように揃っている。

警備側で負傷者が続出する。

警備部隊の応射で特殊部隊側でも数名が倒れる。

だが侵攻は止まらない。

「排水路沿いからも来るぞ!」

警備主任が叫ぶ。

特殊部隊は浅い排水路に入り、警備側の射線を遮って接近して来る。

正面の部隊は遮蔽物に隠れながら連射を繰り返し、警備隊を伏せさせる。

連携がとれた攻撃。

「東西から回り込まれる!」

警備側の隊員が叫ぶ。

「防弾鋼板、前へ! 壁の穴を塞げ!」

数名が駆け出し、防弾鋼板を並べる。

その直後、鋼板に弾丸が打ち込まれ、金属板が激しく鳴った。

衝撃に耐える警備隊員。

続いてロケット弾が飛来する。

警備隊員たちは鋼板ごと吹き飛ばされる。

「下がれ! 下がれ!

 第二防衛ラインまで後退!」

警備主任は決断した。

後退は計画通りだった。

だが敵の圧力は想定以上だった。

装備の差が大きい。

損害が大きすぎる。

警備隊は第一次防衛線を放棄する。

特殊部隊を攻撃しながら退却する。

後退しながら時間を稼ぐ。

***

特殊部隊は外周防衛ラインを突破し、中庭に繋がる保安ゲート前に出た。

損害は少しずつ積みあがっていた。

だが隊長の命令は変わらない。

「進め! 止まるな。

目標まで最短経路を維持。中央棟へ抜けろ。」

『正面中庭に障害物あり』

「爆破しろ。」

先頭の兵が細長い爆薬を柱の根元に設置する。

起爆。

低い爆音とともに保安ゲートの片側が吹き飛び、破片が夜気に散る。

特殊部隊が中庭に突入し左右に展開する。

そこを警備隊側に狙い打たれ、負傷者が多数出る。

だが特殊部隊は止まらない。

ロケット弾を発射し、警備車両を吹き飛ばす。

車体が横転し、衝撃で警備兵が地面に叩きつけられる。

警備隊の反撃で、特殊部隊員が何人か撃たれて後ろに倒れる。

即座に後続が前へ出る。

倒れた兵は見ない。

「前進! 止まるな!」

命令は変わらない。

***

中庭は開けていて射線が通る。

遮蔽物が少ない分、攻撃する側は撃たれる。

警備主任はその中央に火線を集中するよう命じた。

「正面を攻撃! 左右は牽制でいい、中央を削れ!」

執行官府二階の回廊からも射撃が始まる。

特殊部隊の応射でガラスが割れ、照明が砕け、石床に弾痕が増える。

特殊部隊は中庭に煙幕弾を撃ち込んだ。

白煙が広がる。

「赤外線センサーで追え!」

警備主任が叫ぶ。

だが煙の向こうから、今度は低い弾道で制圧射撃が来る。

床石が砕け、噴水の縁が欠け、回廊の欄干が崩れた。

『左翼、被害甚大! 押されています! 突破されます!』

「後退する! 中央棟まで後退!」

警備主任は即断した。

ここで敵を全滅させることはできない。

敵の数を削り、棟内で止める。

それが計画だった。

***

「ケードはまだ地下か?」

特殊部隊隊長が通信で問う。

『協力者情報、更新なし。地下区画の可能性高』

「なら、押し込む!

 各小隊、中央棟内へ。第一小隊、東入口から。第二、第三小隊は正面から。第四小隊は西入口から。順次、棟内を制圧。地下区画に進め。」

『了解』

部隊は複数の刃となって地下区画に食い込もうとする。

***

中央棟内では防衛準備が進んでいた。

保安扉が順次閉鎖される。

厚い隔壁が天井から降りる。

照明が消え、通路灯が赤に変わる。

「第一、第二通路閉鎖!」

「南階段封鎖!」

「地下直通エレベーター停止!」

防衛側は建物の構造そのものを武器にしていた。

***

屋内戦闘が始まる。

東西正面の三つの入口が爆破され、特殊部隊が内部へ雪崩れ込む。

入口ロビーで双方の銃弾が飛び交い、大理石の床に破片が飛び、受付卓が砕ける。

「階段を守れ!」

警備側の声。

「左室を抜ける!」

特殊部隊側の声。

短い命令だけが飛び交う。

一人が扉を蹴破る。

別の一人が閃光弾を転がす。

白光。

次の瞬間、銃声。

警備兵が胸を押さえて倒れる。

「通路まで退却。」

通路は狭い。狭いから、戦力差が出にくい。

重火器も使えない。

防衛側には有利だった。

「この通路を死守する!

 もう少しだ!」

警備主任が怒鳴る。

軽支援火器が唸り、通路いっぱいに弾が走る。

特殊部隊員が一人、壁へ叩きつけられる。

その時だった。

***

増援が到着した。

最初は警察機動部隊だった。

装甲車のブレーキ音が響く。

大型装甲車六両。

各車両に十二名ずつ。

盾、短機関銃、制圧用閃光弾、防弾装備。

続いて、星系巡察隊の地上班が六人乗りの高速装輪車七両で滑り込む。

隊員たちが小銃を片手に降りてくる。重機関銃などの装備もある。

機動隊長が警備主任に連絡を取る。

「遅くなって、すまん。

 状況はどうなっている?」

『応援待ってたぞ。』

警備主任のホッとした声が聞こえてくる。

「敵は何人だ?」

主任が即答する。

『五十以上はいた。百まではいかない。

 ただ、かなり倒した。残りは半分くらいだ。』

機動隊長がうなずく。

「充分だ。ここから押し返す」

機動隊が盾列を組む。

その後方に巡察隊地上班が続く。

一斉に中央棟に突入する。

エリオス側の戦力は急速に厚みを増していく。

***

特殊部隊側もそれを察知していた。

『増援、多数。』

報告の声。

「目標を変更しますか?」

隊長は一瞬、目を閉じ、そして命じた。

「命令に変更なし。

 目標は、中央棟地下。」

部下たちは無言。

部隊の損害は大きかった。

大気圏突入で半数が倒れ、外周防衛線で削られ、中庭でも削られた。

それでも命令は変わらない。

「接触、排除、離脱だ。繰り返させるな。」

隊員が通路に煙幕弾を投げ込む。

「一度、後退して別ルートを探す!」

「後方通路、閉鎖されています!」

「爆破しろ!」

爆薬が扉を吹き飛ばす。

特殊部隊は必死に地下に続く別ルートを探す。

特殊部隊隊長も囲まれつつあることを理解していた。

周囲から発砲音が近づいてくる。

「離脱しますか?」

部下からの問いかけ。

隊長は答えなかった。

前方、中央棟地下へ続くはずの保安扉は、厚い遮断壁に置き換わっている。

横の非常階段は巡察隊が押さえている。

右通路は機動隊の盾列が塞いでいる。

遅かった。

「目標変更。生存優先、突破口を探せ。」

その言葉は実質的に作戦失敗を認めたものだった。

***

「閃光弾、投げろ!」

警備主任が命じる。

白光が連続する。

続いて制圧射撃。

特殊部隊が分断される。

通路ごとに孤立し、会議室へ追い込まれる。

「武器を捨てろ! 降伏しろ!」

声が響く。

それでも抵抗は続いた。

床を滑り、転がり、最後まで撃ち返す。

だが弾もすでに尽きていた。

やがて一人の隊員が武器を落とす。

それを見て他の隊員たちも武器を落とした。

最後の抵抗も止まった。

銃声が消えた。

壊れた照明が明滅している。

硝煙の匂いが廊下に残る。

割れたガラスと石片と薬莢が床を埋めていた。

警備隊員の一人が壁にもたれ、荒く息をしている。

別の隊員が負傷者の止血帯を締める。

機動隊が特殊部隊の隊員を拘束し、巡察隊が周囲を再確認する。

戦いはようやく終わった。

***

警備主任は通信端末を取る。

「侵入部隊を制圧。」

短い報告だった。

「ケード閣下は無事か?」

『地下区画にて無事を確認。』

主任はそこで初めて、ほっと息を吐いた。

執行官府の地下指揮区画では、ケードが静かにその報告を聞いていた。

戦闘は終わった。

だが理解していた。

これは終わりではない。

始まりだった。


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