軌道封鎖
第4章 侵入検知
トマス・ケードが執行官を務める植民惑星エリオス。
エリオスは辺境星域でも比較的早い時期に植民が始まった惑星だった。
この惑星は三百年前に植民が始まり、辺境星域の中でも早い段階から拡張を続けてきた。人口はすでに二億に近づいている。
農業圏は惑星規模で広がり、軽工業は複数の大陸に分散し、軌道上には整備ドックが常設されている。
辺境星域全体でも、この規模に達した惑星は多くはない。
帝国航路網に依存しながらも自前の農業基盤と工業基盤を持ち、周辺の中小コロニー群にとっては中核拠点であった。
エリオスを起点とする航路の安定は、周辺数十のコロニーの生活と直結している。
近年の航路管理権や資源管理権を巡る自治権拡大の議論でも、エリオスは辺境星域の代表としての立場を確立していた。
その動きは必ずしも帝国に対する反抗ではなく、辺境を帝国の内部にとどめるための調整役でもあったが、それでも帝国中央にとって無視できる存在ではなくなっていた。
またエリオスは中央星域と辺境星域を結ぶ航路の結節点ともなっており、帝国軍にとっても後方支援拠点としての価値が高い惑星だった。
***
最初に異常を認識したのは公安警察だった。
エリオスの公安警察は都市単位の警備組織ではない。
星系交通の監視と軌道出入管理を担う常設機関だった。
星系全体を単位とした警備体制が成立していた。
報告は断片だった。
通過頻度、補給申請、乗員構成、貨物重量。
そして進行方向。
それぞれ単体では問題にならない。
だが並べれば形になる。
公安警察の分析室では複数部署の記録が同時に統合されていた。
航路記録、通過時刻、補給履歴、乗員構成、貨物重量。
星系監視記録が重ねられる。
すべてが同じ方向を指していた。
一点だった。
惑星エリオス。
「偶然ではない」
分析官が言った。
誰も否定しなかった。
一つ一つは偶然で説明できる。
だが規模が違った。
方向が揃いすぎていた。
“偶然”ではない。
「単純な輸送ではない。
意図的な移動、集結だ」
報告は即座に上げられた。
執行官府。
星系巡察隊。
港湾管制。
航路管理。
すべての部署に共有される。
警戒レベルが最高段階に引き上げられた。
星系巡察隊が展開する。
軌道上の整備ドックも警戒態勢に入る。
航路の出入が制限される。
民間航路は維持されたが通過は監視される。
この規模の植民星だからこそ可能な対応だった。
辺境星域の全コロニーでも、これほどの規制を即時に実施できるコロニーは少ない。
民間輸送船に対しては一般停船命令が発令された。
エリオスに接近する輸送船はすべて停船命令の対象となる。
臨検部隊が準備される。
巡察艇が展開し、複数の衛星軌道上に封鎖線が設定される。
航路検査、船籍確認、貨物照合。
問題がある場合は臨検。
対応は淡々と進む。
***
十数日が経過。
関係者が取り越し苦労だったのではと思い始めた頃、事件は起きた。
三隻の輸送船団。
いずれも民間輸送船として登録されている。
識別信号、航路申請、貨物申告は問題なかった。
停船命令が送信された。
応答は即座に返ってきた。
三隻とも減速を開始する。
推進光が弱まる。
衛星軌道上の封鎖線の前で三隻は停止した。
停船命令に対する応答は問題なかった。
だが複数のコロニーから報告が上がっていた輸送船と、船籍が一致した。
「間違いありません。
途中のコロニーから報告のあった船団です。」
航路管理局から連絡を受けた部下からの報告を受け、巡察隊長は決断した。
「臨検を実施する。受け入れ準備をするよう指示しろ。」
返事はなかった。
***
執行官府の警備部隊にも不審船の連絡は入っていた。
すでに配置は完了している。
警備部隊は重武装ではないが精鋭部隊だった。
エリオスは三百年かけて発展してきた辺境星域でも数少ない大規模植民星だった。
中央星域の大規模植民星には劣るものの治安組織は充実している。
警備部隊の隊員は覚悟していた。
実戦になるかもしれないと。
第5章 軌道封鎖
「接近しろ。慎重に。」
巡察隊長が操縦士に命じる。
「他の巡察艇に船団を包囲するよう命令。」
通信士が他の二隻の巡察艇に命令を伝える。
巡察艇が接近する。
もう一隻が回り込む。
さらに一隻が後方に入る。
輸送船を包囲する。
相手の反応はない。
「封鎖線を維持しつつ、包囲を継続。
臨検隊、準備でき次第、臨検実施。」
命令が出る。
巡察艇は距離を保って火器の射線を確保する。
戦闘の準備は完了した。
***
輸送船内部の空気は緊迫していた。
通信士が振り返る。
「臨検要求です。」
短い報告だった。
隊長は答えなかった。
数秒だけ沈黙した。
短い時間だった。
だが部隊員は全員が理解していた。
隊長の判断一つで死地に飛び込むことになることを。
「エリオス側の情報は確認済みだな。」
隊長が言った。
「はい。執行官の所在は確認しています。
執行官府中央棟地下区画です。」
通信士が答える。
潜入協力者からの情報だった。
隊長は一度だけ目を閉じた。
「突入する。」
誰も動揺しなかった。
皆、この命令を想定していた。
「船は放棄する。
全員、突入艇に移乗。」
間を置かず言う。
「目標は執行官府だ。」
***
三隻の船倉が宇宙空間で開かれる。
固定具が外れ、推進機関が起動する。
突入艇が一斉に宙に飛び出し、大気圏に向かう。
一隻、二隻、三隻。
どんどん増えていく。
三隻の輸送船から次々と突入艇が発進していく。
「突入艇の発進を確認!
数、約二十!」
監視員が警報を出す。
突入艇は散開し、速度を上げる。
軌道を変え、封鎖線の隙間を突破しようとする。
「攻撃!」
巡察隊長は命じる。
巡察艇三隻の火器が火を噴く。
最初の突入艇が破壊される。
続く一隻が爆散する。
さらに一隻が炎に包まれる。
だが止まらない。
突入艇は減っていく。
それでも止まらない。
死を覚悟した突進だった。
「数が多い。」
巡察隊長に焦りが見えた。
迎撃が続く。
さらに数隻が破壊される。
軌道上に破片が散る。
突入艇は大気圏に突入した。
ここから先は地表側の領域だった。
「約半数、十隻前後が大気圏に突入しました。」
観測員が報告する。
「あとは地上部隊に任せるしかない。」
巡察隊長は報告を送る。
「突入艇、十隻前後が大気圏に突入。
対処されたし。」
短い報告。
***
執行官府警備部隊に、すぐに情報が届く。
都市封鎖。
交通統制。
行政区画隔離。
すべてが同時に開始される。
戦闘の場所が変わる。
軌道上から地表に。




