暗躍
第3章 暗躍
命令は軍情報部の上層部から発せられた。
正式な作戦番号は存在せず、発令主体も明示されない。
途中、ごくわずかの者しか関与せず、命令は実施部隊に下命された。
もっとも情報部が一枚岩というわけではなかった。
本来、辺境の政治工作は監視と報告に留めるべきだと考える者もいた。
だが辺境政策については皇帝が具体的な方針を示していなかった。
その空白の中で、軍の強硬派と歩調を合わせようとする判断が選ばれた。
命令対象は二つ。
トマス・ケード。
そしてブラッククラウン。
どちらも辺境星域の中核だった。
どちらか一方では足りない。
両方の排除が必要だった。
作戦は並行して進められる。
時間差はない。
連動もさせない。
一方の失敗がもう一方に影響しないよう設計されていた。
作戦自体は単純だった。
接触、排除、離脱。
それだけだった。
投入される部隊は厳選された。
情報部の最精鋭特殊部隊。
部隊長はこれは通常の命令ではないと、すぐに理解した。
絶対に成功させることが求められていると。
部隊員の数は多くはない。
彼らは占領、制圧を目的としない。
突破と排除だけを目的とした部隊。
最短経路で接近し、最短時間で終わらせる。
そのために編成され、訓練を積んだ部隊だった。
***
軍情報部は、制度上は帝国軍内の組織だが、実際には皇帝からの直接命令で動くことも多い、軍内でも特別な組織である。
その任務は監視と分析だけではない。
反乱分子の摘発、反帝国勢力への浸透・スパイ活動。
そして必要と判断された場合の直接行動。
帝国が公に動けない局面での軍事行動は、以前から情報部が担ってきた。
とくに辺境星域においては、その役割は例外ではなく常態に近かった。
政治、財政状況から、艦隊が動けないことが多かったからである。
その行動が常に明確な命令のもとに行われていたわけではない。
皇帝の名の下、実際には誰の判断とも断定できない決定が積み重ねられていた。
情報部の内部にも、それを危険視する者はいた。
情報機関が実働機関として動き続ける矛盾。
その危険性を訴える者は常に存在した。
それでも今回の作戦は止められなかった。
明確な命令が存在しなかったからではない。
停止を命じる者が存在しなかったからだ。
皇帝は、この時まだ何も命じていなかった。
そして同時に何も止めてもいなかった。
その沈黙の中でだけ軍と情報部は動くことができた。
***
トマス・ケード排除作戦。
準備は静かに進んだ。
多数の民間輸送船が借り上げられた。
装備はそれらの船に密かに積み込まれた。
隊員もそれらの船に分散し、辺境星域へと移動した。
船の識別信号は正規のまま維持された。
すべてが通常の航行に見えるよう設計されていた。
異常は存在しない。
だが、それでも痕跡は残る。
辺境のあるコロニーの航路管理局の担当者。
違和感を感じたのは、船の通過頻度だった。
同一クラスの民間輸送船が、短期間に同一方向に向かって集中している。
偶然として処理できる範囲だった。
だが担当者は念のため上司に報告した。
別のコロニーでは、補給申請の内容が問題になった。
複数の輸送船が、様々な理由で届け出た運航計画に必要とする以上の燃料補給を求めていた。
理由は整っていた。
途中で整備点検を必要とした場合に備えて。
予定航路が通行できなかった場合に備えて。
一つずつの申請におかしな点はなかった。
だが同時期に重なった。
違和感を感じた担当者は念のため上司に報告した。
そして、あるコロニーでは、通過する輸送船から届けられた乗員登録書の内容が話題となった。
年齢構成、資格、配置、訓練履歴。
登録書の内容に問題は無かった。
帝国中央と辺境を結ぶ遠距離航路の運航は過酷な仕事だ。
就役している船は、資格、配置を規定通りに守れないことが多い。
多少の不備は目をつぶるのが慣例になっている。
複数の輸送船から同時期に整いすぎた登録書が届けられたことが逆に注意を引いた。
この件も担当者は念のため上司に報告した。
別のコロニーでは貨物重量が大きな話題になった。
輸送船としては軽すぎる。
輸送コストのかかる遠距離航路では安全基準ぎりぎりまで貨物を積載するのが普通だ。
だが同時期に複数の輸送船が船倉を満杯にしないで通過していった。
この話は航路管理局内に広まった。
それぞれは異常ではない。
どれも説明できる。違反でもない。
偶然かもしれない。
だが積み重なれば偶然ではなくなる。
これらは同時期に発生し、しかも船の進路が一致していた。
帝国の大規模軍事進攻以来、各コロニーの保安基準は強化されていた。
情報は各コロニーの航路管理、港湾管理、船籍管理の各部門で共有、整理され、保安部門に回された。
保安部門はこれらの情報を、自治ネットワークを通じて他のコロニーにも共有した。
情報は最終的に集約された。
トマス・ケードの本拠地惑星で。
***
ブラッククラウンには、集約された情報を閲覧する権限がトマス・ケードから与えられていた。
辺境各地の航路観測、港湾管理、船籍管理情報は自由に閲覧することができた。
これまでの活躍が評価された結果の特別待遇だった。
もちろん極秘情報は含まれない。
ノアは暇つぶしにそれらの記録を見ることが多かった。
任務でも義務でもない。
情報分析は面白い。
断片を並べていると違う意味が見えてくることがある。
意味が見えると動きも見えてくる。
異常に最初に気づいたのはノアではない。
各コロニーが先に異常を報告していた。
ノアが見た時には、すでに断片が並び始めていた。
航路、補給、乗員構成、貨物重量、進行方向。
ばらばらの情報が一点へ収束していく。
「集まってる。」
まだ敵の姿は見えない。
だが意図は見える。
そして意図が見えた時、作戦はすでに開始されていた。




