包囲
第10章 包囲
ブラッククラウン号がコルベック造船所を出てから、一か月半が過ぎていた。
その間、帝国遠征艦隊の作戦は着実に進んでいた。
灯台制圧。
補給拠点確保。
灯台の再調整と同期。
航路の支配。
だが同時に、確実に遅れてもいた。
黒い船が現れるからだ。
補給艦が沈む。
補給路が切れる。
護衛駆逐艦が損傷する。
そしてその船は必ず逃げる。
帝国艦隊が到着した時には、すでに星間流の彼方に消えている。
多方面で作戦を同時進行させている帝国軍の補給路は複雑に広がっている。
補給艦の損失は連鎖的な遅延を生んでいた。
***
レイグナーは、旗艦戦術会議室で参謀から報告を聞いていた。
「ブラッククラウンの襲撃記録、三十二件です。」
「補給路襲撃が二十三。」
「灯台補給路が九。」
レイグナーは尋ねる。
「ブラッククラウン捕獲作戦は順調か?」
「予定通り進んでいます。」
参謀が答える。
「現在までに、重要補給路に四つの囮船団を配置済です。」
通信士が声を上げた。
「アルファ船団より報告。」
「予定航路を航行中。」
スクリーンに補給船団の航跡が表示される。
静かな宇宙。
何も起きていない。
参謀が言う。
「敵はまだ現れません。」
レイグナーは答えた。
「焦るな。」
そして静かに言った。
「黒い船は必ず来る。」
彼の視線は航路図を見つめていた。
星間流の縁。
航路の影。
そのどこかに――
ブラッククラウンがいる。
レイグナーはゆっくりとつぶやいた。
「来い、ブラッククラウン。
今度こそ逃がさん。」
会議室の照明が静かに落ちた。
戦いは、もうすぐ始まる。
***
ベータ補給船団は十日間、予定航路を進み続けた。
弾薬輸送艦一隻。
補給艦二隻。
護衛駆逐艦二隻。
一見すると普通の補給船団だった。
だが、その後方数約一万キロに帝国巡洋艦が潜んでいる。
***
十一日目。
通信士が叫んだ。
「ベータ補給船団より報告!」
「新規艦影!」
「小型高速艦!」
参謀が言う。
「ブラッククラウンと思われます!」
レイグナーはうなずいた。
「来たな。」
***
その頃。
ブラッククラウン号は補給航路へ接近していた。
リアが通信ログを見て言う。
「ケードからの情報更新です。
この補給は重要だそうです。」
ルナが椅子を回した。
「また補給船団?」
リアはうなずく。
「灯台三基の補給路です。
止まれば帝国軍の作戦にかなりの遅れが出ます。」
アルクは航路図を見ていた。
星間流。
護衛配置。
船団速度。
しばらく見てから言う。
「微妙だが……。」
ルナが笑う。
「やる?」
アルクは短く答えた。
「やる。」
***
ブラッククラウンは、まず星間流の外縁を回る。
護衛駆逐艦のセンサーの死角から接近。
そこから船団を観察する。
ノアが報告する。
「距離百万キロ。」
「この付近の星間流ですと、駆逐艦のセンサー範囲、ぎりぎりです。」
リアが報告する。
「遠いけど、粒子砲なら届きます。
補給艦の装甲なら行けます。」
アルクがうなづく。
「展開。」
船体側面が開く。
使い捨て粒子砲ユニットが展開された。
ルナが言う。
「レーザーじゃ、この距離は無理だけど。」
リアが静かに言う。
「粒子砲なら。」
ガロンが照準を合わせた。
補給艦が護衛駆逐艦から少し離れる。
その瞬間。
白い光が宙域を貫いた。
粒子束。
光の槍のような一撃。
補給艦の中央を一直線に貫く。
一瞬遅れて内部爆発。
船体が裂け、火球となって崩れた。
ガロンが叫ぶ。
「命中!」
リアが報告する。
「補給艦撃沈。」
次の瞬間。
警報が鳴る。
「護衛艦接近!」
駆逐艦二隻が追撃を開始した。
アルクが言う。
「離脱。」
ブラッククラウンは加速する。
高速艦の性能が発揮される。
距離が徐々に開く。
ルナが笑う。
「追いつけないよ。」
その時。
リアが顔を上げた。
「新規艦影。
は…、早い!」
スクリーンの縁に光点が現れる。
複数の高速艇。
数が増えていく。
ルナの顔が固まる。
「……やばい。
どこから来たの!?」
リアが叫ぶ。
「分かりません!
センサーには今まで反応ありませんでした!」
リアが珍しく慌てている。
「高速艇、四隻接近!
包囲されます!」
***
グラウス艦橋。
参謀が言う。
「高速艇、目標に接近。」
高速艇の包囲の輪がゆっくりと収束し、閉じていく。
レイグナーは静かにスクリーンを見ている。
***
ブラッククラウン艦橋。
ルナが叫ぶ。
「完全に包囲されちゃった!
どうしよう!」
リアが言う。
「通常航路、全部封鎖されました!」
「戦うか?」
ガロンがアルクに尋ねる。
「いや、四隻相手では無理だ。」
アルクは短く答えた。
黙って正面スクリーン越しに宙を見ている。
そして――
小さく言った。
「出口が……できる。」
ルナが聞く。
「何が?」
アルクは指した。
「これからできる。」
ルナとリアが顔を見合わせる。
「ルナ、操縦代わる。
全員、体をシートに固定。」
アルクが操縦桿を握る。
「行くぞ!」
クルーが慌ててシートに体を固定する。
ブラッククラウンは加速する。
メイン融合炉と補助融合炉をフル稼働。
全エネルギーを推進機関に回す。
航路外に向け急加速し、包囲する高速艇の間を抜ける。
「すぐに追いつかれちゃうよ!」
ルナが叫ぶ。
「大丈夫!
揺れるぞ!
口を開くな!」
アルクは正面のスクリーンを見つめる。
目には見えない星間流の流れ。
突然、航路を形成する星間流の中に細い支流が発生した。
アルクはその中に突っ込む。
「通常空間に落ちる!
覚悟を決めろ!」
リアが悲鳴を上げる。
ルナは呆然として言葉が出ない。
ガロンは苦笑した。
ノアは目をつぶった。
もの凄い衝撃と振動がブラッククラウン号を襲う。
全員が意識を失った。
***
グラウス艦橋。
参謀が言う。
「閣下……、
ブラッククラウンが消えました。」
レイグナーは一瞬、呆然とした。
「消えた?
逃げたのか?」
参謀が困惑して言う。
「脱出は確認されていません。
ただ、センサーから消えてしまいました。」
レイグナーは参謀に言う。
「曖昧な報告は不要だ。
正確な報告を求める。」
「少し、時間を下さい。」
参謀が慌ててセンサールームと連絡を取る。
しばらくすると参謀が駆け足で戻ってきた。
「閣下!
ブラッククラウンはどうやら通常空間に落ちたようです。」
レイグナーも驚いた。
「星間流を飛び出して、通常空間にか?
まさか……」
参謀がうなづく。
「ブラッククラウンが高速艇を振り切る直前です。
航路の縁に短時間、星間流の細い支流が発生しています。
突然かつ短時間です。
センサーの記録を分析して判明しました。
ブラッククラウンはその支流を通って通常空間に脱出したようです。」
レイグナーは首を振った。
「そんな無茶をしたら船体が持たないだろう。
やけになって自殺したとも思えんが。」
参謀が説明する。
「確かに、星間流内の超光速飛行状態から、いきなり通常空間に落下した場合、衝撃で船体が持ちません。
ただ、分析官の話では、ブラッククラウンが通った支流が通常空間に繋がっていた場合、航路出口で通常空間に戻るのと似たような状況になり、生き延びている可能性もある、とのことです。」
レイグナーはしばらく無言だった。
「ブラッククラウンがそこまで読んでいたということか……。
いや、まさか……な。
二度と会うことは無いという可能性もある。」
彼は小さく苦笑いした。
「いずれにせよ、今回の作戦は終了だ。
作戦が成功していることを祈ろう。」
「わたしもそう願います。」
参謀がレイグナーの言葉に同意した。
***
ブラッククラウン号の中で一番最初に意識を取り戻したのはガロンだった。
かれが他のクルーを起こして回る。
「リアの悲鳴、初めて聞いた。」
アルクが笑う。
リアは顔を赤くして下を向いた。
「ごめんなさい。取り乱してしまって。」
「仕方ないさ。
突然、通常空間に落ちると聞けばな。だれでも取り乱す。
おれも覚悟を決めたよ。」
ガロンが慰める。
「そうよ。
アルク、無茶過ぎ!
死ぬかと思った。」
ルナが怒って言う。
「ルナは悲鳴も上げられなかったよな。」
ガロンがルナをからかう。
「仕方ないでしょ。
ノアなんか、まだ青い顔してる。」
ルナが言い返す。
ノアはショックが大きすぎたのか、まだ元気がない。
「ごめんな。
これしか方法が無かったんだ。」
アルクが言い訳する。
「それにしても通常空間に落ちて、よく助かったな。」
ガロンがあらためて不思議そうに言う。
「通常空間に繋がる細い支流が見えたんだ。
その中に飛び込んだんで、この程度で済んだんだと思う。」
アルクが答える。
「ふーん……。
そうか。」
ガロンがアルクの顔をしげしげとみる。
「やっぱり、おまえは不思議な奴だ。」
ガロンが全員に呼び掛ける。
「ともかく点検だ。
推進機関か通信機、どちらかが使えないと、戻れないぞ。」
ガロンの言葉に全員がうなずいた。
「アルクは休んでいて。」
動き出そうとしたアルクをルナが止める。
「アルク、顔色悪いよ。
航路の読み過ぎで疲れたんだよ。」
「無理しないでください。」
リアも言葉を添える。
「飛べるようなら、一度、コルベックさんのところに戻ろう。
この船も点検が必要だ。」
ガロンが言う。
アルクは黙ってうなずく。
「でも高速艇、なんで突然、現れたの?
あたしたちが攻撃するまで、駆逐艦と輸送艦だけだったんでしょ?」
ルナが不満そうに言ってリアの顔をチラッと見る。
ルナの視線に気が付き、リアが下を向く。
「ごめんなさい。
でも本当にセンサーには何も……。」
「リアのせいじゃないよ。」
やっと元気が出てきたノアが助け船を出す。
「たぶん高速艇を搭載した巡洋艦が、慣性航行で輸送船の後方に張り付いてたんだ。
推進機関を停止してエネルギー放射をゼロにして。
そうすれば重力波センサーも赤外線センサーも効かないから。」
「ふーん……。」
ノアの話を聞いても、ルナは今一つ納得がいかないようだった。
それでも気を取り直してリアに謝る。
「ごめん、リア。
あたし、すぐに顔に出ちゃうんで……。」
「気にしないでください。」
リアは少し微笑んだ。
ガロンは二人を困ったような顔で見ている。
アルクは何も気が付かない顔で宙を見ている。




