罠
第9章 罠
旗艦グラウス。
巨大な戦術会議室には、辺境星域の複数の航路図がホロ画面に投影されていた。
無数の灯台座標、航路、補給ルート。
その一部が赤く染まっていた。
破壊された輸送艦。
消えた補給艦。
異常な航路変動。
レイグナーは腕を組み、黙ってその図を見ていた。
周囲には参謀たちが並んでいる。
参謀の一人が口を開く。
「ここ一ヶ月の被害の中で、ブラッククラウンによるものと思われるものの報告です。」
スクリーンに新しいデータが追加された。
弾薬輸送艦 一隻撃沈
補給艦 四隻喪失
輸送艦 三隻喪失
輸送艇 二隻喪失
さらに複数の船団が攻撃を避けるために進路変更を余儀なくされている。
参謀が言う。
「すべて同一の攻撃パターンです。
星間流の変動宙域に出現。
星間流の変動を利用し、わが方のセンサーの死角から接近。
そして遠距離砲撃。
攻撃後も、星間流の変動を利用し、離脱。」
レイグナーは黙って聞いている。
参謀が続ける
「攻撃艦の正体について、確証はありません。
ですが……」
スクリーンが切り替わる。
黒い船影。
民間船サイズ。
どの記録も同じ特徴を示していた。
レイグナーは表情を変えない。
「ブラッククラウンだ。
間違いない。
説明を続けろ。」
参謀が説明を続ける。
「灯台の同期ログと重力観測データを照合しました。
通常航路から外れた位置、航路外に短時間の質量反応が確認されています。
普通の船では、危険で航行できない場所です。」
別の参謀が説明を続ける。
「攻撃距離ですが」
補給艦撃沈時の戦闘記録が映し出される。
「推定距離、五十万キロから百万キロ。」
艦橋に小さなざわめきが起こった。
「その距離で撃沈したのか?」
レイズナーが確認する。
参謀がうなずく。
「粒子砲の可能性が高いと思われます。」
「民間船サイズで粒子砲?」
「通常はあり得ません。」
レイグナーは無言でうなずく。
沈黙が流れる。
彼はスクリーンを見つめる。
そして小さくつぶやいた。
「黒い船。」
参謀たちは黙っていた。
補給艦を襲う謎の船。
現れては消える影。
レイグナーはゆっくり言う。
「この船、ブラッククラウンは通常の航路を使っていない。」
参謀が反論する。
「不可能では……。
超光速航行には灯台航路が必要です。」
レイグナーは静かに言った。
「普通の船はな。」
誰も言葉を返さない。
彼はさらに続けた。
「攻撃地点を見ろ。」
スクリーンに航路が表示される。
補給ルートの交差点。
星間流の変動帯。
レイグナーは言う。
「この船は航路の外側を滑っている。」
艦橋に沈黙が落ちた。
「灯台は星間流を観測し、その中の安定帯を航路として表示する。
ただ、超光速飛行は星間流を利用すれば航路外でも可能だ。」
それは理論上はあり得る。
だが技術的には不可能と言われていた。
参謀が慎重に言う。
「……では、
敵は星間流を読み、航路外の航路を見つけ出していると?」
レイグナーは即答した。
「そうだ。
そう考えなければ説明がつかない。
星間流を川の流れに例えようか。
通常、我々は川の中央部、流れが安定している部分を航路として使用している。
ブラッククラウンは川岸の近くを航行する。
普通の船なら座礁の危険がある部分だ。
奴らは川底の地形が読めるのだ。
だから追えない。」
会議室の空気が変わる。
レイグナーは再びスクリーンを見た。
補給ルート。
攻撃地点。
彼は静かに言う。
「補給を狙う。それが敵の戦略だ。」
参謀がうなづく。
「艦隊戦力では勝てないため、兵站を叩いています。」
レイグナーは微笑んだ。
「合理的だ。」
そして言った。
「この船は作戦を遅らせようとしている。」
レイグナーは続けた。
「辺境各所では小規模攻撃も多数、発生している。」
スクリーンに別の記録が表示される。
通信装置破壊。
観測装置爆破。
補給基地襲撃。
レイグナーは言う。
「組織的ではない。
だが同じ目的を持っている。」
参謀が言う。
「時間稼ぎですか。」
レイグナーはうなずいた。
「そうだ。」
そして続ける。
「ブラッククラウンは辺境の抵抗の象徴となった。」
参謀が言う。
「撃沈しますか。」
レイグナーは少し考えた。
「可能なら捕獲する。」
参謀が驚く。
「捕獲ですか。」
レイグナーは答える。
「この航法能力。
軍事的価値が高い。」
参謀が言う。
「しかし、どうやって……。」
レイグナーはうなずく。
「追いかけても捕まらない。
ならば敵の作戦を利用しよう。」
参謀たちが顔を上げる。
「補給船団を囮にする。」
会議室が静まり返った。
参謀が確認する。
「囮……ですか。」
「そうだ。」
「危険です。」
参謀が言う。
レイグナーは答えた。
「心配するな。護衛は付ける。」
レイグナーは航路図を拡大する。
補給路。
灯台密集域。
星間流の交差帯。
「敵のこれまでの攻撃パターンを分析し、敵が飛びつきやすい補給路を選び出せ。
敵を罠にかける。」
参謀が言う。
「しかし敵は慎重です。
簡単には近づかないでしょう。」
レイグナーは肩をすくめた。
「そこは時間をかけるしかない。」
話を続ける。
「作戦は単純だ。
複数の輸送船団を選び、各々の輸送船団の直後に高速艇を搭載した巡洋艦を配置する。
巡洋艦はエネルギーの放出を最小限に抑え、敵の赤外線センサーを回避する。
これでブラッククラウンは巡洋艦を探知できないはずだ。
あとは高速艇で包囲、拿捕すればよい。」
参謀たちの顔を見回す。
「敵は速い。
だから、それ以上の速度で逃げ道を塞ぐ。」
参謀が尋ねる。
「作戦名は?」
レイグナーは笑った。
「大げさな作戦名は必要ない。」
そして言った。
「ブラッククラウン捕獲作戦でいい。
次に現れた時だ。
今度は逃がさない。」
彼の声は静かだった。
黒い船はまだ、この罠を知らない。
辺境星域の戦いは、新しい段階に入ろうとしていた。
***
数日後。
旗艦グラウス。
戦術会議室の周囲の壁には、巨大な戦術スクリーンが並んでいた。
辺境星域の航路網。
灯台座標。
補給路。
レイグナーは静かにそれを見ていた。
「囮の補給船団の準備、予定通り進んでいます。」
参謀が報告する。
スクリーンに補給船団の構成が表示された。
弾薬輸送艦一隻。
補給艦二隻。
護衛駆逐艦二隻。
ごく普通の補給船団に見える。
そしてブラッククラウンを待ち伏せる巡洋艦。
参謀が説明する。
「巡洋艦一、それに搭載する高速艇四隻。
この任務部隊を四個編成しています。」
レイグナーはうなずく。
参謀が慎重に言う。
「ですが閣下。
たとえ四個艦隊を任務に付けても、敵が現れる保証はありません。」
レイグナーは答えた。
「わが軍の補給上、最重要な四つの補給路に部隊を配置する。
あとは現れるのを待つしかない。
まあ、現れなければ、補給に大きな支障は出ないということだ。
幸運と思うことにしよう。」
レイグナーは続けた。
「そしてもう一つ。」
彼はブラッククラウンの襲撃地点の航路データをスクリーンに表示した。
「星間流が変動した場所と時間だ。
襲撃時間と一致している。」
「襲撃場所は航路の縁ですね。敵はそこから現れる。」
参謀が補足する。
「そうだ。
黒い船は普通の船が近づけない、星間流の縁、航路外から現れる。」
ブラッククラウン。
補給船団を襲う謎の船。
航路外から出現し、遠距離から攻撃、そして消える。
参謀が言う。
「今回の囮船団は、わざと星間流の変動確立の高い場所を通しています。」
レイグナーがうなずく。
「敵を誘うためだ。」
参謀が尋ねる。
「もし敵が警戒していたら。」
レイグナーは答える。
「当然、警戒しているだろう。
だから待つしかない。敵が襲撃してくるまで。
敵が攻撃した瞬間、巡洋艦から高速艇を射出。包囲を閉じる。」
参謀が言う。
「ですが、敵は航路外を移動します。その動きまで読めますか?」
レイグナーは答えた。
「完全には無理だ。」
彼は淡々と続ける。
「だが敵が補給船団を襲撃した時点で、離脱方向は予測できる。
それを高速艇部隊で塞ぐ。
塞いでしまえば、いくら逃げ足が速くても脱出は無理だ。」
罠の準備は粛々と進められていく。




