黒い船
第8章 黒い船
旗艦グラウス。
艦橋中央で、レイグナーは戦術スクリーンを見ていた。
灯台制圧作戦は順調に進んでいる。
制圧された灯台の数も増えている。
だが――
作戦の進行は予定より遅れている。
参謀が報告した。
「第三補給船団、到着予定二日遅延。」
レイグナーは視線を動かさない。
「理由は?」
「駆逐艦三隻が星間流変動に巻き込まれ、航行不能。」
「弾薬補給艦一隻撃沈。」
別の参謀が続ける。
「灯台宙域D-17にて補給艇一隻撃沈。」
スクリーンに戦闘映像が映る。
白い閃光。
補給艇の船体を一直線に貫く光。
爆発。
参謀が言った。
「残念ながら攻撃艦は捕捉されていません。」
レイグナーは言う。
「補給路は秘匿されている。偶然見つかるものではない。」
参謀が答える。
「辺境の偵察網に発見されているのでは。」
レイグナーは静かにうなづく。
「全事案を表示しろ。」
スクリーンに複数の事件が並ぶ。
補給船団遅延。
補給艇撃沈。
駆逐艦損傷。
航路観測装置破壊。
レイグナーは言う。
「位置を表示。」
参謀が座標を投影する。
宙域の航路図に赤い点が浮かぶ。
レイグナーは言った。
「補給路の通る航路と重ねろ。」
青い航路線が現れる。
赤い点は、その線上に並んだ。
参謀がつぶやく。
「……辺境側は、補給路を把握していますね。」
レイグナーは航路図を見て言った。
「補給を効率的に妨害できる場所で攻撃している。」
参謀が言う。
「偶然の可能性は?」
レイグナーは短く答える。
「ないな。
敵は我々の作戦計画をある程度、把握しているということだ。」
レイグナーが参謀に尋ねる。
「補給の状況はどうなっている?」
参謀が答える。
「補給到達率は七パーセント低下しています。」
そして一瞬、言葉を選んだ。
「現時点では許容範囲内です。」
「“現時点では”か。」
レイグナーの声は低い。
参謀は観念したように続けた。
「今回の作戦は、灯台の管理権を取り戻し、その周辺航路が活用できることを前提にしています。
灯台の制圧が予定通り進まない場合、連鎖的に補給の遅れが発生します。
すでに制圧は予定より遅れていますので……」
言葉が途切れる。
レイグナーは続きを促さなかった。
「補給は滞るか。」
「はい。特に弾薬と食料が問題になります。」
短い沈黙。
レイグナーは再び航路図を見た。
無数の灯台。分散した艦隊。
そして長く伸びる補給線。
「民兵の抵抗は軽微、という予想だったな。」
参謀はわずかに顔をしかめた。
「……現場からの報告では想定より粘り強い抵抗が確認されています。」
「統制された軍ではない。
だが、止まらない。」
レイグナーは小さくつぶやいた。
参謀は答えない。
レイグナーは腕を組んだ。
「この作戦は速度に依存し過ぎている。」
静かな断定だった。
「三か月で終わらなければ危うい。」
レイグナーは淡々と続けた。
「灯台が予定通りに落ちない。補給が遅れる。
そうなれば歪みが生じる。」
航路図の光点を見つめながら言う。
「そして歪みは必ず拡大する。」
参謀は小さくうなずいた。
「……その通りかと。」
レイグナーは端末を閉じた。
「だが命令は命令だ。」
視線を上げる。
「我々は、その歪みが顕在化する前に終わらせなければならない。」
わずかな間。
そして低く付け加えた。
「あるいは……」
参謀が顔を上げる。
レイグナーは微かに笑った。
「誰かが、それを加速させる前に、な。」
レイグナーは次の記録を表示させた。
星間流観測記録。
駆逐艦が損傷した宙域。
星間流変動の時刻。
レイグナーは言う。
「この変動は予測が困難なはずだ。」
参謀がうなずく。
「観測装置でも直前まで検知できません。」
レイグナーは続けた。
「だが……。」
彼は航路記録を拡大した。
変動発生の数十秒前。
一隻の小型艦が影響圏から離脱していた。
参謀が言う。
「サイズは小型高速艦程度です。詳細は不明。」
レイグナーはうなずく。
「これは、星間流変動を利用している。」
参謀が困惑して言う。
「偶然では?」
レイグナーは答える。
「普通はそう思うだろう。
だが……。」
レイグナーは次の記録を表示した。
灯台宙域の補給艇撃沈。
航路出口。
参謀が言う。
「この航路は不安定です。
通常航路図には載っていません。」
レイグナーは言った。
「しかし敵は知っていた。
しかも、そこを通過している。」
彼はゆっくり言う。
「航路を読む船だ。」
参謀が言う。
「航路を読む船?
ブラッククラウンですか?」
レイグナーは答えた。
「そうだ。」
スクリーンが切り替わる。
過去の戦闘記録。
ブラッククラウン。
艦橋が静まり返る。
レイグナーは言った。
「以前の作戦で遭遇した。
その際、帝国の航法規則では説明できない航路を取っていた。」
彼は続けた。
「だが今は説明できる。」
参謀が聞く。
「どのような船なのですか?」
レイグナーは航路図を指した。
「補給路を知っている。星間流を読む。黒い高速小型艦。
そして、この行動範囲。」
彼は静かに言った。
「条件に合う船は一隻しかない。」
参謀がつぶやく。
「やはりブラッククラウンですか。」
レイグナーはうなずいた。
「そういうことだ。」
艦橋に沈黙が落ちる。
レイグナーはスクリーンを見た。
「興味深いが……。」
そして短く言った。
「危険な船だ。」
参謀が聞く。
「どうします。」
レイグナーは命じた。
「ブラッククラウンの全記録を集めろ。
航路記録。戦闘記録。
すべてだ。」
参謀が答える。
「了解。」
レイグナーは最後に言った。
「この船は無視できない。」
そして静かに付け加えた。
「作戦を狂わせる船だ。」
遠く離れた宙域で。
ブラッククラウンは、次の航路へ向かっていた。
***
旗艦グラウス。
艦橋の照明は落とされ、戦術スクリーンだけが淡く光っていた。
航路図の上に赤い印が並ぶ。
破壊された補給艦。
失われた輸送艦。
混乱した航路。
レイグナーはその図を黙って見ていた。
参謀が言う。
「中央星域より通信要請です。」
レイグナーはうなづいた。
「私室に繋げ。」
レイグナーは私室に向かいホロ画面を立ち上げた。
そこに現れたのは帝国軍務総監ドライゼンだった。
灰色の軍服。
鋭い目。
帝国軍の最高指揮官である。
ドライゼンはレイグナーを見た。
「ケルバス、久しいな。
遠征艦隊の進捗を聞かせろ。」
レイグナーは敬礼した。
「残念ながら、灯台制圧は予定より遅れています。
補給路への攻撃が続き、進軍に支障が出ています。」
ドライゼンの眉がわずかに動く。
「辺境側の抵抗か。」
「はい。」
レイグナーは答えた。
ドライゼンが黙る。
レイグナーがスクリーンを操作した。
航路図が拡大される。
補給艦襲撃地点。
星間流の変動帯。
航路の縁。
ドライゼンはすぐに理解した。
「……黒い船か。」
「はい。」
レイグナーは短く答えた。
「ブラッククラウンです。」
この名前はすでに帝国艦隊の間でも噂になっていた。
現れては消える船。
補給を襲う影。
ドライゼンは腕を組んだ。
「ただの海賊船ではないな。」
「違います。」
レイグナーは言う。
「航路を読んでいます。」
その言葉に、ドライゼンの目がわずかに細くなった。
「人間にできるものなのか?」
レイグナーは答えた。
「できるとは思えません。
しかし、できると考えませんと被害の説明が付きません。」
短い沈黙が流れる。
ドライゼンはゆっくり言った。
「艦隊では追えないか。」
「困難かと思います。」
レイグナーは率直だった。
「敵は星間流を読み、航路の外を移動しています。」
ドライゼンは低く笑った。
「帝国艦隊が重すぎるというわけだ。」
レイグナーは否定しない。
ドライゼンはスクリーンを見つめる。
補給艦撃沈。
弾薬輸送艦爆沈。
帝国遠征艦隊の進撃は確実に遅れていた。
「補給を叩く……か。」
ドライゼンは言った。
「合理的な戦術だな。」
レイグナーはうなづく。
「はい。」
ドライゼンは尋ねる。
「対策は?」
レイグナーは即答した。
「罠を張ります。」
ドライゼンは黙る。
「複数の補給船団を囮にします。
敵はいずれやって来ます。」
レイグナーは続けた。
「そこを包囲します。」
ドライゼンが尋ねる。
「成功する確率は?」
レイグナーは一瞬だけ考えた。
「高いとは思います。
ただ、敵の航路を読む能力が正確に把握できていません。
やってみないと分からないというのが正直なところです。」
「やってみないと、か。」
ドライゼンはその言葉を繰り返した。
そしてしばらく考えていた。
やがて口を開く。
「囮部隊の編成は?」
「複数の高速艇を搭載した巡洋艦を、輸送船団に付けます。
攻撃を受けた直後に高速艇を発進させ、包囲網を形成します。
補給船団の直衛には駆逐艦を付けます。」
ドライゼンは小さくうなづいた。
「閣下、増援は無理でしょうか?
補給線を維持するためには、補給船団とその護衛駆逐艦を増やすのが一番確実です。」
ドライゼンはしばらく考え込んだ。
「ケルバス。」
「はい。」
「お前ほどの男が増援を要請するか……。
かなり厳しい状況だということは分かる。
しかし、現在の帝国上層部の政治情勢をかんがえると増援は難しい。
なんとか、現有兵力で乗り切ってくれ。」
一瞬の沈黙。
ドライゼンが続ける。
「全灯台の完全制圧が達成できずともよい。
航路の統制回復に必要なラインだけでも押さえてくれ。」
「了解しました。」
レイグナーは淡々と答えた。
「ケルバス」
ドライゼンは続ける。
「この戦争は航路の支配のための戦い。
いわば航路戦争だ。」
「理解しています。」
短い沈黙。
ドライゼンの視線は鋭かった。
「黒い船を沈めろ。
そして勝て。
帝国が辺境に負けるわけにはいかない。」
レイグナーは答えた。
「全力を尽くします。」
通信が消える。
レイグナーは再び航路図を見上げる。
星間流。
灯台。
補給ルート。
そしてその影。
どこかに——
ブラッククラウンがいる。
複雑な思いを胸に、レイグナーは艦橋に戻った。
「ブラッククラウンの捕獲作戦を準備する。
全参謀は戦術会議室に集合。
指示を与える。」
罠が仕掛けられようとしていた。




