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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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航路戦

第7章 航路戦


ブラッククラウンがコルベック造船所を離れる直前、格納庫の中で最後の打ち合わせが行われた。

トマス・ケードとコルベックが立っている。

アルクたちはその前に集まっていた。

ケードは腕を組んで言う。

「帝国軍の作戦は広範囲だ。全部止めるのは無理だ。」

ルナが肩をすくめた。

「でしょうね。」

ケードは続ける。

「だから目的は一つだ。」

少し間を置く。

「遅らせろ。」

アルクは尋ねる。

「遅らせるだけでいいのか?」

「そうだ。」

ケードは答える。

そして、ケードはコルベックの顔を見た。

コルベックはうなづいた。

ケードはアルクたちの方を見て言った。

「これは他言無用にして欲しいが、

 我々は帝国内の改革派と連絡を取っている。」

「カイカク…ハ?」

ルナが首をかしげる。

アルクは無言で話を聞いている。

「軍と対立している……?

 財界や植民惑星のグループですか?」

リアが尋ねる。

「そうだ。

 戦いが長引けば、帝国内でもいろいろと問題が出てくる。

 停戦を求める声が強くなるはずだ。」

「コルベックおじさん。

 それ確かな話なの?」

ルナが無邪気に尋ねた。

ケードとコルベックは顔を見合せた。

「今は、それを信じるしかない。

 ケードの分析は、いつも当たる。」

コルベックが答える。

「分かった。

 了解した。」

アルクの判断。

「それで、何をすればいい?」

ケードがほっとした表情で説明する。

「帝国軍の情報は可能な限り送る。

 やって欲しい作戦もこちらで提案する。」

コルベックが笑う。

「だが細かいことは任せる。」

ケードがうなずいた。

「補給路を叩くのが一番効く。

 補給船団を見つけたら、偵察してチャンスがあれば攻撃してくれ。」

ルナがにやりとする。

「了解。」

コルベックはアルクを見る。

「航路を読むのはお前だ。」

アルクは短く答えた。

「ああ、やるよ。」

ケードは最後に言った。

「とにかく時間を稼いでくれ。

 それだけでいい。」

***

ブラッククラウンは帝国軍補給路が通る航路へ向かった。

灯台制圧部隊が分散しているため、補給路もまた広がっている。

数日間の待機。

アルクは艦橋の正面スクリーンをじっと見ている。

その目は星間流を追っていた。

長い沈黙のあと、ぽつりと言う。

「……変動。」

ルナが振り向く。

「来るの?」

アルクはうなずいた。

その時、レーダーに光点が現れる。

複数の帝国駆逐艦。

補給船団の護衛艦だった。

ルナが言う。

「来たよ。」

艦橋のクルーに緊張が走る。

「いいタイミングだ。

誘う。」

アルクは短く言った。

リアが確認する。

「誘導?」

アルクは前方を見たまま、うなづく。

「駆逐艦を誘い込む。」

ブラッククラウン号は進路を変える。

「来るでしょうか?

 航路を外れます。」

リアが心配そうに言う。

「来るかもしれん。

 奴ら、頭に血が上ってるだろうからな。」

ガロンがニヤッと笑う。

駆逐艦に接近する。

帝国艦は即座に反応、数隻の駆逐艦が追跡を開始した。

ルナが笑う。

「食いついた。」

アルクは星間流を見続ける。

航路を外れ、星間流の縁に出る。

数秒後。

「今!」

アルクの指示を受け、ルナが操縦桿を動かす。

ブラッククラウン号は急旋回、急加速した。

今までブラッククラウン号がいた場所に、追跡していた駆逐艦隊が突っこむ。

その直後。

星間流が局地的に大きく変動した。

乱流が発生する。

空間が揺れる。

衝撃波が宇宙を走る。

「駆逐艦三隻、漂流してる。航行不能みたいだよ。」

ノアの報告。

「普通なら航路を外れた星間流の端まで追ってこないよ。

 ガロンの言う通り、頭に血が上ってるんだね。」

アルクは少し笑った。

護衛駆逐艦を失って、残りの補給船団は進路変更を余儀なくされた。

補給は遅れる。

***

港湾コロニー〈イオル〉。

古い接岸デッキの外縁で貨物クレーンが止まっていた。

「また遅れてるのか。」

男がぼやく。

積み上げられたコンテナは半分が空だ。

本来なら今日、届くはずだった補給船は、まだ来ていない。

「来ないだけマシだ。」

隣で女が言った。

「来たって、全部帝国に押さえられるだけさ。」

男は黙る。

遠くで警報が鳴った。

「またか。」

若い作業員が顔を上げる。

「航路、乱れてるみたいですね。」

誰かが言った。

「黒い船だ。」

その言葉に、何人かが振り向く。

「見たのか?」

「いや、聞いただけだ。駆逐艦、三隻やられたらしい。」

沈黙。

男はゆっくり言った。

「……あいつらがやってるのか。」

女が肩をすくめる。

「さあね。でも、帝国の船が減るなら悪くない。」

別の男が笑った。

「遅れてもいい。全部止まればいい。」

誰も否定しなかった。

遠くの空に、かすかな光が走る。

誰かがつぶやく。

「また戦ってる。」

男はそれを見つめた。

「……勝てるのかね。」

女は答えなかった。

そしてただ一言だけ。

「負けたら終わりだよ。」

***

星間流の静かなうねりの中を黒い船が進んでいた。

ブラッククラウン号。

艦橋の照明は落とされ計器だけが淡く光っている。

船は星間流の局所的な変動のために、敵センサーに障害が発生する位置で待ち伏せをしている。

「帝国補給船団、距離約百万キロ。」

リアが落ち着いた声で言った。

モニターに三つの船影が映る。

補給艦二隻、弾薬輸送艦一隻。

さらにその後方に、護衛駆逐艦が二隻ついていた。

ルナが口を尖らせる。

「護衛付きだ。」

「敵艦の探査ビーム、反応なし。

 探知されていません。」

リアが冷静に報告する。

アルクは前方の宙を見ていた。

視線は静かだが、意識は星間流の動きを追っている。

航路の周囲を、見えない流れがゆっくりと揺れていた。

「……いける。」

アルクが短く言った。

リアが確認する。

「弾薬補給艦を優先ですね。」

アルクがうなずく。

「遠距離で撃って離脱。」

簡潔な作戦。

ブラッククラウン号は戦闘用の艦ではない。

まともに戦えば、帝国駆逐艦二隻では危険過ぎる。

だがこの船には別の武器があった。

航路を読む能力。

そして新しく搭載された兵器。

ルナが笑う。

「じゃあ、あれ使うの?」

リアがうなづいた。

「使い捨て粒子砲ユニットですね。

 一発勝負です。」

アルクが言う。

「撃って逃げる。」

ガロンが火器管制卓から声を上げた。

「粒子砲ユニット接続確認。

 充電開始。」

艦内のどこかで低い振動が響いた。

粒子砲はレーザーとは違う。

レーザーは光だ。

粒子砲は質量を持つエネルギーの束だ。

一撃の破壊力はレーザーをはるかに上回る。

ただし問題がある。

装置が巨大で莫大なエネルギーを食う。

そのため通常は艦に固定されたシステムになる。

大型艦でないと設置できない。

だが、ブラッククラウンのそれは、使い捨てユニットだった。

帝国からの横流し品。

一発、撃てば終わり。

だが威力は十分だった。

リアが報告する。

「帝国側の探査ビーム、反応なし。

 まだ、こちらに気づいていません。」

アルクが静かに言った。

「もう少し寄る。」

ブラッククラウンは星間流の影、帝国艦のセンサーの死角を滑るように移動した。

アルクには見えていた。

星間流の揺らぎ。

そこを縫うように黒い船が進む。

「距離七十万キロ。」

リアが言う。

「有効射程内です。」

アルクは短く言った。

「撃て。」

ガロンがスイッチを叩いた。

「粒子砲、発射!」

次の瞬間。

宇宙が裂けた。

黒い空間に、白い線が走る。

光ではない。

質量を持つ粒子の束。

それはほとんど時間差なく弾薬輸送艦に到達した。

輸送艦の中央部に命中。

装甲が一瞬で蒸発した。

そして次の瞬間、内部の弾薬が誘爆する。

巨大な火球が宇宙に広がった。

「当たった!」

ルナが叫ぶ。

「うわぁ、すご!

レーザーより物騒だよね、これ。」

「出力が桁違いですから。」

リアが答える。

ガロンが火器管制席から報告する。

「粒子砲ユニット、一基消費。残り九。」

ルナが軽く眉をひそめる。

「一回しか撃てないんだよね?」

「そうだ。」

ガロンが答える。

「こいつは使い捨てだ。一発撃てば終わり。再装填もできない。」

リアが静かに補足する。

「加えて、発射時の反動が大きいです。

 照準が難しくなるので、連続使用は射撃精度が落ちます。」

「それに船体への負荷も大きい。」

ガロンも付け加える。

アルクは正面スクリーンを見たまま言った。

「だから一発で当てる。そして逃げる。」

ノアが端末を見ながら言う。

「燃料も減ってるよ。

 この航路、無駄に距離食ってる。」

ルナがため息をつく。

「強いけど、長くは戦えないってことか。」

誰も否定しなかった。

ブラッククラウンは軍艦ではない。

補給も装甲も、すべてが足りない。

ガロンがアルクに尋ねた。

「第二目標、補給艦、狙うか?」

アルクは首を振った。

「いや、そろそろ駆逐艦が来る。」

その言葉通りだった。

帝国駆逐艦が進路を変え、向かって来る。

リアの緊張した声が響く。

「敵駆逐艦二隻、加速!

こちらに向かって来ます!」

ルナが舌打ちする。

「怒ってるね。」

「ルナ、操縦、代わる。」

アルクはすでに操縦桿を動かしていた。

ブラッククラウンが反転する。

「全速。」

エンジンが唸る。

黒い船が航路を外れ、星間流の縁に向かう。

帝国駆逐艦が追撃する。

レーザーが宇宙を切り裂いた。

光がブラッククラウンの後方をかすめる。

「駆逐艦のレーザー砲、射程内です!」

リアが報告する。

だがアルクは落ち着いていた。

「流れが変わる。」

その数秒後。

星間流がわずかに歪み、膨らんだ。

ブラッククラウン号がその中へ滑り込む。

星間流の縁、通常空間との境を疾走する。

駆逐艦も追跡しようとするが、次の瞬間、センサーが警告を発した。

「星間乱流!」

帝国駆逐艦の航法コンピュータが危険回避のため急減速を指示。

そのわずかな時間。

ブラッククラウンはさらに加速した。

「距離、広がります!」

リアが言う。

ルナが笑う。

「逃げ切った。」

アルクは振り返らない。

帝国駆逐艦は追撃を諦めた。

距離が開きすぎたのだ。

艦橋に静けさが戻る。

ノアが小さく息を吐いた。

「……輸送艦一隻撃沈。」

リアが補足する。

「補給船団は大混乱でしょう。」

ルナが椅子にもたれた。

「帝国、絶対怒ってるよ。」

アルクはスクリーンを見つめていた。

遠くで弾薬輸送艦の残骸がまだ燃えている。

黒い宇宙の中で、それは小さな恒星のようだった。

リアが微笑む。

「今回もうまく行きましたね。」

アルクは短く答えた。

「補給を止める。」

帝国遠征艦隊の補給路は、多数の航路を通じて広い宙域に広がっている。

弾薬輸送艦の損失は、帝国艦隊の作戦速度を、わずかだが確実に遅らせる。

リアが静かに言う。

「また伝説が増えますね。」

ルナが笑う。

「黒い船の?」

リアはうなずいた。

「ええ。

 ブラッククラウンの噂は、また広がります。」

黒い船は、静かに離れていく。

帝国艦隊の知らない場所へ。

そして帝国の戦争は、また少しだけ長引く。

***

次の作戦は灯台宙域だった。

この情報もケードから送られていた。

その宙域には不安定な星間流があり、安全航路が非常に細い。

大型艦は通れない。

補給は小型補給艇に頼っている。

アルクは航路図を指さした。

「ここ。」

ルナが尋ねる。

「補給艇のルート?」

リアがうなずく。

「帝国軍はここを通って灯台へ補給しています。」

ブラッククラウン号は細い航路へ入った。

星間流が狭く収束している。

少しでも外れれば航路を外れる。

ブラッククラウン号は慎重に進んだ。

やがて航路の出口が見える。

その先に灯台があった。

帝国陸戦隊が占拠している灯台である。

リアが言う。

「灯台レーダー圏内に入ります。」

ルナが笑う。

「見つかったら終わりだね。」

ノアは端末を操作した。

「ジャミング開始。」

ブラッククラウン号の電子戦装置が起動する。

灯台の対宇宙レーダーがわずかに歪む。

リアが言う。

「探知されていません。」

アルクは短く言った。

「待つ。」

ブラッククラウンは航路出口で静かに停止した。

しばらくして。

レーダーに小さな光点が現れる。

帝国補給艇。

ルナが言う。

「来た。」

アルクは言った。

「粒子砲。」

船体側面の装甲が開く。

改装されたブラッククラウンの新兵装。

使い捨て粒子砲ユニット。

ガロンが照準を合わせる。

補給艇が航路を抜ける。

射程距離内。

「撃て。」

アルクが指示した。

ガロンが発射ボタンを押し込む。

粒子砲が発射される。

白い閃光が宙域を貫く。

圧縮された粒子束が一直線に走る。

次の瞬間。

補給艇の船体が中央から貫かれた。

装甲が爆ぜる。

内部の燃料が誘爆した。

巨大な閃光が宙域に広がる。

リアが報告する。

「目標撃沈。」

アルクは短く言う。

「離脱。」

ブラッククラウンはすぐに航路へ戻り、星間流の中へ消えた。

こうした局地作戦が何度も繰り返された。

補給船団の待ち伏せ。

補給艇への奇襲。

ブラッククラウンは帝国軍が最も嫌がる場所に現れる。

短時間の攻撃。

そしてすぐに消える。

***

辺境各地では、小規模な攻撃が続いていた。

武装商船。

採掘船。

輸送船。

それぞれが帝国軍の補給拠点や通信施設を襲う。

統一された軍事作戦ではない。

しかし、結果として帝国軍の作戦を確実に遅らせていた。

そしてその多くの戦いの中心には黒い船がいた。

ブラッククラウン号。

その船は何度も帝国軍の前に現れる。

補給路で。

灯台宙域で。

そのたびに帝国軍の作戦はわずかに遅れる。

小さな遅れ。

しかし確実な遅れ。

帝国軍の計画は、静かに狂い始めていた。


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