第一波
第6章 第一波
帝国軍の作戦は、ある日突然、始まった。
辺境星域のいくつもの宙域で、ほぼ同時に艦隊が現れたのである。
巡洋艦。
駆逐艦。
輸送艦。
それらの艦隊が灯台宙域へ進入し、灯台周辺を制圧する。
続いて陸戦隊の輸送艇が降下し、灯台施設の占拠を開始した。
灯台制圧作戦。
帝国軍が用意していた計画は、単純であり効率的だった。
灯台は宇宙空間に固定された施設である。
移動はできない。
帝国軍の戦力であれば制圧は容易だった。
作戦は段階的、連続的に進められる。
複数の宙域で同時に灯台を攻撃し、制圧した灯台の制御系を再調整する。
そして一定数の灯台を確保する毎に、最上位キーを使用し、灯台ネットワークの統制を回復する。
そして航路の安全を確保し、次の灯台の制圧に取り掛かる。
帝国軍の計画は、理屈の上では非常に合理的だった。
***
辺境星域。
灯台〈L-118〉。
それは巨大な金属構造物だった。
直径数キロメートルの円筒が宇宙空間に静かに浮かぶ。
その周囲には無数の通信アンテナと重力測定器が突き出している。
灯台は航路の基準点であり、星間航行を成立させる座標の柱だった。
その灯台の周囲に、帝国艦隊の影が現れた。
「艦影確認。巡洋艦一、駆逐艦三!」
監視員が声を上げた。
灯台は本来、軍事施設ではない。
航路管理のための観測拠点であり、武装もほとんど持たない。
外部に配置されているのは低出力のレーザー砲だけだ。
だが今回は違った。
灯台の中央制御室には辺境各地から民兵が集まっていた。
鉱山作業員、輸送船の船員、元傭兵、各コロニーの警備隊。
統一された軍服もなく装備もばらばらだ。
彼らの間には、きびしい緊張感が漂っていた。
「帝国だ。」
誰かが低く言った。
「やっぱり灯台を取りに来た。」
中央のモニターには帝国巡洋艦のシルエットが映っている。
灰色の艦体、整然と並ぶ砲塔。
帝国軍の正規戦力だった。
「……ケードからの連絡は?」
一人の民兵が聞いた。
通信士が答える。
「灯台を守れとは言ってない。
時間を稼げ、だ。」
短い沈黙が流れた。
それが辺境自治ネットワークの方針だった。
灯台は重要だが失っても戦争に負けるわけではない。
帝国の作戦を遅らせること。
それが最優先だった。
「どれくらい持たせる?」
一人の民兵が誰にともなく尋ねる。
「ともかく、できるだけだ。一時間でもいい。」
民兵のリーダーの男が答える。
外では帝国艦隊が隊形を整えていた。
巡洋艦の艦橋。
観測員が報告する。
「灯台周辺、小型艇複数。武装反応あり。」
艦隊指揮官の艦長が鼻で笑った。
「民兵だろう。」
「そのようです。」
灯台は通常ほとんど無防備だ。
帝国の遠征計画では、灯台制圧は“軽作業”に分類されていた。
艦長は淡々と命令する。
「駆逐艦を前に出せ。陸戦隊を降ろす。」
通信士が命令を伝える。
艦隊はゆっくりと接近する。
駆逐艦三隻が前進し、灯台の周囲を囲むように位置を取った。
「灯台に降伏勧告を。」
艦長が命じる。
「灯台へ通告。」
通信士が読み上げる。
「帝国軍である。灯台管理権は帝国に帰属する。抵抗をやめ、施設を引き渡せ。」
灯台内部。
民兵たちは互いに顔を見合わせた。
誰かが笑う。
「丁寧だな。」
リーダーの男が肩をすくめた。
「断れ。」
通信士が短く送信する。
「こちら灯台L-118。航路管理は現在停止中だ。
灯台は引き渡さない。」
その直後。
帝国駆逐艦のレーザー砲が閃いた。
駆逐艦から発射された低出力レーザーが灯台外部構造をなぞる。
灯台のレーザー砲塔を狙っている。
灯台内で警報が鳴り響く。
灯台のレーザー砲が応射した。
細い光が駆逐艦へ走るが、帝国艦のシールドを輝かせるだけで損害は与えられない。
その砲塔も、すぐに駆逐艦からの攻撃で破壊された。
灯台は無防備になった。
「無人艇出せ!」
民兵の小型艇が急発進した。
旧式の作業艇を改造したものだ。爆薬を満載している。
小型艇が帝国駆逐艦へ突進する。
だが、駆逐艦に近づくことさえできない。
駆逐艦の近接レーザー砲が火を吹く。
一隻、二隻。
小型艇は閃光となって消えた。
「くそっ……!」
灯台内部の民兵が歯を食いしばる。
だが時間は稼げていた。
帝国艦隊は慎重に距離を詰めてくる。
灯台を破壊するのは簡単だが、今回は施設を“占領”する必要があるからだ。
巡洋艦から陸戦艇が発進した。
黒い突入艇が灯台外壁へ接近する。
「陸戦隊だ!」
民兵の誰かが叫んだ。
「来るぞ!」
「みんな、行くぞ。」
リーダーの男が民兵たちに指示する。
男たちは中央制御室を飛び出していく。
突入艇が灯台外壁に張り付く。
爆薬が炸裂し、装甲扉が吹き飛んだ。
その瞬間、灯台内部の通路で銃声が響いた。
帝国陸戦隊が突入する。
黒い装甲服の兵士たちが整然と前進する。
通路で銃撃戦が始まる。
対する民兵はばらばらに応戦する。装備も古い。
しかし退かなかった。
レーザーが壁を焼き、火花が散る。
「下がるな!」
リーダーの男が叫ぶ。
「ここで止めろ!」
帝国兵が倒れる。
だがすぐに別の兵士が前に出る。
訓練と装備の差は明らかだった。
民兵は次々に倒れていく。
それでも戦いは続いた。
一時間。
二時間。
そして三時間。
灯台内部の戦闘は終わらない。
巡洋艦艦橋。
「まだ灯台を制圧できないのか?」
艦長が尋ねる。
「陸戦隊より報告。
抵抗は激しく、施設内部が複雑で時間を要している、とのことです。」
艦長は苛立って舌打ちした。
「民兵相手に何をやっている。」
副官が答える。
「灯台施設を破壊せずに占拠する必要があります。重火器は使えません。
どうしても時間がかかります。」
艦長は眉をひそめる。
「……馬鹿げた話だ。」
小さい声でつぶやく。
「たかが灯台だぞ。」
だが、それが現実だった。
艦長は無言でスクリーンを見つめ続ける。
灯台内部の戦闘状況が、断片的な映像で映し出されている。
狭い通路。遮蔽物。入り組んだ構造。
そして、倒れていく陸戦隊員。
「報告を。」
副官がすぐに応じる。
「本艦配属の陸戦隊、損耗率一五パーセントを超えました。
灯台制圧完了までは、あと数時間、必要です。」
艦長はまた眉をひそめた。
「軽作業のはずだったな。」
「そのはずです。」
「民兵だぞ。」
短い沈黙。
副官は慎重に言葉を選んだ。
「……統制はありませんが、抵抗の意思は強固です。」
艦長は鼻で笑った。
「統制がないから厄介なんだろう。」
スクリーンに映る戦闘映像。
一人倒しても、別の誰かが前に出る。
訓練を積んだ動きではない。
だが止まらない。
「命令で動いていない連中は、止めようがない。」
誰にともなくつぶやく。
副官が続ける。
「各宙域から同様の情報が入っています。
各地で頑強な抵抗が発生しているようです。」
艦長は舌打ちした。
灯台内部。
最後の民兵が倒れた。
陸戦隊が中央制御室に到達する。
「制圧完了。」
通信士が艦長に報告する。
「灯台管理システムを確認中とのことです。」
数分後、通信士から、
「システムがかなり破壊されているとのことです。
意図的な破壊工作と思われます。」
「灯台同期も切られているそうです。
統制キーが無効化されており、灯台は動かせないとのことです。」
艦長が苦虫を噛みつぶしたような顔で言う。
「手間がかかりすぎる。」
「は……」
「灯台の修理に何日かかると思う!
この艦隊の技術班で対応できなかったらどうする。応援を呼ばなきゃならん。
灯台一基にこれだけ手間取るなら、四百基ならどうなる。」
副官は答えられなかった。
「いまいましい連中だ。手間をかけさせる。」
艦長は副官に尋ねた。
「補給はどうなっている。」
「現在のところ問題ありません。」
「“現在のところ”か。」
どこかで聞いたような言い回しだった。
副官は言葉を続ける。
「ただし作戦が長引けば……」
「分かっている。」
艦長が遮る。
「灯台が落ちない。航路が安定しない。補給が遅れる。」
指でスクリーンを叩いた。
「全部つながっている。」
沈黙。
艦長は背もたれに体を預けた。
「三か月だと?」
誰に言うでもない。
「こんなやり方で、間に合うのか。」
副官は答えなかった。
艦橋に緊張が広がる。
やがて艦長は姿勢を戻した。
「……まあいい。」
声は平静に戻っている。
「灯台を落とす。それが我々の任務だ。」
副官がうなずく。
「補給の心配まではしていられない。」
短く言い切る。
「技術班に命令。灯台システムの修理開始。併せて最上位キーの受け入れ準備。
急がせろ。」
遠征作戦は、まだ始まったばかりだった。
***
小型輸送船リズ号の船内。
「帝国の補給船が通るって本当か?」
「らしいぞ。
確かな筋からの情報だ。」
「信用できるのか?」
「さあな。」
操縦席の男が笑う。
「でも、やるしかない。」
後部区画では、即席の爆薬が固定されている。
「こんなんで戦えるのかよ。」
若い男が呟く。
年配の女が答えた。
「戦うんじゃない。嫌がらせだ。」
船がわずかに震える。
「行くぞ。」
操縦士が言った。
「航路に入る。」
誰かが言う。
「ケードの指示か?」
「違う。」
短い沈黙。
「自分で決めた。」
その一言で、全員が静かになった。
やがて船は航路の中へ滑り込んだ。
誰も命令していない。
止める者もいない。
***
作戦開始から数日もたたずに帝国軍は奇妙な状況に直面する。
辺境星域の各所で妨害が発生し始めたのである。
航法装置の不調で輸送艦が行方不明になる。
補給拠点の通信装置が破壊される。
奪還した灯台の航路観測装置が爆破される。
それらの多くは軍事施設ですらない。
整備基地、補給ステーション、小型宇宙港。
しかし、それらの施設は帝国軍の作戦にとって重要な役割を持っていた。
補給。
通信。
航路観測。
どれか一つが欠けても作戦は円滑に進まない。
そして妨害は辺境各地で起きていた。
辺境星域には帝国のような統一政府はない。
あるのは、いくつもの植民コロニーである。
採掘コロニー。
交易拠点。
小規模な独立植民地。
それらのコロニーの代表者たちが連絡を取り合う組織があった。
辺境自治ネットワーク。
コロニー同士の連絡協議会のような組織である。
その代表を務めているのが、トマス・ケードだ。
だが、それは帝国軍のような軍事組織ではない。
各コロニーはそれぞれ独自に判断し、独自に動く。
武装商船が輸送船団を襲うこともあれば、採掘基地の技術者が航路観測装置を破壊することもある。
計画的に実行された作戦ではない。
辺境の各地で、思い思いの抵抗が始まっていた。
辺境星域のある基地で、トマス・ケードは航路図を見ていた。
周囲には通信端末が並び、各地から断片的な情報が届いている。
「第四採掘コロニー、帝国補給艇を襲撃。」
「輸送船団の通信中継装置を破壊。」
「航路観測ブイ、爆破。」
報告は次々に入る。
だが、それらのほとんどはケードが命令したものではない。
多くは各コロニーが独自に動いた結果だった。
コルベックが言う。
「辺境中が動き出したな。」
ケードは航路図を見たまま答える。
「止めようがない。
帝国が来たんだ。」
コルベックは肩をすくめた。
「統制なんて最初から無理さ。」
ケードは小さく笑う。
「統制するつもりもない。
会議で方向だけは示している。後は勝手に動いている。」
航路図の各所に、小さな光点が現れていた。
帝国艦隊である。
ケードはそれを見つめながら言った。
「全部止める必要はない。」
コルベックが聞く。
「どうする。」
ケードは航路図を拡大した。
主要航路帯。
「ここだ。」
コルベックがうなずく。
「レイグナーの主力か。」
ケードは短く答える。
「そうだ。」
その時、通信士が言った。
「ブラッククラウンから通信。」
ケードが振り向く。
「どうだ。」
通信士が答える。
「改装は最終段階。
間もなく出撃できるそうです。」
コルベックが笑った。
「ようやくか。」
ケードは航路図を見た。
帝国艦隊の光点がゆっくり広がっている。
「いいぞ。」
そして静かに言った。
「いよいよ黒い船の出番だ。」
辺境各地では、小さな戦いが続いていた。
輸送艦が襲撃される。
補給基地が攻撃される。
通信設備が消える。
それは帝国軍にとって致命的ではない。
しかし、作戦は確実に遅れ始めていた。
遠い宙域で、帝国と辺境の戦争が広がっていった。
***
辺境星域、コロニー〈ハルヴァ〉。
本来であれば、この時間帯は物流が最も活発になる時間だった。
ドックには輸送船が列をなし、資材と食料が絶え間なく運び込まれる。
だが今、ドックは半分以上が空いていた。
「まだ来ないのか?」
作業員の男が腕を組んだまま言った。
管制卓の前に立つ女が、首を横に振る。
「第七輸送船団、到着未定。
通信も途切れたまま。」
「またか……。」
男は舌打ちした。
コンテナの山はある。
だが中身は空に近い。
金属資材はある。
だが食料と医薬品が足りない。
別の作業員が口を開いた。
「医療区画から連絡だ。
抗生剤、在庫切れ。」
「代替は?」
「ない。」
短い沈黙。
遠くで、警報が鳴った。
「今度は何だ。」
「冷却系の不調だと。
交換部品が来てない。」
男は何も言わなかった。
この数日で、同じような報告が何度も繰り返されている。
補給が止まる。
設備が止まる。
生活が止まる。
それは、ゆっくりとだが確実に進行していた。
「……帝国のせいか?」
若い作業員がつぶやいた。
誰もすぐには答えなかった。
やがて、年配の女が言う。
「航路が乱れてる。
灯台も止まってる。
どこもかしこも、まともに動いてない。」
男は歯を食いしばった。
「じゃあ、どうしろってんだ。」
答えはなかった。
ドックの外、宙域の彼方で、かすかな閃光が走る。
戦闘だった。
誰かが低く言う。
「またやってる……。」
医療区画。
薄暗い室内で、一人の子供がベッドに横たわっていた。
母親が手を握っている。
「薬は……まだ来ないの?」
看護師は答えられなかった。
ただ、静かに首を横に振る。
母親は何も言わなかった。
ただ、子供の手を強く握った。
外では、また警報が鳴る。
コロニー全体が、わずかに震えた。
遠くの戦闘の余波だった。
それは直接の攻撃ではない。
だが確実に生活を削っていく。
ゆっくりと。
確実に。
そして、止まらない。




