遠征艦隊
第5章 遠征艦隊
帝国軍の遠征艦隊は、静かに集まりつつあった。
大規模作戦ではあるが、その準備はできる限り目立たない形で進められている。
各艦隊は一度に集結するのではなく、いくつかの星域に分散したまま再編されていた。
辺境方面艦隊。
その戦力は本来、約千隻規模である。
だが、実際に稼働している主力艦は半分ほどに過ぎない。
さらに辺境警備や航路護衛などの任務を考えれば、今回の作戦に投入できるのは百隻にも満たなかった。
そこで他の艦隊が動員された。
外縁星域艦隊。
中央星域艦隊。
それらの部隊が段階的に移動し、遠征軍として再編されていく。
最終的に集まる戦力は、およそ五百隻。
戦艦。
巡洋艦。
駆逐艦。
補給艦。
輸送艦。
さらに灯台制圧のための陸戦隊も多数編成されていた。
この遠征軍の指揮官に任命されたのが、帝国軍中将ケルバス・レイグナーである。
レイグナーは帝国遠征艦隊旗艦グラウスの作戦室で航路図を見ていた。
辺境星域の広大な宙域に、灯台が点在している。
その数、およそ四百基。
レイグナーは腕を組んだ。
「多いな……。」
隣に立つ作戦参謀が答える。
「はい、閣下。」
レイグナーは航路図を拡大した。
一部の宙域が強調表示される。
主要航路帯。
灯台の約三割、百二十基がこの宙域に集中していた。
レイグナーは言った。
「作戦目標は灯台全体だ。」
参謀がうなずく。
レイグナーは続ける。
「だが重点はここになる。」
航路図の光点が密集する宙域を指した。
「主要航路帯。」
参謀が答える。
「辺境の産業と人口の多くが、この宙域に集中しています。
灯台を押さえれば、航路も物流も止まります。」
レイグナーは静かに言う。
「主力部隊はここに投入する。」
参謀が端末を操作する。
灯台制圧作戦の計画図が表示された。
「作戦は前進、灯台制圧、最上位キーによる再調整、航路の安全確保、そしてまた前進。
この繰り返しになります。
攻撃は複数の宙域で同時に開始します。」
レイグナーはうなずいた。
参謀は続ける。
「作戦期間は三か月。
辺境側の抵抗は軽微と予想されます。
灯台の制圧そのものは難しくないと思われます。
しかし、作戦規模に比較すると、作戦期間が短く、動員艦艇も充分とは言えません。
多方面作戦となると、補給にも不安があります。」
わずかな沈黙。
レイグナーはうなづく。
参謀の不安はレイグナーの不安でもあった。
だが、指揮官が最初から弱音を吐くわけにもいかない。
レイグナーは強気を装った。
「確かに、作戦の全体構想に問題が無いわけではない。
しかし灯台は固定施設だ。
奪還は難しくない。
注意すべきは作戦期間だ。
迅速な作戦遂行が求められる。」
参謀は尋ねた。
「主要航路帯の灯台群については、中将ご自身が指揮されますか?」
「当然だ。」
レイグナーは答えた。
遠征艦隊の中でも最も強力な戦力が、その宙域に投入される。
そして、その部隊の指揮はレイグナーが直接、取る。
参謀が続けた。
「ブラッククラウンの件は、どうされますか?」
レイグナーは少しだけ笑った。
「例の黒い船か。
出方を見る。
当面はな。」
参謀は言う。
「航路を読めるという報告がありますが。」
レイグナーは端末を操作した。
一隻の船の情報が表示される。
ブラッククラウン号。
レイグナーはその名前を見つめた。
そして静かに言った。
「この船だ。」
参謀が聞く。
「ご存じなのですか?」
レイグナーは答える。
「少しな。」
前回の作戦。
帝国艦隊の航路ログ。
その中に、説明のつかない航行記録がいくつもあった。
レイグナーはそれを覚えていた。
「この船」
静かな声で言う。
「確かに航路を読んでいた。」
参謀が驚く。
「そんなことが可能なのですか。」
レイグナーは答えない。
ただブラッククラウン号のデータを見続ける。
そして小さく言った。
「この戦争」
苦笑する。
「思ったより面白くなるかもしれんな。」
遠征艦隊は、静かに辺境へ向かって動き始める。
***
辺境星域。
灯台〈L-27〉。
巨大な観測リングがゆっくりと回転し、宙域の星間流を測定している。
航路同期の信号が周囲の宙域に広がっている。
灯台観測室のセンサーに突然、質量反応が現れた。
一つではない。
十。
百。
さらに増える。
灯台観測員が画面を見つめた。
「……艦隊?」
それは帝国軍だった。
最初に姿を現したのは駆逐艦だった。
鋭い船体の灰色の戦闘艦。航路の出口から滑り出すように出現する。
一隻、二隻……、十隻、二十隻……。次々に現れる。
約百隻の駆逐艦に続いて、巨大な巡洋艦が現れた。
駆逐艦の倍以上の巨大な艦体が航路出口から次々と姿を現し、灯台周囲の空間に整然と並んでいく。
さらに巨大な戦艦が続く。
そして補給艦、輸送艦などの補助艦艇。
数百の船影が、静かに宇宙を埋めていく。
灯台観測員は思わずつぶやいた。
「……帝国軍?」
それは辺境では滅多に見られない光景だった。
帝国軍の正規艦隊。
灰色の艦列が、星域の一角を覆っていた。
***
帝国遠征艦隊旗艦グラウス艦橋。
巨大な戦術スクリーンに航路図が表示されている。
艦橋は慌ただしくざわついている。
レイグナーはスクリーンを見上げる。
参謀が報告した。
「第一艦隊、航路通過完了。」
「第二艦隊、出現まで三分。」
「間もなく、主要航路帯攻略艦隊の集結、完了します。」
レイグナーは短くうなづいた。
「予定通りだな。」
艦橋の通信士が次々に報告する。
「巡洋艦隊、展開中。」
「補給艦隊、後方三千万キロに配置。」
「灯台同期、全艦確認。」
帝国艦隊の動きは滑らかだった。
数百隻の船が、巨大な機械のように整然と動いている。
参謀が言った。
「この宙域の星間流は安定しています。
航路維持も問題ありません。」
レイグナーは航路図を見つめた。
無数の灯台。
それを結ぶ航路。
帝国が築き上げた星間交通網だった。
だが今、その航路の一部が乱れている。
参謀が報告する。
「辺境星域の他方面に向かった艦隊からも、予定通り集結完了との報告が入っています。」
「ただ、辺境各地で灯台同期の遅延が確認されています。
自治ネットワークの妨害と思われます。」
レイグナーは表情を変えない。
「想定内だ。」
彼は静かに言う。
「灯台を制圧し、航路を回復する。
それだけだ。」
参謀が尋ねた。
「抵抗があった場合は?」
レイグナーは静かに答える。
「排除する。」
短い言葉。
それは帝国の意思だった。
艦橋の前方スクリーンに、宙域が映し出される。
暗い宇宙に星々の光が点になって見える。
レイグナーはそれを見つめた。
「辺境は広い。」
参謀がうなづく。
レイグナーは言う。
「人口も少なく、統制も弱い。
だから帝国が必要だ。」
艦橋の誰も反論しない。
帝国軍にとって、それは当然の前提だった。
航路がなければ交易は成立しない。
灯台がなければ艦隊は動けない。
帝国はそれを守る存在だった。
そして今。
その航路が脅かされている。
レイグナーは静かに言った。
「全艦隊に命令。
これより作戦を開始する。」
参謀が復唱する。
「遠征作戦、第一段階。」
「灯台制圧を開始します。」
通信士が命令を送る。
その瞬間。
辺境の各地で、帝国艦隊が一斉に動いた。
レイグナーの直接指揮下の主要航路帯攻略艦隊も動き出す。
駆逐艦隊、巡洋艦隊が定められた作戦に従い、航路に入っていく。
補給艦隊が後に続く。
それは巨大な灰色の潮流のようだった。
***
灯台観測室。
観測員はその光景を黙って見ていた。
数百隻の帝国艦隊。
整然とした隊列。
その規模は圧倒的だった。
彼は小さくつぶやく。
「……戦争だ。」
宇宙は静かだった。
だが辺境星域帝国航路の上では、巨大な艦隊が動き始めていた。
戦争は、もう止まらない。




