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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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皇帝の裁断

第3章 皇帝の裁断


帝国首都星アウレリウム。

皇帝宮殿。

宮殿の奥にある会議室は、帝国の威信を象徴するような豪華な内装で整えられていた。高い天井には繊細な装飾が施され、壁面には帝国の歴史を描いた壁画が並んでいる。

窓の外には中央星域の星々が広がっていた。

その会議室に三人の男がいる。

皇帝。

軍務総監ドライゼン。

執行官会議議長セレノス。

本来、このような形で皇帝に説明が行われることはほとんどない。

通常であれば、諮問会議の場で意見をまとめた上で、問題を所掌する議員が皇帝に説明し、裁断を仰ぐ。

今回の件であれば、軍の作戦行動である以上、軍務総監であるドライゼンが単独で説明するのが通常の流れであった。

しかし今回は違う。

軍の作戦に反対しているセレノスが同席している。

それは帝国政治の慣例から見ても、極めて異例のことであった。

「陛下」

ドライゼンが皇帝に呼びかける。

皇帝はゆっくりと振り返り、二人を見た。

ドライゼンとほぼ同じ年齢の男である。

初老に差しかかってはいるが、その目は鋭い。

長年、帝国の政治を見続けてきた者の落ち着きがあった。

「辺境の灯台の件か?」

「はい、陛下。」

ドライゼンが答えた。

「状況の説明を。」

「承知いたしました。」

ドライゼンはホロ画面を起動させる。

卓上に辺境星域の航路図が浮かび上がった。

「現在、辺境星域では帝国の航路灯台網が正常に機能しておりません。」

皇帝は静かに聞いている。

ドライゼンは続ける。

「原因は、航路統制キーを辺境側に奪われたことにあります。」

航路図の一部が赤く変わる。

「このため帝国は灯台ネットワークの制御権を失いました。」

ドライゼンはさらに表示を切り替えた。

もう一つの航路網が現れる。

「加えて、辺境では帝国航路ではない、新たな航路が形成されつつあります。」

皇帝が言う。

「黒冠航路か。」

「はい、陛下。」

ドライゼンはうなずいた。

「このまま放置すれば、帝国の航路支配は大きく揺らぎます。」

皇帝は黙って聞いている。

ドライゼンは説明を続ける。

「遠征艦隊を編成したいと思います。」

ホロ画面が変わる。

艦隊編成図が表示された。

「遠征艦隊は約五百隻です。」

皇帝の眉がわずかに動いた。

ドライゼンは慌てて続ける。

「帝国財政への負担は理解しております。

 艦隊規模は作戦遂行に必要な最小限に抑えております。」

皇帝の発言が無いことを確認し、ドライゼンが続ける。

「辺境星域には航路灯台が約四百基あります。」

航路図に灯台が表示される。

「今回の作戦では、その四百基すべてを対象とします。」

ドライゼンはさらに言う。

「ただし、そのうち百二十基が主要航路帯に集中しております。」

航路図の一部が強調表示された。

「作戦の主目標は、この主要航路帯の灯台群になります。」

皇帝は静かに言う。

「灯台全体を奪還しつつ、主要航路帯を重点的に攻撃するというだな。」

「その通りです、陛下。」

ドライゼンは説明を続けた。

「作戦では灯台を段階的に制圧します。

陸戦隊が灯台施設を確保し、最上位キーで制御系を再調整します。」

そして少し間を置いた。

皇帝は黙っていた。

やがてセレノスを見る。

「議長。」

セレノスが答える。

「はい、陛下。」

「おまえは反対なのだな。」

セレノスは静かにうなずいた。

「はい、陛下。」

落ち着いた声で言う。

「灯台奪還の必要性は理解しております。

 しかし、この作戦は影響が大き過ぎます。」

皇帝はうなずいた。

セレノスは続ける。

「辺境星域は帝国の資源供給源です。

 大規模な戦争になれば、帝国経済に大きな影響が出ます。」

短い沈黙。

皇帝はドライゼンを見る。

「軍務総監。」

「はい、陛下。」

「その点についてはどう考える。」

ドライゼンは迷わなかった。

「影響は出ます。

 しかし灯台を失えば、それ以上の損失になります。」

ドライゼンは続ける。

「航路は帝国の血管です。

 航路を失えば帝国は弱体化します。

 帝国経済に悪影響が出ないよう、作戦は三か月で完了させます。」

皇帝は窓の外の星空を見た。

しばらく沈黙が続いた。

やがて言う。

「ドライゼン。」

「はい、陛下。」

「この作戦……

成功の見込みはあるのか。」

ドライゼンは即答した。

「あります。」

皇帝は小さく笑った。

「迷いがないな。」

「灯台は物理施設です。」

ドライゼンは言う。

「制圧は可能です。」

再び沈黙が落ちる。

そして皇帝は静かに言った。

「分かった。」

二人は黙っている。

皇帝は結論を告げた。

「作戦を許可する。」

セレノスの表情が、わずかに曇った。

皇帝は続ける。

「ただし、」

ドライゼンを見た。

「三か月で終わらせること。それが条件だ。」

長期戦は許可しない。

よいな。」

ドライゼンは深くうなずいた。

「承知いたしました。」

皇帝は再び窓の外を見た。

中央星域の星々が広がっている。

そして静かに言った。

「辺境か……。」

遠い宙域。

これから大きな戦争が始まろうとしていた。


第4章 黒い船

辺境星域。

コルベック造船所。

この施設には辺境でも最大級のドックがあった。

そのドックの中央に黒い船が停泊している。

ブラッククラウン号。

船体の装甲パネルは外され、内部構造が露出していた。

整備ドローンと作業艇が忙しく動き回り、ケーブルや装置が次々と交換されている。

ブラッククラウン号は今、大規模な改装の最中だった。

港の管制室からその様子を見ていたアルクは、腕を組んだ。

「……まだ信じられないな。」

隣でルナが笑う。

「何が?」

アルクは窓の外の船を指した。

「これだよ。」

ルナは楽しそうに言った。

「すごいよね。

ブラッククラウン号、ほとんど別の船になってるじゃん。」

アルクは苦笑する。

「ここまでやるとは思わなかった。」

その時、リアが静かに歩いてきた。

「整備主任から進捗報告が届きました。」

いつもの落ち着いた声だった。

「推進機関は全面交換になります。

 航法計算系も更新されています。」

アルクが聞く。

「最高速は?」

リアは端末を確認した。

「最大三十五光年/日です。」

ルナが目を輝かせる。

「すごいじゃん!

軍の高速艦と同じくらいだよ!」

アルクは苦笑した。

「……完全に軍艦だな。」

リアは続ける。

「主動力炉は従来通り小型核融合炉です。

灯台由来の融合補助炉もそのまま使用します。

ただし推進制御系は全面的に再構築されています。」

アルクは窓の外の船を見た。

整備艇が船体側面に新しい装置を取り付けている。

「粒子砲ユニットだ。」

コルベックの声がした。

振り返ると、トマス・ケードとマティアス・コルベックが立っていた。

アルクは言う。

「十基だったな。」

コルベックがうなずく。

「使い捨ての粒子砲ユニットだ。

 小型艦なら一撃で貫通する。」

ルナが言う。

「ほんとに戦争仕様だね。」

ケードは静かに言った。

「戦争になる。」

その言葉に、アルクは少し黙った。

この改装の話が出た日のことを思い出す。

***

それは一か月前のことだった。

その日、アルクたちはこの造船所の会議室に呼ばれた。

ケードとコルベックが向かいに座っている。

コルベックが航路図を出した。

「帝国軍が動いている。」

アルクが言う。

「どれくらい?」

ケードは答えた。

「まだ正確な情報はない。

 だが、かなりの規模になる。」

コルベックが言う。

「数百隻は来る。」

ルナが目を丸くした。

「そんなに?」

ケードはうなずいた。

「目的は灯台だ。」

航路図に灯台が表示される。

「辺境には灯台が約四百基ある。」

コルベックが続ける。

「帝国はそれを全部取り戻すつもりだ。」

アルクは言った。

「戦争だな。」

ケードは短く答える。

「そうだ。」

そして窓の外のブラッククラウン号を見た。

「だから改装を承諾して欲しい。」

アルクが眉をひそめる。

「改装?」

コルベックが言う。

「推進機関を全部作り直す。速度を上げる。

戦闘用のユニットも追加したい。」

アルクは呆れた。

「そんな簡単に言うな。」

コルベックは笑った。

「簡単じゃない改装だ。

 この造船所を使う。」

ケードが続ける。

「費用はこっちで出す。」

ルナが驚いた。

「え?!」

アルクも言う。

「……本気か?」

ケードはうなずいた。

「本気だ。」

そして言った。

「お前たちの船が必要になる。」

アルクはしばらく黙った。

ケードが続ける。

「帝国は灯台を押さえるつもりだ。

 だが灯台の制御を奪われれば、辺境はまた帝国の言いなりだ。」

コルベックが静かに言った。

「お前の航路を読む能力。

それがこの戦争の鍵になる。」

ルナがアルクを見る。

「アルク?」

アルクは小さくため息をついた。

「……断れる話じゃないな。」

***

現在。

コルベック造船所のドックでは、改装作業が続いていた。

リアが言う。

「完成まで、あと一か月です。」

ルナが言う。

「戦争、始まってるかな。」

アルクは窓の外を見た。

黒い船の装甲が閉じられていく。

「帝国は来る。」

ケードの静かな声だった。

整備中のブラッククラウン号。

これから帝国艦隊と戦う船。

アルクは無言だった。

遠い宙域では、戦争の準備が着実に進んでいた。


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