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黒冠のアルク ― 第一部完結/第二部・皇女編連載中 ―  作者: 久遠 恒 


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航路の復活

第11章 航路の復活


ブラッククラウン号の操縦席は静かだった。

戦闘は終わった。

警報も消えている。

だが全員、まだ完全には力を抜いていなかった。

ルナがゆっくり言う。

「帝国軍、追ってきてないね。」

ノアが端末を見た。

「重力反応なし。

 追跡艦もいない。」

ガロンが低く言う。

「諦めたか。」

リアが静かに答えた。

「いいえ。」

全員が彼女を見る。

リアは航路図を指した。

「帝国軍は、この宙域では無理をしません。

 星間流が複雑すぎるからです。」

アルクが言う。

「つまり?」

リアが続ける。

「次は別の方法で来ます。」

ノアが小さく言う。

「嫌な話。」

だが誰も否定しなかった。

帝国は巨大な国家だ。

一度の失敗で止まることはない。

ルナが画面を見る。

「でもさ、灯台……。」

航路図の灯台表示。

青い光が増えている。

ノアが言う。

「同期回復、三十パーセント。」

リアがうなずく。

「早いですね。」

ノアも続く。

「辺境自治ネットワークが動いてる。」

コロニー。

補給拠点。

採掘基地。

それぞれの灯台管理者が再同期作業を進めている。

航路灯台は帝国設備だ。

だが管理しているのは現地の人間。

ケードのネットワークはそれをつないでいる。

ノアが言う。

「今、百十七か所が再同期中。」

ルナが笑う。

「忙しそう。」

ガロンが言う。

「助かった船も多いだろう。」

航路灯台の同期が止まり、航路は不安定になった。

輸送船は遅れた。

事故も起きた。

何隻か、漂流する船も出た。

灯台が戻れば、航路は戻る。

リアが航路図を見つめる。

青い灯台が、次々と増えていく。

「航路が……」

彼女は小さく言った。

「戻っています。」

アルクは何も言わなかった。

ただ航路図を見ていた。

辺境星域。

散らばるコロニー。

そこを結ぶ航路。

ノアが言う。

「同期五十パーセント。」

ルナが言う。

「半分か。」

ガロンが言う。

「十分だ。」

半分の灯台が動けば、主要航路は復活する。

ブラッククラウン号の通信が鳴った。

ノアが画面を開く。

ケードだった。

ケードの後ろでは、多数の画面が動いていた。

辺境星域の灯台管理状況。

通信ログ。

航路情報。

ケードが言う。

「同期は順調だ。」

アルクが聞く。

「どこまで?」

ケードが答える。

「もうすぐ七割。」

ルナが口笛を吹く。

「すごい。」

ケードが続ける。

「辺境中の船が動き始めている。」

灯台が戻れば船は飛べる。

航路はつながる。

リアがケードに尋ねた。

「帝国軍は動いていますか?」

ケードが答える。

「まだ大きな動きはない。」

ガロンが言う。

「準備してるな。」

ケードはうなずいた。

「おそらく。」

ケードが少しためらってから続けた。

「航路中央管理局には、最上位キーというものがあるらしい。」

「最上位キー?」

リアがアルクたちの顔を見る。

「最上位キーを使えば、灯台の管制権を帝国に取り戻せる、とのことだ。

だが、簡単には使えまい。」

リアが説明する。

「最上位キーを使っても、灯台の管制権を奪うには現地での作業が必要だからですね。」

ガロンが言う。

「つまり艦隊と……、陸戦隊か。」

ケードが言う。

「そうなる。」

「大規模な艦隊。」

ルナが小さく言う。

「それって……」

ケードが答える。

「大規模な紛争になる。」

操縦席が静かになった。

アルクが言う。

「帝国はすぐには動かないな。」

ケードがうなずく。

「その通りだ。

 帝国にとっても大規模作戦になる。準備期間が必要だ。

 それに、そもそも帝国がそこまでやるか……?」

帝国内には軍の強硬路線に対する反対派がいる。

今回の作戦も反対が多かったはずだ。

大規模艦隊を辺境へ送るとなれば、政治問題になる。

ケードが言う。

「時間はある。たぶん……。」

ノアが聞く。

「どのくらい?」

ケードが答えた。

「……分からない。」

「だが、」

ケードはアルクを見る。

「お前たちは航路を守った。」

「それは事実だ。」

ルナが笑った。

「いい仕事したってこと?」

ケードが言う。

「その通りだ。

 あらためて礼をいう。

 ありがとう。」

通信が切れた。

操縦席に静かな空気が戻る。

ノアが伸びをした。

「終わったー。」

ガロンが言う。

「まだだ。」

リアが静かに言う。

「これは始まりです。」

アルクは航路図を見ていた。

灯台。

航路。

辺境。

そして帝国。

アルクは小さく言った。

「航路は戻った。」

ルナが笑う。

「うん。」

ブラッククラウン号は静かに航行していた。

その船が切り開いた航路は――

すでに辺境全体へ広がり始めていた。


第12章 新しい航路

ルナが画面を見て言う。

「灯台同期、九十パーセント。」

ノアが端末を操作する。

「もうほとんど戻ってる。」

航路図に青い光が並ぶ。

辺境星域の航路灯台。

その多くが同期を回復していた。

リアが静かに言った。

「これだけ戻れば、航路はほぼ普段通り使えます。」

ガロンがうなずく。

「輸送船も動ける。」

ルナが笑う。

「商売も復活だね。」

ノアが言う。

「辺境中の船が飛び始めてる。」

ブラッククラウン号の通信画面には、航路情報が次々に流れていた。

輸送船。

貨物船。

採掘船。

移民船。

停まっていた船が、再び航路へ出ている。

灯台の補正信号。

星間流データ。

航路は戻った。

ノアが言う。

「同期九十五パーセント。」

ルナが言う。

「もう勝ちじゃない?」

リアが首を振った。

「帝国は必ず動きます。」

ガロンが言う。

「だろうな。」

帝国が灯台の統制を奪われたまま放置するとは思えない。

アルクは航路図を見ていた。

黒い線。

ノアが気づいた。

「アルク?」

アルクは言った。

「見てみろ。」

航路図に細い航路が描かれていた。

既存の航路ではない。

ルナが言う。

「これ……」

ノアが笑う。

「黒冠航路。」

灯台の再同期作業の際、すべての辺境灯台で点検・整備が行われた。

星間流の観測精度が上がった。

その結果、これまで不安定だった航路が、安全になった。

リアが理解する。

「灯台の星間流観測の精度が上がったから……?」

ノアが言う。

「航路が増えた。」

ガロンが低い声で言う。

「帝国の航路じゃない。」

ルナが笑った。

「黒冠航路。」

辺境の人々が昔から知っていた非公式航路。

その非公式航路をアルクたちが観測し、実証してきた航路。

灯台データの精度が上がったことで、それらがはっきりと航路として見えるようになった。

ノアが言う。

「これ……すごい。」

画面には新しい航路がいくつも表示されていた。

帝国辺境航路ではない。

だが安全に通れる。

リアが小さく言う。

「航路網が広がっています。」

ルナが言う。

「ブラッククラウンの航路だね。」

ガロンが言う。

「黒冠航路。」

アルクは航路図を見続けていた。

辺境星域。

そこに広がる新しい道。

帝国の航路ではない、別の道。

別のネットワーク。

ノアが言う。

「これ、広がるよ。」

リアが嬉しそうにうなずく。

「ええ。」

灯台が同期したことで、航路データが再共有される。

コロニー同士が情報を交換する。

航路が増える。

ネットワークが生まれる。

ルナが言う。

「帝国、嫌がるね。」

ガロンが言う。

「当然だ。」

帝国は航路で支配してきた。

航路を持つ者が、物流を支配する。

物流を支配する者が、政治を支配する。

だが――。

黒冠航路は違う。

辺境の人々が共有する航路。

中央からの支配ではない航路。

ルナが言う。

「これってさ。ちょっとすごいことじゃない?」

リアが静かに答えた。

「ええ。帝国以外の航路網です。」

操縦席が静かになる。

アルクは言った。

「まだ小さい。」

ルナが言う。

「でも」

アルクは航路図を見た。

灯台。

航路。

黒冠航路。

アルクが言う。

「広がる。」

ノアが笑う。

「絶対広がる。」

ブラッククラウン号は航路を進む。

辺境星域の星々の間を。

そしてその航路図には――

帝国とは違う、新しい航路が描かれ始めていた。


エピローグ 諮問会議

帝国本星。

諮問会議の円卓の間。

会議室は静まり返っていた。

ホロ画面に辺境星域の航路図が表示されている。

青い光。

灯台。

同期状態。

状況の報告が続く。

「辺境灯台の同期回復率、九十八パーセント。」

「航路交通量も回復しています。」

部屋の空気は重かった。

七人のメンバーが席に着いていた。

だが、空気はあのときとは違っていた。

重い沈黙が漂っている。

沈黙を破ったのはドライゼンだった。

「……作戦は失敗した。」

低い声だった。

「辺境に展開していた同期統制艦の一隻が侵入を受けた。

航路統制キーが奪取された可能性が高い。」

円卓の向こうで、セレノス・ヴァルティアが静かに言った。

「“可能性”ではなく、ほぼ確定だろう。」

冷たい声だった。

「私は反対した。灯台同期停止は危険だと。」

ドライゼンは眉一つ動かさない。

「作戦にはリスクがあるものだ。」

セレノスは言葉を重ねる。

「その結果、辺境の航路統制を自ら手放した。」

円卓の空気が張り詰める。

ドライゼンは答えない。

そのとき、助け船を出すように、宰相が軽く手を上げた。

「報告が来ています。」

円卓の外側に立っていた一人の官僚が前に出た。

航路統制局の制服。

「航路統制局、航路監察官です。」

男は資料を開いた。

「辺境星域の航行データですが……非公式航路の利用が急増しています。」

円卓の上に航路図が投影される。

複雑に伸びる光の線。

帝国航路ではない。

「いわゆる“黒冠航路”と呼ばれるものです。」

監察官は続けた。

「灯台同期停止の影響で帝国航路の信頼性が低下し、辺境船団が別のルートを利用し始めています。」

セレノスが静かに言った。

「つまり、帝国航路の統制は崩れつつある。」

ドライゼンは淡々と答えた。

「一時的なものだ。」

そして航路局の技術官に視線を向けた。

「最上位キーは本局にある。」

技術官が頷く。

「はい。最上位キーによる再統制は可能です。」

ドライゼンは言う。

「ならば問題はない。」

技術官は少し言いよどんだ。

「ですが……」

円卓の視線が技術官に集まる。

「灯台再統制には現地作業が必要です。

 各コロニーに作業部隊を派遣する必要があります。艦隊の護衛も必要かと……。」

沈黙。

それはつまり――

軍事行動を意味していた。

セレノスが小さく息を吐く。

「……やはり、そうなるか。

 辺境側から見れば、軍事侵攻だ。全面衝突になりかねん。

 植民惑星はそのような大規模軍事行動を支持しない。」

ドライゼンは黙って聞いていた。

帝国は強い。

だが――

帝国は広い。

ドライゼンが低く言った。

「……時間をかけて対応を検討する。」

誰もそれ以上、発言しなかった。

会議は終了した。

***

人々が席を立ち始めたとき、宰相が小声で隣の内務総監に言った。

「今回の件、現場の責任にはならないようですな。」

内務総監は肩をすくめた。

「軍務総監が、すでに手を回しているそうです。」

二人は円卓の向こう、ドライゼンの背中をちらりと見た。

「……なるほど。」

***

ドライゼンは最後まで席に残っていた。

彼は航路図を見つめている。

辺境星域。

黒冠航路。

そして。

ブラッククラウン。

ドライゼンはうなった。

帝国はまだ動かない。

だが帝国は忘れない。

そして遠く、辺境星域の静かな宙で。

ブラッククラウン号は航路を進んでいた。

星々の間を。

灯台の光を越えて。

そしてその航路は――

帝国の支配とは別の、新しい道になろうとしていた。

***

レイグナー中将。

今回の作戦の現場指揮官。

彼は自室で端末に表示された記録を見ていた。

ブラッククラウンの航法記録。

統制艦に接近した軌道。

そして離脱した際の軌道。

レイグナーは眉をひそめる。

「……やはり、妙だ。」

離脱の際、星間乱流の中に迷いなく突入している。

通常の航法なら入らない宙域。いや、入れない宙域。

その機動には迷いがない。

そして統制キーが辺境側にわたっている以上、無事に脱出したと見るのが妥当だ。

航路を読む船の噂通り、星間流の流れが読めるのか?

レイグナーは小さくつぶやく。

「この軌道、どこかで……」

昔、見た記録。

帝国創世期の航路記録。

同じような軌道があった気がする。

だが思い出せない。

レイグナーは端末を閉じた。

「ブラッククラウン……。航路を読む船。」

低い声だった。

「次は必ず捕まえる。」

彼の目が静かに燃えていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


これで第3巻『灯台制圧作戦』は完結となります。


第3巻では、帝国が航路を支配するための要である航路灯台をめぐり、アルクたちブラッククラウンが、より直接的に帝国の航路支配へ踏み込んでいく姿を描きました。


次回からは第4巻に入ります。


帝国は、辺境で起きている変化を見逃しません。

黒冠航路の存在、灯台をめぐる動き、そしてブラッククラウンの影響力。


それらに対し、帝国側も本格的に動き始めます。


第4巻では、アルクたちと辺境側にとって、これまで以上に大きな危機が訪れます。

航路を閉ざそうとする力と、航路をつなごうとする者たちの対立は、さらに激しくなっていきます。


毎日20時ごろ更新しています。

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