第2話 辺境の灯
第2章 辺境の灯
辺境コロニー〈エルダーステーション〉は、小惑星帯の中に隠れるように存在している。
小惑星を基部に増設された、継ぎはぎの居住ステーション。
削られた岩肌の上に、いくつもの居住ドームが重なっている。
外壁は補修跡だらけ。
弱い照明が灯っていた。
ブラッククラウン号が接近すると、古い誘導灯がゆっくり点灯する。
「……まだ動くのね、これ。」
ルナが苦笑する。
「修理してるんだろう。」
ガロンが短く言った。
「壊れたら終わりだからな。」
ドックに船が降りる。
金属がこすれる着地音がコロニーの内部に響いた。
ハッチが開く。
外の空気は冷たく、わずかに薬品の匂いが混じっていた。
最初に見えたのは、子どもだった。
ドックの端に立ち、こちらを見上げている。
「……来た、来た。」
小さな笑い声が広がる。
奥から大人たちが現れる。
「ブラッククラウンだ。」
誰かが言った。
整備服の男。
医療区画の白衣。
作業灯を持った女性。
誰も歓声は上げない。
ただ、ホッとした様子で静かに集まってくる。
ノアが笑って言う。
「歓迎、されてるね。」
「ああ、安心したんだろう。」
ガロンが言う。
貨物ハッチが開く。
中には医薬品コンテナ、燃料セル、浄水フィルターが並んでいる。
コロニーの作業員たちが近づいてくる。
老人が一歩前に出た。
顔には深い皺が刻まれている。
彼はアルクたちを見ると、静かに頭を下げる。
「……助かったよ。」
それだけ言った。
看護師はコンテナのラベルを確認し、目を潤ませた。
「抗生剤……本当に届いた。」
後ろから子どもの声。
「ねえ、母さん。もう病気、治る?」
母親は答えない。
ただ、子どもの頭を抱き寄せる。
ルナはその様子を見て、少し目を潤ませた。
「……帝国の補給船は、来ないの?」
近くに立つ作業員に尋ねる。
男は苦笑した。
「最後は三ヶ月前だ。」
「その後は?」
「“未定”だそうだ。」
男は肩をすくめた。
ノアが静かに言う。
「辺境は遠いからね。」
男は肩をすくめた。
「ああ遠い……。遠すぎる。」
そう言って、ため息をついた。
コンテナが運び出されていく。
ドックの奥では整備員が燃料セルを慎重に抱えている。
医療区画では、すでに薬品の仕分けが始まっていた。
老人がもう一度アルクを見る。
「また航路を見つけたのか?」
アルクは肩をすくめる。
「たまたまだ。
航路情報は置いていくよ。」
老人は小さく笑った。
その時、ドックの奥から声が上がった。
「黒冠が来たぞ。これで助かる。」
それは歓声ではない。
だが、その言葉は静かに広がっていった。
コロニーの灯りが、少しだけ明るく見えた。
子どもが数人。走り寄って来て、アルクを見上げた。
「黒冠の人?」
アルクは少しだけ笑う。
「ただの運び屋だ。」
だが子どもは首を振った。
「違うよ。黒冠が来ると、道ができるんだって。」
その言葉に、周囲の大人たちが静かにうなづく。
子供たちは、みんな笑顔だ。
ブラッククラウンが来る日は、コロニーの照明が少し明るくなる。
***
ブラッククラウン号の貨物ハッチが閉じる。
「荷卸し、完了だ。」
ガロンが報告する。
ルナが操縦席に腰を落とした。
「はあ……」
大きく息を吐く。
「やっぱりこの仕事、寿命縮むわ。」
ノアが端末を閉じる。
「これからは、ますます警戒、厳しくなるね。」
ルナがアルクを見る。
「まったく、もう少しで撃沈されてたわ。」
アルクは窓の外を見たまま言った。
「でも大丈夫だったろ。」
「それは」
ルナが肩をすくめる。
「船長が“流れ”読んだから。」
ガロンが壁にもたれたまま口を開く。
「俺はまだ信じてるわけじゃない。」
「何を?」
「船長の勘。」
ルナが笑う。
「勘じゃないでしょ。」
ノアが静かに補足する。
「星間流を読む力。」
ガロンは腕を組む。
「どっちでもいいぞ。
結果が出ればな。」
アルクが振り返る。
「信用してないのか?」
ガロンは短く答える。
「してるぜ。」
一拍置いて続ける。
「でなきゃこんな危ない船、乗れねえだろう。」
ルナが吹き出す。
「それ、結局、信じてるってことじゃない。」
ノアが言う。
「実際、この船の作戦成功率は異常だよ。」
端末を操作する。
「帝国追跡部隊との接触回数……」
「やめて!」
ルナが手を振る。
「聞きたくない!
思い出したくない!」
ガロンが静かに笑う。
アルクは小さく肩をすくめる。
「運がいいだけだ。」
「違う。」
ルナが静かに言う。
「船長がいるから。」
ノアが続ける。
「そして、この船があるから。」
ガロンが短く言う。
「あと俺だな。」
ルナが振り返る。
「それは否定しない。」
三人の視線がアルクに集まる。
アルクは一瞬だけ困ったような顔をした。
そして言った。
「次の航路を探そう。」
ルナが笑う。
ノアが端末を開く。
「目標の座標、出すね。」
「間違えて、コロニー向けの輸送艦、狙わないでよ。」
ルナがノアをからかう。
「航路データと輸送コードを照合してますから。
間違えることはありません。」
ノアが少し口をとがらせて言い返す。
ガロンは通路へ向かう。
「武器の確認してくるわ。」
空には、無数の星が広がっている。
まだ誰も通ったことのない航路が、その中にある。
***
補給作業が終わる頃、アルクはステーション外壁の観測デッキに立っていた。
星々がゆっくりと流れていく。
幼い頃の記憶は曖昧だ。
だが、星を見ていると、不思議な安心感があった。
ふいに、遠い記憶の断片がよぎる。
暗い通路。
赤く点滅する警報灯。
差し出された小さな手。
そして、別れ際の自分の声。
「迷ったら星を見ろ。そうすれば帰る方向が分かる。」
アルクは小さく息を吐いた。
「……覚えているかな。」
星は何も答えない。
ただ、静かにそこにあった。




